1 / 13
第一話 ディミトゥラの一度目
しおりを挟む
私はディミトゥラ。
王国の北方を守るヤノプロス侯爵家に生まれ育ち、領境を接したカラマンリス子爵家へ嫁ぎました。
カラマンリス子爵家の当主である夫メンダークスは、流行の品をいち早く買い占めて高値で販売することで子爵領の財政を立て直し、廃鉱を再開発して魔導金属を見つけ出した賢人です。魔導金属は、王国の北方を見下ろす山脈から襲撃してくる魔獣達に対抗する武器の素材となります。
魔導金属の発見で、一時は潰れかけていたカラマンリス子爵領は完全に立ち直りました。
流行品の売買でも儲けてはいましたが、購入するため商人達に借金をしていたのです。
いくら流行品で儲けても利子付きで借金を返済していたら、すぐに困窮して元通りになっていたでしょう。
廃鉱を再開発して魔導金属を見つけたのは夫です。
けれどその廃鉱はもともとヤノプロス侯爵家のものでした。私が嫁ぐときに持参金として子爵家に譲り渡したものなのです。
私も子爵家再興の立役者と言えるのではないでしょうか?
自惚れでしょうか? 傲慢でしょうか?
政略結婚の相手に過ぎないお飾りの妻が子爵領のことに口を挟むなと言われてしまうでしょうか?
持参金を持ってきた後は文句を言わずにさっさと死んでしまえ、とでも思われているのでしょうか?
ご要望通り、私はもうすぐ死にます。
実家から連れてきたただひとりの侍女を侯爵領へ向かわせてから三日ほど、水も食料も口にしていないのです。
そろそろ命が尽きるでしょう。
侍女には私が死ぬつもりだということを話していません。
先日当主となった兄に私の状況を伝えて欲しいとお願いしただけです。
ケラトの死後、子爵家の裏庭にある離れに閉じ籠った私の世話をしてくれるのは侍女だけでした。侍女がいなくなったからといって、子爵家の家臣や使用人が身分が高いことを笠に着た傲慢な正妻を気遣うはずがありません。
もちろん侯爵家にいたころから姉のように尽くしてくれていた侍女は、自分がいない間の水や食料を用意してくれていました。
口にしなかったのは私の意思です。
侍女が罪に問われないよう遺書にはちゃんと書いておきました。
死にたかったのです。生きているのが嫌だったのです。
子爵家の人間が私を冷遇しているのが嫌だったわけではありません。
気分は悪いですが、政略結婚ならありがちのことです。
夫のことを愛していないことも、夫に愛されていないこともどうでも良いことです。
この結婚は王国北方の『王』とも言われているアサナソプロス辺境伯家とカラマンリス子爵家の関係を改善するためのものでもありました。
少し前に亡くなった父、先代ヤノプロス侯爵は、いつ山脈から魔獣が襲撃してくるかもしれないこの土地を守る使命を持った北方貴族の間に不和が蔓延っていることを前から案じていたのです。
とはいえ、父は私に強制はしませんでした。
そもそも夫が流行品の売買である程度の結果を出していなければ、彼からの求婚について考えることもなかったでしょう。
求婚があったことを伝えられ、何度も父と話し合った上で、私は夫との政略結婚を受け入れたのです。
そうです、すべては自分の蒔いた種です。
でも耐えられないのです、ケラトのいない世界で生きていくことが。
ケラト──数ヶ月前に私が産んだ夫との間の子ども。本来ならカラマンリス子爵家を継ぐはずだった彼は、私の名前を呼んでくれるよりも前に殺されてしまったのです。夫メンダークスの愛人で従姉で幼馴染のトゥレラに。
王国の北方を守るヤノプロス侯爵家に生まれ育ち、領境を接したカラマンリス子爵家へ嫁ぎました。
カラマンリス子爵家の当主である夫メンダークスは、流行の品をいち早く買い占めて高値で販売することで子爵領の財政を立て直し、廃鉱を再開発して魔導金属を見つけ出した賢人です。魔導金属は、王国の北方を見下ろす山脈から襲撃してくる魔獣達に対抗する武器の素材となります。
魔導金属の発見で、一時は潰れかけていたカラマンリス子爵領は完全に立ち直りました。
流行品の売買でも儲けてはいましたが、購入するため商人達に借金をしていたのです。
いくら流行品で儲けても利子付きで借金を返済していたら、すぐに困窮して元通りになっていたでしょう。
廃鉱を再開発して魔導金属を見つけたのは夫です。
けれどその廃鉱はもともとヤノプロス侯爵家のものでした。私が嫁ぐときに持参金として子爵家に譲り渡したものなのです。
私も子爵家再興の立役者と言えるのではないでしょうか?
自惚れでしょうか? 傲慢でしょうか?
政略結婚の相手に過ぎないお飾りの妻が子爵領のことに口を挟むなと言われてしまうでしょうか?
持参金を持ってきた後は文句を言わずにさっさと死んでしまえ、とでも思われているのでしょうか?
ご要望通り、私はもうすぐ死にます。
実家から連れてきたただひとりの侍女を侯爵領へ向かわせてから三日ほど、水も食料も口にしていないのです。
そろそろ命が尽きるでしょう。
侍女には私が死ぬつもりだということを話していません。
先日当主となった兄に私の状況を伝えて欲しいとお願いしただけです。
ケラトの死後、子爵家の裏庭にある離れに閉じ籠った私の世話をしてくれるのは侍女だけでした。侍女がいなくなったからといって、子爵家の家臣や使用人が身分が高いことを笠に着た傲慢な正妻を気遣うはずがありません。
もちろん侯爵家にいたころから姉のように尽くしてくれていた侍女は、自分がいない間の水や食料を用意してくれていました。
口にしなかったのは私の意思です。
侍女が罪に問われないよう遺書にはちゃんと書いておきました。
死にたかったのです。生きているのが嫌だったのです。
子爵家の人間が私を冷遇しているのが嫌だったわけではありません。
気分は悪いですが、政略結婚ならありがちのことです。
夫のことを愛していないことも、夫に愛されていないこともどうでも良いことです。
この結婚は王国北方の『王』とも言われているアサナソプロス辺境伯家とカラマンリス子爵家の関係を改善するためのものでもありました。
少し前に亡くなった父、先代ヤノプロス侯爵は、いつ山脈から魔獣が襲撃してくるかもしれないこの土地を守る使命を持った北方貴族の間に不和が蔓延っていることを前から案じていたのです。
とはいえ、父は私に強制はしませんでした。
そもそも夫が流行品の売買である程度の結果を出していなければ、彼からの求婚について考えることもなかったでしょう。
求婚があったことを伝えられ、何度も父と話し合った上で、私は夫との政略結婚を受け入れたのです。
そうです、すべては自分の蒔いた種です。
でも耐えられないのです、ケラトのいない世界で生きていくことが。
ケラト──数ヶ月前に私が産んだ夫との間の子ども。本来ならカラマンリス子爵家を継ぐはずだった彼は、私の名前を呼んでくれるよりも前に殺されてしまったのです。夫メンダークスの愛人で従姉で幼馴染のトゥレラに。
130
お気に入りに追加
1,448
あなたにおすすめの小説
──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
【完結】後悔は、役に立たない
仲村 嘉高
恋愛
妻を愛していたのに、一切通じていなかった男の後悔。
いわゆる、自業自得です(笑)
※シリアスに見せかけたコメディですので、サラリと読んでください
↑
コメディではなく、ダークコメディになってしまいました……
わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。
ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」
人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。
「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」
「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」
一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。
「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」
「……そんな、ひどい」
しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。
「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」
「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」
パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。
昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。
「……そんなにぼくのこと、好きなの?」
予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。
「好き! 大好き!」
リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。
「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」
パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、
「……少し、考える時間がほしい」
だった。
過去に戻った筈の王
基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。
婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。
しかし、甘い恋人の時間は終わる。
子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。
彼女だったなら、こうはならなかった。
婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。
後悔の日々だった。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる