百度目は相打ちで

豆狸

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第一話 百度目の始まり

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 穏やかな秋の日差しの中、魔術学園の中庭で開会式が始まる。
 生徒によって開催された園遊会だが、特別講師として学園に招かれることの多い騎士団や魔術師団の人間もいるので、年齢層の低い社交界のような雰囲気が醸し出されている。自領の開拓地に将来性のある若い騎士や魔術師を取り込みたい辺境伯閣下の姿も見えた。
 生徒会長でもあるベニアミーノ王太子殿下の挨拶が終わり、設えられた壇の周りから生徒と招待客が散らばっていく。百度目の園遊会の始まりだ。

 ベニアミーノ殿下の婚約者である私、エスポージト公爵令嬢アンドレアも動き始めた。
 なるべく人気のない場所へと向かう。
 アイツがどこにいるのかはわからないけれど、私を襲ってくることだけははっきりしている。今回はだれも巻き込みたくない。

 それならば園遊会になど来なければ良かったのに、と言われるかもしれない。
 しかし、こればかりはどうしようもない。
 私はこれまで九十九回死んで今回が百度目の巻き戻りなのだけれど、巻き戻りの始まりはいつも園遊会の開会式の始まりからなのだ。巻き戻りから死亡まで、大体半刻ほど。園遊会の閉会式を迎えたことは一度もない。

 たった半刻(約一時間)とはいえ、九十九回繰り返せば四日ほどにはなる。
 その四日間で、私は目的に向けて精いっぱい努力してきたつもりだ。
 今回目的が果たせるとは思っていない。アイツは強い。私は百度目の死を迎えることだろう。でもただで死ぬ気はない。今回は相打ちを狙っていた。それが叶えば、いつかはアイツを倒せる日が来ると信じられる。

「アンドレア様? どこへ行かれますの?」
「一緒におしゃべりをなさいませんか?」

 そう声をかけてくださったのは、侯爵令嬢のフランカ様と伯爵令嬢のカルラ様だ。
 おふたりとも大切なお友達。魔力の量が多いだけの私と違い、ご自分の努力で身に着けた優れた錬金の技を持っていらっしゃる。努力型の天才なのだ。
 彼女達を巻き込むわけにはいかない。

 巻き戻りが五十回未満のころは死への恐怖と不安に惑わされて、おふたりに甘えて巻き込んでしまった。
 自分がアイツに殺されるよりも、目の前でおふたりの命を奪われるほうがずっと辛い。私はそれを知っている。
 だから私は微笑んで、思わせぶりに人差し指を唇に当てて見せた。

「仲直りなさったんですの?」
「良かったですわ。……そうですわね、あの方は嫉妬深いから秘密にしたほうがよろしいですわね」
「アンドレア様が婚約者ですのにね」

 私と殿下が仲直りするなんてあり得ない。そもそも喧嘩しているのではなく、私が殿下に飽きられただけだ。とはいえ大切なおふたりには嘘はつけない。
 私は笑顔だけ残して、人気のない裏庭へと続く横道に足を延ばした。
 おふたりから顔を背けた瞬間、自分の笑みが消えたのがわかる。彼女達を守るためにも私は心を静めなくてはならない。

 もう自分の死は怖くない。いいえ、怖くても受け入れる。一番怖いのは諦めること。
 いつかアイツを倒して園遊会の閉会式を迎えるときが来ると信じて、私は冷静に戦いに挑む。
 心を静めれば園遊会のざわめきも消えていくはずだったが──
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