真実の愛の言い分

豆狸

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第五話 聖王の言い分

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「初めからこうしていれば良かったのですよ、父上」
「そうですわ、陛下」
「ありがとうございます、伯父様」
「……」

 嬉し気に笑い合う家族を前にして、国王ベンヤミンはなにも言えないでいた。
 ベンヤミンは聖王に金を積み、王太子と姪は結婚前に子を授かったが特別な存在だから神に許された、と声明を出してもらったのだ。
 ほかの大神官達に罷免を要求されていたこともあって、聖王は金さえ与えれば話を飲んだ。

 ただでさえ金の無い王家にとって、聖王が要求する金額を用意するのは大変なことだった。聖王は罷免要求を撤回させるため、周囲にばら撒く金が大量に必要だったのだ。
 国宝と言われる多くのものを密かに売りに出し、王宮で働く中央貴族達の賃金を引き下げた。王家が運営する王領の税金も引き上げた。
 王家と取り引きのある国内外の商人達にした借金は、これから長い年月をかけて返していかなくてはいけない。踏み倒せば見捨てられて二度と力を借りられなくなる。

 だが、その甲斐あって今日は王太子と姪の結婚式の日だ。
 ウェディングドレスはリューゲの腹が目立たぬ意匠となっているものの産み月は近い。
 ハイニヒェン辺境伯家からの持ち出しで準備されていた辺境伯令嬢との結婚式と比べるとみすぼらしいし、王都近郊に領地がある以外の高位貴族は列席していない。それでもこの式さえ終えてしまえば、一区切りがつく。

「……そうだな。この日が来て良かった。幸せになるんだぞミヒャエル、リューゲ」
「「はい!」」

 真実の愛に満たされたふたりが心から幸せそうに微笑む。
 王妹の親友で、密かにふたりを応援していた王妃は涙ぐんでいる。
 これで良かったのだと、一家の主ベンヤミンは頷いた。

 厳かな聖神殿で結婚式が始まる。
 聖神殿は神殿組織のあるそれぞれの国で、一番大きな神殿の俗称だ。
 亡くなった義弟の代わりに姪のリューゲをエスコートして、息子のミヒャエルのところへと導く。見つめ合うふたりを置いて王妃のもとへ戻ったベンヤミンは、聖王の口上が始まるのを待った。今日の聖王は、やけに顔が赤い。

「今日の良き日に……」

 そこまで言って、聖王の体がぐらりと揺れた。

「きゃああぁぁぁっ!」
「リューゲ!」

 身重の姪が巻き込まれそうになったが、王太子によって彼女は救われた。
 しかし、王太子も聖王の体までは支えきれなくて、彼は聖神殿の床に転がった。
 聖王の顔は白くなったが、代わりに唇が赤くなっている。血を吐いたのだ。

 彼が再び立ち上がることはなかった。
 後に酒毒による死と判断された。
 もとから酒に溺れていた上に、ベンヤミンが与えた金のあまりで高い酒をがぶ飲みした結果らしい。

★ ★ ★ ★ ★

 先代聖王の突然の死によって急遽選ばれた新しい聖王は、ハイニヒェン辺境伯が支持していた大神官だった。
 清廉潔白とまでは言いきれないものの有能なのは間違いのない人物である。
 有能な新聖王は信者の信頼を得るために先代の罪を暴いた。共通の敵がいると人は団結するものなのだ。先代が選挙で勝利するために支持者の裏工作を黙認していたこと、支持者に頼まれて圧力をかけたり神殿が禁じている行為を認めたりしていたことなどが白日の下に晒され──その支持者であったベンヤミンは神殿から破門された。

 神殿からの破門というのは、死後の幸福が得られなくなるというだけのことではない。
 同じ神を信仰する国々との付き合いも変わる。
 まだ異教徒なら利益のためと割り切って付き合うこともあるけれど、同じ宗教で信徒に非ずと斬り捨てられた存在とはだれも関わろうとはしない。

 自分の破門が王国全体に影響を与えないように、ベンヤミンは退位した。
 その後に即位したのはミヒャエルではない。
 結婚式が途中だったのもあるけれど、新しい聖王はミヒャエルとリューゲの結婚を認めなかったのだ。下手をすればふたりも王妃も破門されかねなかった。三人は王位継承権と王族籍を放棄して平民となり、王家の血を引く公爵家の人間が次の王となった。前の王家に金はなかったが、新しい王には辺境貴族を始めとする実力者から支援が寄せられている。

 これで間違いは正された、と新しい王に冠を授けた後で聖王は言った。
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