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「彼女とは体の相性がいいんだ」
離縁を告げる夫の口から出た言葉が、私には理解出来ませんでした。
私は夫以外の男性を知りません。学園在学中に婚約して、卒業後すぐに結婚したのです。
貴族令嬢として育った私に平民の商家の暮らしは大変でした。結婚後すぐにお義母様がお亡くなりになったこともあり、目が回るような日々が続いていました。
覚えることは山のようで、覚えれば覚えるほど仕事が増えていく──終わりの見えない毎日でした。
やっと少し落ち着いてきたころに夫の言動がおかしくなり、問い詰めたら離縁を切り出されたのです。
夫の浮気相手は学園の教師で、私と違って自立した女性なのだそうです。教師と言っても私達の恩師ではありません。一年だけ在学期間が重なっていた先輩世代でした。
どうして、と問いただし、嫌ですと泣き叫び、理由を聞いたときに返されたのが冒頭の言葉でした。
言われた言葉の意味が理解出来ません。
私には夫が最初の男性でした。愛する人が相手だから体を交わしていましたが、痛みが和らぎ心地良さを感じ始めたのはつい最近、結婚して三年が経ってからです。亡きお義父様から受け継いだ商会が落ち着くまではやめておこう、と彼が言ったので、子どもはまだ作っていません。
体の相性──それは、そんなに大事なものなのでしょうか。
三年間手を携えて苦難を乗り越えてきた妻を捨ててでも手に入れなくてはならないものなのでしょうか。
……こんな人、知らない。そう感じました。お義母様とふたり、学園に通いながらお義父様の遺した商会を必死で経営してきた人は、身分も違うし苦労をさせないとは言えないけれど幸せにしたいし、なにより私と結婚出来なければ自分は幸せになれないのだと父に語った人は、体の相性とかいうわけのわからないもので私を捨てる人だったのです。
父が出した私との婚約条件を満たすために学園卒業までにお義父様の遺した借金を返済し、結婚後開発を進めた新商品がやっと軌道に乗り始めていた商会が傾きかけるほどの慰謝料をもらって、私は実家の子爵家へ戻りました。
それからしばらく経ちますが、今でも夫の──元夫のピョートルのことを思い出すと涙がこぼれます。慰めてくださる方の言葉も耳に入って来ません。
だって今でも愛しているのです。『体の相性』に支配された彼の心の片隅に、私の愛したあの人が残っているのではないかと夢見ているのです。
学園在学中のピョートルは、いつも眉間に皺を寄せていました。
将来を思えば今は勉強するときだとわかっていても、体の弱いお義母様を助けて一緒に働きたくて苦しんでいたのです。
私に婚約を申し込みながらも会うときはいつも不愛想で、でもけして私を傷つけるような言動は取らなくて──彼の笑顔を初めて見たのは、私との婚約が結ばれたときでした。愛されていると信じていました。私は彼につながった運命の糸を、捨てられた今も断ち切ることが出来ないでいるのです。
離縁を告げる夫の口から出た言葉が、私には理解出来ませんでした。
私は夫以外の男性を知りません。学園在学中に婚約して、卒業後すぐに結婚したのです。
貴族令嬢として育った私に平民の商家の暮らしは大変でした。結婚後すぐにお義母様がお亡くなりになったこともあり、目が回るような日々が続いていました。
覚えることは山のようで、覚えれば覚えるほど仕事が増えていく──終わりの見えない毎日でした。
やっと少し落ち着いてきたころに夫の言動がおかしくなり、問い詰めたら離縁を切り出されたのです。
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言われた言葉の意味が理解出来ません。
私には夫が最初の男性でした。愛する人が相手だから体を交わしていましたが、痛みが和らぎ心地良さを感じ始めたのはつい最近、結婚して三年が経ってからです。亡きお義父様から受け継いだ商会が落ち着くまではやめておこう、と彼が言ったので、子どもはまだ作っていません。
体の相性──それは、そんなに大事なものなのでしょうか。
三年間手を携えて苦難を乗り越えてきた妻を捨ててでも手に入れなくてはならないものなのでしょうか。
……こんな人、知らない。そう感じました。お義母様とふたり、学園に通いながらお義父様の遺した商会を必死で経営してきた人は、身分も違うし苦労をさせないとは言えないけれど幸せにしたいし、なにより私と結婚出来なければ自分は幸せになれないのだと父に語った人は、体の相性とかいうわけのわからないもので私を捨てる人だったのです。
父が出した私との婚約条件を満たすために学園卒業までにお義父様の遺した借金を返済し、結婚後開発を進めた新商品がやっと軌道に乗り始めていた商会が傾きかけるほどの慰謝料をもらって、私は実家の子爵家へ戻りました。
それからしばらく経ちますが、今でも夫の──元夫のピョートルのことを思い出すと涙がこぼれます。慰めてくださる方の言葉も耳に入って来ません。
だって今でも愛しているのです。『体の相性』に支配された彼の心の片隅に、私の愛したあの人が残っているのではないかと夢見ているのです。
学園在学中のピョートルは、いつも眉間に皺を寄せていました。
将来を思えば今は勉強するときだとわかっていても、体の弱いお義母様を助けて一緒に働きたくて苦しんでいたのです。
私に婚約を申し込みながらも会うときはいつも不愛想で、でもけして私を傷つけるような言動は取らなくて──彼の笑顔を初めて見たのは、私との婚約が結ばれたときでした。愛されていると信じていました。私は彼につながった運命の糸を、捨てられた今も断ち切ることが出来ないでいるのです。
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