バッドエンド

豆狸

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中編 彼のバッドエンド

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「すまない、クリスティーナ。私はエロイナを愛しているんだ。君との婚約を解消し、王太子の座を辞して彼女と結ばれようと思う。父上と母上には昨日の夜に話した。君さえ許してくれれば、後は公爵の許可を得るだけだ」

 翌日の昼休み、卒業まで自由登校の学園で、私はオリビオ殿下に呼び出された生徒会室で告白された。
 殿下の隣には大きな瞳いっぱいに涙を溜めたエロイナの姿がある。ああ、酔ってる酔ってる。罪深い自分に酔いしれてるわ。
 私さえ許してくれれば、と言っているが、許す以外なにが出来るというのだろう。

「わかりましたわ、婚約解消をお受けいたします。……いつまでもオリビオ殿下のご多幸をお祈りしておりますわ」
「ク、クリスティーナさん、ごめんなさいぃ」
「エロイナ、君が悪いのではない。私達を恋に落とした運命が悪いんだ」

 オリビオ殿下の声に首を傾げそうになって、必死で耐える。
 ……あれぇ? CV:オリビオ王子だぞ?
 昨夜私を迎えに来てくださらなかったってことは、今はもう悪魔王子のはずなのに。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 バッドエンドしかない。

 昨夜迎えに来てくださっていた場合は、夜会で自分そっくりの幻影と踊るエロイナを見つけて、殿下は私を放置して追いかける。
 会場の館中庭にある噴水で幻影と対峙し、彼を倒してエロイナを救い出すのだ。
 婚約解消はその後すぐ、夜会会場で宣言してくれちゃう。

 まあ破棄ではなく解消で、ちゃんと謝るだけマシなのかしら。
 いや違うな。
 謝ることで罪深い自分達を再確認して酔いしれてただけだ。

 でもエロイナを諦めていなかったオリビオ殿下そっくりの幻影──悪霊は、ふたりの結婚式でエロイナを殺して死者の世界と生者の世界の狭間に連れ去っていく。
 これが、オリビオ殿下のバッドエンドその1。

 ちなみに狭間とは、かつてこの世界の勇者と聖女が、倒した者が魔王になるという呪いを持った魔王を封印した不思議空間だ。
 そこには邪念に満ちた悪霊達が引き寄せられていて、彼らは狭間から出られない魔王の代わりに狭間と生者の世界を行き来し、生者の魂を奪って魔王に捧げている。
 魔王に気に入られた悪霊は、魔力を分け与えられて実体を持つ悪魔に進化するのだ。

 実は、オリビオ殿下には生まれたときにお亡くなりになってしまった双子の弟がいた。
 双子の弟セルジオ殿下は精神だけが兄の体に宿って成長していたのだが、兄とともにエロイナに恋したことで悪霊となってしまった。
 セルジオ殿下は兄の魂を魔王に捧げて悪魔王子となる。本当の隠しヒーローは彼、公式サイトのイラストもよく見るとオリビオ殿下ではなかったし、『婚約者のいる人との愛』という煽り文句にも疑問符がついていた。

 ──オリビオ殿下は『フェアリーテイルラブソングス』のヒーローではない。
 本当のヒーローである異種族悪霊セルジオ殿下との恋路に立ち塞がるお邪魔キャラ当て馬に過ぎない。
 だから殿下にはバッドエンドしかない。『婚約者のいる人との愛』という禁断担当のキャラなんて嘘っぱち、『フェアリーテイルラブソングス』のヒーローとの禁断はメインも隠しもすべて『異種族との愛』なのだ。

 オリビオ殿下のバッドエンドその2が今。
 私を迎えに来ず、エロイナとふたりで夜会へ行った殿下は、会場の館中庭にある噴水でイチャついているところを悪霊セルジオ殿下に襲われて体を奪われる。
 噴水付近なのはたぶん、前世でも今世でも水辺は異界に近く幽霊や怪異が現れると言われているからに違いない。

 しかし体の乗っ取りは一時的なもので、その夜のうちにセルジオ殿下は兄の魂を魔王に捧げ、実体を持った悪魔王子として翌朝を迎える。
 そういえばオリビオ殿下本人の遺体はどこに捨てたんだろう?
 魂ごと魔王に捧げたのかな?

 オリビオ殿下にとってはバッドエンドだけど、エロイナと悪魔王子にとってはこれがハッピーエンドだ。
 エロイナはオリビオ殿下を偲びつつも、自分のために兄の魂を魔王に捧げて悪魔となったセルジオ殿下との邪悪な愛に酔いしれている。
 罪悪感も蜜の味なのだ。

 そんなわけで今のオリビオ殿下は悪魔王子で、声優さんは同じでも演技や抑揚の違うCV:セルジオ悪魔王子になっているはずなのだけど……
 このシーンの演技どうだったかな?
 ルート途中でランダムに現れるセルジオ殿下と会話するときは、オリビオ殿下と間違えて好感度下げないよう必死で聞き分けてたんだけどなー。ルートに入ってからのセルジオ殿下の好感度が一定値を下回ると、悪霊の彼が嫉妬で兄を殺すゲームオーバーになってしまうのだ。

 まあここまで来たら選択肢もないし、聞き分ける必要も無かったから覚えてないだけで、このシーンの悪魔王子は兄を演じていたのかな。国王陛下ご夫妻に知られたら、たとえ実の息子だと分かっていてもお祓いされてしまうものね。
 魔王に従う悪霊の存在は、この国ではかなり問題になっている。
 かく言う私も幼いころ悪霊に狙われたらしく、家に神官達が来て大騒ぎしていたことを覚えている。

「……っ」

 生徒会室を出た私は、教室に戻る前に廊下で涙をこぼした。
 憎かったのは事実だけれど、エロイナが死ねば良いとまでは思っていなかった。
 でも、たとえ私と再構築する未来がなくても、オリビオ殿下が悪魔王子に殺されて成り代わられてしまうくらいなら、彼女が殺されるバッドエンドその1になって欲しかった。オリビオ殿下は私の初恋の人だった。王都にある公爵邸で一緒に遊んだ日々を今も覚えている。

 涙はなかなか止まらない。
 ……昨夜もあんなに泣いたのに。
 ひとしきり泣いた後、私は教室へ戻った。
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