忘れられない恋になる。

豆狸

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第三話 夜会

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 獣王国に嫁いだ私と王太子となられたヘレミアス様の関係は、白い結婚でした。
 私達の婚約解消は難しいことでした。
 河岸と中州を結ぶ橋は、婚姻の時点ではまだ出来てはいなかったのです。

 それに私はヘレミアス様をお慕いしていました。
 だから私が正妃で、つがいの女性──ペサディリャ様が側妃ということならと、我が国も私の母である女王も彼女の存在を認めて予定通り結婚を履行したのです。
 ……ヘレミアス様は、初夜の床へはいらっしゃいませんでした。

 つがい避けの宝石を握り締めて、どんなに泣きじゃくっても、侍女達に頼んで呼びに行ってもらっても、私の寝室へは来てくださいませんでした。
 彼は側妃ペサディリャ様の部屋にいたのです。互いに納得して関係を受け入れたはずなのに、つがいのペサディリャ様を傷つけたくないからと、私とは白い結婚をすることを決めたのです。
 父親である獣王国の国王陛下が、彼の母親である新しい王妃殿下を傷つけたくないと、前の王妃殿下を側妃としてでさえ受け入れなかったように。

 そうして三年の月日が過ぎ去りました。
 獣王国でも祖国の女王国でも、三年間の白い結婚は立派な離縁の理由になります。
 王太子妃の私は、獣王国の前の王妃殿下とは違って、この国の秘に触れられるような立場でもありませんしね。

 私とヘレミアス様の三年目の結婚記念日を祝う夜会に、私はひとり、いいえ、女王国からついて来てくれた侍女達とともに乗り込みました。
 玉座の近くで、ヘレミアス様は側妃ペサディリャ様と寄り添っていらっしゃいます。
 獣王国の国王陛下ご夫妻も隣で仲睦まじいお姿を見せていらっしゃいます。愛し愛される二組の男女は、つがいに憧れる獣王国の民にとって理想の形でした。

 獣王国の宮殿の大広間で開催されている夜会です。
 参列客のほとんどは獣人族です。
 私の登場に、つがいに憧れる彼らの表情が強張ります。

 ヘレミアス様は、形だけでも夫であるという立場を思い出されたのでしょう。
 私をエスコートするために動こうとなさいました。
 ええ、隣にいる側妃ペサディリャ様に腕を掴まれるまでのことですが。

 侍女達は私の後ろに控えています。
 私の眼前、視界の中には味方はいません。
 いえ、光り輝く白銀の髪に白銀の瞳、つがい同士の婚姻から生まれたヘレミアス様でさえ持っていない神話に出てくる龍人族のような角を持つホアン様が、獣王国の神殿の聖王猊下であり、王位継承権こそ放棄したものの第一王子である方が私に歩み寄って来てくださいました。

 ホアン様が差し出してくださった手に、私は自分の手を預けます。

 一年目の結婚記念日の夜会では不貞を疑われるのが嫌で、私はホアン様の手を取りませんでした。
 二年目の結婚記念日の夜会ではホアン様が私に気づく前に、邪魔者を見る人々の視線に耐え切れなくなって自室へ戻りました。
 三年目の今夜、ホアン様の手を取ったのは、もうすべてを終わらせようと思っているからです。

 私は獣王国の国王陛下ご夫妻と王太子殿下と側妃様の前へと進みました。
 ヘレミアス様の顔をこんなに近くで見るのは久しぶりです。
 もしかしたら、結婚式の日以来かもしれません。誓いの口付けをされたときは、つがいの運命には逆らえなくても、正妃として大切にしてくださるのだと夢見ていたのですけれど。

 つがいという運命で結ばれ、愛し愛されている二組の男女に挨拶をして、私は国王陛下に向かって話を切り出しました。

「今朝、祖国から報告がありました。獣王国と女王国を繋ぐ橋が完成したそうです」
「おお!」

 思わず声を上げられた国王陛下に続くように、大広間の人々からも歓声が沸き起こります。
 王太子妃としての公務の傍ら、資材の調達や人材の確保に走り回っていた日々が思い起こされます。
 少しでも認めてもらいたくて励んでいましたが、最後は忙しさに溺れることで悲しみを忘れていました。

「今日は私と王太子ヘレミアス殿下の三年目の結婚記念日です」
「そ、そうだな。目出度いことが続いて良きことだ」
「三年間の白い結婚は離縁の理由になります。……国王陛下、お畏れながらお願い申し上げます。私とヘレミアス殿下の離縁をお認めください」
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