愛は見えないものだから

豆狸

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第五話 愛は見えない

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 騒動の後、多忙な中王宮から駆けつけてくださった父とともに私は王都のフィオーレ侯爵邸へと戻りました。

「王太子の婚約者というだけでも恨みを買い狙われるものなのに、お前はその上に王妃様とロンゴ公爵家に疎まれていた。前からいる侍女を鍛えることも考えたが、向こうがどんな手を使って来るかわからない。それで知り合いの傭兵団に頼んで、実力のある女性傭兵を紹介してもらったんだ。……どんなに訓練しても言葉遣いを直すことは出来なかったがな」

 そう言って笑う父の前で侍女は、すんません、と頭を下げました。
 知り合いの傭兵団という言葉に少し驚きましたが、そういえば父は若いころ、武者修行の旅に出ていたことがあったと聞いたことがあります。
 亡くなった母とはそのとき出会ったとも。

「それに、アタイは敵を叩きのめすことしか考えてなくて。ヴィオーラの坊ちゃんが目撃者を連れてきてくれなかったら、結局お嬢の悪評を立てられていたかもしんねぇです」
「確かにな。しかし、それは君の失敗ではない。私が君に守れと命じたのは、ジャンナの評判ではなかったのだから。ジャンナの命と心を守ってくれてありがとう」
「本当にありがとうございます」

 父と私が礼を言うと、侍女は照れ臭そうに頭を搔きました。

 ──襲撃者達は、おそらくロンゴ公爵家に雇われたのでしょう。男性教員もお金をもらって協力していたのだと思われます。
 あのとき侍女が言った通り、私に乱暴して悪評をばら撒くために。
 お金を出して計画したのはロンゴ公爵家でしょうが、そこに最近ステファノ王太子殿下が私と過ごしていることに怒りを覚えたブルローネ様の意思があったことは間違いありません。

 エリベルト様は、あの男性教員がロンゴ公爵家と癒着していることを知っていました。
 ご自分の教室へ戻ろうと渡り廊下を歩いていらしたとき、校舎の窓から私と侍女が男性教員と歩いているのを目撃して、嫌な予感がしたのだそうです。
 それでほかの方々を呼んで来てくださったのです。何事なにごともなかったらどうなさったのですか? と尋ねたら、ヴィオーラ公爵家の権力はそういうときに使うんだよ、と笑っていらっしゃいました。

 私は父に、殿下との婚約を解消したいと思っていることを告げました。
 今婚約解消すると脅しに屈したと思われるかもしれません。
 けれど、そこで意地を張るほど私には殿下への愛がありませんし、そもそも事件が起こる前から婚約解消を望んでいたのです。

「……そうか。お前が解消を望むなら、私から国王陛下に奏上しよう。お前が王太子妃となり未来の王妃となっても、こうして婚約を解消することになっても良いように、私は王宮で人脈を築いてきたのだから」
「そうだったのですか!」
「ああ、そうだ」
「私、お父様は私が王太子妃になることを望んでらっしゃるのだと思っていました」
「……もっとちゃんと話しておけば良かったな。無理をすることはないと、お前はお前の愛する相手と結ばれれば良いのだと。心から愛する相手と結ばれることが出来た私とお前の母親のように、お前にも幸せになって欲しいのだと」
「ありがとうございます、お父様。私もお父様の幸せを望んでいます。……お父様を愛しています」

 愛は見えないものです。だからこそ言葉にしなくてはなりません。
 私も父とちゃんと話をしておけば良かったのです。
 殿下に相手にされない悲しみ、妃教育で認めてもらえない、結果が出せない苦しみ、そしてなにより自分が本当に望んでいることがなんなのかを。

 私はお父様を愛しています。
 亡くなったお母様のぶんも幸せになって欲しいと願っています。
 私が王太子の婚約者としてみんなに認められたら、お父様が喜んでくれると思っていたのです。

 状況は変わってしまいましたが、お父様を愛する気持ちに変わりはありません。
 だから言葉に出しました。もしかしたら生まれて初めて口にするかもしれません。
 お父様は照れ臭そうに微笑んで、私を抱き締めてくださいました。

「私も愛しているよ、ジャンナ」
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