忘れられない恋になる。

豆狸

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第八話 番殺し

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「ホアン様、いつかご自身のつがいと出会ったときに、その『つがい殺し』を飲んでくださるとおっしゃるのですね」

 歩きながら振り返らずに尋ねたのは、かつてヘレミアス様と交わした会話を思い出してしまったからです。けれど、ホアン様の答えは違いました。

「いいえ、今飲みます」
「ホアン様っ?」

 振り返ったときは終わっていました。ホアン様は小瓶の中身を仰いでいたのです。

「耐え切れないほどの苦痛を感じると聞いていましたが、それほどでも……いや、これは……」

 心臓が引き千切られるほどの痛みを感じているのでしょう。
 魔力は血液に宿ると言われています。その血液は心臓から生み出されるのです。
 ホアン様は胸を押さえて、椅子から転がり落ちました。角に魔力の火花が瞬いています。

「確かに、苦しい……全身が、燃えるように熱い、ですね。ははは、父上や異母弟ヘレミアスが飲めなかったわけです。一度に飲み干して良かった。最初にひと口試していたら、飲めなくなっていたでしょう。でも、の苦痛に比べたら……」
「なにをなさっているのですか!」

 私はホアン様に駆け寄り、彼の頭を膝に載せました。侍女達に冷たい水や布を持ってくるように指示します。

「おや、これは役得ですね。……ご安心ください。『つがい殺し』を飲んだからといって、結婚を強要するつもりはありませんよ」
「そういう問題ではありません」
「そうですね。元聖王の獣人族がヒト族の宮殿で死んだら大変なことになります」
「お亡くなりになるのですか?」
「大丈夫だと思います。こうして貴女に触れていたら、少しずつ楽になって来ましたから……貴女はいつも私を癒してくださいますね」
「それなら……良かったですけれど」

 驚愕と心配で、いつの間にか涙が滲んでいたのでしょう。
 ホアン様が手を伸ばして拭ってくださいました。
 目の端に入った指先の傷はもう消えています。

「ホアン様はもっと落ち着いた方だと思っていましたわ」
「申し訳ありません、本性はこういう人間なのです。獣王国でお会いしていたころは無理をして品行方正な聖王らしく振る舞っていました。……異母弟ヘレミアスの妃に恋をした浅ましい男だと知られたくなかったんです」

 白銀の瞳が真っ直ぐに私を見つめます。

「これからつがいと出会うかもしれませんよ?」
「『つがい殺し』を飲んだので、出会っても互いに気付かないでしょうね。今の私に残っているのは、貴女への想いだけです。求婚を断られたら、今日こうして心配していただいたことを一生の想い出にして余生を送ります」
「そこまで……」

 どうして私なんかを、という言葉を飲み込みます。
 先ほどホアン様に大切にしてくれた人を大事にするよう言っておいて、自分を想ってくださっている彼の気持ちを否定するわけにはいきませんもの。
 ホアン様は私を選んでくださったのです。私は……
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