いつもだれかに殺される。

豆狸

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第四話 婚約破棄

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「ビアトリス! 僕は君との婚約を破棄するっ」

 婚約者の伯爵令息アーネスト様の叫び声で、私は意識を取り戻しました。
 五度目の婚約破棄、五度目の学園の卒業パーティです。
 一度目のときは衝撃でなにも言葉を返せず、ただ泣きじゃくることしか出来ませんでした。そのときの私は、アーネスト様をお慕いしていたのです。

 侍女のエミリーに支えられて王都のベイリー男爵邸へ戻っても、夜が明けるまで泣き続けていました。
 私は実の父に愛されていませんでした。
 そもそも父は、先々代の男爵家当主だった祖父が購入した旧大陸の鉱山で魔導金属が発見されてから、母の婚約者に名乗りを上げてきた人間です。それまでの男爵家は領地はあるものの、爵位のある村長程度の立ち位置でした。ですので跡取りである母の婚約者は平民男性だったのです。

 旧大陸の遺跡で発見された古代魔導文字は、魔導金属に刻印しなければ魔導が発動しません。
 純度が高く上質な魔導金属でなければ、発動しても暴走してしまいます。
 我が家の鉱山から採掘される魔導金属は純度が高く上質で、多額の収入をもたらしてくれました。

 大金に浮かされた祖父を責めるつもりはありません。
 お金とはあっても無くても恐ろしいものです。
 大金の管理をするには、平民の婿よりも高位貴族家出身の婿のほうが良いと考えたのは仕方がないことです。それでも……もう少し吟味してくだされば良かったのに、と思わずにはいられません。

 父は祖父が亡くなり、母が私を産んだ途端愛人を作りました。
 気丈な母が男爵家当主として自立していなければ、我が家のすべてが父の実家の伯爵家に乗っ取られていたかもしれません。
 今、我が家と父の実家は没交渉です。私の学園在学中は、たまにちょっかいをかけてきましたが、卒業後はまた静かになりました。それは、学園卒業を機に私が父を絶縁するからです。

 私は父に愛されませんでしたが、母には愛を注がれました。
 でもだからこそ、私は母に罪悪感を抱いていたのです。
 だって私がいなければ、母は父と離縁して前の婚約者と再婚出来たはずです。たとえ父がどんなに屑であろうとも、自分達が同じところへ落ちてはいけないと、結婚後の母は前の婚約者とは会いませんでした。前の婚約者の方も母が父達に因縁を付けられないようにと、旧大陸へ渡ったと聞いています。

 魔導金属鉱山は所有していますけれど、我が家の人間に旧大陸へ行ったことのあるものはいません。
 代理人を立てて運営してもらっているのです。
 もちろん、その代理人も母の前の婚約者とは無関係な方です。

 愛人親娘を溺愛する父には愛されず、愛し愛されていた母には罪悪感を抱いていた私が、なんの引け目もなく愛し、愛されたいと望むことが出来たのは婚約者のアーネスト様だけでした。
 とはいえ四度も殺され、大切な人達まで奪われた経験を経た私には、アーネスト様との婚約破棄などなにするものぞ、です。
 心は凪の海面のように澄んでいます。婚約破棄を口にするアーネスト様の顔が、少し困惑しているのもわかります。そうですよね、自慢げな顔の異母妹キーラと違って、貴方は父と同じように我が家のことをご存じですものね。

「かしこまりました。アーネスト様からの婚約破棄、ベイリー男爵家当主ビアトリスが確かに承ります」
「……男爵家当主?」

 なにも知らなかったらしい異母妹が、ぽかんと口を開けています。
 なんだか芝居のようなわざとらしさです。
 いいえ、彼女はもともと演技の上手い子でした。守るべき可哀相な女性を演じて、まんまと私の婚約者を奪ったのですもの。こんなときだって、周囲の同情を買おうと演技をしているのでしょう。

「な、なに言ってるのよ! 男爵家の当主は父さんでしょッ?」
「ベイリー男爵家の血筋は母です。そちらの男性は単なる婿養子ですよ。ですのでキーラ、貴女は男爵家に対してのいかなる権利も所有していません」

 私は父に向かって微笑みました。
 アーネスト様がキーラを迎えに来たとき、嬉々としてふたりに同行していった愚かな男です。
 今夜の卒業パーティ、私に同伴してくれたのはエミリーでした。一応婚約者であるアーネスト様を気遣って、男性の侍従は連れて来なかったのです。男爵家の資産を狙うものがいるかもしれないので、馬車では御者と護衛騎士が待っていますけれどね。

「お父様、彼女キーラを学園へ通わせる条件はベイリー男爵家の評判を落とさないこと、でしたわね。異母姉の婚約者を寝取り、卒業パーティで婚約破棄させる以上の醜聞があるでしょうか? もうこれ以上彼女の学費は払えません。卒業まで在学させたいのなら、ご自身が賄ってあげてくださいませ」

 学園は三年制です。私よりひとつ年下の異母妹にはまだ一年残っているのです。
 父が情けない声を上げました。

「ビアトリス、自分の妹に酷いことを言わないでやってくれ。後一年だけ、支援してやってはもらえないだろうか」
「酷いことをされているのは私のほうです。それと、卒業した私に貴方は必要ありませんので、今夜から下町の家のほうへお帰りください。絶縁届については、私の学園入学時に署名していただいていますので、お気になさらずに」
「……」

 アーネスト様は無言で、キーラと父の顔を盗み見ています。
 思ってもみなかったのでしょうね。
 キーラが自分に男爵家の継承権があると思っていただなんて。父がそれを否定もせずにいただなんて。

 学園に通うには貴族の後ろ盾が必要です。
 ベイリー男爵家からちょろまかした金を運ばなくなったことで、父は実家の伯爵家とも縁が切れています。
 母が亡くなり、私に絶縁された時点で父は平民なのです。たとえ少々お金があったとしても、キーラが学園に通い続けるのは無理でしょう。

 アーネスト様の伯爵家が力を貸してくれるとは思えません。
 伯爵家の方々は真面マトモな精神の持ち主です。
 学園在学中から彼のことをいさめてくれていました。不幸な結婚をした母が、父の実家と同じようなロクデナシの家と私の縁を結ぶはずがないのです。
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