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第九話 その後の彼
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ピラール様は八年前にお亡くなりになりました。
私が看病しなかったから、だなんて自惚れるつもりはありませんし、罪悪感に囚われるつもりもありません。
出来るだけのことはしたのです。──夫のホセが。
アロンソ商会と帝国は、以前から赤炎豆の危険性に気づいていました。
赤炎豆とは貧者の救いとも呼ばれている食材で、やせた土地でも良く育ち大量に収穫出来て栄養もあるという優れた作物です。
ですが赤炎豆には毒があり、十歳以下のときに食べないと耐性が出来ず、耐性のないものが食べると死に至ることもありました。
戻る前の私が死んだのは、赤炎豆のせいだろうと夫は言いました。
ピラール様の看病をしていたときに吐しゃ物や排泄物から吸収して蓄積していた赤炎豆の毒が、ロコさんとの出会いで発症する量になったのではないかと。
ロコさんも悪意があったのではなく、仕事の都合で気づかぬところに赤炎豆の粉を帯びていたのではないかという話です。
「今はアロンソ商会の呼びかけで禁止されていますが、以前は赤炎豆を粉にしてパンに混ぜるという行為が普通だったんです。量が増えてお腹が膨れますし、耐性のある平民なら毒を気にする必要もないですからね」
ロコさんは下町の衛兵詰所で料理人をしていたと聞きました。
体が資本で平民出身の衛兵なら、赤炎豆粉入りのパンを食べていても不思議はありません。
料理人のロコさんが赤炎豆の粉を帯びているのも当然です。潮風を浴びた後の髪に残る砂や塩のように、粉状のものを完全に排除するのは難しいことですから。
「たぶん前のときの俺は貴女に振られて、あまり王国には関わらないようにしていたのでしょう。今回は王国を第二の本拠地と考えて、いくつもの商会を買収して配下に取り込みましたからね。従業員の健康に留意するのは当然のことです」
赤炎豆は王国平民の食生活を支配していました。
水に晒せば多少毒が抜けるのですが、毎日の生活でそんな手間はかけられません。貧しい人々は忙しいのです。
それに、耐性のある自分達には毒は効かないのですから、する意味がありません。
夫はアロンソ商会で働く船医を支援して赤炎豆の毒を研究させ、同時に商会と契約している農家で毒のない赤炎豆を作る品種改良をさせました。
大量に収穫出来る赤炎豆は、その分個々の違いが大きく、品種改良は一気に進みました。
今は毒がなく収穫量が多い紫色の豆が主流となりつつあります。ただ毒と栄養が密接に結びついていたらしく、栄養量は少し赤炎豆に劣るようです。
「その辺りはこれからの改良次第ですね。……いくら紫色だからといって、アロンソのホセ豆なんて呼ぶのはやめて欲しいんですけど」
「ふふふ。それだけ貴方が慕われているということですわ」
九年前、病で子爵家に戻ったピラール様に、ホセは赤炎豆の毒を研究していた船医を紹介してくれました。
考えてみると前のとき、ピラール様を診ていた貴族出身の医者は体調を崩して何度も交代していました。
私のようにピラール様の吐しゃ物や排泄物から赤炎豆の毒を受けてしまったのでしょう。
船医は王国出身の平民のため赤炎豆の毒に耐性がありました。
アロンソ商会の支援を受ける前から、船員の健康を守るために食材の研究をされていた方だったのです。
耐性がついている王国民でも長い船上生活で疲労が溜まれば発病する可能性もありましたし、赤炎豆を食べない他国民との交流で病を広げてしまうこともあったからです。
ピラール様は前のように完治はなさいませんでしたが、意識は早めに取り戻されました。
お亡くなりになる直前まで、熱はあっても簡単な書き物は出来るくらいの小康状態だったようです。私のことを知って、結婚への祝福と婚約破棄の謝罪を告げる手紙をくださいました。
平民は罹らないと言われても心配だったのでしょう、ピラール様はロコさんと再会することはありませんでした。
私が看病しなかったから、だなんて自惚れるつもりはありませんし、罪悪感に囚われるつもりもありません。
出来るだけのことはしたのです。──夫のホセが。
アロンソ商会と帝国は、以前から赤炎豆の危険性に気づいていました。
赤炎豆とは貧者の救いとも呼ばれている食材で、やせた土地でも良く育ち大量に収穫出来て栄養もあるという優れた作物です。
ですが赤炎豆には毒があり、十歳以下のときに食べないと耐性が出来ず、耐性のないものが食べると死に至ることもありました。
戻る前の私が死んだのは、赤炎豆のせいだろうと夫は言いました。
ピラール様の看病をしていたときに吐しゃ物や排泄物から吸収して蓄積していた赤炎豆の毒が、ロコさんとの出会いで発症する量になったのではないかと。
ロコさんも悪意があったのではなく、仕事の都合で気づかぬところに赤炎豆の粉を帯びていたのではないかという話です。
「今はアロンソ商会の呼びかけで禁止されていますが、以前は赤炎豆を粉にしてパンに混ぜるという行為が普通だったんです。量が増えてお腹が膨れますし、耐性のある平民なら毒を気にする必要もないですからね」
ロコさんは下町の衛兵詰所で料理人をしていたと聞きました。
体が資本で平民出身の衛兵なら、赤炎豆粉入りのパンを食べていても不思議はありません。
料理人のロコさんが赤炎豆の粉を帯びているのも当然です。潮風を浴びた後の髪に残る砂や塩のように、粉状のものを完全に排除するのは難しいことですから。
「たぶん前のときの俺は貴女に振られて、あまり王国には関わらないようにしていたのでしょう。今回は王国を第二の本拠地と考えて、いくつもの商会を買収して配下に取り込みましたからね。従業員の健康に留意するのは当然のことです」
赤炎豆は王国平民の食生活を支配していました。
水に晒せば多少毒が抜けるのですが、毎日の生活でそんな手間はかけられません。貧しい人々は忙しいのです。
それに、耐性のある自分達には毒は効かないのですから、する意味がありません。
夫はアロンソ商会で働く船医を支援して赤炎豆の毒を研究させ、同時に商会と契約している農家で毒のない赤炎豆を作る品種改良をさせました。
大量に収穫出来る赤炎豆は、その分個々の違いが大きく、品種改良は一気に進みました。
今は毒がなく収穫量が多い紫色の豆が主流となりつつあります。ただ毒と栄養が密接に結びついていたらしく、栄養量は少し赤炎豆に劣るようです。
「その辺りはこれからの改良次第ですね。……いくら紫色だからといって、アロンソのホセ豆なんて呼ぶのはやめて欲しいんですけど」
「ふふふ。それだけ貴方が慕われているということですわ」
九年前、病で子爵家に戻ったピラール様に、ホセは赤炎豆の毒を研究していた船医を紹介してくれました。
考えてみると前のとき、ピラール様を診ていた貴族出身の医者は体調を崩して何度も交代していました。
私のようにピラール様の吐しゃ物や排泄物から赤炎豆の毒を受けてしまったのでしょう。
船医は王国出身の平民のため赤炎豆の毒に耐性がありました。
アロンソ商会の支援を受ける前から、船員の健康を守るために食材の研究をされていた方だったのです。
耐性がついている王国民でも長い船上生活で疲労が溜まれば発病する可能性もありましたし、赤炎豆を食べない他国民との交流で病を広げてしまうこともあったからです。
ピラール様は前のように完治はなさいませんでしたが、意識は早めに取り戻されました。
お亡くなりになる直前まで、熱はあっても簡単な書き物は出来るくらいの小康状態だったようです。私のことを知って、結婚への祝福と婚約破棄の謝罪を告げる手紙をくださいました。
平民は罹らないと言われても心配だったのでしょう、ピラール様はロコさんと再会することはありませんでした。
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