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第九話 壊れた天秤<オズワルド視点>
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王都のクレックス伯爵邸で、オズワルドは伯爵家の現当主である父に言われた。
「オズワルド。クレックス伯爵家はお前ではなく次男に継がせることが決まった」
「父さん? では僕はどうなるのですか?」
「お前は隣国プーパ王国のカテーナ王女殿下に婿入りすることとなっている」
「そうですか……」
そういうこともあるのではないかと思っていた。
ルプス大公が王都へ来たという噂が流れても、カテーナのオズワルドへの態度は変わらなかったのだ。相変わらず学園では離れようとしない。
では自分は王配になるのだろうかと、ほのかな期待を胸にオズワルドは父に尋ねる。
「アンジェラは……フォルミーカ伯爵令嬢との婚約はどうなったのですか?」
「彼女の将来を思えば白紙撤回にしたかったのだが、今回はお前とカテーナ王女殿下のことが噂になっているし、ルプス大公殿下もいらっしゃる。婚約解消という形で、お前と殿下の真実の愛に心を打たれた彼女から身を引いてくれたという美談に仕立て上げる予定だ」
「わかりました」
傾いた天秤は、結局そのままで終わった。
王女の価値に弾き飛ばされてしまった伯爵令嬢には悪いが、これも運命というものだろう。
とはいえ遺恨を残すのは良いことではない。たとえ自分が隣国へ行くとしても、フォルミーカ伯爵家の財産と事業力は魅力的だ。
(明日学園へ登校したら、カテーナを説得してアンジェラと話してみよう)
授業中に微笑んで見せてはいたが、もう何ヶ月彼女と話していないだろうか。
最後の別れくらいはきちんと告げてやろうと、オズワルドは思った。
しかし、
「それとオズワルド。明日は学園を休め。もう必要な授業は終わっているのだろう?」
「はい。僕は良いですけど、どうしてですか?」
「我が家にルプス大公殿下がいらっしゃる。お前と話があるそうだ」
「そ、そうですか……」
大公にとって自分は恋敵である。
まだ直接会ったことのない縁談相手だとしても、他人にかっ攫われたのでは気分も良くないだろう。会いたくはないが、身分と今の立場を考えれば断れるはずもない。
オズワルドは背筋が冷たくなっていくのを感じていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌日、ルプス大公がクレックス伯爵邸を訪れた。
オズワルドは応接室で彼と向かい合った。
あからさまな敵意のようなものは感じられなかったので、オズワルドはひとまず胸を撫で下ろした。簡単な挨拶の後で、大公が話し出す。
「クレックス伯爵子息。君は十歳のときに避暑地でカテーナ王女と出会ったのだそうだな」
「は、はい」
オズワルドは背筋を伸ばした。
それは真実ではない。
けれどカテーナはそう信じ込んでいる。初めて言われたときにオズワルドが意味ありげな返答をしたからだ。
(まさか嘘だと気づかれた?)
カテーナの初恋相手でないと知られたら自分はどうなってしまうのか。
今さらながら、オズワルドは自分が薄氷の上に立っているようなものだと気づいた。
婚約者だった伯爵令嬢のときとは違う。一国の王女を騙しているのだ。
「どうして我が国の避暑地に隣国の王女がいたと思う?」
「え? 避暑に来たのではありませんか?」
「それもあるが、王女は療養に来ていたんだ。当時王女は目の病を患っていて、治療をするのは水の綺麗な土地が良いということで、我が国のあの避暑地が選ばれたのだよ」
「そうだったんですか。もしかして当時の彼女は目が見えなかったのですか?」
「君と会ったのは病が治りかけのころだったが、まだ視界がぼんやりして人が影のようにしか見えていなかったようだな」
「なるほど」
思いがけない情報にオズワルドは歓喜した。
それならこれからも誤魔化し続けられるだろう。
カテーナが語る思い出は、そもそもあまりはっきりしたものではない。避暑地の町で会って助けてもらった、それだけだ。学園で出会う前に、彼女はあのとき避暑地にいた同年代の人間がだれなのかを調べていた。
(僕以外貴族子息はいなかったらしいからな。裕福な商人の息子だったのかもしれないが、これから現れたりはしないだろう)
大公がオズワルドを見つめる。
「君で間違いないんだな?」
「はい。僕にも似たような記憶があるので間違いないかと思います」
オズワルドは言葉をぼかした。嘘ではなく勘違いだったと言えば、真実がわかっても酷いことにはならないだろう。
そもそも自分はカテーナに愛されている。初恋相手でないと知られても、案外少しも変わらないかもしれない。
大公が満足そうに頷く。
「そうか、なら良い」
どうやら話はこれで終わりのようだ。
オズワルドは大公との会話が平和的に終わったことと、カテーナの思い出に関する新しい情報が得られたことで安堵した。
「オズワルド。クレックス伯爵家はお前ではなく次男に継がせることが決まった」
「父さん? では僕はどうなるのですか?」
「お前は隣国プーパ王国のカテーナ王女殿下に婿入りすることとなっている」
「そうですか……」
そういうこともあるのではないかと思っていた。
ルプス大公が王都へ来たという噂が流れても、カテーナのオズワルドへの態度は変わらなかったのだ。相変わらず学園では離れようとしない。
では自分は王配になるのだろうかと、ほのかな期待を胸にオズワルドは父に尋ねる。
「アンジェラは……フォルミーカ伯爵令嬢との婚約はどうなったのですか?」
「彼女の将来を思えば白紙撤回にしたかったのだが、今回はお前とカテーナ王女殿下のことが噂になっているし、ルプス大公殿下もいらっしゃる。婚約解消という形で、お前と殿下の真実の愛に心を打たれた彼女から身を引いてくれたという美談に仕立て上げる予定だ」
「わかりました」
傾いた天秤は、結局そのままで終わった。
王女の価値に弾き飛ばされてしまった伯爵令嬢には悪いが、これも運命というものだろう。
とはいえ遺恨を残すのは良いことではない。たとえ自分が隣国へ行くとしても、フォルミーカ伯爵家の財産と事業力は魅力的だ。
(明日学園へ登校したら、カテーナを説得してアンジェラと話してみよう)
授業中に微笑んで見せてはいたが、もう何ヶ月彼女と話していないだろうか。
最後の別れくらいはきちんと告げてやろうと、オズワルドは思った。
しかし、
「それとオズワルド。明日は学園を休め。もう必要な授業は終わっているのだろう?」
「はい。僕は良いですけど、どうしてですか?」
「我が家にルプス大公殿下がいらっしゃる。お前と話があるそうだ」
「そ、そうですか……」
大公にとって自分は恋敵である。
まだ直接会ったことのない縁談相手だとしても、他人にかっ攫われたのでは気分も良くないだろう。会いたくはないが、身分と今の立場を考えれば断れるはずもない。
オズワルドは背筋が冷たくなっていくのを感じていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌日、ルプス大公がクレックス伯爵邸を訪れた。
オズワルドは応接室で彼と向かい合った。
あからさまな敵意のようなものは感じられなかったので、オズワルドはひとまず胸を撫で下ろした。簡単な挨拶の後で、大公が話し出す。
「クレックス伯爵子息。君は十歳のときに避暑地でカテーナ王女と出会ったのだそうだな」
「は、はい」
オズワルドは背筋を伸ばした。
それは真実ではない。
けれどカテーナはそう信じ込んでいる。初めて言われたときにオズワルドが意味ありげな返答をしたからだ。
(まさか嘘だと気づかれた?)
カテーナの初恋相手でないと知られたら自分はどうなってしまうのか。
今さらながら、オズワルドは自分が薄氷の上に立っているようなものだと気づいた。
婚約者だった伯爵令嬢のときとは違う。一国の王女を騙しているのだ。
「どうして我が国の避暑地に隣国の王女がいたと思う?」
「え? 避暑に来たのではありませんか?」
「それもあるが、王女は療養に来ていたんだ。当時王女は目の病を患っていて、治療をするのは水の綺麗な土地が良いということで、我が国のあの避暑地が選ばれたのだよ」
「そうだったんですか。もしかして当時の彼女は目が見えなかったのですか?」
「君と会ったのは病が治りかけのころだったが、まだ視界がぼんやりして人が影のようにしか見えていなかったようだな」
「なるほど」
思いがけない情報にオズワルドは歓喜した。
それならこれからも誤魔化し続けられるだろう。
カテーナが語る思い出は、そもそもあまりはっきりしたものではない。避暑地の町で会って助けてもらった、それだけだ。学園で出会う前に、彼女はあのとき避暑地にいた同年代の人間がだれなのかを調べていた。
(僕以外貴族子息はいなかったらしいからな。裕福な商人の息子だったのかもしれないが、これから現れたりはしないだろう)
大公がオズワルドを見つめる。
「君で間違いないんだな?」
「はい。僕にも似たような記憶があるので間違いないかと思います」
オズワルドは言葉をぼかした。嘘ではなく勘違いだったと言えば、真実がわかっても酷いことにはならないだろう。
そもそも自分はカテーナに愛されている。初恋相手でないと知られても、案外少しも変わらないかもしれない。
大公が満足そうに頷く。
「そうか、なら良い」
どうやら話はこれで終わりのようだ。
オズワルドは大公との会話が平和的に終わったことと、カテーナの思い出に関する新しい情報が得られたことで安堵した。
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