嘘の恋は真実の愛にはなれません!

豆狸

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第二話 裏切り

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 以来、私達は生徒会役員の方々とは昼食を摂っていません。
 ベアトリス様の先ほどのお言葉は、今もあのときのことを不快に思っていらっしゃるからでしょう。
 アナマリア様にしても、目の前でご自分の婚約者と親密にされたことは面白くなかったはずです。その場に王太子殿下がいらっしゃったので、公爵令嬢のベアトリス様しかイディオタさんへの注意を口に出せなかっただけです。

 私も、イディオタさんがヘスス様と親密になさっていたら、とても悲しかったと思います。
 その場でのヘスス様は必要以上にイディオタさんと接触することはなかったのですが、その行為を注意することもありませんでした。
 でも後で、これからは優秀な平民にも頑張ってもらわなければいけないので、王太子殿下とペドロ様はイディオタさんに気を使っているだけだと教えてくださいました。殿下方が愛しているのはベアトリス様とアナマリア様だけなのだから、私がおふたりを支えてあげてくれともおっしゃってくださったのです。

 ヘスス様に頼りにしていただけるのは、とてもとても嬉しいことです。
 ただ私がヘスス様のお言葉を伝えたときのベアトリス様とアナマリア様は、なんだか複雑そうなお顔をなさっていました。
 理由があったとしても、目の前で親密に振る舞われるのはお嫌だったのでしょう。

「ふふ、そうですね。女同士でのんびりお昼を楽しみましょう。殿方に囲まれて食事をするなんて緊張しますものね」
「……緊張せずに大喜びする女もいそうですけどね」
「アナマリア、嫌なことを思い出させないで」

 学園に入学して初めて顔を合わせた私と違って、婚約者が王太子殿下とその護衛騎士見習いであるおふたりは以前からのお友達です。
 卒業したら、私はエステバン辺境伯領に籠もりきりになるでしょう。
 おふたりと親しく出来るのは今のうちだけなのです。

 イディオタさんがどんなに優秀でも、卒業後は王太子殿下や正式な護衛騎士になったペドロ様と親しく付き合うことは出来ません。
 三人で歩く廊下の窓から見える学園中庭のカフェテラスで、イディオタさんを中心にして昼食を楽しむ生徒会の方々の姿に少し胸が痛むのも、今のうちだけのことなのです。ふたつ年上のあの方々の卒業までは、後数ヶ月なのですから。
 と、思っていたのですが──

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「すまない、ネレア。俺とイディオタは真実の愛で結ばれているんだ」

 婚約者同士の定例お茶会のために王都にあるエステバン辺境伯邸を訪れた私を待っていたのは、ヘスス様に寄り添ったイディオタさんでした。
 あまりのことに固まってしまいます。
 イディオタさんと親しいのはペドロ様ではなかったのでしょうか。

「爺様が煩いからな。ペドロは俺とイディオタの関係を誤魔化すために、彼女と親しい振りをしてくれていただけなんだ」

 それは……それはあまりにアナマリア様に失礼なことではないでしょうか。
 いいえ、私にだって失礼極まりありません。
 そう思うのに声は出ません。このまま固まっていてはいけないとわかっているのに、どうしても唇が動かないのです。

「それでなんだがな、いずれは君との婚約を解消する気だが、今は出来ない。爺様が体調を崩して寝込んでいるからな。こんなことを伝えたら、ぽっくり逝ってしまいかねない。だから爺様が元気になるまで、このことは秘密にしておいて欲しいんだ」

 すまない、とヘスス様が頭を下げます。

「君のことを好きになろうと努力はしたんだ。だけど無理だった。政略結婚なんていう嘘の関係では、真実の愛は芽生えない」

 鋭い氷の刃で心臓を貫かれたような気がしました。
 では私の想いはなんなのでしょうか。
 私がヘスス様をお慕いしている気持ちは嘘だとおっしゃるのでしょうか。

 慌てると固まってしまう愚鈍な自分でも、時間をかければヘスス様のお力になれるのだと思っていたのに……
 いいえ、ヘスス様に相応しいのは最初から、イディオタさんのように頭の回転が速くて気の利いた会話の出来る女性だったのでしょう。
 ベアトリス様とアナマリア様が複雑そうなお顔をなさったのは、このことをご存じだったからなのかもしれません。なにも知らない私を哀れに思って、真実を秘してくださったのでしょう。

 固まっていた頭が動き出しました。
 一番大切なのはヘスス様の幸せです。
 私の未練など断ち切ってしまわなくてはいけません。くだらない嫉妬で愚かな真似をして、私の大切な初恋を穢すようなことになるのは嫌です。だって……ヘスス様が好きなのですもの。

「わかりました。エステバン辺境伯閣下がお元気になられるまで、このまま婚約者として行動させていただきます。その代わりひとつだけお願いを聞いていただけないでしょうか?」

 私が思いついたことを口に出すとヘスス様は苦笑し、イディオタさんはなぜかとても不機嫌そうな表情になりました。
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