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第二話 婚約解消
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「デホタに謝ってくれ、エマ」
クルス辺境伯令嬢の私は、カルロス王太子殿下が生徒会長を務める学園の生徒会室のソファに座り首を傾げた。
明日は学園の卒業式だ。
これまでそうだったように、卒業パーティでも殿下はデホタと踊るのだろう。もちろん私を迎えに来ることもドレスやアクセサリーを贈ってくることもない。仕方がないことだ。私は彼の運命の人ではないのだから。
「なにをでしょう?」
運命の人でもないのに婚約していたことをだろうか。確かにそれは申し訳なかったかもしれない。だけど、私の恋心以外にも理由があったのだ。
殿下は形の良い眉を吊り上げ、私を睨みつけた。
彼の隣にはデホタがいる。
「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」
「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」
「デホタは優しいな」
じゃれ合うふたりを前に、私はもう一度首を傾げた。
それからソファの後ろに立つ、辺境伯家が派遣してくれた護衛の女性騎士の顔を見上げる。
「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」
「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」
殿下はムッとした顔になる。
「そなたはエマの父が付けた護衛騎士だから、エマのことを庇っているのだろう」
「とんでもない。女神様の御前でも国王陛下の御前でも断言できます。こちらの学園の最終学年に進級されてから昨日の夜まで帝国へ留学していたエマ様に、デホタ嬢への嫌がらせなど不可能だったと。それとも……デホタ嬢も帝国にお出ででしたか? まったく存じ上げませんでしたが」
「……留学……?」
少し胸が痛む。
殿下はここまで私に関心がなかったのか。
仕方がない、と自分に言い聞かせる。だって私は彼の運命の人ではないのだもの。婚約してからずっと、彼は私に無関心だった。いつか運命の人と出会うと感じ取っていたのだろう。
「留学していても人を雇って嫌がらせすることは出来るじゃないですか」
「なんのためにですか?」
「なんのためって、カルロスが婚約者のアンタよりアタシを愛していることを妬んだからよ」
「そうだそうだ」
これには驚いた。
運命の人でない私に関心がないのは仕方がないけれど、そんなことまで知らなかったのか。
いや、王妃が知らせなかったのかもしれない。あの方は婚約者がいたほうが恋は燃え上がるという考えだったもの。殿下とデホタのことを相談したとき面と向かって言われたのだ。王太子殿下を愛しているのなら、ふたりのために悪役を演じてあげなさい、と。
もちろんそんな言葉を聞く気にはなれなくて、私は帝国に留学したのだけれど。
そしてデホタの尻馬に乗った殿下の相槌にも愕然とした。
運命の人との恋に溺れてすっかりおかしくなってしまったようだ。見目麗しく文武両道に優れた王太子殿下だと思っていたのに、あれではただのお調子者ではないか。
「カルロス王太子殿下、デホタ様。ご安心くださいませ。私と殿下の婚約は一年ほど前、私が帝国に旅立つ前に解消されております」
「「え」」
「公務に王太子教育、学園での生徒会活動と殿下は多忙でいらっしゃいましたから、私との婚約解消などという些事は耳に残らなかったのでございますね。そのときから私はおふたりの恋を応援しております。デホタ様こそがカルロス王太子殿下の運命の人でいらっしゃいますわ」
青褪める殿下に、少々ホッとする。
自国の王太子が自分と辺境伯令嬢との婚約解消がなにを意味するかさえわからないようだったら心配だもの。
まあ、もう遅いけれどね。
「お話がそれだけでしたら、もう失礼させていただいてもよろしいでしょうか。帝国からいらっしゃったお客様が王都の辺境伯邸でお待ちですの。明日の卒業パーティは彼にエスコートしていただくつもりですわ。もちろん国王陛下と学園長の許可は取っております。明日はおふたりもどうか楽しい夜を過ごしてくださいましね」
「ま、待て、エマ!」
「カルロス?」
焦った声を上げる王太子殿下と彼の態度を訝しがるデホタを無視し、私は護衛騎士と共に生徒会室を出た。
あの様子では、王妃の期待に応えて明日の卒業パーティで私との婚約破棄を発表する気はなかったみたいね。
断罪も今日、生徒会室で済ませるつもりだったみたいだし。
校門で待っていた辺境伯家の馬車には帝国からの客人が座っていた。
私を迎えに来てくれたのだという。
クルス辺境伯令嬢の私は、カルロス王太子殿下が生徒会長を務める学園の生徒会室のソファに座り首を傾げた。
明日は学園の卒業式だ。
これまでそうだったように、卒業パーティでも殿下はデホタと踊るのだろう。もちろん私を迎えに来ることもドレスやアクセサリーを贈ってくることもない。仕方がないことだ。私は彼の運命の人ではないのだから。
「なにをでしょう?」
運命の人でもないのに婚約していたことをだろうか。確かにそれは申し訳なかったかもしれない。だけど、私の恋心以外にも理由があったのだ。
殿下は形の良い眉を吊り上げ、私を睨みつけた。
彼の隣にはデホタがいる。
「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」
「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」
「デホタは優しいな」
じゃれ合うふたりを前に、私はもう一度首を傾げた。
それからソファの後ろに立つ、辺境伯家が派遣してくれた護衛の女性騎士の顔を見上げる。
「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」
「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」
殿下はムッとした顔になる。
「そなたはエマの父が付けた護衛騎士だから、エマのことを庇っているのだろう」
「とんでもない。女神様の御前でも国王陛下の御前でも断言できます。こちらの学園の最終学年に進級されてから昨日の夜まで帝国へ留学していたエマ様に、デホタ嬢への嫌がらせなど不可能だったと。それとも……デホタ嬢も帝国にお出ででしたか? まったく存じ上げませんでしたが」
「……留学……?」
少し胸が痛む。
殿下はここまで私に関心がなかったのか。
仕方がない、と自分に言い聞かせる。だって私は彼の運命の人ではないのだもの。婚約してからずっと、彼は私に無関心だった。いつか運命の人と出会うと感じ取っていたのだろう。
「留学していても人を雇って嫌がらせすることは出来るじゃないですか」
「なんのためにですか?」
「なんのためって、カルロスが婚約者のアンタよりアタシを愛していることを妬んだからよ」
「そうだそうだ」
これには驚いた。
運命の人でない私に関心がないのは仕方がないけれど、そんなことまで知らなかったのか。
いや、王妃が知らせなかったのかもしれない。あの方は婚約者がいたほうが恋は燃え上がるという考えだったもの。殿下とデホタのことを相談したとき面と向かって言われたのだ。王太子殿下を愛しているのなら、ふたりのために悪役を演じてあげなさい、と。
もちろんそんな言葉を聞く気にはなれなくて、私は帝国に留学したのだけれど。
そしてデホタの尻馬に乗った殿下の相槌にも愕然とした。
運命の人との恋に溺れてすっかりおかしくなってしまったようだ。見目麗しく文武両道に優れた王太子殿下だと思っていたのに、あれではただのお調子者ではないか。
「カルロス王太子殿下、デホタ様。ご安心くださいませ。私と殿下の婚約は一年ほど前、私が帝国に旅立つ前に解消されております」
「「え」」
「公務に王太子教育、学園での生徒会活動と殿下は多忙でいらっしゃいましたから、私との婚約解消などという些事は耳に残らなかったのでございますね。そのときから私はおふたりの恋を応援しております。デホタ様こそがカルロス王太子殿下の運命の人でいらっしゃいますわ」
青褪める殿下に、少々ホッとする。
自国の王太子が自分と辺境伯令嬢との婚約解消がなにを意味するかさえわからないようだったら心配だもの。
まあ、もう遅いけれどね。
「お話がそれだけでしたら、もう失礼させていただいてもよろしいでしょうか。帝国からいらっしゃったお客様が王都の辺境伯邸でお待ちですの。明日の卒業パーティは彼にエスコートしていただくつもりですわ。もちろん国王陛下と学園長の許可は取っております。明日はおふたりもどうか楽しい夜を過ごしてくださいましね」
「ま、待て、エマ!」
「カルロス?」
焦った声を上げる王太子殿下と彼の態度を訝しがるデホタを無視し、私は護衛騎士と共に生徒会室を出た。
あの様子では、王妃の期待に応えて明日の卒業パーティで私との婚約破棄を発表する気はなかったみたいね。
断罪も今日、生徒会室で済ませるつもりだったみたいだし。
校門で待っていた辺境伯家の馬車には帝国からの客人が座っていた。
私を迎えに来てくれたのだという。
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