いつもだれかに殺される。

豆狸

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第六話 釦(ボタン)

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 考えていたら気づきました。
 今回のオーガスタス様は外套を纏っていらっしゃるのです。
 一度目のときの私はあの三人の前にいるのが嫌で、彼がやり込めてくださっている途中で会場から飛び出してしまいました。そのときの彼は三人をやり込めてすぐに追って来てくださったので、外套を着ていらっしゃらなかったのです。

 それは侯爵家の当主に相応しい高級そうな外套でした。
 秋用の薄手のものです。卒業パーティ用にだれかから贈られたものかもしれません。
 試験結果発表時の軽口で、旧大陸にいるお父様の親友と今も連絡を取り合っているという話をなさっていましたっけ。

 ボタンっています。これは魔導金属製ではないでしょうか。
 新聞の印刷機などの大型の魔道具を作ったときに出る魔導金属の欠片で、こういうものを作っても良い商売になるかもしれませんね。
 いえ、オーガスタス様が着ていらっしゃるのですから、もうどこかで商品化されているのでしょう。ボタンには古代魔導呪文を思わせる文様が……

「オーガスタス様、このボタン! このボタンはっ?」
「ん? ふふふ、さすが好敵手殿目ざといな。これは前に話したことのある父上の親友が、亡くなる直前に贈ってくれたものだ。刻まれた古代魔導呪文は、幸せになるおまじないだと聞いている。特注品だから市場には出ていないぞ」
「え、あ、え……」

 頭が混乱してきました。
 市場に出回っていない特注品だということは、殺害された私に投げられたボタンはこれで間違いないでしょう。
 でも、どうして? オーガスタス様を殺害した人間が貴重なボタンを奪ったとしても、私を殺害した後で投げてきた理由がわかりません。特注品だから、売ろうとしたら出所を辿られるので邪魔になったとか?

 ああ、でも見覚えを感じたのがどうしてかはわかりました。
 卒業パーティの始まる前に、この外套を着たオーガスタス様を見ていたのです。
 上質な魔導金属で作られた珍しいボタンだと思ったことを覚えています。私の体感では、もう四ヶ月も前のことなので忘れていました。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 卒業パーティの夜は私が混乱して話を進めることが出来なかったので、オーガスタス様は後日ベイリー男爵邸へ来てくださることになりました。
 あまり良いことではありません。
 結ばれることの出来ない当主同士の私達が親しくしていたら、未来の配偶者の方々が不快な思いをなさるでしょう。でも互いの生死に関わることなので、どうしても告げておきたかったのです。

「数日ぶりだな、好敵手殿」
「そうですね」

 学園に通っていたときは、試験結果を見に行ったときに会話する以外では不干渉でした。
 もっとも同級生でしたので顔を見ない日はなかったのです。
 数日会えなくて寂しかった、と感じて、私は慌ててその気持ちを飲み込みました。

 一度目のときは婚約破棄の衝撃が大き過ぎて、男爵家当主としての仕事に打ち込むことで逃避していました。一応彼に卒業パーティで助けていただいたことへのお礼の手紙を送った覚えがあります。
 二度目以降のときは、どうすれば生き残れるのかを考えるのに必死でした。
 もちろん仕事もありましたしね。二度目以降は自力であの三人をあしらったこともあって、彼との接触はなかったのです。

 ええ、それで平気でした。
 私達は学園の試験で首位争いをするだけの仲に過ぎません。
 オーガスタス様に婚約者がいらっしゃらなくても、私が婚約を破棄されても、ふたりの関係が色めくことはないのです。それに新聞のお悔やみ欄を見るまで、彼はお元気なのだと信じていたのです。私の知らないところで幸せでいらっしゃるのなら、それだけで──

「お土産だ」
「まあ」

 応接室に入ったオーガスタス様が差し出してくださった籠には、まだ旬には早い梨が入っていました。

マーシャル侯爵領  う ち  の特産品だ。ベイリー男爵家の魔道具工房で、短時間で果物を干すことが出来る魔道具を研究してくれ」
「え?」
「そういうことにしておいたら、今日の訪問を知られても妙な噂は流れないだろう?」
「ふふ、そうですね。よく工房のことをご存じでしたね」
「好敵手殿の家は成長著しいからな。情報収集は怠っていないさ」

 旧大陸の魔導金属鉱山で採掘した魔導金属を販売する事業をおこなっている我が家ですが、いずれは魔道具も制作したいと思って数年前に工房も作っていたのです。魔導金属の鉱山は、いずれ掘りつくすかもしれませんからね。

「まあ、それくらいの量じゃ魔道具の試作品を作る実験にも足りないだろう。それは好敵手殿が食べて、味を確認してくれ」
「ありがとうございます」

 私はオーガスタス様から受け取った籠をエミリーに渡しました。
 明日にでも彼女の得意な焼き菓子を作ってもらいましょう。
 オーガスタス様が暗い青色の瞳を細めました。

「好敵手殿は、やっぱり梨が好物だったんだな」
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