おにぎり屋さん111

豆狸

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3・逢魔が時

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 琴乃ちゃんにカラスの話を聞いたわたしは、電線や建物の屋根の上に見え隠れする鳥の影に怯えながら家路を辿った。
 うっすらと闇が辺りを包んでいく。
 こういうの、逢魔が時っていうんだっけ。

 ──バサバサバサッ!

 急に辺りで羽音が響いて、わたしは真っ青になって辺りを見回した。

「……カラス?」

 道路を挟んで向こう側にあるコンビニの駐車場。
 そのブロック塀にカラスがとまっていた。
 近くにあるゴミ捨て場を狙っているのだと思うけれど、なんだかこちらを見つめているような気がしてならない。

「き、気のせいだよね?」

 自分に言い聞かせながら後ずさって、違和感を覚える。
 こちら側には神社があったはず。

 毎朝毎夕通学帰宅のたびに前を通っているけれど用事がなければ意識することもない、住宅街の隙間にある小さな神社。
 すぐ隣が大豪邸の長い塀なので印象が薄いが、噴水公園と一緒でモンスターを集めるゲームの重要なスポットになっているので、冬花さんたちを引き連れて来たことがある。
 お礼にと、向かいのコンビニでジュースを奢ってくれたっけ。

 振り返ったわたしの目に映ったのは──

「お店? いつの間に?」

 神社があった空間には、小さなお店が建っていた。
 京都とかにありそうなオシャレな和風の建物。

「おにぎり屋さん? 111って、どういう意味だろう。あ、お米が立ってる姿?」

 入り口の横に立てかけられた看板には『おにぎり屋さん111』と記してある。
 毛筆だけど、111はアラビア数字だ。
 最初で最後の年賀状に書かれていた冬花さんの文字を思い出す。
 初めて見るのになんだかお店自体に懐かしさを感じて、わたしは扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

 澄んだ水のように涼やかな声に迎えられる。
 時代劇に出てくる薬屋を思わせる和風木造の店内。
 狭いから、お客がひとり入るだけでいっぱいになりそう。
 入り口から奥に向かって一列に並んだら数人は入れるかな。
 左右の棚には薬でなく、ビニールで包装されたおにぎりが並べられている。

 奥の突き当たりは床が高くなっていて、やっぱり時代劇に出てくるようなカウンターがあった。勘定場っていうんだったかな。
 うちのおばあちゃんは健在だけど、時代劇にはあまり興味がない。
 わたしの時代劇に関する知識は、お父さんが休日にぼーっと観ているケーブルTVの番組から。

 勘定場の中に座って微笑んでいる男性を見て、わたしは息を呑んだ。
 男性……男性だよね?
 さっきの声は澄んでいたけれど、女性にしては低かった。
 低くて艶やかで響く声。
 それでいて涼やかで澄んでいる。
 体も大きいし骨格も……って、ここら辺の中途半端な知識は琴乃ちゃんがコスプレ姿を披露するときに話してくれるウンチクから。

「えっと……おにぎり屋さんなんですか?」

 左右を見れば明らかなことをわざわざ聞いてしまう。
 外の看板にも書いてあったのにね。

 だけど、ほかに言葉を思いつかなかった。
 だってその人。
 勘定場の中に座ったその人は見たこともないほど美しかったのだ。
 なんだか心臓がドキドキする。

 サラサラと流れる黒い髪。
 真っ白で滑らかな肌。
 宝石のように煌めく澄んだ瞳。
 着物がとてもよく似合う。
 水も滴るような、なんて表現が、これほど似合う人をわたしは知らない。
 年齢は二十代から三十代かな?
 浮世離れしてる、なんて言葉を思い浮かべるのも生まれて初めてだ。

「そうです。開店したところなので一個買ってくださったら一個サービスしますよ。値段は棚の値札を見てくださいね」
「わかりました」
「……ごゆっくり」

 わたしは棚に目を向けた。
 いろんな種類のおにぎりが並んでいる。
 梅、おかか、タラコなどのオーソドックスなものから、ツナマヨ、エビマヨ、オムライスなどなど。
 コンブに高菜、ジャコ、沢庵もいいよね。
 夕飯前だけど一個買ってオヤツにして、サービスのもう一個は楽にあげようかな。
 思いながら手を伸ばす。

「あ」

 棚の端に積まれた可愛い籠に気づいて手に取った。
 選んだおにぎりはこれに入れればいいみたい。
 コンビニのおにぎりも美味しいけど、こういう専門店のおにぎりもいいよね。
 楽はなんでもお肉が入ってないと文句を言うから鳥肉の入った炊き込みご飯のおにぎりにして、わたしは──

「すみません」

 足がなにかに当たって反射的に謝る。
 でも考えてみたらお客はわたししかいない。
 わたしが入った後は、扉は開いてない。
 もしかして学校の鞄がぶつかって、落としたおにぎりを蹴っちゃったのかも。
 だったらちゃんと買ってお詫びしないとなあ、なんて思いながら視線を落として、わたしは足に当たった存在に気づいた。

 ──ネズミだった。
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