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最終話 狂う男
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悪魔が火焙りになって、そろそろ二年が経つ。
前夜の牢に会いに行ったとき、アリスの悪夢について聞いてみた。
酷く驚いた顔をして、ディアーブラはひとりで呟き始めた。
「……どういうこと? なんで悪役令嬢にロード前の記憶があるの? あれはアタシのせいじゃないのに。王太子エンドのためには悪役令嬢が処刑されるだけで良かったのに、シャルル達が勝手に拷問させて……アタシだって処刑のときの姿を見てドン引きしたのに。ロードに悪役令嬢が巻き込まれたから、こんなことになってるの? ああ、もう! なんでロードできないのよっ!」
彼女が計画していたなにかは狂ってしまったようだ。
しばらく呟いた後で、ディアーブラは媚びを売って牢から解放させようとしてきたが、私はそれを拒んだ。
悪魔だと暴かれる前の言動で、彼女の狙いは新しい年若い聖王猊下だと気づいていたからだ。前の悪魔も最後の相手は聖騎士だったというし、悪魔は聖なる存在を堕落させるのが好きなのだろう。現身は聖なる炎によって焼き尽くされたものの、いずれまた現れるかもしれない。ちゃんと記録は残しておこう。
あれからさまざまなことがあった。
私が魔導学園を卒業して出来る仕事が増えたからといって、母が王妃の座を退いて聖光教の巫女として神殿に入ってしまったのには驚いた。母には、王座を手放したくない父に始末されてしまった婚約者がいたのだ。
これからは神殿で婚約者を弔いながら生きていくのだという。
母がいなくなってしばらくして、父が亡くなった。
もしかしたら父は母を愛していたのだろうか、などと考えたりもしたが、実際のところはわからない。悪魔が火焙りになるのを見たことで二十年前の恋人を思い出し、心が病んでしまった可能性もある。
母のことばかり印象に残っていたけれど、考えてみれば父にも愛された記憶はない。
そして私は王となった。
本当はダニエルに王座を譲りたかったけれど、周囲がそれを許さなかったのだ。
私はアリスに婚約解消されたし、ほかのディアーブラの取り巻き達もそれぞれの婚約者に捨てられていた。悪魔の虜になるような心の弱い人間とつながりを持ちたくなかったのだろう。
……そう、私の心は弱い。
私は密偵から届いた報告書を破った。
それを合図に、秘書官達が貴重なものを執務室から持ち出していく。明日のために別の部屋で執務出来るよう整えてくれるのだ。いつものことだから、彼らもすっかり慣れている。
扉が閉まり、部屋には私しかいなくなる。
「ああああああああああああああああああああああ!」
私は叫び、手の届く範囲にあるものをすべて掴み辺りに投げつけた。
報告書には、アリスが出産したと書いてあったのだ。
夫である騎士爵のクリストフによく似た、赤い髪の赤ん坊だという。引退とは名ばかりで娘の補佐として活躍中の元ジュベル公爵も大喜びらしい。
「ああああああああああああああああああああああ!」
私は毎夜アリスの夢を見る。
幼いころ、母との間に隔たりを感じていた私を抱き締めてくれた幼いアリスの夢。
成長して一緒に夜会へ行ったときの美しいアリスの夢。
悪魔に惑わされなければあったかもしれない未来、私の隣で王妃として微笑むアリスの夢。私の子に授乳しながら、見つめる私を恥ずかしそうに窘めるアリスの夢。あの日泣き叫ぶアリスに声をかけて慰めることが出来る夢、夢、夢──
目覚めた瞬間、毎朝思う。
この現実が悪夢なら良かったのに、と。
私はなぜ我に返らなかったのだろう。なぜ自分の行為が異常だと気づかなかったのだろう。悪魔のせいだ、全部悪魔のせいだと言ってしまいたい。でも私は、自分に悪魔の力が及んでいなかった時間があったことも覚えているのだ。
「ああああああああああああああああああああああ!」
私は狂っていく。
彼女の夢を見るたび狂っていく。風になびく黒髪を、私を見つめる琥珀の瞳を夢に見るたび狂っていく。
いつか夢から覚めない日が来たら、どんなに幸せだろうかと、私は夢見て生きていく。
前夜の牢に会いに行ったとき、アリスの悪夢について聞いてみた。
酷く驚いた顔をして、ディアーブラはひとりで呟き始めた。
「……どういうこと? なんで悪役令嬢にロード前の記憶があるの? あれはアタシのせいじゃないのに。王太子エンドのためには悪役令嬢が処刑されるだけで良かったのに、シャルル達が勝手に拷問させて……アタシだって処刑のときの姿を見てドン引きしたのに。ロードに悪役令嬢が巻き込まれたから、こんなことになってるの? ああ、もう! なんでロードできないのよっ!」
彼女が計画していたなにかは狂ってしまったようだ。
しばらく呟いた後で、ディアーブラは媚びを売って牢から解放させようとしてきたが、私はそれを拒んだ。
悪魔だと暴かれる前の言動で、彼女の狙いは新しい年若い聖王猊下だと気づいていたからだ。前の悪魔も最後の相手は聖騎士だったというし、悪魔は聖なる存在を堕落させるのが好きなのだろう。現身は聖なる炎によって焼き尽くされたものの、いずれまた現れるかもしれない。ちゃんと記録は残しておこう。
あれからさまざまなことがあった。
私が魔導学園を卒業して出来る仕事が増えたからといって、母が王妃の座を退いて聖光教の巫女として神殿に入ってしまったのには驚いた。母には、王座を手放したくない父に始末されてしまった婚約者がいたのだ。
これからは神殿で婚約者を弔いながら生きていくのだという。
母がいなくなってしばらくして、父が亡くなった。
もしかしたら父は母を愛していたのだろうか、などと考えたりもしたが、実際のところはわからない。悪魔が火焙りになるのを見たことで二十年前の恋人を思い出し、心が病んでしまった可能性もある。
母のことばかり印象に残っていたけれど、考えてみれば父にも愛された記憶はない。
そして私は王となった。
本当はダニエルに王座を譲りたかったけれど、周囲がそれを許さなかったのだ。
私はアリスに婚約解消されたし、ほかのディアーブラの取り巻き達もそれぞれの婚約者に捨てられていた。悪魔の虜になるような心の弱い人間とつながりを持ちたくなかったのだろう。
……そう、私の心は弱い。
私は密偵から届いた報告書を破った。
それを合図に、秘書官達が貴重なものを執務室から持ち出していく。明日のために別の部屋で執務出来るよう整えてくれるのだ。いつものことだから、彼らもすっかり慣れている。
扉が閉まり、部屋には私しかいなくなる。
「ああああああああああああああああああああああ!」
私は叫び、手の届く範囲にあるものをすべて掴み辺りに投げつけた。
報告書には、アリスが出産したと書いてあったのだ。
夫である騎士爵のクリストフによく似た、赤い髪の赤ん坊だという。引退とは名ばかりで娘の補佐として活躍中の元ジュベル公爵も大喜びらしい。
「ああああああああああああああああああああああ!」
私は毎夜アリスの夢を見る。
幼いころ、母との間に隔たりを感じていた私を抱き締めてくれた幼いアリスの夢。
成長して一緒に夜会へ行ったときの美しいアリスの夢。
悪魔に惑わされなければあったかもしれない未来、私の隣で王妃として微笑むアリスの夢。私の子に授乳しながら、見つめる私を恥ずかしそうに窘めるアリスの夢。あの日泣き叫ぶアリスに声をかけて慰めることが出来る夢、夢、夢──
目覚めた瞬間、毎朝思う。
この現実が悪夢なら良かったのに、と。
私はなぜ我に返らなかったのだろう。なぜ自分の行為が異常だと気づかなかったのだろう。悪魔のせいだ、全部悪魔のせいだと言ってしまいたい。でも私は、自分に悪魔の力が及んでいなかった時間があったことも覚えているのだ。
「ああああああああああああああああああああああ!」
私は狂っていく。
彼女の夢を見るたび狂っていく。風になびく黒髪を、私を見つめる琥珀の瞳を夢に見るたび狂っていく。
いつか夢から覚めない日が来たら、どんなに幸せだろうかと、私は夢見て生きていく。
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