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中編 悪女の断罪

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 エティエンヌ殿下はテナシテ男爵令嬢に向かって疎まし気に反論します。

「そんなわけないだろ! 僕はお忍びで来たこの国で、まあまあ可愛くて病気も持ってなさそうな女の子に口説かれたから誘いに乗っただけ! 変なこと吹き込んだのはサミュエルの独断だし、個人的には二度と会う気はなかったよ!」
「はい、その通りでございます。すべてはこのサミュエルが勝手にしたこと、エティエンヌ殿下にはなんの罪もありません」
「……」

 フリート王太子殿下は無言で俯いています。
 私は溜息をついて、従者サミュエルに口を閉じるよう命じました。
 この国で最も力を持つギャルニエ公爵家の娘ですし、未来の王太子妃として教育されてきたので他人に命令するのには慣れています。それに……どうもサミュエルはエティエンヌ殿下を表舞台に引きずり出すための要因として私に期待しているようで、私には逆らわないのです。そんなに慕っているエティエンヌ殿下の言うことなんだから、ちゃんと聞いてあげればいいのに。

「このおふたりの処遇については、すでに国王陛下のご判断を仰いでいます。追って沙汰があることでしょう。もちろん隣国にも話を通しています。そして、それとはべつに……」

 私は、ちらりと背後を窺いました。
 子爵令嬢シャルロッテ様は婚約者の騎士団団長のご子息と一緒ですが、侯爵子息と婚約している伯爵令嬢カテリーネ様はおひとりです。大丈夫でしょうか。
 ……大丈夫ではありませんでした。だれか、だれか彼女を止めて。会場の隅に用意されたパーティ料理、カテリーネ様が全部食べてしまいそうです!

「……えー、コホン。王太子殿下の元婚約者として、ひとまずこの場を仕切らせていただきますね。壇上の方々への伝言をお預かりしてきているのです」
「元?」

 なぜかフリート王太子殿下が顔をお上げになりました。
 この場で婚約破棄なさるおつもりだったくせに、なにを今さら縋るような目で私を見てらっしゃるのですか?
 私はフリート王太子殿下とテナシテ男爵令嬢こそが真実の愛だと思っておりましたよ? エティエンヌ殿下との関係をネタに従者サミュエルに脅されて、仕方なく間諜のような真似をしていたのではないかと思っておりましたとも。

 そういえば一度目でも二度目でもフリート王太子殿下は、いつも明るく元気で笑顔、裏表がなく素直な女性とテナシテ男爵令嬢を褒め称えていらっしゃいましたね。
 私もそう思いましたわ。
 一度目と二度目の経験を元に彼女とエティエンヌ殿下の出会いの瞬間を見物に行って、彼を見た途端真っ赤に発情したテナシテ男爵令嬢のお顔を拝見したときに。というか、フリート王太子殿下と一緒にいらっしゃるときのお顔は演技だったみたいですわよ?

「ベ、ベアトリーチェ、様?」

 視線を向けると、ピカール商会の跡取りは震える声で私の名前を口にしました。
 あらあら、この方に尊称付きで呼ばれるのは久しぶりですわね。
 最初は陰で、最近は堂々と、ベアトリーチェと呼び捨てになさっていましたのに。ただのベアトリーチェではなく、悪女ベアトリーチェでしたかしら?

「ピカール商会のご当主から伝言をお預かりしております。次男に継がせる、だそうです」
「あああっ!」

 彼は崩れ落ち、泣きながら床を叩きました。
 でも当然じゃありません? 商会のお金を横領してテナシテ男爵令嬢に貢いでいたのですから。一度目のときはそれでピカール商会を潰していらっしゃいましたし。
 さーて、次は聖王猊下の甥御様、神学の恩師殿です。

「ベ、ベアトリーチェ、嬢?」
「先生に神学を学ぶ資格のない背教者と罵られて教室を追い出されてから、私反省いたしました。父から聖王猊下にお願いしていただいて、直々に教えを受けたのですわ。先日猊下に敬虔で忠実な神のしもべであると認められて、司教の位を授かりましたの」

 彼への伝言はふたつあります。

「まずは聖王猊下から、司教の位を返上しろ、とのことです。続いて魔導学園から、女生徒と不適切な関係になる教師は必要ない、ですわ」

 フリート王太子殿下とテナシテ男爵令嬢を同じクラスにするため、彼女の成績に下駄を履かせていたのですわよね。代償は彼女自身です。
 一度目のときはそれで味を占めて、毎年女生徒に手を出していたことが後からわかって大問題になりましたっけ。苦しんで自殺した方もいらっしゃったとか。
 あのときは聖神殿の威信も揺らぎました。彼は司教の位も持っていましたからね。

「ち、違う。誤解だ、私はテナシテ男爵令嬢を抱いたりしてない!」
「なにをおっしゃっているのです? そんなこと存じませんわ。私は伝言をお預かりしただけですもの」

 テナシテ男爵令嬢の周辺についての調査書を国王陛下と聖王猊下、魔導学園の学園長に提出したときに。
 お三方が私にお預けになった伝言の理由までは説明されていませんのよ。
 きちんとテナシテ男爵令嬢についての報告が上がってさえいれば、一度目のときもあんな状態にはならなかったのでしょうねえ。お三方は聡明でいらっしゃいますもの。どこで報告が歪められていたのかしら。

「き、貴様のせいで!」
「ヘルベルト様!」
「ん!」

 私に飛びかかろうとした聖王猊下の甥御様は、シャルロッテ様に呼ばれた騎士団団長のご子息の手によって取り押さえられました。
 なにが私のせいだとおっしゃるのでしょうか。テナシテ男爵令嬢と関係を持ち、便宜を図ると決めたのはご自分ですのに。とりあえず学園長への報告を歪めていたのは彼の仕業でしょうね。
 さーて、続いて魔導士団団長ご子息と侯爵家のご子息ですわよ。

「あなた方はご実家のご当主と結託して、騎士団の予算をご自分達の懐に流用なさいましたね。これは勘当や離職程度で済まされる問題ではありません。近日中に裁判所から召喚状が届く予定です。学生だったから許されるなどとお思いになりませんように」

 彼らがテナシテ男爵令嬢と出会う前から親がおこなっていた悪事ですが、男爵令嬢に貢ぐため積極的に関わっていったのはご自分達なので叙情酌量の余地はありません。
 一度目は予算を奪われた挙句、罪を着せられた騎士団団長とその一族が処刑されてしまったのですわよね。国王陛下がお亡くなりになった直後でした。
 私は婚約破棄されて何年も実家で閉じ籠っていたときに話を聞いたのでしたわ。訪ねてきて教えてくださったシャルロッテ様の憔悴しきった顔が、今も頭に残っています。

 魔導士団団長のご子息は、青白い顔でユラユラと揺れています。頭は良い方なのですが、突発的な出来事に対処できないのです。
 まだ侯爵家のご子息のほうが応用は効くのですけれど──彼は、美しい自分に夢中だった婚約者、吝嗇家で知られる裕福な伯爵家のご令嬢、芸術と美食を愛するカテリーネ様をご覧になりました。伯爵家の方は吝嗇で貯めたお金を芸術と美食に注がれるのです。
 パーティ料理を食べ尽くしたカテリーネ様が微笑みます。あんなに食べていながら、どうやって均整の取れた体型を維持してらっしゃるのでしょうか。

「カテリーネ、君は私を助けてくれるよな? 流用した分の金を補填すればいいだけなんだ。伯爵家ならほんのはした金の金額だよ。その代わり浮気はもうしない、絶対にしないから!」

 婚約者のいる人間が浮気をしないのは、最初から当たり前のことです。
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