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最終話 リボン(ポールEND)
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サジテール侯爵家と男爵家の陰謀が暴かれ、関わったそれぞれが相応しい罰を受けた。
男爵令嬢セリア様と、彼女を操っていた真の黒幕である異母弟も処刑された。
侯爵家は分家が相続し、男爵家の資産は王家が没収した。私はお母様の実家であるヴィエルジ伯爵家を継いで女侯爵となり、クレマン様との仮初めの婚約も解消していた。
「女伯爵、この書類確認してくれ」
「かしこまりました」
ここは生徒会室だ。
異母弟がいなくなったことで人員が減り、仕事が溜まっている。
かつて王妃教育を受けた経験が見込まれて、私がポール王太子殿下を補佐しているのだった。とはいえ、殿下との婚約は解消されたままだ。殿下も私を名前ではなく女伯爵と呼ぶ。
渡された書類に目を通し、頷く。
「はい、なにひとつ問題はございません。このまま処理済みの書類に入れておきますね」
「頼んだぞ」
殿下は新しい書類に向き合う。私が大公邸でお世話になっていた間、夜の王宮でクレマン様に書類仕事のやり方を教えていただいていたそうだ。
王太子教育でも学んでいたし、最初から基礎はできている。
そのうち私のほうが足手纏いになりそうだ。
「これは……女伯爵、卒業パーティの企画案を出してくれ。まだ料理や飾りつけを頼む商会が決まってなかったな?」
「はい。以前の商会はサジテール侯爵家と癒着していたので契約を取り消しました」
国家転覆の陰謀には関わっていなかったけれど、異母弟への賄賂や学院の職員と手を結んでの横領などが明らかになり、商会自体が潰れている。
「学院に魔術触媒を納入している小さな商店があるんだが、最近料理に使える魔道具を開発したらしい。食堂への導入を検討してほしいという届け出が来ているので、その前に卒業パーティの料理で試させてはどうだろう。卒業パーティは祭りだから、慣れなくて失敗しても多少のことなら問題はないしな」
「逆に良い思い出になるかもしれませんね」
「……思い出、か……」
私が出した卒業パーティの企画案を受け取って、殿下は感慨深げに窓の外を見た。
生徒会室は図書室の向かいの建物の二階にある。
窓からはお妃様の木が見下ろせた。
「そなたはいつも図書室にいたな」
「殿下?」
「バティストから愛想を尽かさせるために男爵令嬢の相手をしていたと言ったことがあったな。あれは嘘だ」
「……」
やっぱりセリア様をお好きだったのだろうか。
生徒会のお仕事に打ち込むようになったのは、ジェモー子爵子息バティスト様と同じで、失恋の悲しみを紛らわせるためだったのかもしれない。
ポール王太子殿下は企画案を机の上に置き、逆向きに椅子に座って私を見た。浅黒い肌がほんのりと赤らんで見えるのは気のせいだろうか。
「そなたにヤキモチを妬かせたかったんだ」
「……殿下?」
「俺は昔から暴れん坊で、同い年の可愛い女の子にどう接すればいいかわからなかった。クレマンに放り投げたくせに、ヤツからそなたの話を聞くとなぜか腹が立った」
偶然会ったときに話が食い違わないよう、クレマン様は私と会った後は殿下に起こったことを報告していた。
「どんな小さなことでも聞かせてきたクレマンが、あのリボンのことだけは俺に話さなかった。……そなたはあの緑色のリボンを気に入っていただろう?」
「母の形見でしたので」
「毎日のようにつけていたのが、ある日つけなくなったんだ。なにかあったことくらい簡単に想像できる。なにがあったか知りたくて、俺はクレマンの……というかヤツは俺の振りをしていたのだから結局は俺なのだが……の振りをしてそなたに話しかけた」
「そんなことがあったのですね」
殿下は切なげな笑みを浮かべた。
「そなたは俺を認めなかった。同じ服を着ておとなしくしていれば父上や母上でさえ見間違えるほどそっくりだったのに、いつも一緒に過ごしている男とは別人だと言ったんだ」
「も、申し訳ありませんでした」
「謝ることはない。そなたはちゃんと俺達を見分けていたのだ。以前、ほかの男を重ねて俺を見ていたことを謝ってくれたが、悪いのはそなたではない。勘違いされているのをいいことに、そなたに見つめられ続けていたかった俺の罪だ」
「今はちゃんとポール王太子殿下を見ております」
「ああ。とても嬉しい。……生徒会の仕事を手伝ってくれている礼に、これをやる」
殿下が差し出してきたのは黒いリボンだった。
「緑のほうが好きかもしれぬが、クレマンと被るのは嫌だ。これなら俺だけの色だろう?」
「クレマン様の髪も光の加減で黒く見えますよ」
「……っ」
「冗談です。殿下の髪と同じ綺麗な黒ですね」
「そなたの髪のほうが綺麗だがな」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、殿下は机に向き直った。
「さあ。クレマンを追い出す卒業パーティの準備を頑張らねばな」
どこまで本気なのか冗談なのか。
だけど……今の彼にキスされそうになっても、違う、とは思わない気がした。
初恋のエメラルドの少年ではないけれど、ポール王太子殿下は私の大切な方だ。
男爵令嬢セリア様と、彼女を操っていた真の黒幕である異母弟も処刑された。
侯爵家は分家が相続し、男爵家の資産は王家が没収した。私はお母様の実家であるヴィエルジ伯爵家を継いで女侯爵となり、クレマン様との仮初めの婚約も解消していた。
「女伯爵、この書類確認してくれ」
「かしこまりました」
ここは生徒会室だ。
異母弟がいなくなったことで人員が減り、仕事が溜まっている。
かつて王妃教育を受けた経験が見込まれて、私がポール王太子殿下を補佐しているのだった。とはいえ、殿下との婚約は解消されたままだ。殿下も私を名前ではなく女伯爵と呼ぶ。
渡された書類に目を通し、頷く。
「はい、なにひとつ問題はございません。このまま処理済みの書類に入れておきますね」
「頼んだぞ」
殿下は新しい書類に向き合う。私が大公邸でお世話になっていた間、夜の王宮でクレマン様に書類仕事のやり方を教えていただいていたそうだ。
王太子教育でも学んでいたし、最初から基礎はできている。
そのうち私のほうが足手纏いになりそうだ。
「これは……女伯爵、卒業パーティの企画案を出してくれ。まだ料理や飾りつけを頼む商会が決まってなかったな?」
「はい。以前の商会はサジテール侯爵家と癒着していたので契約を取り消しました」
国家転覆の陰謀には関わっていなかったけれど、異母弟への賄賂や学院の職員と手を結んでの横領などが明らかになり、商会自体が潰れている。
「学院に魔術触媒を納入している小さな商店があるんだが、最近料理に使える魔道具を開発したらしい。食堂への導入を検討してほしいという届け出が来ているので、その前に卒業パーティの料理で試させてはどうだろう。卒業パーティは祭りだから、慣れなくて失敗しても多少のことなら問題はないしな」
「逆に良い思い出になるかもしれませんね」
「……思い出、か……」
私が出した卒業パーティの企画案を受け取って、殿下は感慨深げに窓の外を見た。
生徒会室は図書室の向かいの建物の二階にある。
窓からはお妃様の木が見下ろせた。
「そなたはいつも図書室にいたな」
「殿下?」
「バティストから愛想を尽かさせるために男爵令嬢の相手をしていたと言ったことがあったな。あれは嘘だ」
「……」
やっぱりセリア様をお好きだったのだろうか。
生徒会のお仕事に打ち込むようになったのは、ジェモー子爵子息バティスト様と同じで、失恋の悲しみを紛らわせるためだったのかもしれない。
ポール王太子殿下は企画案を机の上に置き、逆向きに椅子に座って私を見た。浅黒い肌がほんのりと赤らんで見えるのは気のせいだろうか。
「そなたにヤキモチを妬かせたかったんだ」
「……殿下?」
「俺は昔から暴れん坊で、同い年の可愛い女の子にどう接すればいいかわからなかった。クレマンに放り投げたくせに、ヤツからそなたの話を聞くとなぜか腹が立った」
偶然会ったときに話が食い違わないよう、クレマン様は私と会った後は殿下に起こったことを報告していた。
「どんな小さなことでも聞かせてきたクレマンが、あのリボンのことだけは俺に話さなかった。……そなたはあの緑色のリボンを気に入っていただろう?」
「母の形見でしたので」
「毎日のようにつけていたのが、ある日つけなくなったんだ。なにかあったことくらい簡単に想像できる。なにがあったか知りたくて、俺はクレマンの……というかヤツは俺の振りをしていたのだから結局は俺なのだが……の振りをしてそなたに話しかけた」
「そんなことがあったのですね」
殿下は切なげな笑みを浮かべた。
「そなたは俺を認めなかった。同じ服を着ておとなしくしていれば父上や母上でさえ見間違えるほどそっくりだったのに、いつも一緒に過ごしている男とは別人だと言ったんだ」
「も、申し訳ありませんでした」
「謝ることはない。そなたはちゃんと俺達を見分けていたのだ。以前、ほかの男を重ねて俺を見ていたことを謝ってくれたが、悪いのはそなたではない。勘違いされているのをいいことに、そなたに見つめられ続けていたかった俺の罪だ」
「今はちゃんとポール王太子殿下を見ております」
「ああ。とても嬉しい。……生徒会の仕事を手伝ってくれている礼に、これをやる」
殿下が差し出してきたのは黒いリボンだった。
「緑のほうが好きかもしれぬが、クレマンと被るのは嫌だ。これなら俺だけの色だろう?」
「クレマン様の髪も光の加減で黒く見えますよ」
「……っ」
「冗談です。殿下の髪と同じ綺麗な黒ですね」
「そなたの髪のほうが綺麗だがな」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、殿下は机に向き直った。
「さあ。クレマンを追い出す卒業パーティの準備を頑張らねばな」
どこまで本気なのか冗談なのか。
だけど……今の彼にキスされそうになっても、違う、とは思わない気がした。
初恋のエメラルドの少年ではないけれど、ポール王太子殿下は私の大切な方だ。
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