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第六話 一度目の結末
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学園の卒業パーティで婚約を破棄した後、ステファノはジャンナをパーティが開催されていた講堂の一室へ閉じ込めて毒殺した。荒事専門の傭兵侍女はジャンナが口に入れるものにも気をつけていたが、扉の隙間から毒の煙を流し込まれて殺されるなんてことは予想していなかったのである。
父である国王は王太子ステファノとフィオーレ侯爵令嬢ジャンナの結婚を望んでいた。
彼はステファノ自身と王妃にどんなに求められても、息子と彼女の婚約を解消してブルローネと婚約させるという話には頷かなかった。
卒業パーティのとき、国王はどうしても外せない用事で王国を出ていた。
その機に乗じて婚約を破棄したものの、このままでは国王が帰り次第元に戻る──あるいはステファノが廃嫡されるなど、ステファノ達にとっては前よりもひどい状況になることは明らかだった。
ジャンナにブルローネを虐めたという冤罪をかけた後で処刑まで監禁するなんて、のん気なことをしている時間はなかったのだ。
ジャンナの命を奪って存在を消してしまえば、父も諦めるしかない。
ステファノ達はそう思ったのだ。
今の王国の調査法では、毒を使ったことはわかっても液体状態で服用したのか煙になったものを吸い込んだのかまではわからない。毒による自害だと言い張れば良いと考えていた。
しかし、物事はそう上手くいくものではない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「どうしてこんなことに! 貴族どもに王家への忠誠はないのか?」
怒りに顔を歪め、ステファノは王家所有の屋敷の中を歩いていた。
この屋敷は王都の近くにある避暑地に建っている。
ステファノは王宮を奪われ、王都から追い出されたのだ。
まず、不在の国王に代わって王宮で仕事をしていたため、娘の卒業パーティにも出席出来ないでいたフィオーレ侯爵が反旗を翻した。元より文武に優れていた彼は、自ら剣を振るって王宮を制圧したのだ。
衆人環視の中での婚約破棄だけでも怒る理由になる。
その上、愛人を虐めたと言いがかりをつけられて閉じ込められ、命まで奪われたのだから王家への忠誠も消し飛ぶというものだ。
次に、フィオーレ侯爵が娘が王太子妃になったとき、あるいは王命に背いてでも婚約を解消したいと望んだときのために広げていた人脈の貴族家達がそれに続いた。
ロンゴ公爵家に匹敵する権威を持つヴィオーラ公爵家もそうだ。
ヴィオーラ公爵家のエリベルトは卒業パーティでの婚約破棄の時点で、ジャンナを庇ってステファノに攻撃しようとした。
ジャンナが、きちんと調査されて冤罪が晴れるのを待つ、と言わなければエリベルトは引かなかっただろう。
そして今、エリベルトはあのとき引いたことを心から後悔しているだろう。
きちんとした調査を待つ前に、ジャンナは殺されてしまったのだから。
今、フィオーレ侯爵とエリベルトは反逆者ではない。
帰国した国王が彼らを説得してこの屋敷まで来たときに、ステファノが父王を殺してしまったからだ。
そのときから反逆者はステファノとなり、屋敷へ来る前に先王が記していた遺書によって新王となったエリベルトに討たれる立場となった。降伏しても処刑が待つだけだ。
ステファノの父である先王は、王命で婚約を押し付けたフィオーレ侯爵令嬢には悪いと思っていると言った。
けれど、仮にジャンナとの婚約を早目に解消していたとしてもステファノがブルローネと結ばれることはない、結ばれたいのなら王位を捨てなければならないとも言った。
王家は国の中心にあって数多の貴族家の関係を調整するもので、ロンゴ公爵家のためだけに存在するものではない、と。
フィオーレ侯爵とジャンナの墓前に謝罪すれば、処刑ではなく王族としての名誉ある死を与えようと言われて、ステファノは国王を殺した。
単純に死ぬのが嫌だったのもあるし、父が自分よりもフィオーレ侯爵親娘を重要視しているように感じられたせいもある。
自分とブルローネの愛がなんの意味もないものだと言われているかのように思えたのだ。
今のステファノの味方は少ない。
王妃とロンゴ公爵はもうこの世になく、ロンゴ公爵家はブルローネの兄が継ぎ、新公爵は父の名を家系図から消して妹を絶縁した。
学園でブルローネ側についていた貴族子女達は実家を追い出されてここに来ているが、元より国王がステファノとブルローネの関係を認めたときの保険として使われていた者達なのでさほど優秀ではない。家が手放したくないと思う優秀な者は、どちらの恨みも買わないように上手く立ち回っていた。
その見捨てられた者達との作戦会議を終えたステファノは、文句を言いながらブルローネの待つ部屋へと向かっていた。
作戦会議は不毛だった。
ステファノこそが正統な後継者だと言いながらも、ステファノの首さえ差し出せば自分達は助かるのではないかという、彼らの浅い考えが滲み出ていた。そんな浅い考えの持ち主だからこそ、不貞の関係であるステファノ達に与してフィオーレ侯爵家の敵となったのである。
ブルローネの待つ部屋の前、立っているはずの自分の護衛ニッコロの姿が見えないことにステファノは気づいた。
外の様子を探るためか、細く開いた扉の隙間から室内の声が漏れてくる。
「……お願いよ、ニッコロ。もっと強く抱いて!」
「いけません、ブルローネ様。そろそろステファノ殿下が戻られます」
「あんな人! もう殿下ではないじゃない、ただの反逆者よ! お父様も叔母様も嘘ばっかり! 言う通りにしてたら、この国がアタクシのものになるって言っていたのにっ!」
最初は抑え気味だった声は、話しているうちに興奮してきたのか、どんどん大きくなっていく。
ステファノは扉に手をかけた。
父である国王は王太子ステファノとフィオーレ侯爵令嬢ジャンナの結婚を望んでいた。
彼はステファノ自身と王妃にどんなに求められても、息子と彼女の婚約を解消してブルローネと婚約させるという話には頷かなかった。
卒業パーティのとき、国王はどうしても外せない用事で王国を出ていた。
その機に乗じて婚約を破棄したものの、このままでは国王が帰り次第元に戻る──あるいはステファノが廃嫡されるなど、ステファノ達にとっては前よりもひどい状況になることは明らかだった。
ジャンナにブルローネを虐めたという冤罪をかけた後で処刑まで監禁するなんて、のん気なことをしている時間はなかったのだ。
ジャンナの命を奪って存在を消してしまえば、父も諦めるしかない。
ステファノ達はそう思ったのだ。
今の王国の調査法では、毒を使ったことはわかっても液体状態で服用したのか煙になったものを吸い込んだのかまではわからない。毒による自害だと言い張れば良いと考えていた。
しかし、物事はそう上手くいくものではない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「どうしてこんなことに! 貴族どもに王家への忠誠はないのか?」
怒りに顔を歪め、ステファノは王家所有の屋敷の中を歩いていた。
この屋敷は王都の近くにある避暑地に建っている。
ステファノは王宮を奪われ、王都から追い出されたのだ。
まず、不在の国王に代わって王宮で仕事をしていたため、娘の卒業パーティにも出席出来ないでいたフィオーレ侯爵が反旗を翻した。元より文武に優れていた彼は、自ら剣を振るって王宮を制圧したのだ。
衆人環視の中での婚約破棄だけでも怒る理由になる。
その上、愛人を虐めたと言いがかりをつけられて閉じ込められ、命まで奪われたのだから王家への忠誠も消し飛ぶというものだ。
次に、フィオーレ侯爵が娘が王太子妃になったとき、あるいは王命に背いてでも婚約を解消したいと望んだときのために広げていた人脈の貴族家達がそれに続いた。
ロンゴ公爵家に匹敵する権威を持つヴィオーラ公爵家もそうだ。
ヴィオーラ公爵家のエリベルトは卒業パーティでの婚約破棄の時点で、ジャンナを庇ってステファノに攻撃しようとした。
ジャンナが、きちんと調査されて冤罪が晴れるのを待つ、と言わなければエリベルトは引かなかっただろう。
そして今、エリベルトはあのとき引いたことを心から後悔しているだろう。
きちんとした調査を待つ前に、ジャンナは殺されてしまったのだから。
今、フィオーレ侯爵とエリベルトは反逆者ではない。
帰国した国王が彼らを説得してこの屋敷まで来たときに、ステファノが父王を殺してしまったからだ。
そのときから反逆者はステファノとなり、屋敷へ来る前に先王が記していた遺書によって新王となったエリベルトに討たれる立場となった。降伏しても処刑が待つだけだ。
ステファノの父である先王は、王命で婚約を押し付けたフィオーレ侯爵令嬢には悪いと思っていると言った。
けれど、仮にジャンナとの婚約を早目に解消していたとしてもステファノがブルローネと結ばれることはない、結ばれたいのなら王位を捨てなければならないとも言った。
王家は国の中心にあって数多の貴族家の関係を調整するもので、ロンゴ公爵家のためだけに存在するものではない、と。
フィオーレ侯爵とジャンナの墓前に謝罪すれば、処刑ではなく王族としての名誉ある死を与えようと言われて、ステファノは国王を殺した。
単純に死ぬのが嫌だったのもあるし、父が自分よりもフィオーレ侯爵親娘を重要視しているように感じられたせいもある。
自分とブルローネの愛がなんの意味もないものだと言われているかのように思えたのだ。
今のステファノの味方は少ない。
王妃とロンゴ公爵はもうこの世になく、ロンゴ公爵家はブルローネの兄が継ぎ、新公爵は父の名を家系図から消して妹を絶縁した。
学園でブルローネ側についていた貴族子女達は実家を追い出されてここに来ているが、元より国王がステファノとブルローネの関係を認めたときの保険として使われていた者達なのでさほど優秀ではない。家が手放したくないと思う優秀な者は、どちらの恨みも買わないように上手く立ち回っていた。
その見捨てられた者達との作戦会議を終えたステファノは、文句を言いながらブルローネの待つ部屋へと向かっていた。
作戦会議は不毛だった。
ステファノこそが正統な後継者だと言いながらも、ステファノの首さえ差し出せば自分達は助かるのではないかという、彼らの浅い考えが滲み出ていた。そんな浅い考えの持ち主だからこそ、不貞の関係であるステファノ達に与してフィオーレ侯爵家の敵となったのである。
ブルローネの待つ部屋の前、立っているはずの自分の護衛ニッコロの姿が見えないことにステファノは気づいた。
外の様子を探るためか、細く開いた扉の隙間から室内の声が漏れてくる。
「……お願いよ、ニッコロ。もっと強く抱いて!」
「いけません、ブルローネ様。そろそろステファノ殿下が戻られます」
「あんな人! もう殿下ではないじゃない、ただの反逆者よ! お父様も叔母様も嘘ばっかり! 言う通りにしてたら、この国がアタクシのものになるって言っていたのにっ!」
最初は抑え気味だった声は、話しているうちに興奮してきたのか、どんどん大きくなっていく。
ステファノは扉に手をかけた。
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