愛は見えないものだから

豆狸

文字の大きさ
上 下
6 / 8

第六話 一度目の結末

しおりを挟む
 学園の卒業パーティで婚約を破棄した後、ステファノはジャンナをパーティが開催されていた講堂の一室へ閉じ込めて毒殺した。荒事専門の傭兵侍女はジャンナが口に入れるものにも気をつけていたが、扉の隙間から毒の煙を流し込まれて殺されるなんてことは予想していなかったのである。
 父である国王は王太子ステファノとフィオーレ侯爵令嬢ジャンナの結婚を望んでいた。
 彼はステファノ自身と王妃にどんなに求められても、息子と彼女の婚約を解消してブルローネと婚約させるという話には頷かなかった。

 卒業パーティのとき、国王はどうしても外せない用事で王国を出ていた。
 その機に乗じて婚約を破棄したものの、このままでは国王が帰り次第元に戻る──あるいはステファノが廃嫡されるなど、ステファノ達にとっては前よりもひどい状況になることは明らかだった。
 ジャンナにブルローネを虐めたという冤罪をかけた後で処刑まで監禁するなんて、のん気なことをしている時間はなかったのだ。

 ジャンナの命を奪って存在を消してしまえば、父も諦めるしかない。
 ステファノ達はそう思ったのだ。
 今の王国の調査法では、毒を使ったことはわかっても液体状態で服用したのか煙になったものを吸い込んだのかまではわからない。毒による自害だと言い張れば良いと考えていた。

 しかし、物事はそう上手くいくものではない。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「どうしてこんなことに! 貴族どもに王家への忠誠はないのか?」

 怒りに顔を歪め、ステファノは王家所有の屋敷の中を歩いていた。
 この屋敷は王都の近くにある避暑地に建っている。
 ステファノは王宮を奪われ、王都から追い出されたのだ。

 まず、不在の国王に代わって王宮で仕事をしていたため、娘の卒業パーティにも出席出来ないでいたフィオーレ侯爵が反旗を翻した。元より文武に優れていた彼は、自ら剣を振るって王宮を制圧したのだ。
 衆人環視の中での婚約破棄だけでも怒る理由になる。
 その上、愛人を虐めたと言いがかりをつけられて閉じ込められ、命まで奪われたのだから王家への忠誠も消し飛ぶというものだ。

 次に、フィオーレ侯爵が娘が王太子妃になったとき、あるいは王命に背いてでも婚約を解消したいと望んだときのために広げていた人脈の貴族家達がそれに続いた。
 ロンゴ公爵家に匹敵する権威を持つヴィオーラ公爵家もそうだ。
 ヴィオーラ公爵家のエリベルトは卒業パーティでの婚約破棄の時点で、ジャンナを庇ってステファノに攻撃しようとした。

 ジャンナが、きちんと調査されて冤罪が晴れるのを待つ、と言わなければエリベルトは引かなかっただろう。
 そして今、エリベルトはあのとき引いたことを心から後悔しているだろう。
 きちんとした調査を待つ前に、ジャンナは殺されてしまったのだから。

 今、フィオーレ侯爵とエリベルトは反逆者ではない。
 帰国した国王が彼らを説得してこの屋敷まで来たときに、ステファノが父王を殺してしまったからだ。
 そのときから反逆者はステファノとなり、屋敷へ来る前に先王が記していた遺書によって新王となったエリベルトに討たれる立場となった。降伏しても処刑が待つだけだ。

 ステファノの父である先王は、王命で婚約を押し付けたフィオーレ侯爵令嬢ジャンナには悪いと思っていると言った。
 けれど、仮にジャンナとの婚約を早目に解消していたとしてもステファノがブルローネと結ばれることはない、結ばれたいのなら王位を捨てなければならないとも言った。
 王家は国の中心にあって数多の貴族家の関係を調整するもので、ロンゴ公爵家のためだけに存在するものではない、と。

 フィオーレ侯爵とジャンナの墓前に謝罪すれば、処刑ではなく王族としての名誉あるを与えようと言われて、ステファノは国王を殺した。
 単純に死ぬのが嫌だったのもあるし、父が自分よりもフィオーレ侯爵親娘を重要視しているように感じられたせいもある。
 自分とブルローネの愛がなんの意味もないものだと言われているかのように思えたのだ。

 今のステファノの味方は少ない。
 王妃とロンゴ公爵はもうこの世になく、ロンゴ公爵家はブルローネの兄が継ぎ、新公爵は父の名を家系図から消して妹を絶縁した。
 学園でブルローネ側についていた貴族子女取り巻き達は実家を追い出されてここに来ているが、元より国王がステファノとブルローネの関係を認めたときの保険として使われていた者達なのでさほど優秀ではない。家が手放したくないと思う優秀な者は、どちらの恨みも買わないように上手く立ち回っていた。

 その見捨てられた者達との作戦会議を終えたステファノは、文句を言いながらブルローネの待つ部屋へと向かっていた。
 作戦会議は不毛だった。
 ステファノこそが正統な後継者だと言いながらも、ステファノの首さえ差し出せば自分達は助かるのではないかという、彼らの浅い考えが滲み出ていた。そんな浅い考えの持ち主だからこそ、不貞の関係であるステファノ達に与してフィオーレ侯爵家の敵となったのである。

 ブルローネの待つ部屋の前、立っているはずの自分の護衛ニッコロの姿が見えないことにステファノは気づいた。
 外の様子を探るためか、細く開いた扉の隙間から室内の声が漏れてくる。

「……お願いよ、ニッコロ。もっと強く抱いて!」
「いけません、ブルローネ様。そろそろステファノ殿下が戻られます」
「あんな人! もう殿下ではないじゃない、ただの反逆者よ! お父様も叔母様も嘘ばっかり! 言う通りにしてたら、この国がアタクシのものになるって言っていたのにっ!」

 最初は抑え気味だった声は、話しているうちに興奮してきたのか、どんどん大きくなっていく。
 ステファノは扉に手をかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

【完結】後悔は、役に立たない

仲村 嘉高
恋愛
妻を愛していたのに、一切通じていなかった男の後悔。 いわゆる、自業自得です(笑) ※シリアスに見せかけたコメディですので、サラリと読んでください ↑ コメディではなく、ダークコメディになってしまいました……

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

彼を愛したふたりの女

豆狸
恋愛
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」 「……彼女は死んだ」

真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。 分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。 真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。

過去に戻った筈の王

基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。 婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。 しかし、甘い恋人の時間は終わる。 子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。 彼女だったなら、こうはならなかった。 婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。 後悔の日々だった。

処理中です...