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第八話 名前を呼んでも
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やがてセパラシオンは王都に戻り、父からヴァンサン侯爵家の当主の座を継いだ。
学園時代セパラシオンの不貞に心を痛めて体を壊した母は、結局回復することなく亡くなってしまっていた。
仲の良い夫婦だった父にはそれが堪えていたのだろう。引退後のセパラシオンの父は母の遺体を納めた霊廟のある侯爵領の館で隠遁生活を送った。
離縁したセパラシオンの新しい縁談は、何年経っても決まらなかった。
以前のようにデロベを想い続けていたわけではない。
ジャンヌとの離縁の日のトマの言葉はすべて本当だった。デロベを殺したのは彼女が下町にいたころからの恋人で、セパラシオンはずっと騙されていた。デロベが誠実だったのは、妾になることが確定したとき以前の恋人を切り捨てようとした部分だけだろう。
(もっともジャンヌの母親の件がある。最初からどこかで口封じするつもりだったのかもしれないな)
白い結婚を大神官に認められたジャンヌが家へ男を引き込んで遊んでいたはずがない。
不貞をしていたのは、最初から最後までセパラシオンのほうだ。
セパラシオンはもうデロベを愛し続けることは出来なかった。
どんなに後悔して反省しても、離縁してしまった以上ジャンヌに償うすべはない。
せめて父のためヴァンサン侯爵家の当主として励もうと決意して、セパラシオンは再婚に対して積極的になったのだ。
とはいえ、世の中はそう上手くは行かない。
セパラシオンの後悔や反省を認めて受け入れてくれる優しく善良な人間がいても、必ず横やりが入れられる。
それは善良な人間を心配するだれかのときもあったが、ほとんどは悪党によるものだった。
悪党から見たセパラシオンは、色仕掛けで簡単に落ちて婚約者を裏切り正式な妻を冷遇する愚か者なのだ。しかも侯爵という高い地位にある。そんな利用しやすい存在を悪党が見逃すはずがない。
(ジャンヌと結婚したとき、彼女を大切にして学園時代の不貞を償っていれば、愚か者の汚名を返上出来ていたのだろうが……)
父もそれを期待したから、ジャンヌとの婚約解消を拒んだセパラシオンの意思を受け入れたに違いない。
ジャンヌ自身もセパラシオンが彼女を妻として大切にするのだと思ったから、嫁いできたのだ。
セパラシオンがデロベに惑わされたまま、彼女の言動すべてを信じ込んだままだなんて思うはずがない。
(ジャンヌが盗み聞きしていたわけじゃない。デロベが聞かせていたんだ。伯爵邸を訪ねてもジャンヌと会えないように、私を操っていたんだ)
今さら気づいてももう遅い。
ジャンヌがデロベを殺したという言葉だって、根拠はどこにもなかった。
セパラシオンは自分から罠に飛び込み、幻を追い続けていたのだ。
「ジャンヌ……」
彼女と離縁してからしばらくして、セパラシオンは昔貰った四つ葉の白詰草を探したことがある。
どこを探しても見つからず、最終的にあのときと同じようにデロベに踏み潰されたことを思い出した。たぶん出会って間もないころ、異母姉と仲良くなりたいから彼女の話をしてくれと言われて、話したときの出来事だ。
セパラシオンは大切な想い出の品を失ったことで悲しむよりも、泣きながら謝罪するデロベの美しさに見惚れていた。
「ジャンヌ、ジャンヌ……」
どんなに名前を呼んでもジャンヌは帰ってこない。
デロベの悪霊に憑りつかれていたときの彼女がセパラシオンにジャンヌと呼ばれても反応しなかったのは、それまでの六年間セパラシオンがジャンヌの名前を呼んでいなかったから。
ふたりの間のつながりは、セパラシオン自身が断ってしまったのだ。
振り向いたときの幸せそうな微笑みはもう二度と見られない。
デロベはセパラシオンに呼ばれても、あんなに幸せそうな微笑みは浮かべなかった。あのときデロベの名前を呼んで、振り向いていたのはきっとジャンヌだったのだ。
今になってどんなに悔やんでも、四つ葉の白詰草は取り戻せない。
学園時代セパラシオンの不貞に心を痛めて体を壊した母は、結局回復することなく亡くなってしまっていた。
仲の良い夫婦だった父にはそれが堪えていたのだろう。引退後のセパラシオンの父は母の遺体を納めた霊廟のある侯爵領の館で隠遁生活を送った。
離縁したセパラシオンの新しい縁談は、何年経っても決まらなかった。
以前のようにデロベを想い続けていたわけではない。
ジャンヌとの離縁の日のトマの言葉はすべて本当だった。デロベを殺したのは彼女が下町にいたころからの恋人で、セパラシオンはずっと騙されていた。デロベが誠実だったのは、妾になることが確定したとき以前の恋人を切り捨てようとした部分だけだろう。
(もっともジャンヌの母親の件がある。最初からどこかで口封じするつもりだったのかもしれないな)
白い結婚を大神官に認められたジャンヌが家へ男を引き込んで遊んでいたはずがない。
不貞をしていたのは、最初から最後までセパラシオンのほうだ。
セパラシオンはもうデロベを愛し続けることは出来なかった。
どんなに後悔して反省しても、離縁してしまった以上ジャンヌに償うすべはない。
せめて父のためヴァンサン侯爵家の当主として励もうと決意して、セパラシオンは再婚に対して積極的になったのだ。
とはいえ、世の中はそう上手くは行かない。
セパラシオンの後悔や反省を認めて受け入れてくれる優しく善良な人間がいても、必ず横やりが入れられる。
それは善良な人間を心配するだれかのときもあったが、ほとんどは悪党によるものだった。
悪党から見たセパラシオンは、色仕掛けで簡単に落ちて婚約者を裏切り正式な妻を冷遇する愚か者なのだ。しかも侯爵という高い地位にある。そんな利用しやすい存在を悪党が見逃すはずがない。
(ジャンヌと結婚したとき、彼女を大切にして学園時代の不貞を償っていれば、愚か者の汚名を返上出来ていたのだろうが……)
父もそれを期待したから、ジャンヌとの婚約解消を拒んだセパラシオンの意思を受け入れたに違いない。
ジャンヌ自身もセパラシオンが彼女を妻として大切にするのだと思ったから、嫁いできたのだ。
セパラシオンがデロベに惑わされたまま、彼女の言動すべてを信じ込んだままだなんて思うはずがない。
(ジャンヌが盗み聞きしていたわけじゃない。デロベが聞かせていたんだ。伯爵邸を訪ねてもジャンヌと会えないように、私を操っていたんだ)
今さら気づいてももう遅い。
ジャンヌがデロベを殺したという言葉だって、根拠はどこにもなかった。
セパラシオンは自分から罠に飛び込み、幻を追い続けていたのだ。
「ジャンヌ……」
彼女と離縁してからしばらくして、セパラシオンは昔貰った四つ葉の白詰草を探したことがある。
どこを探しても見つからず、最終的にあのときと同じようにデロベに踏み潰されたことを思い出した。たぶん出会って間もないころ、異母姉と仲良くなりたいから彼女の話をしてくれと言われて、話したときの出来事だ。
セパラシオンは大切な想い出の品を失ったことで悲しむよりも、泣きながら謝罪するデロベの美しさに見惚れていた。
「ジャンヌ、ジャンヌ……」
どんなに名前を呼んでもジャンヌは帰ってこない。
デロベの悪霊に憑りつかれていたときの彼女がセパラシオンにジャンヌと呼ばれても反応しなかったのは、それまでの六年間セパラシオンがジャンヌの名前を呼んでいなかったから。
ふたりの間のつながりは、セパラシオン自身が断ってしまったのだ。
振り向いたときの幸せそうな微笑みはもう二度と見られない。
デロベはセパラシオンに呼ばれても、あんなに幸せそうな微笑みは浮かべなかった。あのときデロベの名前を呼んで、振り向いていたのはきっとジャンヌだったのだ。
今になってどんなに悔やんでも、四つ葉の白詰草は取り戻せない。
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