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第一話 婚約破棄
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昼休み、この王国の貴族子女が通う学園の中庭で、私の婚約者で南部貴族派の筆頭であるブラガ侯爵家の跡取りロナウド様はおっしゃいました。
「東部貴族派筆頭アルメイダ侯爵家令嬢ジュリアナ! 私は君との婚約を破棄する」
彼がそう口にした途端、周囲の人間の顔色が変わるのがわかりました。
いつも私が冷たくあしらわれるのを彼の後ろで楽しそうに見ていた南部貴族派のご令嬢方も、彼の隣に寄り添った同じく南部貴族派のペリゴ男爵令嬢クェアダ様も、一気に血の気が引いて真っ青なお顔になったのです。
周囲の変化に気づかず、ロナウド様が言葉を続けます。
「君は私の婚約者でありながら南部貴族派と交流しようとせず」
私は学園に入学してから、何度も南部貴族派の方々をお茶会にお誘いしましたわ。
断ったり、承知した振りをしていらっしゃらなかったのはそちらのほうです。いくら南部貴族派が排他的で身内意識が強いと言ってもあんまりです。
それらのことを伝えようとしても、人の悪口を言ってはいけない、とおっしゃって聞こうともしてくださらなかったのはロナウド様です。
「東部の自慢ばかりして」
主食の麦を生産することで力を持っていた南部貴族派は、十年前のことでほかの派閥の信頼を失った上に、その後の不作続きもあって困窮しています。
東部貴族派の領地は王国の東端を塞ぐ山脈の麓にあります。その山脈で採掘した鉱物や宝石を加工して作った商品を、南部を横切る河川を利用して国内や他国へ流通させることで南部にも利益をもたらそうと思っていました。
まだ婚約者に過ぎないロナウド様に東部新商品という機密事項を直接話すわけにはいかなくて世間話に混ぜてお伝えしていたのですが、それを自慢とお取りになっていたのですね。気の無い返事しかしてくださらなかったわけです。
「奢侈に溺れてばかりいる」
貴族社会では情報が命綱です。どんなに隠していても、南部が困窮していることは知られています。
だからこそほかの派閥のお茶会や夜会に出席して、華やかな格好の私を見せることで南部はまだ大丈夫だと思わせようとしていたのです。
ドレスやアクセサリーを制作する資金は東部貴族派筆頭のお父様やお兄様が出してくださっていましたし、東部新商品の宣伝も兼ねてはいましたけれどね。
「それに! 君はペリゴ男爵令嬢を虐めていたというではないか。いつも髪や制服がボロボロになっていたのを訝しんで問い詰めたら、クェアダが泣きながら教えてくれたよ。すべて君にやられたことだと」
私は溜息をついた後、ロナウド様を睨みつけました。
故郷のアルメイダ侯爵領を見下ろす山脈を覆う雪と同じ銀色の髪と白過ぎる肌のせいで、私には冷たい印象があるとよく言われます。雪山の氷のように表情が凍りついていて、感情がわかりにくいとも。
貴族令嬢としては恐れられるくらいでちょうど良いかと思っていましたが、ロナウド様は気に入らなかったのかもしれません。
彼の隣にいるクェアダ様は彼と同じ金髪で明るい緑色の瞳の持ち主です。春の森のようにくるくると表情が変わる方なのです。
「南部貴族派筆頭ブラガ侯爵令息ロナウド様、王命の婚約を貴方のご一存で破棄しようというのはよほどのことでしょう。謹んでお受けいたします。ですが、クェアダ様の件については事実無根の冤罪と言わざるを得ません。どうして私が彼女を虐めなければならないのでしょう?」
ロナウド様の白いお顔が赤く染まりました。
どうやらまだ恥というものをご存じだったようです。
俯いて流れた金髪で赤くなったお顔を隠し、彼は声を絞り出すようにして言いました。
「き、君の婚約者の私が、彼女と親しくしていたからだろう。私にも問題があった。しかし、だからといってクェアダを虐めて良いということにはならないぞ」
「まったくですわ」
そう言って割り込んできたのは、中央貴族派筆頭エステヴェス公爵家令嬢のナタリア様でした。
彼女は去年卒業した王太子殿下の婚約者です。
炎のように真っ赤な髪をかき上げて、中立を旨とする中央派のナタリア様がおっしゃいます。まあ中立を旨とするのは建前で、中央貴族派は中央貴族派のために行動するものなのですが。
「不貞は不貞、虐めは虐めですわ。どちらも正当な裁きを受けなくてはいけません。ところでブラガ侯爵令息様、貴方がジュリアナ様という婚約者のいる身でありながら、学園内でそちらのペリゴ男爵令嬢を連れ歩いていたことはみなが知っております。一方ジュリアナ様が彼女を虐めていたということには、男爵令嬢の発言以外の証拠がありますの?」
「東部貴族派筆頭アルメイダ侯爵家令嬢ジュリアナ! 私は君との婚約を破棄する」
彼がそう口にした途端、周囲の人間の顔色が変わるのがわかりました。
いつも私が冷たくあしらわれるのを彼の後ろで楽しそうに見ていた南部貴族派のご令嬢方も、彼の隣に寄り添った同じく南部貴族派のペリゴ男爵令嬢クェアダ様も、一気に血の気が引いて真っ青なお顔になったのです。
周囲の変化に気づかず、ロナウド様が言葉を続けます。
「君は私の婚約者でありながら南部貴族派と交流しようとせず」
私は学園に入学してから、何度も南部貴族派の方々をお茶会にお誘いしましたわ。
断ったり、承知した振りをしていらっしゃらなかったのはそちらのほうです。いくら南部貴族派が排他的で身内意識が強いと言ってもあんまりです。
それらのことを伝えようとしても、人の悪口を言ってはいけない、とおっしゃって聞こうともしてくださらなかったのはロナウド様です。
「東部の自慢ばかりして」
主食の麦を生産することで力を持っていた南部貴族派は、十年前のことでほかの派閥の信頼を失った上に、その後の不作続きもあって困窮しています。
東部貴族派の領地は王国の東端を塞ぐ山脈の麓にあります。その山脈で採掘した鉱物や宝石を加工して作った商品を、南部を横切る河川を利用して国内や他国へ流通させることで南部にも利益をもたらそうと思っていました。
まだ婚約者に過ぎないロナウド様に東部新商品という機密事項を直接話すわけにはいかなくて世間話に混ぜてお伝えしていたのですが、それを自慢とお取りになっていたのですね。気の無い返事しかしてくださらなかったわけです。
「奢侈に溺れてばかりいる」
貴族社会では情報が命綱です。どんなに隠していても、南部が困窮していることは知られています。
だからこそほかの派閥のお茶会や夜会に出席して、華やかな格好の私を見せることで南部はまだ大丈夫だと思わせようとしていたのです。
ドレスやアクセサリーを制作する資金は東部貴族派筆頭のお父様やお兄様が出してくださっていましたし、東部新商品の宣伝も兼ねてはいましたけれどね。
「それに! 君はペリゴ男爵令嬢を虐めていたというではないか。いつも髪や制服がボロボロになっていたのを訝しんで問い詰めたら、クェアダが泣きながら教えてくれたよ。すべて君にやられたことだと」
私は溜息をついた後、ロナウド様を睨みつけました。
故郷のアルメイダ侯爵領を見下ろす山脈を覆う雪と同じ銀色の髪と白過ぎる肌のせいで、私には冷たい印象があるとよく言われます。雪山の氷のように表情が凍りついていて、感情がわかりにくいとも。
貴族令嬢としては恐れられるくらいでちょうど良いかと思っていましたが、ロナウド様は気に入らなかったのかもしれません。
彼の隣にいるクェアダ様は彼と同じ金髪で明るい緑色の瞳の持ち主です。春の森のようにくるくると表情が変わる方なのです。
「南部貴族派筆頭ブラガ侯爵令息ロナウド様、王命の婚約を貴方のご一存で破棄しようというのはよほどのことでしょう。謹んでお受けいたします。ですが、クェアダ様の件については事実無根の冤罪と言わざるを得ません。どうして私が彼女を虐めなければならないのでしょう?」
ロナウド様の白いお顔が赤く染まりました。
どうやらまだ恥というものをご存じだったようです。
俯いて流れた金髪で赤くなったお顔を隠し、彼は声を絞り出すようにして言いました。
「き、君の婚約者の私が、彼女と親しくしていたからだろう。私にも問題があった。しかし、だからといってクェアダを虐めて良いということにはならないぞ」
「まったくですわ」
そう言って割り込んできたのは、中央貴族派筆頭エステヴェス公爵家令嬢のナタリア様でした。
彼女は去年卒業した王太子殿下の婚約者です。
炎のように真っ赤な髪をかき上げて、中立を旨とする中央派のナタリア様がおっしゃいます。まあ中立を旨とするのは建前で、中央貴族派は中央貴族派のために行動するものなのですが。
「不貞は不貞、虐めは虐めですわ。どちらも正当な裁きを受けなくてはいけません。ところでブラガ侯爵令息様、貴方がジュリアナ様という婚約者のいる身でありながら、学園内でそちらのペリゴ男爵令嬢を連れ歩いていたことはみなが知っております。一方ジュリアナ様が彼女を虐めていたということには、男爵令嬢の発言以外の証拠がありますの?」
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