1 / 4
第一話 偽証
しおりを挟む
「ふざけないでください」
怒りのあまり声が出なかった私の代わりに、義弟のガナドルが言ってくれました。
私は気持ちを落ち着けながら、眼前に座っている四人を見つめます。
この王国の王太子ペルデドル殿下と三人のご学友方です。
ここは王都にあるルビオ辺境伯邸の応接室。
殿下とご学友方は学園の階段から落ちた私を見舞いに来たはずなのに、どうして今になって無意味な偽証をなさったのでしょう。
義弟が殿下方を見回して言葉を続けます。
「義姉アドリアーナはだれかに押されて階段から落ちたのです。それは我が家の主治医も王家が寄越してくださった医師も断言している。あの男爵令嬢がいなかったとおっしゃるのならば、どなたが義姉を突き落としたのですか?」
ガナドルから視線を外したペルデドル殿下が、美しい金髪を揺らしておっしゃいます。
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」
義弟は、聞いているだけで凍りつきそうなほど冷たい声で尋ねました。
「なぜ義姉は興奮していたのですか? ペルデドル殿下とふたりでお話したいと申し上げたのに、あの男爵令嬢が立ち去ろうとしなかったからなのではないですか?」
「っ!……知らぬ! 最近のアドリアーナは私とブルヘリアの仲を邪推して、いつも機嫌が悪かった。あのときも勝手に嫉妬して興奮していたのだろう」
溜息を漏らした私の代わりに、ガナドルが言ってくれます。
「ペルデドル王太子殿下。もう婚約者ではないのですから、義姉を呼び捨てになさるのはやめてください」
頼りになる義弟です。
階段から落ちて意識不明だった私を抱きあげて、学園の救護室へ運んでくれたのも義弟でした。
お顔を驚愕の色に染めていく殿下とご学友方に対しては、私が補足いたしましょう。
「殿下、私と貴方様の婚約はすでに解消されています。あの日私が男爵令嬢に席を外して欲しいとお願いしたのは、まだ公表する段階ではなかったからです。……いくら殿下のご寵愛を得ていても、今はただの男爵令嬢でしかない彼女に国家機密を教えることは出来ませんでした」
今日の殿下はいつものように、寵愛などと邪推をするな、とはおっしゃいませんでした。
学園に入学して男爵令嬢と出会うまでの殿下は聡明な方でした。
ご自身と辺境伯令嬢である私の婚約にどんな意味があったのか、この婚約が解消されることで王国にどんな影響が及ぶのか、ちゃんと理解なさったからこそ無言で俯かれたのです。
殿下のご学友である『王家の盾』マルティネス公爵家のご令息デシルシオン様は諦観に満ちた表情です。
少し微笑んでいるようにも見えます。
自嘲の笑みでしょうか。本当ならば彼が王太子殿下を止めて、この結果に至るのを防がなければいけなかったのですもの。
デシルシオン様はご学友方の中で、一番殿下とのお付き合いが長い方です。
王家から分かれた公爵家のご令息なのですから、ご学友になられる前から親戚付き合いもされていましたしね。
殿下や私よりもひとつ年上で、幼いころから兄のように接してくださっていた彼は、学園の在学中だけでも殿下の初恋を見守って差し上げたいと思われたのかもしれません。
『王家の剣』ゴメス伯爵家のご令息トライシオン様のほうは、上がった口角を必死で隠していらっしゃいます。
彼は小ズルくて考えの浅い方です。
私と殿下の婚約が解消されたのだから、自家の寄子である男爵家のご令嬢ブルヘリア様が王太子妃に選ばれるはずだとでも思ったのでしょう。王家に嫁ぐには伯爵位以上が必要ですから、ブルヘリア様を自家の養女に迎えて、王太子殿下の義兄として権力を振るう自分を妄想しているのかもしれません。
魔術師師団団長のモラレス子爵のご令息で、優れた魔術の才を認められて殿下のご学友に選ばれたエスピリト様は、端正なお顔を仮面のように不動にして我関せずというご様子です。
もともと才を見込まれての魔術に対する護衛見習いのような立ち位置でしたし、ご学友といっても身分を考えれば気軽に殿下へ意見を言えるわけもありません。
ですがトライシオン様よりも賢い彼は、今の状況の不味さに気づいているようです。無表情を装いながらも体が小刻みに震えています。
殿下とご学友方を満遍なく見回して、義弟が再び口を開きました。
婚約解消に至るまで、殿下と男爵令嬢のことで苦しんでいた私を慰めて支えてくれたのも義弟でした。
ひとつ年下の彼のいつの間にか大人びた横顔を見つめます。
「……王太子殿下のお言葉は絶対です。殿下がおっしゃるのなら、男爵令嬢はあの場にいなかったのでしょう。けれど義姉がだれかに階段から突き落とされたということは紛れもない事実なのです。あのとき現場にいた方の中に犯人がいる、我がルビオ辺境伯家ではそのように理解しております」
重々しい沈黙が室内を支配しました。
怒りのあまり声が出なかった私の代わりに、義弟のガナドルが言ってくれました。
私は気持ちを落ち着けながら、眼前に座っている四人を見つめます。
この王国の王太子ペルデドル殿下と三人のご学友方です。
ここは王都にあるルビオ辺境伯邸の応接室。
殿下とご学友方は学園の階段から落ちた私を見舞いに来たはずなのに、どうして今になって無意味な偽証をなさったのでしょう。
義弟が殿下方を見回して言葉を続けます。
「義姉アドリアーナはだれかに押されて階段から落ちたのです。それは我が家の主治医も王家が寄越してくださった医師も断言している。あの男爵令嬢がいなかったとおっしゃるのならば、どなたが義姉を突き落としたのですか?」
ガナドルから視線を外したペルデドル殿下が、美しい金髪を揺らしておっしゃいます。
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」
義弟は、聞いているだけで凍りつきそうなほど冷たい声で尋ねました。
「なぜ義姉は興奮していたのですか? ペルデドル殿下とふたりでお話したいと申し上げたのに、あの男爵令嬢が立ち去ろうとしなかったからなのではないですか?」
「っ!……知らぬ! 最近のアドリアーナは私とブルヘリアの仲を邪推して、いつも機嫌が悪かった。あのときも勝手に嫉妬して興奮していたのだろう」
溜息を漏らした私の代わりに、ガナドルが言ってくれます。
「ペルデドル王太子殿下。もう婚約者ではないのですから、義姉を呼び捨てになさるのはやめてください」
頼りになる義弟です。
階段から落ちて意識不明だった私を抱きあげて、学園の救護室へ運んでくれたのも義弟でした。
お顔を驚愕の色に染めていく殿下とご学友方に対しては、私が補足いたしましょう。
「殿下、私と貴方様の婚約はすでに解消されています。あの日私が男爵令嬢に席を外して欲しいとお願いしたのは、まだ公表する段階ではなかったからです。……いくら殿下のご寵愛を得ていても、今はただの男爵令嬢でしかない彼女に国家機密を教えることは出来ませんでした」
今日の殿下はいつものように、寵愛などと邪推をするな、とはおっしゃいませんでした。
学園に入学して男爵令嬢と出会うまでの殿下は聡明な方でした。
ご自身と辺境伯令嬢である私の婚約にどんな意味があったのか、この婚約が解消されることで王国にどんな影響が及ぶのか、ちゃんと理解なさったからこそ無言で俯かれたのです。
殿下のご学友である『王家の盾』マルティネス公爵家のご令息デシルシオン様は諦観に満ちた表情です。
少し微笑んでいるようにも見えます。
自嘲の笑みでしょうか。本当ならば彼が王太子殿下を止めて、この結果に至るのを防がなければいけなかったのですもの。
デシルシオン様はご学友方の中で、一番殿下とのお付き合いが長い方です。
王家から分かれた公爵家のご令息なのですから、ご学友になられる前から親戚付き合いもされていましたしね。
殿下や私よりもひとつ年上で、幼いころから兄のように接してくださっていた彼は、学園の在学中だけでも殿下の初恋を見守って差し上げたいと思われたのかもしれません。
『王家の剣』ゴメス伯爵家のご令息トライシオン様のほうは、上がった口角を必死で隠していらっしゃいます。
彼は小ズルくて考えの浅い方です。
私と殿下の婚約が解消されたのだから、自家の寄子である男爵家のご令嬢ブルヘリア様が王太子妃に選ばれるはずだとでも思ったのでしょう。王家に嫁ぐには伯爵位以上が必要ですから、ブルヘリア様を自家の養女に迎えて、王太子殿下の義兄として権力を振るう自分を妄想しているのかもしれません。
魔術師師団団長のモラレス子爵のご令息で、優れた魔術の才を認められて殿下のご学友に選ばれたエスピリト様は、端正なお顔を仮面のように不動にして我関せずというご様子です。
もともと才を見込まれての魔術に対する護衛見習いのような立ち位置でしたし、ご学友といっても身分を考えれば気軽に殿下へ意見を言えるわけもありません。
ですがトライシオン様よりも賢い彼は、今の状況の不味さに気づいているようです。無表情を装いながらも体が小刻みに震えています。
殿下とご学友方を満遍なく見回して、義弟が再び口を開きました。
婚約解消に至るまで、殿下と男爵令嬢のことで苦しんでいた私を慰めて支えてくれたのも義弟でした。
ひとつ年下の彼のいつの間にか大人びた横顔を見つめます。
「……王太子殿下のお言葉は絶対です。殿下がおっしゃるのなら、男爵令嬢はあの場にいなかったのでしょう。けれど義姉がだれかに階段から突き落とされたということは紛れもない事実なのです。あのとき現場にいた方の中に犯人がいる、我がルビオ辺境伯家ではそのように理解しております」
重々しい沈黙が室内を支配しました。
982
お気に入りに追加
1,414
あなたにおすすめの小説

[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

彼女は彼の運命の人
豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」
「なにをでしょう?」
「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」
「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」
「デホタは優しいな」
「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」
「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。


【完結】誠意を見せることのなかった彼
野村にれ
恋愛
婚約者を愛していた侯爵令嬢。しかし、結婚できないと婚約を白紙にされてしまう。
無気力になってしまった彼女は消えた。
婚約者だった伯爵令息は、新たな愛を見付けたとされるが、それは新たな愛なのか?

【完結】ちょっと待ってくれー!!彼女は俺の婚約者だ
山葵
恋愛
「まったくお前はいつも小言ばかり…男の俺を立てる事を知らないのか?俺がミスしそうなら黙ってフォローするのが婚約者のお前の務めだろう!?伯爵令嬢ごときが次期公爵の俺に嫁げるんだぞ!?ああーもう良い、お前との婚約は解消だ!」
「婚約破棄という事で宜しいですか?承りました」
学園の食堂で俺は婚約者シャロン・リバンナに婚約を解消すると言った。
シャロンは、困り俺に許しを請うだろうと思っての発言だった。
まさか了承するなんて…!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる