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第二話 マーシャル侯爵オーガスタス
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新聞には架空の殺人事件を解決する物語──探偵小説が掲載されていました。
私の死についても、探偵が解き明かしてくれれば良いのに。
もっとも死んでから解決されても、私にはなにもわからないのですが。
「あ」
「ビアトリスお嬢様?」
私は新聞のお悔やみ欄に、よく知った方の名前を見つけました。
マーシャル侯爵家当主のオーガスタス様のお名前です。
お亡くなりになるような年齢の方ではありません。一ヶ月前に学園を卒業した私の同級生だったのですもの。
彼も若くしてご両親を亡くし、学園入学と同時に当主に就任した方でした。
学園在学中は未成人扱いで代理人を立てていたとはいえ、お互い当主の仕事で忙しかったですし、私には伯爵令息のアーネスト様という婚約者がいたので親しくしていたわけではありません。
私達は、学園の試験で首位を奪い合うだけの仲でした。負けたほうが勝ったほうを称賛して、軽口を叩きながら冗談交じりに次の試験での宣戦布告をするのが常だったのです。そして、彼は一度目の婚約破棄のときに……
「どうなさったのですか?」
「マーシャル侯爵家のオーガスタス様がお亡くなりになられたのですって」
「あら! 卒業パーティで拝見したときはお元気そうでしたのに」
「……数日前に殺されたのですって。犯人は行きずりの強盗みたいよ」
「そうでしょうか?」
侍女のエミリーが首を傾げました。
「マーシャル侯爵家には問題のあるお身内がいらっしゃるとか。オーガスタス様のご両親が亡くなられたときも、彼らが疑われたと聞いていますよ」
そう、オーガスタス様にはお父様の異母弟になる三人の叔父がいらっしゃいました。
オーガスタス様のお婆様の死後、お爺様が小劇団の後援者になり、そこに属する三人の美人女優に産ませた子ども達です。
三人とも母親に似た美しい青年達で、父親である今は亡き先々代のマーシャル侯爵の支援を受けて小劇団を受け継いだのです。団員はその三人だけの小劇団なのだと聞いています。正式な婚姻による子どもではないので侯爵家の継承権はないのですが、現当主のオーガスタス様が亡くなっても幾ばくかの遺産が彼らに入るはずです。
私はオーガスタス様に聞いたことを思い出しながら、エミリーに向かって首を横に振って見せました。
「ええ、そのときもそうだったのだけれど、今回の彼らも小劇団の巡業でこの王国を離れていたの」
しばらくお金を集られなくて済むと、オーガスタス様が零しているのを聞いたのは卒業パーティが始まる前だったように思います。
ただ、オーガスタス様のご両親の死は馬車での事故だったので、巡業に出る前に細工をしていたとしてもおかしくないと、憎悪に燃える瞳で補足なさいました。
貴族関係の事件を担当する王都の騎士団もそちらで調査しようとしていたそうなのですが、今は亡き先々代のマーシャル侯爵が騎士団に鼻薬を利かせて捜査を切り上げさせたといいます。
オーガスタス様の三人の叔父は、異母兄である彼の父親よりも甥である彼のほうに近い年齢です。
年を取ってからの子どもは可愛いものですし、優秀な正妻と嫡子に劣等感を抱いていた先々代のマーシャル侯爵は美貌だけが取り柄の息子達が愛しくてならなかったのだろうと、オーガスタス様はおっしゃっていましたっけ。
彼の三人の叔父は女癖が悪く、役者としての才能も無いに等しいとのことです。
お顔目当ての熱狂的な愛好者はいるものの、多くの人間は役者を名乗る彼らの存在すら知らないでしょう。私も知りません。
それでも私が父に多少の生活費を渡していたように、マーシャル侯爵家と関係があると知られている彼らに妙な真似をさせないために、オーガスタス様はお金を与えています。
彼ら三人はそのお金で巡業という名の観光旅行に興じているのです。
私も父と異母妹に煮え湯を飲まされてきましたけれど、まだ父が婿養子であってベイリー男爵家の当主でなかっただけ、オーガスタス様よりは幸運だったと言えるでしょう。
「馬車の事故のような細工次第でどうにでもなるものではなくて、夜道で背後から大きな石で殴られたのが死因だそうだから、今回はまったく無関係なのだと思うわ」
ふと、そんなことまで書いて良いのかしら、とも考えましたが、今の新聞ではそのくらい当たり前でした。
少しでも読者を引き付けるために派手で衝撃的な見出しを付けて、微に入り細に入り事件を語るのが新聞なのです。
人の死を扱う刺激的な探偵小説を掲載しているのも、読者を呼び寄せるためでしょう。
我がベイリー男爵家は下位貴族で、マーシャル侯爵家は高位貴族です。
学園で同級生だっただけで、領地は遠く事業での関わりもありませんでした。
私のもとへオーガスタス様の葬儀の案内が来ることはないでしょう。彼の暗い青色の瞳を思い出して、ほんのりと寂しさを覚えます。
「……」
「ビアトリスお嬢様……今日はお出かけをおやめになりますか?」
「いいえっ! それは駄目」
「そ、そうなのですか?」
私の剣幕にエミリーが目を丸くしています。
そうです、駄目なのです。
前のときに学びました。出かけなければ男爵邸を襲撃されます。どうせ殺されるにしても、もし今回も時間が戻るとしても、大切な家臣達を巻き込みたくはありません。
……私は新聞のお悔やみ欄に視線を戻しました。
時間が戻ったら、もし今回も私が殺されたら時間が戻るのならば、オーガスタス様に注意喚起をすることが出来るかもしれません。
私は彼の死亡時刻と発見された現場のことを頭に叩き込みました。
「エミリー。今日は中央市場へ行きましょう」
「食べ歩きですか? あそこは人が多いから掏摸に気をつけなくてはいけませんね」
「ええ」
私は頷きました。
一度目の植物園は人が少なくて、私だけでなく一緒にいたエミリーまで殺されてしまいました。
二度目の中央市場は人が多かったので、そもそも殺されることはないと思っていました。でも殺されました。とはいえ、エミリーまでは殺されずに済んだのです。
だから四度目の今日も中央市場へ向かいます! 殺されることを前提に考えてしまう自分が情けないですが、犯人を特定する情報を持っていない以上、男爵邸のみんなを巻き込まない選択をすることしか出来ないのです。
私の死についても、探偵が解き明かしてくれれば良いのに。
もっとも死んでから解決されても、私にはなにもわからないのですが。
「あ」
「ビアトリスお嬢様?」
私は新聞のお悔やみ欄に、よく知った方の名前を見つけました。
マーシャル侯爵家当主のオーガスタス様のお名前です。
お亡くなりになるような年齢の方ではありません。一ヶ月前に学園を卒業した私の同級生だったのですもの。
彼も若くしてご両親を亡くし、学園入学と同時に当主に就任した方でした。
学園在学中は未成人扱いで代理人を立てていたとはいえ、お互い当主の仕事で忙しかったですし、私には伯爵令息のアーネスト様という婚約者がいたので親しくしていたわけではありません。
私達は、学園の試験で首位を奪い合うだけの仲でした。負けたほうが勝ったほうを称賛して、軽口を叩きながら冗談交じりに次の試験での宣戦布告をするのが常だったのです。そして、彼は一度目の婚約破棄のときに……
「どうなさったのですか?」
「マーシャル侯爵家のオーガスタス様がお亡くなりになられたのですって」
「あら! 卒業パーティで拝見したときはお元気そうでしたのに」
「……数日前に殺されたのですって。犯人は行きずりの強盗みたいよ」
「そうでしょうか?」
侍女のエミリーが首を傾げました。
「マーシャル侯爵家には問題のあるお身内がいらっしゃるとか。オーガスタス様のご両親が亡くなられたときも、彼らが疑われたと聞いていますよ」
そう、オーガスタス様にはお父様の異母弟になる三人の叔父がいらっしゃいました。
オーガスタス様のお婆様の死後、お爺様が小劇団の後援者になり、そこに属する三人の美人女優に産ませた子ども達です。
三人とも母親に似た美しい青年達で、父親である今は亡き先々代のマーシャル侯爵の支援を受けて小劇団を受け継いだのです。団員はその三人だけの小劇団なのだと聞いています。正式な婚姻による子どもではないので侯爵家の継承権はないのですが、現当主のオーガスタス様が亡くなっても幾ばくかの遺産が彼らに入るはずです。
私はオーガスタス様に聞いたことを思い出しながら、エミリーに向かって首を横に振って見せました。
「ええ、そのときもそうだったのだけれど、今回の彼らも小劇団の巡業でこの王国を離れていたの」
しばらくお金を集られなくて済むと、オーガスタス様が零しているのを聞いたのは卒業パーティが始まる前だったように思います。
ただ、オーガスタス様のご両親の死は馬車での事故だったので、巡業に出る前に細工をしていたとしてもおかしくないと、憎悪に燃える瞳で補足なさいました。
貴族関係の事件を担当する王都の騎士団もそちらで調査しようとしていたそうなのですが、今は亡き先々代のマーシャル侯爵が騎士団に鼻薬を利かせて捜査を切り上げさせたといいます。
オーガスタス様の三人の叔父は、異母兄である彼の父親よりも甥である彼のほうに近い年齢です。
年を取ってからの子どもは可愛いものですし、優秀な正妻と嫡子に劣等感を抱いていた先々代のマーシャル侯爵は美貌だけが取り柄の息子達が愛しくてならなかったのだろうと、オーガスタス様はおっしゃっていましたっけ。
彼の三人の叔父は女癖が悪く、役者としての才能も無いに等しいとのことです。
お顔目当ての熱狂的な愛好者はいるものの、多くの人間は役者を名乗る彼らの存在すら知らないでしょう。私も知りません。
それでも私が父に多少の生活費を渡していたように、マーシャル侯爵家と関係があると知られている彼らに妙な真似をさせないために、オーガスタス様はお金を与えています。
彼ら三人はそのお金で巡業という名の観光旅行に興じているのです。
私も父と異母妹に煮え湯を飲まされてきましたけれど、まだ父が婿養子であってベイリー男爵家の当主でなかっただけ、オーガスタス様よりは幸運だったと言えるでしょう。
「馬車の事故のような細工次第でどうにでもなるものではなくて、夜道で背後から大きな石で殴られたのが死因だそうだから、今回はまったく無関係なのだと思うわ」
ふと、そんなことまで書いて良いのかしら、とも考えましたが、今の新聞ではそのくらい当たり前でした。
少しでも読者を引き付けるために派手で衝撃的な見出しを付けて、微に入り細に入り事件を語るのが新聞なのです。
人の死を扱う刺激的な探偵小説を掲載しているのも、読者を呼び寄せるためでしょう。
我がベイリー男爵家は下位貴族で、マーシャル侯爵家は高位貴族です。
学園で同級生だっただけで、領地は遠く事業での関わりもありませんでした。
私のもとへオーガスタス様の葬儀の案内が来ることはないでしょう。彼の暗い青色の瞳を思い出して、ほんのりと寂しさを覚えます。
「……」
「ビアトリスお嬢様……今日はお出かけをおやめになりますか?」
「いいえっ! それは駄目」
「そ、そうなのですか?」
私の剣幕にエミリーが目を丸くしています。
そうです、駄目なのです。
前のときに学びました。出かけなければ男爵邸を襲撃されます。どうせ殺されるにしても、もし今回も時間が戻るとしても、大切な家臣達を巻き込みたくはありません。
……私は新聞のお悔やみ欄に視線を戻しました。
時間が戻ったら、もし今回も私が殺されたら時間が戻るのならば、オーガスタス様に注意喚起をすることが出来るかもしれません。
私は彼の死亡時刻と発見された現場のことを頭に叩き込みました。
「エミリー。今日は中央市場へ行きましょう」
「食べ歩きですか? あそこは人が多いから掏摸に気をつけなくてはいけませんね」
「ええ」
私は頷きました。
一度目の植物園は人が少なくて、私だけでなく一緒にいたエミリーまで殺されてしまいました。
二度目の中央市場は人が多かったので、そもそも殺されることはないと思っていました。でも殺されました。とはいえ、エミリーまでは殺されずに済んだのです。
だから四度目の今日も中央市場へ向かいます! 殺されることを前提に考えてしまう自分が情けないですが、犯人を特定する情報を持っていない以上、男爵邸のみんなを巻き込まない選択をすることしか出来ないのです。
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