好きでした、さようなら

豆狸

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第十一話 私の心の四度目の死

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 馬車は昼夜を問わず走り続け(ちゃんと馬を替えたり休んだりもしましたよ)、私達はデクストラ王国の王都に着きました。
 ラインハルト殿下と婚約してからの私の人生のほとんどが紡がれていた場所です。
 民の歓迎を受けて王宮へ向かい、国王陛下ご夫妻に迎えられました。今日のところは、これで公式行事は終わりです。明日以降は夏祭りを楽しみながら、シニストラ王国からの賓客として公務に出席します。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 王宮で用意された部屋へと案内された私達は、荷物を置いて少し休みました。

「アンリエット、これから王太子殿下達との食事会だが大丈夫かい?」

 ヘイゼル陛下が案じてくれます。
 ラインハルト殿下やプラエドー様が同席するからでしょう。
 あまり良い関係とは言えない方々です。

「大丈夫ですわ」
「しかし君は、馬車でも眠ってばかりだったじゃないか」
「それは……」

 私は口籠りました。
 精霊に対する願いの代償は、叶えてから支払うものではなかったのです。
 いいえ、叶えてからも支払います。ですが、叶えるために行使する力も願った人間の生命力がないと発動できないというのです。精霊はヘイゼル陛下の愛する人を見つける準備として、私の生命力を受け取っていました。眠ってばかりだったのはそのせいです。

「ご心配ありがとうございます、陛下。でも本当に大丈夫ですわ。……懐かしい方達にお会いしたいですし」
「……そうか」

 陛下にエスコートされて、食事会の会場である中庭へ向かいます。
 私的な食事会と言っても侍女や侍従達が周囲にいます。
 護衛騎士達も控えています。

「お久しぶりです、ヘイゼル陛下」
「お招きありがとうございます、ジークフリード王太子殿下」
「……アンリエット、疲れている?」
「ずっと馬車だったからです、ガートルード様」

 ジークフリード殿下とガートルード様に挨拶をした後で、ラインハルト殿下とプラエドー様が進み出ました。
 ヘイゼル陛下は、このふたりとは初対面ですね。
 ラインハルト殿下は不機嫌そうな顔で睨みつけるように私を見ています。相変わらず儚げで弱弱しいプラエドー様は、陛下を見て一瞬緑色の瞳を見開きました。でもすぐに視線を逸らして俯きます。……どうかしたのでしょうか?

(……見つけたよ、アンリエット!)

 精霊の幼い声が頭に響き渡りました。

「え?」
「アンリエット?」
「……どうしたの?」

 思わず上げてしまった声に、陛下やガートルード様が怪訝そうな顔をしています。

(……ああ、このままじゃわからないんだね。旅の間にアンリエットからもらった力で、去年の姿に戻してあげる!)

 楽し気な精霊の声とともに、プラエドー様の髪が黒く変わりました。
 瞳も紫色に染まっていきます。

「……アンリエット。彼女だ。私のアンリエットだ」

 隣に立つヘイゼル陛下が小さな声で、私の名前を私ではない人に呼びかけています。
 慣れ親しんだ痛みが心臓を襲います。
 これで四度目。いいえ、もっとでしょうか。私の心は何度死ねば良いのでしょう。

『あはははは! これはもうダメね』

 笑い声を響かせて、プラエドー様の頭上に小さな子どもが現れました。握った拳ほどの大きさで、キラキラと煌めいています。
 心なしか、髪や瞳の色が変わる前のプラエドー様に似ている気がしました。
 その子どもの背中には真っ赤な翅が生えています。美しくも禍々しい模様が走る、蝶のような翅です。

『ごめんね、プラエドー。王妃になるっていうアンタの夢、もう叶えるの無理だわ。去年の夏にあの男を捕まえておけば、そのまま王妃になれたのにねえ』

 私と同じ色の髪と瞳になったプラエドー様が、赤い蝶を荒々しく怒鳴りつけます。

「なによ! だったら教えてくれれば良かったじゃない! アンタ人の心が読めるんでしょ? アイツがシニストラの王だって、最初からわかってたんでしょ?」
『あのとき、なにも聞かなかったじゃない。アンタの願いは王妃になることだけど、そのためにどうするかはアンタが考えることよ。去年髪と瞳の色を変えてあげたのだって、アンタから言い出したことでしょう?』

 言い争うプラエドー様と赤い蝶のようなものを見つめていたら、頭の中で精霊が呟きました。

(……精霊もいたけど、お友達になりたくないなあ)

 あの蝶の翅を持った子どもは精霊なのですね。

「うるさい、うるさい、うるさいっ!……あ」

 蝶の精霊を怒鳴りつけて、プラエドー様は我に返ったようでした。
 王太子のジークフリード殿下もガートルード様も、隣に立つラインハルト殿下も、周囲を囲む侍女や侍従、護衛騎士達も、みんな侮蔑に満ちた瞳を彼女に向けています。
 プラエドー様は私を指差しました。

「ラインハルト様、アイツです! アイツがアタシに罪を着せようとして、こんな真似をしたんです!」
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