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第五話 選ばれなかった姫君
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私は、だれにも選ばれたことのない王女です。
ヘレミアス様との縁談は政略的なものでしたし、結局は番のペサディリャ様を選ばれてしまいました。
それ以前に祖国にいたころから、女王国で女王である母の第一王女として生まれていながら、女王には相応しくないと思われていたのです。
ふたつ年下の第二王女である妹が、とても優秀だったからです。
それに私には少し夢見がちなところがあったので、清濁併せのまなくてはいけない女王には相応しくないのではないかと案じられていました。
獣王国のヘレミアス様との縁談を妹が拒み、私が受けることになったとき、安心したものは多かったでしょう。
私自身も安堵していました。
もちろん王太子に嫁ぐということは、未来の王妃になるということです。
女王になるのと重責は変わらないと言えるでしょう。
でも……夢見がちだった私は、自分がヘレミアス様の番ではないかと夢を見てしまったのです。
運命によって結ばれたたったひとりの番だったなら、選んでもらえる、求めてもらえる、愛してもらえる。愛し愛されていたならば、きっと失敗しても乗り越えて頑張ることが出来る。
そんな風に考えてしまったのです。
実際、ヘレミアス様との婚約が結ばれ、番避けを贈られてからの私は、自分の限界を超えて努力してきました。
獣王国に嫁いだ後、白い結婚で夫のヘレミアス様はいつも側妃ペサディリャ様とご一緒で、公務のときだけ申し訳なさそうな顔で寄り添われても……
王太子妃としての仕事を果たし、祖国との橋の完成を目指して頑張って来ました。
そういう観点から考えれば、ヘレミアス様に恋したこと自体は間違いではなかったのでしょう。
間違いは、ヘレミアス様が番と出会ったのに結婚を強行したことです。橋の建設があったとはいえ、途中で中止すれば多くの人間を巻き込むことになったとはいえ、もっと良い方法を考えるべきだったのだと思います。
そして側妃ペサディリャ様の存在を認めた上で結婚したからには、ヘレミアス様の愛は諦めるべきだったのでしょう。
……今となっては考えても仕方のないことですね。
ヘレミアス様との結婚生活は終わりました。
私が三年間の白い結婚を理由に離縁すると決めたのです。聖王猊下に手紙を書いて、おかしな因縁をつけられないように女性神官に魔力で白い結婚を確認してもらって、あの夜、自分で止めを刺したのです。
ここは宮殿の中庭、季節の花々に取り囲まれた私の髪を風が躍らせます。
ええ、ヘレミアス様に番避けをいただいた場所です。
今日は公務はお休みの日です。
離縁して祖国へ戻った私は王太女となった妹の補佐をしながらも、自分で捨てたはずの恋を忘れられないでいるのです。
「お姉様、またここにいらしたの?」
「ええ、この場所が好きなのです」
不意に現れた妹が、私を見て溜息を漏らしました。
妹がヘレミアス様との縁談を拒んだのは、番というものが受け入れられないからでした。
ただの不貞の言い訳としか思えない、とこの子は言ったのです。
側妃ペサディリャ様──邪魔な私がいなくなったので、いずれは獣王国の王太子殿下の正妃となるだろうあの女性は、本来はヘレミアス様の専属護衛騎士の妻でした。
結婚前に引き合わされて番だと気づき、互いに相手がいるからと、一度は気づかなかったことにしようとしたのだそうです。
でも彼女の結婚後もおふたりの求め合う心は消えなくて、最終的にそれを察した専属護衛騎士が身を引いて、結ばれることになったのだと聞いています。諦めようとしても諦められなかった、そうでなくても運命によって結ばれた絆に敵うはずがありません。
私は自分の手を汚してでもペサディリャ様を排除することもなく、惨めな姿を晒してもヘレミアス様にしがみ付くこともなく、ひとりで逃げ出した選ばれなかった王女なのです。
「数日後に獣人族の方がいらっしゃいます。お姉様におもてなしをお願いしたいのですが、よろしくて?」
「わかりました。貴女の役に立てるのなら嬉しいわ」
「私もお姉様が戻って来てくださって嬉しいですわ」
微笑む妹のお腹は、少し膨らんでいます。
私がヘレミアス様と離縁して、女王国へ戻って来てから二年が過ぎました。
私は二十三歳で、ふたつ年下の妹は二十一歳になります。妹は十八歳で婚約者と結婚したのです。妹の夫は、ヘレミアス様との縁談を受け入れなければ私の夫となっていたかもしれない人で……もっとも義弟は最初から妹を選んでいたのだと思います。
ヘレミアス様との縁談は政略的なものでしたし、結局は番のペサディリャ様を選ばれてしまいました。
それ以前に祖国にいたころから、女王国で女王である母の第一王女として生まれていながら、女王には相応しくないと思われていたのです。
ふたつ年下の第二王女である妹が、とても優秀だったからです。
それに私には少し夢見がちなところがあったので、清濁併せのまなくてはいけない女王には相応しくないのではないかと案じられていました。
獣王国のヘレミアス様との縁談を妹が拒み、私が受けることになったとき、安心したものは多かったでしょう。
私自身も安堵していました。
もちろん王太子に嫁ぐということは、未来の王妃になるということです。
女王になるのと重責は変わらないと言えるでしょう。
でも……夢見がちだった私は、自分がヘレミアス様の番ではないかと夢を見てしまったのです。
運命によって結ばれたたったひとりの番だったなら、選んでもらえる、求めてもらえる、愛してもらえる。愛し愛されていたならば、きっと失敗しても乗り越えて頑張ることが出来る。
そんな風に考えてしまったのです。
実際、ヘレミアス様との婚約が結ばれ、番避けを贈られてからの私は、自分の限界を超えて努力してきました。
獣王国に嫁いだ後、白い結婚で夫のヘレミアス様はいつも側妃ペサディリャ様とご一緒で、公務のときだけ申し訳なさそうな顔で寄り添われても……
王太子妃としての仕事を果たし、祖国との橋の完成を目指して頑張って来ました。
そういう観点から考えれば、ヘレミアス様に恋したこと自体は間違いではなかったのでしょう。
間違いは、ヘレミアス様が番と出会ったのに結婚を強行したことです。橋の建設があったとはいえ、途中で中止すれば多くの人間を巻き込むことになったとはいえ、もっと良い方法を考えるべきだったのだと思います。
そして側妃ペサディリャ様の存在を認めた上で結婚したからには、ヘレミアス様の愛は諦めるべきだったのでしょう。
……今となっては考えても仕方のないことですね。
ヘレミアス様との結婚生活は終わりました。
私が三年間の白い結婚を理由に離縁すると決めたのです。聖王猊下に手紙を書いて、おかしな因縁をつけられないように女性神官に魔力で白い結婚を確認してもらって、あの夜、自分で止めを刺したのです。
ここは宮殿の中庭、季節の花々に取り囲まれた私の髪を風が躍らせます。
ええ、ヘレミアス様に番避けをいただいた場所です。
今日は公務はお休みの日です。
離縁して祖国へ戻った私は王太女となった妹の補佐をしながらも、自分で捨てたはずの恋を忘れられないでいるのです。
「お姉様、またここにいらしたの?」
「ええ、この場所が好きなのです」
不意に現れた妹が、私を見て溜息を漏らしました。
妹がヘレミアス様との縁談を拒んだのは、番というものが受け入れられないからでした。
ただの不貞の言い訳としか思えない、とこの子は言ったのです。
側妃ペサディリャ様──邪魔な私がいなくなったので、いずれは獣王国の王太子殿下の正妃となるだろうあの女性は、本来はヘレミアス様の専属護衛騎士の妻でした。
結婚前に引き合わされて番だと気づき、互いに相手がいるからと、一度は気づかなかったことにしようとしたのだそうです。
でも彼女の結婚後もおふたりの求め合う心は消えなくて、最終的にそれを察した専属護衛騎士が身を引いて、結ばれることになったのだと聞いています。諦めようとしても諦められなかった、そうでなくても運命によって結ばれた絆に敵うはずがありません。
私は自分の手を汚してでもペサディリャ様を排除することもなく、惨めな姿を晒してもヘレミアス様にしがみ付くこともなく、ひとりで逃げ出した選ばれなかった王女なのです。
「数日後に獣人族の方がいらっしゃいます。お姉様におもてなしをお願いしたいのですが、よろしくて?」
「わかりました。貴女の役に立てるのなら嬉しいわ」
「私もお姉様が戻って来てくださって嬉しいですわ」
微笑む妹のお腹は、少し膨らんでいます。
私がヘレミアス様と離縁して、女王国へ戻って来てから二年が過ぎました。
私は二十三歳で、ふたつ年下の妹は二十一歳になります。妹は十八歳で婚約者と結婚したのです。妹の夫は、ヘレミアス様との縁談を受け入れなければ私の夫となっていたかもしれない人で……もっとも義弟は最初から妹を選んでいたのだと思います。
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