好きでした、さようなら

豆狸

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第十四話 私は目覚めました。

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 精霊が実体を持つほどの生命力を取られたら、てっきり死んでしまうのだと思っていました。
 ですが、どうやら私は死なないようです。精霊が実体化して現れていても、プラエドー様はこれまでの代償を取られるまでお元気でしたものね。最初にある程度生命力を取られたら、それからしばらく精霊はその生命力で力を使ってくれるのでしょう。
 ──目覚めていくのを感じます。

 私は、恐る恐る目を開けました。

「……あら?」

 そこは、慣れ親しんだデクストラの王宮、第二王子の婚約者だった私に与えられた部屋の寝台の上でした。

「アンリエット!」

 寝台の横に座っていたラインハルト殿下が満面の笑みで私を迎えます。

「……ラインハルト殿下、泣いてらっしゃったんですか? どうなさったんです? 大丈夫ですか?」

 慌てて起き上がろうとした私を支えて、殿下が苦笑を漏らしました。

「人のことばかり心配するな。お前こそ大丈夫か?」
「体は。でも少し頭の中がおかしいのです」
「頭の中が? おい、穏やかじゃないぞ」

 青ざめたラインハルト殿下に、私は話します。

「どこまでが夢で、どこからが現実なのかわからないのです。私は……殿下に婚約を破棄されて、辺境伯領の実家へ戻ったのではなかったのですか?」

 彼の顔色が曇りました。

「領地に戻った私は湖に落ちて……」
「なんだと? そんなことがあったのか? まさか自害しようとしたのではないよな?」
「事故です。精霊の花の種があったら良いのにと思って、湖面を覗き込んだら落ちてしまったのです。そして私は……」

 ラインハルト殿下の後ろに控えていた侍女が、別の侍女からの報告を受けて殿下に耳打ちします。
 彼は苦虫を噛み潰したような顔になりました。

「客が来てる。……会うか?」

 その瞬間、これまで夢のように思っていたことが真実だとわかりました。
 私は隣国シニストラ王国に嫁いだのです。
 訪問者は私の夫ヘイゼル陛下でしょう。

 頷くと、侍女達が陛下とジークフリード殿下、ガートルード様を連れてきました。

「アンリエット!」

 ガートルード様が飛びついてきます。

「……どうして教えてくれなかったの? いつだって助けに行ったのに」

 ああ、すべて知られてしまったのですね。
 ジークフリード殿下の隣に立つヘイゼル陛下は、死人のような顔色です。
 先ほどは不思議に思いましたが、目の前で愛する人があんなことになったのですから当然でした。四度目の死を迎えたせいで、私が人の心を失っていたのでしょう。

 ガートルード様に見つめられて、ジークフリード殿下が気まずそうに口を開きます。

「すまないね、アンリエット嬢。ヘイゼル陛下から聞いてしまったよ。君達は清いままの白い結婚なんだね。それなら離縁に問題はない」

 ラインハルト殿下の顔が明るく輝きます。

「そうか! そうだったのか! 帰って来い、アンリエット。俺の犯した罪は償う。お前にもデクストラ王国にもだ。だから、俺の婚約者に戻ってくれ」
「そう簡単に行くものじゃないよ、ラインハルト」
「……まずは莫迦を治して」

 ヘイゼル陛下はなにもおっしゃいません。
 陛下は初夜の約束を覚えてくださっているでしょうか。
 ああ、本当に元に戻れたらどんなに素晴らしいでしょう。ラインハルト殿下の婚約者として王宮で暮らし、ガートルード様と過ごして、たまに辺境伯領へ戻って父や兄に甘えて、でも──

 時間は戻りません。
 ラインハルト殿下に恋していた私は、冷たい湖水の中で死んでしまいました。
 幼馴染としては今でも好きですが、前のような気持ちには二度となれないでしょう。

「私はヘイゼル陛下の妻です」

 そう言うと、陛下は驚いたような顔で私を見ました。

「ヘイゼル陛下は、私との離縁をお望みですか?」

 少しためらった後で、陛下は首を左右に振りました。

「……アンリエット?」

 ガートルード様が心配そうに顔を覗き込んできます。

「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。もう体は大丈夫です」
「……そういうことじゃない」

 ごめんなさい、ガートルード様。
 わかっています、ガートルード様が私の死んだ心に気づいていることは。
 だけど私はどうしても、ヘイゼル陛下に約束を果たしてもらいたいのです。
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