真実の愛だった、運命の恋だった。

豆狸

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第一話 十年後

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 苦しい。
 体全体が燃え盛っているようです。
 喉が痛い。とにかくまともに呼吸が出来ないのです。

 熱で水分が無くなっているからか、両目を開こうとしても開けません。
 眼球がカラカラで、今にも張り裂けそうな感じがします。
 苦しい、苦しい、苦しい……もう死んでしまいたい。

「……マルガリータ」

 優しく私の名前を呼ぶのは、待ち望んでいた人ではありませんでした。
 兄です。実家の当主である兄が忙しい中、わざわざ来てくださったのでしょうか。
 迷惑をかけてばかりの私を心配してくださっているのでしょうか。

「マルガリータ!」

 義姉も来てくださったのでしょうか。
 ああ、大丈夫でしょうか。私のやまいがうつるものでないと良いのですが。
 兄と義姉には可愛い子どもが三人もいるのです。

「ごめんなさい、マルガリータさん。……ごめんなさい」

 お義母様? もしかしてお義母様が子爵領から、王都の子爵邸にまで来てくださったのでしょうか。
 結婚して八年間、跡取りに恵まれることのなかった私のために?
 思えばお義母様は、昔からとても優しい方でした。謝るのは私のほうです。

「マルガリータさん、すまなかった……」

 お義父様まで私に謝ってくださいます。
 どうしてなのでしょうか。
 だって悪いのは私です。愛されてもいないのに旦那様に嫁いで、旦那様の八年間を無駄に過ごさせてしまった私なのです。

 私さえいなければ、旦那様は三日前に来たふたりと幸せに暮らしていたはずなのに。
 ……三日前。そう三日前、あのふたりが来たのです。
 十年前の旦那様の駆け落ち相手ロコさんとそのご子息。メイドが思わず「そっくり」と呟いてしまったほど、旦那様によく似た少年。黒い髪に暗い青色の瞳、肌が浅黒かったのは平民として育ったからでしょう。

 ああ、でも急がなければなりません。
 私は生きていてはいけないのです。
 私が生きている限り、旦那様はロコさんとご子息を迎えに行けません。このままではロコさんは下町の衛兵隊長と結婚してしまいます。

 だから家令も急いだのでしょう。
 本来なら貴族家跡取りの昔の恋人が子どもを連れてきたりしたときは、まずは追い返して真実かどうかを調べます。主人に報告するのはそれからです。もちろん、ロコさんが嘘などつくはずはないのですけれど。
 家令がすぐに彼女を応接室へ通して私と会わせたのは、望まれていない妻である私に退去を促すつもりだったのでしょう。

 ごめんなさい、旦那様。
 あの夜突然やまいに倒れたりしなければ、すぐにでも離縁して旦那様を自由にして差し上げたのに。
 私が倒れたばっかりに、したくもない看病をさせてしまって。

 ごめんなさい、ごめんなさい、旦那様。
 いつまでも跡取りを産めない私と、義務で体を重ねるのはどんなに不快だったことでしょう。
 旦那様には愛する人がいたのに。だれよりもだれよりも愛する人がいたのに。

 この王国の貴族子女が通う学園を卒業した途端、私に婚約破棄状を残して駆け落ちするくらい愛した人がいたのに。
 一年間を共に暮らして、旦那様がやまいに倒れたりしなければ、そのまま幸せに暮らしていたはずなのに。
 意識不明だった旦那様が目覚めるまでの一年間、看病していたのが私だったからといって、結婚していただくのではなかったわ。旦那様の真実の愛のお相手であるロコさんに、旦那様をお返ししなくてはいけなかったのに。彼女がやまいの旦那様の居場所を子爵家に伝えて姿を消したのは、旦那様を救うためだったのに。

 だれかが濡れた布で顔を拭いてくれました。
 とても気持ちが良いです。眼球にまで水気が届いた気がしました。
 最後の力で瞳を開いた私が見たのは、少し離れたところに立っていた旦那様が私の死を確信して口角を上げたお顔でした。

 旦那様、ピラール様、どうか最後に私の名前を──
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