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第四話 お嬢様は王太子殿下の企みを知りませんでした。

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「私は……これまで一体なにをしていたのだ?」
「きゃあっ!」

 思索に沈みかけたパーヴェルは、絹を裂くようなイリュージアの叫びで現実に呼び戻された。

「助けて、パーヴェル!」

 イリュージアは近衛騎士に両腕を掴まれて連行されるところだった。
 気づけば、会場には自分達親子と男爵令嬢イリュージア、彼女のお気に入りと近衛騎士達以外いなかった。パーヴェルの側近達男爵令嬢のお気に入りも呆然とした顔で近衛騎士に引き立てられていく。
 会場内にいたほかの者はみんな帰っていた。

「彼女をどうするのですか?」

 自分でも不思議に思うほど冷静にパーヴェルは母である女王ジナイーダに尋ねた。
 魔術学園に入学してからこれまで、ずっと自分を昂らせていたイリュージアへの激情が消え失せている。
 落ち着いて考えてみれば、レオンチェフ公爵令嬢のヴェロニカとの婚約を破棄したところでイリュージアを妃にすることは出来ない。後ろ盾の問題もあるし、なにより彼女は──王太子妃には相応しくない。

「魅了魔術の使い手の疑いがあるので調査する」
「魅了魔術……それはおとぎ話なのではありませんか?」

 王侯貴族が生まれつき才を持ち、これまで研究が進められてきた普通の魔術でさえ制御出来ずに暴走することがある。
 伝説の妖女のように悪霊と契約でもしない限り、他人の心を支配するという魅了魔術を操れる人間などいるはずがない。人間は自分の心ですら制御出来ないのだから。
 そう思いながらも、パーヴェルはイリュージアが魅了魔術の使い手であったなら良かったのにと願っていた。特に三日前の夜の自分の言動、あれは魅了魔術で操られてのことだったと思いたい。

「どうして助けてくれないの、パーヴェル!」

 ヴェロニカは婚約者であってもパーヴェルを殿下と呼んでいた。
 いきなり名前を呼び捨てにしてきたイリュージアが新鮮で、その珍しい言動に魅せられていたけれど、今は甲高い声を聞くだけで吐き気がした。
 ひとりだけ近衛騎士が残って、イリュージアと彼女のお気に入りパーヴェルの側近達は姿を消した。母が、息子から視線を逸らして口を開く。

「……わらわは、魅了魔術の使い手であって欲しいと望んでいる。そうでなければ、わらわと愛しい人の間に生まれた大切な息子が、邪魔になった婚約者に冤罪を着せて平民の牢へ放り込み牢番や囚人の慰み者にさせようなどと、そんな吐き気を催すような所業を企むはずがない」

 女王ジナイーダは涙声だった。
 五年前の夫の死後、再婚を勧める周囲に否と言い、ひとりで王国を切り盛りしてきた逞しい女性が泣いているのだ。
 王家に忠誠を誓い生活の糧を委ねている牢番達の代わりに、囚人が不敬罪で処刑されるのを覚悟で直訴してきたのだという。自分は犯罪者だし、そんなことを命じる王子が治めるような国で生き延びても良いことはないだろうから、と彼は言ったそうだ。

「ヴェロニカは十日前に死んで良かったのかもしれぬな。あの子はそなたを慕っておった。心変わりなら許容出来ても、愛した者の鬼畜の所業は受け入れがたいだろう。わらわも……」

 知りたくはなかったと小声で言ったジナイーダに、パーヴェルは心の中で首肯した。
 すべてが魅了魔術のせいなら良いのに、と心の底から望んだ親子だったが、イリュージアは魅了魔術の使い手ではなかった。
 麻薬のように心を破壊する薬を使われた可能性も調べられたけれど、かんばしい結果は得られなかった。
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