もう彼女の夢は見ない。

豆狸

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第五話 彼女の想い

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 夢の中、彼女は王太子のリッカルド殿下と聖女ブルローネ様の前に立っていました。
 真っ赤な髪を風になびかせて、その瞳に彼女だけを映して王太子殿下がおっしゃいます。

「フェデリーカ。百年ぶりに見つかった聖女のブルローネ殿だ。陛下から俺が世話役を仰せつかった。とはいえ女性のことなので、俺だけでは至らぬ点もあると思う。お前も気を配って差し上げて欲しい」
「かしこまりました、殿下」

 素直に頭を下げる彼女は、これからのことを知りません。
 厳密に言えば彼女の心情は私にはわかりません。同じ体に宿って、彼女の言葉を聞くだけです。
 でもこれまでの夢で見た言動で、彼女の気持ちが少しわかったような気になっていました。

 王都の神殿で私が王太子殿下と彼に纏わる記憶を失っていることが証明された後、私と王太子殿下の婚約は解消されました。
 今はお義兄様との結婚の日を夢見て、学園の卒業式を指折り待つ日々を過ごしています。
 我が家は魔獣の大暴走スタンピードが多い代わり、倒した魔獣の素材を売って潤っているので婚約解消のための賠償金については気にしなくていいと、お父様は言ってくださいました。むしろ私と離れて暮らさなくても良くなったと大喜びしてくださっています。

 日々を過ごしながら、私は彼女の夢を見ていました。毎朝目覚める前に見るのです。

 最初に見た夢は、おそらくその日の前日の光景でした。
 それから少しずつ少しずつ遡っているのです。
 たぶん彼女にとって重大な、忘れたくても忘れられない出来事を。

 今日の夢は学園の最終学年に進学したときのことでしょう。
 これから起こることはすでに夢で見ています。
 学園内での王太子殿下と聖女様は常に一緒でした。世話役という言葉では説明がつかないほどです。殿下には自分という婚約者がいるのだから、と彼女が注意しても、嫉妬しているのか、と嘲笑されるだけでした。

 ──やがて学園中に噂が流れ始めました。
 王太子殿下と聖女様は愛し合っているのに、実家の力で無理矢理殿下と婚約を結んだディアマンテ辺境伯令嬢が邪魔をしている、と。
 十日間の謹慎を受けることになった日は、彼女が聖女様を虐めたという噂の真否を王太子殿下に問い質されました。彼女は怒りに震え、嘘つき、と叫んで聖女様を叩いてしまったのです。

 今日の夢ではまだなにも起こっていません。
 彼女は未来を察しているのでしょうか。自分に起こること、起こっていたことを知っているのでしょうか。
 わかりません。私に聞こえるのは彼女の唇が発した言葉だけで、彼女の心の声は聞こえないのです。

 聞こえないのに……目覚める瞬間に私は、夢の中の彼女が殿下に別れを告げたような気がしたのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 昼休み、私は学園の中庭にある大学と共通の屋外喫茶でお義兄様を待っていました。
 お義兄様は私の謹慎が明けた日から、毎日登下校に同行してくださるだけでなく昼食もご一緒してくださっているのです。
 ただ大学と学園は授業の時間が違うので、お義兄様に昼前の授業がない日は良いのですが、今日のように昼休み直前の授業がある日だとお会いするまで時間がかかってしまうことがあります。まあ、王都にあるディアマンテ辺境伯邸ではずっと一緒なのですけれどね!

「フェデリーカ」

 食事はお義兄様が来てからと思い、お茶だけ頼んで飲んでいた私に声をかけてきたのは王太子のリッカルド殿下と聖女ブルローネ様でした。

「少し話がある。内密の話だが、聖女殿がいるとはいえ婚約者ではなくなった俺と人目に付かない場所へ行くのは問題だろう。中庭から見える生徒会室のベランダで話をしないか。あそこならサムエーレが来てもすぐわかるだろう」

 サムエーレというのはお義兄様のお名前です。
 お義兄様と王太子殿は元婚約者の身内というだけでなく、生徒会の先輩後輩という関係もありました。
 聖女様が学園に編入される前は、私とお義兄様と王太子殿下が生徒会室のベランダで昼食を摂っていたこともあるそうですが、それは夢では見ませんでしたし記憶にもありません。

 今日はお義兄様が遅くなるとわかっている日ですし、王太子殿下の頼みを断るのも失礼に当たるでしょう。
 お話だけなら、と私はおふたりに同行いたしました。
 聖女様を叩いてしまったことは、夢でも見たのでちゃんと謝罪しています。
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