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第八話 これまでのこと

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「そしてその魔術師団長は王妃殿下の遠縁だったっけか? この国が不作に陥ったのも、これまで採れなかった宝石がいきなり産出し始めたのも、その魔術師団長が王妃殿下のゴリ押しで今の地位に就いてからだと聞いているぞ」

 王太子殿下の顔色が変わる。

「なぜあなたがそんなことまで!」
「魅了の件の問い合わせへの対応で舐められてると感じた時点で、この国はヘルツェル帝国の潜在敵国だ。敵国の内情を調べるのは当然だろう?」
「敵国……」
「そっちがこれ以上舐めた真似をしなけりゃ帝国から手を出すことはない。とはいえ、もし我が国がこの国から手を引いたら、ほかの国も次々と手を引くだろうけどな。そんなに気にするな、王太子殿下。友好なんて見せかけだけ、国なんてすべて敵同士だ」
「……私の寝床からいなくなったロイバーナは、大広間で黒焦げになって呻いているところを発見された」
「ああ、精霊樹の実には、精霊樹のように周囲を浄化する力があるからな。自分の魅了が解呪されるかもしれないと恐れて、精霊樹の実を始末しに行ったのか」
「違う。彼女は怯えて逃げようとしていたんだ。でも父親の魔術師団長に見つかって……父親とふたりで精霊樹の実を盗んで逃げることになったらしい。切れ切れの息の下でそう証言した。魔術師団長のほうは呻くこともできない死体になっていた。全身黒焦げなのに服は少しも焦げてなくて、顔立ちははっきりわかるという特殊な死体だ」

 王妃殿下にとって魔術師団長は初恋の人だったのだという。
 初恋の人の無残な最後を見た彼女は、これまでのことを白状した。
 不作と宝石の産出は同じことの裏表だったのだ。

 王妃殿下のゴリ押しで魔術師団長となった彼は、王族と高位神官しか入れない神殿の精霊樹のところへ押し入り、精霊樹から魔力を奪う実験をした。
 その結果、精霊樹は枯れかけどころか枯れ果てて、形だけなんとか残ったむくろと化した。奪うつもりだった魔力は大地に溶けて澱み宝石のような形を取った。
 しかし時間をかけて成長する本当の宝石と違い、精霊樹の最後の魔力で生まれたギュンター王国の宝石もどきは脆く色も悪いものとなったのだ。

「母上は魅了のことまでは知らなかったらしいが、クリスティーネと一緒に行くはずだった帝国の大学への留学期間が私だけズレたのは、体調が悪いから側にいて欲しいと母上に強請ねだられたせいだ。魔術師団長に頼まれてのことだったようだ」
「そんなことまで他国の皇帝に言ってもいいのか?」
「すぐにほかの国々にも知らせる。我が国がこれまで輸出していた宝石は紛い物だ。脆過ぎて加工することもできないと知られてきている。今に各国から大量の賠償請求が届く。悪いのはすべて魔術師団長だと説明しておくしかない」
「その応対をクリスティーネにやらせるつもりか?」
「違う! そうではなくて……私は魅了されていただけで、クリスティーネを愛しているんだ。彼女を失いたくない」
「魅了されていても判断力まで失うわけじゃない。王太子殿下は公務は普通にこなしていただろう? 愛している相手でないからと、クリスティーネを冷遇したのはあんたの意思だ。ここまでするなんて最初から彼女を見下していたとしか思えない。魅了されたといっても、幼いころからの思い出まで消えるわけではないはずだ」

 泥酔させられてロイバーナと関係を持たされたのだと言い募る王太子殿下に、ウルリヒ陛下は溜息を漏らす。

「そもそも、どうして泥酔したんだ? まさか周囲が王太子殿下を押さえつけて、無理矢理酒を飲ませたわけじゃないだろう? 魔術師団長の護符がどうこう言いたいかもしれないけれど、酒を飲む量すら自分で制御出来なかったというのは自慢にならんぞ。……とはいえ、これからどうするかを決めるのはクリスティーネ自身だ。俺はクリスティーネの判断に従う」

 ウルリヒ陛下の青い瞳は、私の好きにしろと言ってくれている。
 私は正直に自分の気持ちを口にすることにした。

「昨夜、夢を見ました。昔の夢です。初夜の夢と婚約破棄されたときの夢と……もっと昔の夢です」
「クリスティーネ……」
「初夜の夢を見て私久しぶりに思い出したんです、王太子殿下のお名前を。ロイバーナ様が口にしていらしたから」
「……」
「ほら、学園にいたころにお名前で呼ぶなとおっしゃられたでしょう? それからずっとお呼びしていなかったから、私にとって王太子殿下は王太子殿下だったんです」
「それは、ロイバーナに魅了されていたから……」
「婚約が結ばれたばかりの子どものころや王太子殿下がロイバーナ様と出会う前には楽しいこともあったのかもしれません。でも夢の中で楽しいと感じた一番古い記憶は、帝国に留学してウルリヒ陛下と会話しているときのものでした。ふふふ」

 なんだか笑ってしまう。
 王太子殿下を愛していたと記憶にはあるものの、感情は少しも甦って来ないのだ。

「婚約破棄の後で父に散々殴られたから、ほかの記憶は消えてしまったのかもしれませんね」
「殴られ? バウマン公爵に殴られていたのか? 君が王太子妃になると決まって婚礼の準備をしていたとき、いつもヴェールを被っていたのは」
「殴られてできたアザを隠すためですわ。幸い婚礼の日までには消えてくれました。……婚約を破棄される前までは、アザができない程度にしか殴られていなかったのですけれど」
「王太子殿下」
「皇帝陛下?」
「バウマン公爵の領地はうち帝国の熊獣人の国と接している。アイツら熊獣人は皇帝の俺の言うことなんて聞かない。なにしろ俺の対立候補が熊獣人の王子様だったからな。そんなわけで、熊獣人の国とバウマン公爵領で戦争が起こっても俺は知らないから、よろしく」

 ウルリヒ陛下の発言は嘘だ。
 王太子妃としての仕事をこなす中で各国の情報も集めていた。熊獣人の王子殿下はウルリヒ陛下の親友で、皇帝の座を巡って正々堂々と戦ったことでさらに友情が深まったと聞いている。
 ロイバーナ様に夢中に──魅了されていたときも王太子殿下は公務を真面目にこなされていた。彼もその事実は知っているだろう。

「すまないクリスティーネ、私は……」
「あなたはギュンター王国の王太子殿下。ウルリヒ陛下のつがいとなった私にとってはそれ以上でもそれ以下でもありません」

 ヒト族の私はつがいの衝動なんてわからないけれど、昨日の宴で感じた通り、ウルリヒ陛下はたったひとりの私の味方だ。
 彼が望んでくれるのならば、私は彼のつがいとして生きていく。
 もしこれが優しい嘘で、いつか彼に本当のつがいが現れたとしても絶対に渡さない。渡したくないと、心から思った。私は彼を愛し始めているのかもしれない。
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