いつもだれかに殺される。

豆狸

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第五話 婚約破棄の後

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「ああ、もうッ」

 キーラが卒業パーティ会場の床を踏みしめて叫びました。

「こんなことならアーネストの言う通り、あの女に婿入りしたアンタの愛人やってれば良かったわ! 父さんの子だからアタシが男爵家当主になれると思ってたのにッ」
「ッ! キーラ、黙って!」

 ……これは今回初めて聞きました。
 アーネスト様がそこまで腐っていたとは知りませんでした。
 でもそこまで腐ったことが言えるのなら、キーラが男爵家の血筋でないことも教えておけば良かったのに。

 まあ、一度目のアーネスト様をお慕いしていた私が、それでいいようにされていたかもしれないと思うとゾッとするので、とりあえず異母妹が莫迦で良かったです。自分にはなんの権利もないという真実を告げていなかったのは、父の見栄でしょうか。

「運営の皆様、せっかくの卒業パーティを私事で邪魔をしてしまって申し訳ございませんでした。私はこれで失礼させていただきますわ。同級生の方々は、卒業おめでとうございました」

 私はアーネスト様と異母妹キーラ、父を無視して会場の方々にお辞儀をしました。
 侍女のエミリーに目配せをして、会場の出口へと向かいます。
 あの三人と話していたって時間の無駄ですものね。目の端に映ったキーラ異母妹の顔が少しほくそ笑んでいるように見えましたけれど、たまたまそう見えただけだったのかもしれません。これからの生活を思って自嘲していた可能性もあるでしょう。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 卒業パーティは夜会でしたので、会場の外では暗い空に星が瞬いていました。
 エミリーが手に持つ魔道具の光を頼りに馬車へ向かいます。
 ああ、でも……

「……オーガスタス様にはいつご連絡すれば良いかしら」
「ん?」

 歩きながら呟いたとき、背後から男性の声が聞こえてきました。
 低くて掠れた魅力的な声です。その声の持ち主を私は知っています。
 振り向けば、濡れたように黒い髪、暗い青色の瞳を持つ整ったお顔の青年がいました。

「オーガスタス様?」
「俺に用事か? 好敵手殿」

 学園の試験で首位争いを続けてきたからか、彼は私のことを好敵手と呼びます。
 考えてみると、名前で呼ばれたことはないような気がします。
 私に婚約者がいたから気を遣ってくださっていたのかもしれません。

 ふむ、と唸った彼は、手にしたハンカチを振って見せました。

「必要かと思ったが、泣いてはいなかったのだな」
「私はベイリー男爵家の当主です。泣いている暇などありませんわ」

 そう、本当に泣いている暇も殺されている暇もないのです。
 学園在学中は先送りにしていた案件が私を待っています。
 卒業までは未成人扱いなので、代理人を立てていても出来ることが少なかったのですもの。母の死後の父には、なにも期待出来ませんでしたしね。

 本当は婿入りしたアーネスト様に補佐をしてもらって、ふたりで片付ける予定だった案件でした。
 これから一ヶ月間、家臣達に心配されるほど仕事漬けになっていても、何度も繰り返したことでコツを掴んだつもりでいても、一向に減りませんでした。
 思うに仕事というものは、頑張れば頑張るほど増えていくものなのです。

「はは、そうだな。俺もこれから先送りにしていたマーシャル侯爵家の案件を片付けていかなきゃいけない。だから……俺に用事があるのなら、ここで聞くぜ?」

 オーガスタス様には婚約者はいらっしゃいません。
 私もついさっきアーネスト様に婚約を破棄されました。
 だけど、私達が結ばれることはありません。

 貴族家の当主同士だからです。
 禁止されているわけではありません。
 当主の仕事というのは、貴族家の運営というものは、どんなに優秀な家臣がいても、配偶者に補佐してもらわなくては片付かないくらい量があるのです。

 魔導金属鉱山を所有する前の男爵家なら、なんとかなったかもしれません。
 我が家の領地は相変わらず小さな村ひとつ程度なのですけれど、鉱山の運営や採掘された魔導金属の販売で人を雇っているのです。
 旧大陸の開拓による嬉しい好景気のおかげで事業は毎月拡大されていき、私が守らなくてはいけない人々は増え続けています。

「オーガスタス様、あの……」

 けれど、なんと言えば良いのでしょう。
 私は一ヶ月後に殺されて、先ほどの婚約破棄の瞬間に戻るのを繰り返しています。
 この前たまたま新聞のお悔やみ欄を見たら、私が殺される数日前に貴方が亡くなっていました。どうか気をつけてください──と?

 あまりに荒唐無稽過ぎるでしょう!
 私は言葉が見つからずに俯いてしまいました。
 俯くとオーガスタス様の胸元が視界に入って首を傾げます。なにかが違います。

 一度目のとき、泣きじゃくる私の代わりに三人をやり込めてくださった彼が、馬車へ向かう途中で胸を貸してくださったときとは、なにかが。
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