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第四話 三年後
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「セパラシオン」
王都のヴァンサン侯爵邸で、セパラシオンは当主である父に名前を呼ばれた。
「なんでしょう、父上」
「お前が結婚して三年が経つ」
「……はい」
「お前がジャンヌ嬢からの婚約解消を拒んだときは愚行を反省して彼女に償うつもりなのかと喜んだが、そうではなかったのだな。この三年間、ジャンヌ嬢を侯爵領に閉じ込めて社交にも出さず、自分は王都に留まっていた。侯爵領の館へ戻っても同じ部屋で過ごすどころか言葉も交わさず……もう彼女を解放してあげろ」
セパラシオンは父を睨みつけた。
「三年間の白い結婚での離縁が出来るとでも思ってるのですか? 無理ですよ、彼女は伯爵邸に男を引き込んで遊んでいたんですから。まあ身持ちの悪さを理由に離縁することは出来るかもしれませんけどね」
「お前は……」
ヴァンサン侯爵は息子の言葉に溜息を漏らす。
「そんな事実はなかったと教えただろう?」
「父上は彼女に騙されているのです」
「ジャンヌ嬢はそんな令嬢ではない。お前があのデロベとかいう女に惑わされているのだ」
「愛人の娘だということはデロベの罪ではありません」
セパラシオンはデロベのことで責められると、いつもそう言って話を混ぜ返す。
侯爵は舌打ちを漏らしかけた。
貴族のすることではない、と思って舌打ちを飲み込んで話を続ける。
「ああ、そうだな。確かにそれはあの女の罪ではない。婚約者のいる男と不貞をした浮気女になったのも、あの女の罪ではなくお前の罪なのだろうよ」
「父上と母上がデロベとの結婚を許してくれれば、彼女を日陰の身に落とすようなことにはなりませんでした」
「跡取りから外されて平民になっても愛を貫きたいのなら好きにしろ、と言ったぞ」
「……愛人の娘として苦労して育ったデロベに少しでも楽な暮らしをさせてやりたかったのです」
「愛人の娘だからといって責めるなと言い、愛人の娘だから楽をさせてやりたいと言い、愛人の娘というのは随分と都合の良い立場のようだな」
「……」
とにかく、と侯爵は話を戻す。
「ジャンヌ嬢と離縁するんだ。学園を卒業したトマ殿が正式にユタン伯爵家の当主となった。もうあの夫婦がジャンヌ嬢に危害を加えることは出来ない」
先代ユタン伯爵の婿養子とその愛人は、ジャンヌの結婚とともに王都の伯爵邸から追い出されていた。彼らの息のかかった使用人達もだ。
今はトマが伯爵邸で、先代伯爵の死後に入れ替えられる前の使用人達を呼び戻して暮らしている。
セパラシオンが王都に留まっていたのはデロベの両親のためでもあった。
「デロベはジャンヌに殺されたのです。デロベのご両親がジャンヌを恨むのは当たり前のことです」
「そんな事実はない。……お前はあのふたりに生活費を与えていたようだな」
「愛した女性の両親なのだから当然です。伯爵家のために人生を捧げてきた人間をゴミのように放り出すトマ殿のほうが間違っています」
「愛人を作って妻と娘を苦しめるのが伯爵家のために人生を捧げるということなのか?」
「……愛してしまったのだから、どうしようもなかったのだと思います」
「先代伯爵と離縁して愛人親娘と三人で暮らすという道はなかったのか? 先代伯爵が亡くなられたのは、あの男との離縁の準備をしているときだった。慰問に訪れた下町の孤児院で、護衛から少し離れた隙に殺された」
「彼らを疑っているのですか?」
「疑わずにはいられないだろう」
ヴァンサン侯爵は、とにかく、と繰り返した。
「侯爵領へ戻ってジャンヌ嬢と離縁するんだ。その後は好きにすれば良い」
セパラシオンは頭を下げた。納得して首肯したのか納得出来ずに俯いただけなのかは、きっと本人にもわからない。
王都のヴァンサン侯爵邸で、セパラシオンは当主である父に名前を呼ばれた。
「なんでしょう、父上」
「お前が結婚して三年が経つ」
「……はい」
「お前がジャンヌ嬢からの婚約解消を拒んだときは愚行を反省して彼女に償うつもりなのかと喜んだが、そうではなかったのだな。この三年間、ジャンヌ嬢を侯爵領に閉じ込めて社交にも出さず、自分は王都に留まっていた。侯爵領の館へ戻っても同じ部屋で過ごすどころか言葉も交わさず……もう彼女を解放してあげろ」
セパラシオンは父を睨みつけた。
「三年間の白い結婚での離縁が出来るとでも思ってるのですか? 無理ですよ、彼女は伯爵邸に男を引き込んで遊んでいたんですから。まあ身持ちの悪さを理由に離縁することは出来るかもしれませんけどね」
「お前は……」
ヴァンサン侯爵は息子の言葉に溜息を漏らす。
「そんな事実はなかったと教えただろう?」
「父上は彼女に騙されているのです」
「ジャンヌ嬢はそんな令嬢ではない。お前があのデロベとかいう女に惑わされているのだ」
「愛人の娘だということはデロベの罪ではありません」
セパラシオンはデロベのことで責められると、いつもそう言って話を混ぜ返す。
侯爵は舌打ちを漏らしかけた。
貴族のすることではない、と思って舌打ちを飲み込んで話を続ける。
「ああ、そうだな。確かにそれはあの女の罪ではない。婚約者のいる男と不貞をした浮気女になったのも、あの女の罪ではなくお前の罪なのだろうよ」
「父上と母上がデロベとの結婚を許してくれれば、彼女を日陰の身に落とすようなことにはなりませんでした」
「跡取りから外されて平民になっても愛を貫きたいのなら好きにしろ、と言ったぞ」
「……愛人の娘として苦労して育ったデロベに少しでも楽な暮らしをさせてやりたかったのです」
「愛人の娘だからといって責めるなと言い、愛人の娘だから楽をさせてやりたいと言い、愛人の娘というのは随分と都合の良い立場のようだな」
「……」
とにかく、と侯爵は話を戻す。
「ジャンヌ嬢と離縁するんだ。学園を卒業したトマ殿が正式にユタン伯爵家の当主となった。もうあの夫婦がジャンヌ嬢に危害を加えることは出来ない」
先代ユタン伯爵の婿養子とその愛人は、ジャンヌの結婚とともに王都の伯爵邸から追い出されていた。彼らの息のかかった使用人達もだ。
今はトマが伯爵邸で、先代伯爵の死後に入れ替えられる前の使用人達を呼び戻して暮らしている。
セパラシオンが王都に留まっていたのはデロベの両親のためでもあった。
「デロベはジャンヌに殺されたのです。デロベのご両親がジャンヌを恨むのは当たり前のことです」
「そんな事実はない。……お前はあのふたりに生活費を与えていたようだな」
「愛した女性の両親なのだから当然です。伯爵家のために人生を捧げてきた人間をゴミのように放り出すトマ殿のほうが間違っています」
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「……愛してしまったのだから、どうしようもなかったのだと思います」
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「疑わずにはいられないだろう」
ヴァンサン侯爵は、とにかく、と繰り返した。
「侯爵領へ戻ってジャンヌ嬢と離縁するんだ。その後は好きにすれば良い」
セパラシオンは頭を下げた。納得して首肯したのか納得出来ずに俯いただけなのかは、きっと本人にもわからない。
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