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第八話 謝罪
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「時間が戻ったのはどうしてでしょう?」
「それは……あー、俺にもわからないな」
「そうですよね。なんでも聞いてしまって申し訳ありませんでした」
「いや、ただの想像に過ぎないが、好敵手殿の参考になったなら良かったよ」
オーガスタス様は、なぜか少し寂しそうな微笑みを浮かべていました。
いえ、自分が殺される未来の話なんて聞かされたら、寂しい気持ちにもなりますよね。
私が話したことでオーガスタス様だけでも助かってくださると良いのですけれど。思いながら私は、自分の前の茶碗に手を伸ばしました。
そして、ふたりしてお茶で唇を湿らせた後で、突然オーガスタス様がおっしゃったのです。
「……すまなかったな、好敵手殿」
「え?」
「君と父君の関係が絶縁にいたるほど拗れたのは俺のせいだ」
「そんな……オーガスタス様のせいではありませんわ。どうしてそんなことをおっしゃるのです?」
彼は眉間に皺を寄せました。
「俺はハリーを止められなかった」
「っ」
オーガスタス様に父との関係を拗らせられた覚えはありません。
でも彼が今口にした名前は知っていました。
我がベイリー男爵家が旧大陸の魔導金属鉱山で裕福になるまで、母の婚約者だった平民男性の名前です。私はオーガスタス様を睨みつけました。
「どうしてその名前をご存じなのですか? ですが誤解も良いところです。私の母は、父が浮気をしているからといってご自分も浮気をなさるような方ではありませんでした」
彼は呆気に取られたようなお顔をなさいます。
「あ、ああ、わかっている。だからこそ、あの遺産が誤解を生んだのではないかと思ってな。父の親友だったハリーには、俺はとても世話になった。だからどうしても止められなかったんだ、彼が好敵手殿に遺産を残すのを」
「……遺産?」
「ああ、俺が学園の長期休暇のときに旧大陸へ行って、彼の遺言書の証人になった。ハリーは旧大陸で莫大な財産を築いたにもかかわらず、いやだからこそ疲労が溜まって死病に罹っていた。生涯でただひとり愛した女性の娘である好敵手殿に生きた証を残したいと言われて、拒めなかったんだ」
言葉を発せないでいる私に気づいたのか、オーガスタス様は暗い青色の瞳を見開かれました。色合いこそ暗いものの、澄んだ綺麗な青色です。
「っ! まさか好敵手殿は知らないのか? ベイリー男爵宛ての手紙は君が処理してるんだよな?」
「は、はい、そうです。母が亡くなる前は父が補佐をしていましたが、母が亡くなってからは私と家臣達で……」
「ビアトリスお嬢様っ!」
傍らで給仕をしていたエミリーが、耐え切れなくなったかのように声を上げました。
「私達使用人がお嬢様や亡くなった奥様を裏切るような真似はいたしません!」
「もちろんよ、わかって「我が家にいる不心得者はあの親娘だけでしたっ」」
私が家臣の忠義を信じていると告げる前に、彼女は叫びました。
「父とキーラ? 確かに何度か執務室に入り込まれたことはあったけれど、なにかが無くなっていたようなことはなくってよ」
「……好敵手殿。好敵手殿は賢い。試験結果の勝負で俺が負け越したくらいだ。好敵手殿は惚れ惚れするほど……頭が良い。だがそれでも、人は自分が存在を知らないものが無くなったかどうかまではわからない」
「ハリー様から来た遺産相続に関する手紙を父かキーラが持ち出したと?」
卒業パーティでのあの子のほくそ笑みが脳裏に蘇ります。
私を殺す良い方法を思いついたのではなかったのかもしれません。
そんなものはずっと前から考えていたのでしょう。あの笑みは、ハリー様の遺産をちょろまかしたことに気づかれる前に、私のほうから縁を切ってきたことを喜ぶものだったのかもしれません。
「好敵手殿とキーラ嬢は、父親が同じせいか髪や瞳の色、背格好がよく似ている。一歳しか違わないしな。貴族家の当主になっても、学園を卒業するまでは未成人扱いで大きな仕事は代理人がする。今はまだ先代の補佐をしていた父君のほうが顔を知られているだろう」
「父が保証人として同行すれば、キーラが私に成りすましてハリー様の遺産を受け取ることも可能かもしれませんね。でも……だとしたら殺す必要は無いのでは?」
「いつか好敵手殿に気づかれて返済と莫大な賠償を求められる日に怯えるより、殺してしまって異母姉からの遺産として受け取るほうが安全だと考えたのではないか? そうなると好敵手殿の名前で遺書も偽造している可能性があるな」
この王国では神殿が貴族や裕福な商家の財産を預かって運用したり、遺産の管理をしたりしています。
いいえ、この王国だけでなく旧大陸にも神殿はあるのです。
ベイリー男爵家と直接の取り引きがある神殿なら私の顔を知っていますけれど、そうでないところなら成りすますことも可能でしょう。
それにベイリー男爵家全体に関する遺書ならともかく、他者からの遺産のみをべつの人間に残すという遺書なら、かなり簡単に手続きが済むのではないでしょうか。父へ個人財産を残す遺書の手続きもさほど手間取りませんでした。
「それは……あー、俺にもわからないな」
「そうですよね。なんでも聞いてしまって申し訳ありませんでした」
「いや、ただの想像に過ぎないが、好敵手殿の参考になったなら良かったよ」
オーガスタス様は、なぜか少し寂しそうな微笑みを浮かべていました。
いえ、自分が殺される未来の話なんて聞かされたら、寂しい気持ちにもなりますよね。
私が話したことでオーガスタス様だけでも助かってくださると良いのですけれど。思いながら私は、自分の前の茶碗に手を伸ばしました。
そして、ふたりしてお茶で唇を湿らせた後で、突然オーガスタス様がおっしゃったのです。
「……すまなかったな、好敵手殿」
「え?」
「君と父君の関係が絶縁にいたるほど拗れたのは俺のせいだ」
「そんな……オーガスタス様のせいではありませんわ。どうしてそんなことをおっしゃるのです?」
彼は眉間に皺を寄せました。
「俺はハリーを止められなかった」
「っ」
オーガスタス様に父との関係を拗らせられた覚えはありません。
でも彼が今口にした名前は知っていました。
我がベイリー男爵家が旧大陸の魔導金属鉱山で裕福になるまで、母の婚約者だった平民男性の名前です。私はオーガスタス様を睨みつけました。
「どうしてその名前をご存じなのですか? ですが誤解も良いところです。私の母は、父が浮気をしているからといってご自分も浮気をなさるような方ではありませんでした」
彼は呆気に取られたようなお顔をなさいます。
「あ、ああ、わかっている。だからこそ、あの遺産が誤解を生んだのではないかと思ってな。父の親友だったハリーには、俺はとても世話になった。だからどうしても止められなかったんだ、彼が好敵手殿に遺産を残すのを」
「……遺産?」
「ああ、俺が学園の長期休暇のときに旧大陸へ行って、彼の遺言書の証人になった。ハリーは旧大陸で莫大な財産を築いたにもかかわらず、いやだからこそ疲労が溜まって死病に罹っていた。生涯でただひとり愛した女性の娘である好敵手殿に生きた証を残したいと言われて、拒めなかったんだ」
言葉を発せないでいる私に気づいたのか、オーガスタス様は暗い青色の瞳を見開かれました。色合いこそ暗いものの、澄んだ綺麗な青色です。
「っ! まさか好敵手殿は知らないのか? ベイリー男爵宛ての手紙は君が処理してるんだよな?」
「は、はい、そうです。母が亡くなる前は父が補佐をしていましたが、母が亡くなってからは私と家臣達で……」
「ビアトリスお嬢様っ!」
傍らで給仕をしていたエミリーが、耐え切れなくなったかのように声を上げました。
「私達使用人がお嬢様や亡くなった奥様を裏切るような真似はいたしません!」
「もちろんよ、わかって「我が家にいる不心得者はあの親娘だけでしたっ」」
私が家臣の忠義を信じていると告げる前に、彼女は叫びました。
「父とキーラ? 確かに何度か執務室に入り込まれたことはあったけれど、なにかが無くなっていたようなことはなくってよ」
「……好敵手殿。好敵手殿は賢い。試験結果の勝負で俺が負け越したくらいだ。好敵手殿は惚れ惚れするほど……頭が良い。だがそれでも、人は自分が存在を知らないものが無くなったかどうかまではわからない」
「ハリー様から来た遺産相続に関する手紙を父かキーラが持ち出したと?」
卒業パーティでのあの子のほくそ笑みが脳裏に蘇ります。
私を殺す良い方法を思いついたのではなかったのかもしれません。
そんなものはずっと前から考えていたのでしょう。あの笑みは、ハリー様の遺産をちょろまかしたことに気づかれる前に、私のほうから縁を切ってきたことを喜ぶものだったのかもしれません。
「好敵手殿とキーラ嬢は、父親が同じせいか髪や瞳の色、背格好がよく似ている。一歳しか違わないしな。貴族家の当主になっても、学園を卒業するまでは未成人扱いで大きな仕事は代理人がする。今はまだ先代の補佐をしていた父君のほうが顔を知られているだろう」
「父が保証人として同行すれば、キーラが私に成りすましてハリー様の遺産を受け取ることも可能かもしれませんね。でも……だとしたら殺す必要は無いのでは?」
「いつか好敵手殿に気づかれて返済と莫大な賠償を求められる日に怯えるより、殺してしまって異母姉からの遺産として受け取るほうが安全だと考えたのではないか? そうなると好敵手殿の名前で遺書も偽造している可能性があるな」
この王国では神殿が貴族や裕福な商家の財産を預かって運用したり、遺産の管理をしたりしています。
いいえ、この王国だけでなく旧大陸にも神殿はあるのです。
ベイリー男爵家と直接の取り引きがある神殿なら私の顔を知っていますけれど、そうでないところなら成りすますことも可能でしょう。
それにベイリー男爵家全体に関する遺書ならともかく、他者からの遺産のみをべつの人間に残すという遺書なら、かなり簡単に手続きが済むのではないでしょうか。父へ個人財産を残す遺書の手続きもさほど手間取りませんでした。
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