3 / 10
第三話 テオ
しおりを挟む
「……わかったわ。テオを呼んできます。あの子の闇魔術なら、無数のスズメバチを眠らせることも出来るはずよ」
そう言って、テッサ様と侍女達が走っていきます。
幸いこのお茶会の場にほかの生徒達の姿はありませんでした。
……良かった。布越しに私が刺され始めていることには気づかれなかったようです。痛みはありますが、布越しで傷が浅いせいか、すぐ命が亡くなるようなことはなさそうです。
婚約破棄をされて死を選んだ私が、こうして大切な人を救える瞬間に戻ってこられるだなんて、なんて幸せなことでしょう。
何度となく刺されたせいか、少し頭が痛くなってきました。呼吸も苦しくなってきた気もします。
でも少しだけ、後少しだけ、テオ様がいらっしゃるまで命が続けば、どれほど嬉しいかしれません。
テッサ様の義弟、闇魔術を操るテオ様こそが私が初めて恋した方でした。
婚約者の王太子殿下に愛されたいと望んでいましたけれど、初対面のときから妹を愛している彼に恋することは出来なかったのです。
愛する努力はしていましたが、それでも……そんな人間だから愛されなかったのでしょう。だれにも愛されることがなかったから、愛することがわからなかったのでしょう。
「ソフィー嬢!」
力を失った頭が袋の上に落ちていきます。薄れていく意識の中、卒業パーティで窓から飛び降りたときに聞こえたのと同じ声が聞こえた気がしました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
テオ様はテッサ様の従弟に当たります。
ひとつ年下の彼は、妻子ある方との禁断の恋に落ちたテッサ様の叔母様のお子様です。
年若かった彼女は出産に耐え切れずお亡くなりになり、彼はまだ子どもがいなかった父親に引き取られました。
とはいえ、父親の正妻が彼を歓迎するはずがありません。
激しい虐待を受けた彼は隠れたり眠りを呼び込んだりすることに長けた闇魔術に目覚め、そんな魔術を使う人間はうちの血筋ではないと言われて、テッサ様のお宅へと返されたのだそうです。
魔術は系統ごとに特徴が違い、人間の精神に働きかける闇魔術は悪事への応用が容易だということで嫌われているのです。才があっても秘密にしている方がほとんどだとか。スズメバチの巣を布袋へ入れてお茶会の場へ放り込んだ男爵令嬢も闇魔術の才があったのではないかと、後で言われていました。
テオ様はテッサ様と同じ黒い髪に紫の瞳でした。
とても整ったお顔なのに、いつも不機嫌そうな表情で周囲を睨みつけています。
口が悪くて皮肉屋だと評判です。きっとテッサ様と同じで、なんでもはっきりと口に出される方なのです。
彼は、不眠症だった私のために眠りの魔術をかけたラベンダーの香りの人形を作ってくださいました。
『眠りたいのに眠れないことってあるよね。考えたくもない、嫌なことばかりが頭に蘇って、今はもう大丈夫なのに、どうしても過去の記憶から逃れられなくて。……僕の闇魔術はね、自分を眠らせるために目覚めたんだよ』
人形を渡してくださいながら寂しそうに微笑んだ彼に、私は恋をしたのです。
愛されていなくても、王太子殿下の婚約者である私にとって、生涯口にすることの出来ない想いでした。そもそも身勝手で一方的な恋なら出来ましたが、家族にも愛されなかった私が互いに想い合う愛を抱ける日が来るとも思えません。
スズメバチのせいでテッサ様がお亡くなりになってから、お会いすること自体が無くなりました。
……テオ様はテッサ様を慕っていらしたのだと思います。
私にとってそうだったように、テオ様にとってもテッサ様は生きていくために必要な希望の光だったのでしょう。
優しさで言葉を濁されるよりも、はっきりと口に出されたほうが楽になる。そんなときもあるのです。
そう言って、テッサ様と侍女達が走っていきます。
幸いこのお茶会の場にほかの生徒達の姿はありませんでした。
……良かった。布越しに私が刺され始めていることには気づかれなかったようです。痛みはありますが、布越しで傷が浅いせいか、すぐ命が亡くなるようなことはなさそうです。
婚約破棄をされて死を選んだ私が、こうして大切な人を救える瞬間に戻ってこられるだなんて、なんて幸せなことでしょう。
何度となく刺されたせいか、少し頭が痛くなってきました。呼吸も苦しくなってきた気もします。
でも少しだけ、後少しだけ、テオ様がいらっしゃるまで命が続けば、どれほど嬉しいかしれません。
テッサ様の義弟、闇魔術を操るテオ様こそが私が初めて恋した方でした。
婚約者の王太子殿下に愛されたいと望んでいましたけれど、初対面のときから妹を愛している彼に恋することは出来なかったのです。
愛する努力はしていましたが、それでも……そんな人間だから愛されなかったのでしょう。だれにも愛されることがなかったから、愛することがわからなかったのでしょう。
「ソフィー嬢!」
力を失った頭が袋の上に落ちていきます。薄れていく意識の中、卒業パーティで窓から飛び降りたときに聞こえたのと同じ声が聞こえた気がしました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
テオ様はテッサ様の従弟に当たります。
ひとつ年下の彼は、妻子ある方との禁断の恋に落ちたテッサ様の叔母様のお子様です。
年若かった彼女は出産に耐え切れずお亡くなりになり、彼はまだ子どもがいなかった父親に引き取られました。
とはいえ、父親の正妻が彼を歓迎するはずがありません。
激しい虐待を受けた彼は隠れたり眠りを呼び込んだりすることに長けた闇魔術に目覚め、そんな魔術を使う人間はうちの血筋ではないと言われて、テッサ様のお宅へと返されたのだそうです。
魔術は系統ごとに特徴が違い、人間の精神に働きかける闇魔術は悪事への応用が容易だということで嫌われているのです。才があっても秘密にしている方がほとんどだとか。スズメバチの巣を布袋へ入れてお茶会の場へ放り込んだ男爵令嬢も闇魔術の才があったのではないかと、後で言われていました。
テオ様はテッサ様と同じ黒い髪に紫の瞳でした。
とても整ったお顔なのに、いつも不機嫌そうな表情で周囲を睨みつけています。
口が悪くて皮肉屋だと評判です。きっとテッサ様と同じで、なんでもはっきりと口に出される方なのです。
彼は、不眠症だった私のために眠りの魔術をかけたラベンダーの香りの人形を作ってくださいました。
『眠りたいのに眠れないことってあるよね。考えたくもない、嫌なことばかりが頭に蘇って、今はもう大丈夫なのに、どうしても過去の記憶から逃れられなくて。……僕の闇魔術はね、自分を眠らせるために目覚めたんだよ』
人形を渡してくださいながら寂しそうに微笑んだ彼に、私は恋をしたのです。
愛されていなくても、王太子殿下の婚約者である私にとって、生涯口にすることの出来ない想いでした。そもそも身勝手で一方的な恋なら出来ましたが、家族にも愛されなかった私が互いに想い合う愛を抱ける日が来るとも思えません。
スズメバチのせいでテッサ様がお亡くなりになってから、お会いすること自体が無くなりました。
……テオ様はテッサ様を慕っていらしたのだと思います。
私にとってそうだったように、テオ様にとってもテッサ様は生きていくために必要な希望の光だったのでしょう。
優しさで言葉を濁されるよりも、はっきりと口に出されたほうが楽になる。そんなときもあるのです。
635
お気に入りに追加
2,381
あなたにおすすめの小説

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた
ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。
夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。
令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。
三話完結予定。

魅了魔法にかかって婚約者を死なせた俺の後悔と聖夜の夢
鍋
恋愛
『スカーレット、貴様のような悪女を王太子妃にするわけにはいかん!今日をもって、婚約を破棄するっ!!』
王太子スティーヴンは宮中舞踏会で婚約者であるスカーレット・ランドルーフに婚約の破棄を宣言した。
この、お話は魅了魔法に掛かって大好きな婚約者との婚約を破棄した王太子のその後のお話。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※魔法のある異世界ですが、クリスマスはあります。
※ご都合主義でゆるい設定です。

【完結】誠意を見せることのなかった彼
野村にれ
恋愛
婚約者を愛していた侯爵令嬢。しかし、結婚できないと婚約を白紙にされてしまう。
無気力になってしまった彼女は消えた。
婚約者だった伯爵令息は、新たな愛を見付けたとされるが、それは新たな愛なのか?

【完結】白い結婚をした悪役令嬢は田舎暮らしと陰謀を満喫する
ツカノ
恋愛
「こんな形での君との婚姻は望んでなかった」と、私は初夜の夜に旦那様になる方に告げられた。
卒業パーティーで婚約者の最愛を虐げた悪役令嬢として予定通り断罪された挙げ句に、その罰としてなぜか元婚約者と目と髪の色以外はそっくりな男と『白い結婚』をさせられてしまった私は思う。
それにしても、旦那様。あなたはいったいどこの誰ですか?
陰謀と事件混みのご都合主義なふんわり設定です。

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

想い合っている? そうですか、ではお幸せに
四季
恋愛
コルネリア・フレンツェはある日突然訪問者の女性から告げられた。
「実は、私のお腹には彼との子がいるんです」
婚約者の相応しくない振る舞いが判明し、嵐が訪れる。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる