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第三話 貴方は私の名前を呼ばない。
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「私が君を愛することはない」
ヴァンサン侯爵領の館での新婚初夜、寝室でセパラシオン様は言いました。
学園を卒業して、小母様がお亡くなりになって、私は彼に婚約解消を申し出ました。
すぐに受け入れてもらえると思っていたのに、彼は拒みました。あの日デロベに言っていたように、私を一度妻にしてからでなければデロベを迎えられないと思っていたのかもしれません。
でもそのデロベは、私達が学園を卒業して一ヶ月ほどしたころ、王都のユタン伯爵邸へ来る前に住んでいた下町へ買い物に行って殺されています。
おそらく物取りの仕業だろうということでした。
犯人はまだ捕まっていません。
「理由はわかるだろう? 私は君がデロベを殺したことを知っている。君の父君とデロベの母君が教えてくれたんだ。」
私はセパラシオン様を見つめました。
やっぱりそう思っていらしたのですね。
この結婚は復讐のつもりなのでしょうか。
「いいえ。私は彼女を殺したりしていません。貴方に嫁ぐ予定だった私の財産は、結婚するまで父の管理下にありました。自分の自由になるお金を持たない私が、どうして彼女を殺す人間を雇えたのでしょう」
学園に入学した後で、後見人を父ではなく分家のトマの父親やヴァンサン侯爵に替えてもらいたいと考えたこともありました。
この王国では学園に入学した時点である程度成人に近い権利を認められます。後見人の選択も認められている権利のひとつです。
でも血のつながった実父を差し置いて、跡取りになる予定のトマの父親や婚家となるヴァンサン侯爵を後見人にするのは難しかったのです。彼らがユタン伯爵家の乗っ取りを企んでいるのではないかと噂されても困ります。
先ほどセパラシオン様に尋ねたように、私の財産は私が嫁ぐまで伯爵代行の立場にあった父が管理していました。
王都の伯爵邸を訪れるトマを通じて分家が口出ししてくれていなければ、毎日の食事も満足に与えられていなかったかもしれません。
少なくともお茶会や夜会のためのドレスや装身具は、贅沢だと言われて満足に作ってもらえませんでした。セパラシオン様はいつも同じような格好の婚約者を見てもなにも思わなかったのでしょうか。思わなかったのでしょうね、学園時代の彼の瞳に映っていたのはデロベだけだったのですから。
デロベは学園にこそ通っていませんでしたが、セパラシオン様が私に会うために王都の伯爵邸へいらしたときは真っ先に迎えて、絶対に彼の側から離れませんでした。
最後には私に連絡が来ることもなくなって、セパラシオン様はデロベと会っただけでお帰りになっていましたっけ。
部屋の窓から彼を見つけて慌てて追いかけても、愛人親娘の息のかかった使用人達に邪魔されて会えずに終わることもありました。
「はっ!」
セパラシオン様は私の反論を鼻で笑いました。
「今さらなにを言っている。どうせ自分の情夫にやらせたのだろう? 君が王都の伯爵邸へ男を引き込んでいたことはデロベに聞いて知っている。……父や母は信じてくれなかったがな」
ヴァンサン侯爵夫妻が信じなかったのは当たり前です。本当ではないのですから。
「父は君と結婚しなければ、ひとり息子の私を跡取りから外すと言った。デロベがいないのなら侯爵の爵位などどうでも良いが、彼女を殺した君が幸せになるのは許せない。男を引き込んで遊んでいた君には白い結婚は適応されない」
デロベが本当にセパラシオン様を愛していたならば、私との婚約を解消した彼が平民となっても結ばれることのほうを喜んだでしょう。
私がセパラシオン様に愛されていないように、セパラシオン様はデロベに愛されていなかったのです。
ですが、証明出来ないことを言っても仕方がありません。
デロベがなにを言おうと、セパラシオン様がどう思おうと、王都の伯爵邸へ男性を連れ込んでいたのは私ではありません。
白い結婚の期限である三年後にそれを証明すれば良いことです。悪霊を浄化する神殿の大神官様には嘘を見抜くお力もあるのです。
三年後には学園を卒業してユタン伯爵家の当主となったトマが力を貸してくれると良いのですが。
「君はデロベの仇だ、一生飼い殺しにしてやる!」
……罵るときでさえ一度も私の名前を呼ばずに、セパラシオン様は言いたいことを言い終わると寝室から出て行ったのでした。
デロベが死んでも私と結婚しようとしているのはあの子の嘘に気づいたからだと、私を愛そうと思ってくださったからだと、莫迦な夢を見ていた私を残して。
ヴァンサン侯爵領の館での新婚初夜、寝室でセパラシオン様は言いました。
学園を卒業して、小母様がお亡くなりになって、私は彼に婚約解消を申し出ました。
すぐに受け入れてもらえると思っていたのに、彼は拒みました。あの日デロベに言っていたように、私を一度妻にしてからでなければデロベを迎えられないと思っていたのかもしれません。
でもそのデロベは、私達が学園を卒業して一ヶ月ほどしたころ、王都のユタン伯爵邸へ来る前に住んでいた下町へ買い物に行って殺されています。
おそらく物取りの仕業だろうということでした。
犯人はまだ捕まっていません。
「理由はわかるだろう? 私は君がデロベを殺したことを知っている。君の父君とデロベの母君が教えてくれたんだ。」
私はセパラシオン様を見つめました。
やっぱりそう思っていらしたのですね。
この結婚は復讐のつもりなのでしょうか。
「いいえ。私は彼女を殺したりしていません。貴方に嫁ぐ予定だった私の財産は、結婚するまで父の管理下にありました。自分の自由になるお金を持たない私が、どうして彼女を殺す人間を雇えたのでしょう」
学園に入学した後で、後見人を父ではなく分家のトマの父親やヴァンサン侯爵に替えてもらいたいと考えたこともありました。
この王国では学園に入学した時点である程度成人に近い権利を認められます。後見人の選択も認められている権利のひとつです。
でも血のつながった実父を差し置いて、跡取りになる予定のトマの父親や婚家となるヴァンサン侯爵を後見人にするのは難しかったのです。彼らがユタン伯爵家の乗っ取りを企んでいるのではないかと噂されても困ります。
先ほどセパラシオン様に尋ねたように、私の財産は私が嫁ぐまで伯爵代行の立場にあった父が管理していました。
王都の伯爵邸を訪れるトマを通じて分家が口出ししてくれていなければ、毎日の食事も満足に与えられていなかったかもしれません。
少なくともお茶会や夜会のためのドレスや装身具は、贅沢だと言われて満足に作ってもらえませんでした。セパラシオン様はいつも同じような格好の婚約者を見てもなにも思わなかったのでしょうか。思わなかったのでしょうね、学園時代の彼の瞳に映っていたのはデロベだけだったのですから。
デロベは学園にこそ通っていませんでしたが、セパラシオン様が私に会うために王都の伯爵邸へいらしたときは真っ先に迎えて、絶対に彼の側から離れませんでした。
最後には私に連絡が来ることもなくなって、セパラシオン様はデロベと会っただけでお帰りになっていましたっけ。
部屋の窓から彼を見つけて慌てて追いかけても、愛人親娘の息のかかった使用人達に邪魔されて会えずに終わることもありました。
「はっ!」
セパラシオン様は私の反論を鼻で笑いました。
「今さらなにを言っている。どうせ自分の情夫にやらせたのだろう? 君が王都の伯爵邸へ男を引き込んでいたことはデロベに聞いて知っている。……父や母は信じてくれなかったがな」
ヴァンサン侯爵夫妻が信じなかったのは当たり前です。本当ではないのですから。
「父は君と結婚しなければ、ひとり息子の私を跡取りから外すと言った。デロベがいないのなら侯爵の爵位などどうでも良いが、彼女を殺した君が幸せになるのは許せない。男を引き込んで遊んでいた君には白い結婚は適応されない」
デロベが本当にセパラシオン様を愛していたならば、私との婚約を解消した彼が平民となっても結ばれることのほうを喜んだでしょう。
私がセパラシオン様に愛されていないように、セパラシオン様はデロベに愛されていなかったのです。
ですが、証明出来ないことを言っても仕方がありません。
デロベがなにを言おうと、セパラシオン様がどう思おうと、王都の伯爵邸へ男性を連れ込んでいたのは私ではありません。
白い結婚の期限である三年後にそれを証明すれば良いことです。悪霊を浄化する神殿の大神官様には嘘を見抜くお力もあるのです。
三年後には学園を卒業してユタン伯爵家の当主となったトマが力を貸してくれると良いのですが。
「君はデロベの仇だ、一生飼い殺しにしてやる!」
……罵るときでさえ一度も私の名前を呼ばずに、セパラシオン様は言いたいことを言い終わると寝室から出て行ったのでした。
デロベが死んでも私と結婚しようとしているのはあの子の嘘に気づいたからだと、私を愛そうと思ってくださったからだと、莫迦な夢を見ていた私を残して。
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