8 / 13
第八話 番殺し
しおりを挟む
「ホアン様、いつかご自身の番と出会ったときに、その『番殺し』を飲んでくださるとおっしゃるのですね」
歩きながら振り返らずに尋ねたのは、かつてヘレミアス様と交わした会話を思い出してしまったからです。けれど、ホアン様の答えは違いました。
「いいえ、今飲みます」
「ホアン様っ?」
振り返ったときは終わっていました。ホアン様は小瓶の中身を仰いでいたのです。
「耐え切れないほどの苦痛を感じると聞いていましたが、それほどでも……いや、これは……」
心臓が引き千切られるほどの痛みを感じているのでしょう。
魔力は血液に宿ると言われています。その血液は心臓から生み出されるのです。
ホアン様は胸を押さえて、椅子から転がり落ちました。角に魔力の火花が瞬いています。
「確かに、苦しい……全身が、燃えるように熱い、ですね。ははは、父上や異母弟が飲めなかったわけです。一度に飲み干して良かった。最初にひと口試していたら、飲めなくなっていたでしょう。でも、あのときの苦痛に比べたら……」
「なにをなさっているのですか!」
私はホアン様に駆け寄り、彼の頭を膝に載せました。侍女達に冷たい水や布を持ってくるように指示します。
「おや、これは役得ですね。……ご安心ください。『番殺し』を飲んだからといって、結婚を強要するつもりはありませんよ」
「そういう問題ではありません」
「そうですね。元聖王の獣人族がヒト族の宮殿で死んだら大変なことになります」
「お亡くなりになるのですか?」
「大丈夫だと思います。こうして貴女に触れていたら、少しずつ楽になって来ましたから……貴女はいつも私を癒してくださいますね」
「それなら……良かったですけれど」
驚愕と心配で、いつの間にか涙が滲んでいたのでしょう。
ホアン様が手を伸ばして拭ってくださいました。
目の端に入った指先の傷はもう消えています。
「ホアン様はもっと落ち着いた方だと思っていましたわ」
「申し訳ありません、本性はこういう人間なのです。獣王国でお会いしていたころは無理をして品行方正な聖王らしく振る舞っていました。……異母弟の妃に恋をした浅ましい男だと知られたくなかったんです」
白銀の瞳が真っ直ぐに私を見つめます。
「これから番と出会うかもしれませんよ?」
「『番殺し』を飲んだので、出会っても互いに気付かないでしょうね。今の私に残っているのは、貴女への想いだけです。求婚を断られたら、今日こうして心配していただいたことを一生の想い出にして余生を送ります」
「そこまで……」
どうして私なんかを、という言葉を飲み込みます。
先ほどホアン様に大切にしてくれた人を大事にするよう言っておいて、自分を想ってくださっている彼の気持ちを否定するわけにはいきませんもの。
ホアン様は私を選んでくださったのです。私は……
歩きながら振り返らずに尋ねたのは、かつてヘレミアス様と交わした会話を思い出してしまったからです。けれど、ホアン様の答えは違いました。
「いいえ、今飲みます」
「ホアン様っ?」
振り返ったときは終わっていました。ホアン様は小瓶の中身を仰いでいたのです。
「耐え切れないほどの苦痛を感じると聞いていましたが、それほどでも……いや、これは……」
心臓が引き千切られるほどの痛みを感じているのでしょう。
魔力は血液に宿ると言われています。その血液は心臓から生み出されるのです。
ホアン様は胸を押さえて、椅子から転がり落ちました。角に魔力の火花が瞬いています。
「確かに、苦しい……全身が、燃えるように熱い、ですね。ははは、父上や異母弟が飲めなかったわけです。一度に飲み干して良かった。最初にひと口試していたら、飲めなくなっていたでしょう。でも、あのときの苦痛に比べたら……」
「なにをなさっているのですか!」
私はホアン様に駆け寄り、彼の頭を膝に載せました。侍女達に冷たい水や布を持ってくるように指示します。
「おや、これは役得ですね。……ご安心ください。『番殺し』を飲んだからといって、結婚を強要するつもりはありませんよ」
「そういう問題ではありません」
「そうですね。元聖王の獣人族がヒト族の宮殿で死んだら大変なことになります」
「お亡くなりになるのですか?」
「大丈夫だと思います。こうして貴女に触れていたら、少しずつ楽になって来ましたから……貴女はいつも私を癒してくださいますね」
「それなら……良かったですけれど」
驚愕と心配で、いつの間にか涙が滲んでいたのでしょう。
ホアン様が手を伸ばして拭ってくださいました。
目の端に入った指先の傷はもう消えています。
「ホアン様はもっと落ち着いた方だと思っていましたわ」
「申し訳ありません、本性はこういう人間なのです。獣王国でお会いしていたころは無理をして品行方正な聖王らしく振る舞っていました。……異母弟の妃に恋をした浅ましい男だと知られたくなかったんです」
白銀の瞳が真っ直ぐに私を見つめます。
「これから番と出会うかもしれませんよ?」
「『番殺し』を飲んだので、出会っても互いに気付かないでしょうね。今の私に残っているのは、貴女への想いだけです。求婚を断られたら、今日こうして心配していただいたことを一生の想い出にして余生を送ります」
「そこまで……」
どうして私なんかを、という言葉を飲み込みます。
先ほどホアン様に大切にしてくれた人を大事にするよう言っておいて、自分を想ってくださっている彼の気持ちを否定するわけにはいきませんもの。
ホアン様は私を選んでくださったのです。私は……
2,163
お気に入りに追加
2,118
あなたにおすすめの小説
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
眠りから目覚めた王太子は
基本二度寝
恋愛
「う…うぅ」
ぐっと身体を伸ばして、身を起こしたのはこの国の第一王子。
「あぁ…頭が痛い。寝すぎたのか」
王子の目覚めに、侍女が慌てて部屋を飛び出した。
しばらくしてやってきたのは、国王陛下と王妃である両親と医師。
「…?揃いも揃ってどうしたのですか」
王子を抱きしめて母は泣き、父はホッとしていた。
永く眠りについていたのだと、聞かされ今度は王子が驚いたのだった。
結婚するので姉様は出ていってもらえますか?
基本二度寝
恋愛
聖女の誕生に国全体が沸き立った。
気を良くした国王は貴族に前祝いと様々な物を与えた。
そして底辺貴族の我が男爵家にも贈り物を下さった。
家族で仲良く住むようにと賜ったのは古い神殿を改装した石造りの屋敷は小さな城のようでもあった。
そして妹の婚約まで決まった。
特別仲が悪いと思っていなかった妹から向けられた言葉は。
※番外編追加するかもしれません。しないかもしれません。
※えろが追加される場合はr−18に変更します。
さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる