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第六話 私の心の三度目の死の前に
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精霊の種を中央に植えたおかげか、香草はあっという間に成長しました。
一ヶ月もするころには、私が独自に調合して入れたお茶がヘイゼル陛下の執務室の定番となっていました。
精霊の種はまだ芽も出ていませんが、私はちゃんと毎日願っています。……陛下の愛する人が見つかりますように、と。
「うわあ、アンリエット様のお茶は美味しいなあ」
「ありがとうございます」
「毎年夏になると食が細くなるヘイゼルが倒れもせず元気なのは、アンリエット様のお茶のおかげじゃない?」
「……そうだな。アンリエットのお茶は爽やかでさっぱりする」
「薄荷を入れているのですが、それだけだと陛下のお好みに合わないようでしたので、蜂蜜やほかの香草を混ぜて喉越しをまろやかにしてみましたの」
今日はネビル様も一緒に執務室でお茶会です。
辺境伯領に私を迎えに来てシニストラ王国まで護衛してくださったのも、クラウディア様とともに導いてくださっているのもネビル様です。
彼の顔立ちはヘイゼル陛下に似ていますが、髪の毛は銀色ではなくくすんだ灰色です。
「アンリエット」
「はい、陛下」
「今日はネビルがいるから、こちらはもういい。君が今朝仕分けてくれたから、書類の処理も順調に進んでいる。好きなだけ花壇の世話をするといい」
「ありがとうございます」
あの花壇で育てているのが香草だけでなく、精霊の種もあるということはヘイゼル陛下には話していません。もちろん私の願いもです。
クラウディア様に私達が白い結婚だと打ち明けていないのと同じように、これからも話すことはないでしょう。
お茶を楽しんだ後で、私は陛下の執務室から立ち去りました。
★ ★ ★ ★ ★
「……ネビル」
「なーに?」
ヘイゼルに呼ばれて、ネビルは微笑んだ。
この生真面目な国王に惚気でも聞かされるのだろうか。
去年の夏、同じ学園に通うアンリエットについて聞かれたときは驚いたが、こんな結果になってさらに驚いていた。しかし驚きが治まると、案外似合いのふたりではないかと思うようになっていた。感情の起伏が激しく、ときとして荒々しい隣国のラインハルト王子よりも生真面目で穏やかで心優しい自国のヘイゼル王のほうが、おっとりしていて人を陰から支えることに向いたアンリエットの隣に立つのが自然に思える。
「これは母上にも言っていないのだが」
「クラウディア様にも?」
ネビルは執務室を見回し、窓を閉めた。
部屋にはふたり以外いない。
重い扉は固く閉ざされていて、廊下に立つ近衛騎士が盗み聞きしようとしても不可能だ。
「いいよ、話して」
ヘイゼルは沈痛な面持ちで告白した。
「……私とアンリエットはまだ結ばれていない。白い結婚なんだ」
「え」
信じられなかった。
彼女が嫁いできて二ヶ月、北国シニストラ王国の短い夏は、隣国デクストラ王国の夏祭りと前後して終わるだろう。
その二か月間、新婚の国王夫妻は仲睦まじく見えていた。国民の前では寄り添い、王宮での業務でも助け合っていた。アンリエットはヘイゼルを支えようと必死だった。ネビルが少し嫉妬してしまうほどに。
留学先の学園で、アンリエットはネビルの憧れの存在だった。
恋愛感情ではない。
彼女が癖の強いラインハルトを支えていたように、自分も従兄のヘイゼルを支えたかった。人間としての目標、そういう意味での憧れの存在だったのだと、彼は信じている。
「このままでは三年経っても子どもができない。そうなれば、彼女は周囲に非難されてしまうだろう。私に愛妾をと勧めてくるものも出るかもしれない。それは忍びない」
「だったら、ヘイゼルが抱けばいいんだよ。夫婦なんだろ? まさかやり方がわからないなんて言うつもりはないよな? 兄上達が義姉上達に隠して持ってる、その手の本持ってこようか? 真面目なヘイゼルは、兄上達に直接話を聞くほうが嫌だろ?」
「違う」
ヘイゼルは首を横に振った。
「そういうわけではない」
「アンリエット様を傷つけたくないの? あのラインハルト殿下の婚約者だったんだよ? さすがに結婚までは拒んでたとは思うけど、知識くらいはあると思うな」
「……っ」
「はは、なんだよ。ラインハルト殿下にヤキモチ妬いてんじゃないか。最初は失敗してもいいから、とにかく抱き合ってみなよ。唇を重ねるだけでもいい」
「……唇なら湖から救い出したときに……」
「え、なに?」
「私は彼女を、アンリエットを愛していない。ほかに好きな女性がいるんだ」
「なに言ってんだよ! ならなんで辺境伯家に結婚を打診したんだ!」
「間違えた。……すべて間違いだったんだ」
「ふざけるな! だったら……だったら俺がっ!」
激昂するネビルの姿を見て、ヘイゼルは力なく笑う。
「ははっ。やっぱりお前はアンリエットに恋していたんだな。道理で足繁く王宮へ通うようになったと思っていたぞ」
「そうかもしれない。でも俺は諦めたんだ。だってアンリエット様はお前に恋してるじゃないか! 毎日お前の体調を考えて茶葉を調合し、お茶を淹れお菓子を作り、頑張るお前の横で微笑んでるじゃないか。彼女のなにが不満なんだ!」
「不満などない! 不満などないが……私が愛しているのは別の女性なんだ。父のように、愛してくれている彼女を不幸にしたくない」
「だから抱かないって言うのかよ! ヘイゼル、お前真面目過ぎて拗らせてるぞ!」
「そうかもしれないな。……ネビル、頼む」
ヘイゼルは、さらにネビルを激昂させる頼みを口にした。
一ヶ月もするころには、私が独自に調合して入れたお茶がヘイゼル陛下の執務室の定番となっていました。
精霊の種はまだ芽も出ていませんが、私はちゃんと毎日願っています。……陛下の愛する人が見つかりますように、と。
「うわあ、アンリエット様のお茶は美味しいなあ」
「ありがとうございます」
「毎年夏になると食が細くなるヘイゼルが倒れもせず元気なのは、アンリエット様のお茶のおかげじゃない?」
「……そうだな。アンリエットのお茶は爽やかでさっぱりする」
「薄荷を入れているのですが、それだけだと陛下のお好みに合わないようでしたので、蜂蜜やほかの香草を混ぜて喉越しをまろやかにしてみましたの」
今日はネビル様も一緒に執務室でお茶会です。
辺境伯領に私を迎えに来てシニストラ王国まで護衛してくださったのも、クラウディア様とともに導いてくださっているのもネビル様です。
彼の顔立ちはヘイゼル陛下に似ていますが、髪の毛は銀色ではなくくすんだ灰色です。
「アンリエット」
「はい、陛下」
「今日はネビルがいるから、こちらはもういい。君が今朝仕分けてくれたから、書類の処理も順調に進んでいる。好きなだけ花壇の世話をするといい」
「ありがとうございます」
あの花壇で育てているのが香草だけでなく、精霊の種もあるということはヘイゼル陛下には話していません。もちろん私の願いもです。
クラウディア様に私達が白い結婚だと打ち明けていないのと同じように、これからも話すことはないでしょう。
お茶を楽しんだ後で、私は陛下の執務室から立ち去りました。
★ ★ ★ ★ ★
「……ネビル」
「なーに?」
ヘイゼルに呼ばれて、ネビルは微笑んだ。
この生真面目な国王に惚気でも聞かされるのだろうか。
去年の夏、同じ学園に通うアンリエットについて聞かれたときは驚いたが、こんな結果になってさらに驚いていた。しかし驚きが治まると、案外似合いのふたりではないかと思うようになっていた。感情の起伏が激しく、ときとして荒々しい隣国のラインハルト王子よりも生真面目で穏やかで心優しい自国のヘイゼル王のほうが、おっとりしていて人を陰から支えることに向いたアンリエットの隣に立つのが自然に思える。
「これは母上にも言っていないのだが」
「クラウディア様にも?」
ネビルは執務室を見回し、窓を閉めた。
部屋にはふたり以外いない。
重い扉は固く閉ざされていて、廊下に立つ近衛騎士が盗み聞きしようとしても不可能だ。
「いいよ、話して」
ヘイゼルは沈痛な面持ちで告白した。
「……私とアンリエットはまだ結ばれていない。白い結婚なんだ」
「え」
信じられなかった。
彼女が嫁いできて二ヶ月、北国シニストラ王国の短い夏は、隣国デクストラ王国の夏祭りと前後して終わるだろう。
その二か月間、新婚の国王夫妻は仲睦まじく見えていた。国民の前では寄り添い、王宮での業務でも助け合っていた。アンリエットはヘイゼルを支えようと必死だった。ネビルが少し嫉妬してしまうほどに。
留学先の学園で、アンリエットはネビルの憧れの存在だった。
恋愛感情ではない。
彼女が癖の強いラインハルトを支えていたように、自分も従兄のヘイゼルを支えたかった。人間としての目標、そういう意味での憧れの存在だったのだと、彼は信じている。
「このままでは三年経っても子どもができない。そうなれば、彼女は周囲に非難されてしまうだろう。私に愛妾をと勧めてくるものも出るかもしれない。それは忍びない」
「だったら、ヘイゼルが抱けばいいんだよ。夫婦なんだろ? まさかやり方がわからないなんて言うつもりはないよな? 兄上達が義姉上達に隠して持ってる、その手の本持ってこようか? 真面目なヘイゼルは、兄上達に直接話を聞くほうが嫌だろ?」
「違う」
ヘイゼルは首を横に振った。
「そういうわけではない」
「アンリエット様を傷つけたくないの? あのラインハルト殿下の婚約者だったんだよ? さすがに結婚までは拒んでたとは思うけど、知識くらいはあると思うな」
「……っ」
「はは、なんだよ。ラインハルト殿下にヤキモチ妬いてんじゃないか。最初は失敗してもいいから、とにかく抱き合ってみなよ。唇を重ねるだけでもいい」
「……唇なら湖から救い出したときに……」
「え、なに?」
「私は彼女を、アンリエットを愛していない。ほかに好きな女性がいるんだ」
「なに言ってんだよ! ならなんで辺境伯家に結婚を打診したんだ!」
「間違えた。……すべて間違いだったんだ」
「ふざけるな! だったら……だったら俺がっ!」
激昂するネビルの姿を見て、ヘイゼルは力なく笑う。
「ははっ。やっぱりお前はアンリエットに恋していたんだな。道理で足繁く王宮へ通うようになったと思っていたぞ」
「そうかもしれない。でも俺は諦めたんだ。だってアンリエット様はお前に恋してるじゃないか! 毎日お前の体調を考えて茶葉を調合し、お茶を淹れお菓子を作り、頑張るお前の横で微笑んでるじゃないか。彼女のなにが不満なんだ!」
「不満などない! 不満などないが……私が愛しているのは別の女性なんだ。父のように、愛してくれている彼女を不幸にしたくない」
「だから抱かないって言うのかよ! ヘイゼル、お前真面目過ぎて拗らせてるぞ!」
「そうかもしれないな。……ネビル、頼む」
ヘイゼルは、さらにネビルを激昂させる頼みを口にした。
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