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第二話 地味な女
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ハイスとリアは政略結婚だ。
親に決められて家のために夫婦になった。
賢くて伯爵家の運営にも多大な貢献をしてくれているリアは、ハイスの両親のお気に入りだった。
だったけれど、ハイスはリアを地味で面白みのない女性だと感じていた。
妻として最低限の扱いはしていたが……まだ引退していない両親が同居しているのだから粗末に出来るはずもない……アルメへの恋文でのように美辞麗句で褒め称えたことはないし、守るべき姫だと思ったこともなかった。
そのリアが自分の倍くらい横幅のありそうな男に、ハイスを庇って挑んでいた。
「地味でつまらなそうな女だな。亭主に裏切られていたことを認めたくねぇからって、しゃしゃり出てくるんじゃねぇよ」
事情を説明しているうちに最初より興奮して口調が荒くなったジェローンに見下ろされても、リアは怯まない。
「叙爵も間近の大商会の会頭様ともあろう方が、無実の人間を罪に落としたのでは商会自体の信用も失ってしまいますわよ。……夫は罠にかけられたのです」
「へえ……あんた綺麗な瞳してるな」
真っ直ぐに自分を見つめるリアに、ジェローンが苦み走った笑みを浮かべる。
眼光が鋭く迫力があり過ぎるものの、ジェローンは野趣に溢れた良い顔をしている。
ジェローンがハイス達の手首を握る力が弱まる。安堵しても良いはずなのに、ハイスは酷く不安な気持になった。
リアはちらりと親友の女侯爵ニナに視線を送り、互いに頷き合う。
「夫を罠にかけたのはあの方、スコルテン子爵令息です!」
リアが手を向けて示した男をハイスは知っている。
学生時代からの親友だ。
ハイスと同じアルメの取り巻きでもある。
しかしハイスがアルメの騎士ならば、子爵令息はアルメの小間使いだと密かに考えていた。
そういえば、とハイスは思う。
学園時代からの親友なのに、彼と夜会で会うのは久しぶりだ。
「ジェローン様、先日夫が出席出来なかった夜会で、私とニナ様は人混みに疲れて会場を離れました。その際に奥方様と睦み合うスコルテン子爵令息様の姿を目撃したのです。すぐにでも貴方にご報告すれば良かったのかもしれませんが、慌てて立ち去ったものの私はご令息と目が合ったような気がしていまして……迂闊に密告したら逆恨みされるのではないかと思って言えなかったのです。ニナ様にも口止めをしてしまいました」
「くだらない。リア殿はハイス愛しさに他人に罪を着せようとしている」
スコルテン子爵令息の発言に、ジェローンが首肯する。
「そうだな。スコルテン子爵令息殿は独身だ。俺を殺した後はアルメと再婚すれば良い。……まあ、それはそれとして、スコルテン子爵令息殿がアルメの相手のひとりだったという可能性もあるがな」
「そのことなのだけど……よろしくて?」
「ニナ様?」
「女侯爵閣下のご発言を留めるものなどいませんよ」
妻に殺人計画を立てられていたことで怒りに燃えていたジェローンも、さすがに女侯爵に対しては丁寧な言葉遣いになった。
ニナの家は王国一の権勢を誇っている。
王家が縁を繋ぐために第二王子を婿入りさせるほどだ。
「それでは……ごめんなさいね、リア。ハイス様は伯爵家の跡取りで次期当主だわ。アルメ嬢の実家の借金があまりにも莫大だったから結婚を反対されたけれど、借金さえなくなればリアと離縁してアルメ嬢と再婚するのも不可能ではない。そうでしょう?」
「……ええ、そうですね。同じ伯爵家ですが、私の実家と婚家は対等ではありませんし」
ハイスは学園時代に一度、両親にアルメとの結婚を申し出たことがある。
もちろん断られた。
男爵家の借金のこともあるし、複数の男を侍らせているような女性を伯爵夫人には迎えられないと言われたのだ。
リアも、学園時代に一度ハイスとの婚約解消を申し出たことがあった。
ハイスの両親は息子とリアの婚約解消を拒み、リアの実家はそれを受け入れた。
爵位は同じ伯爵家でもハイスの家のほうが歴史が古く財と権威があるのだ。
女侯爵ニナが言葉を続ける。
「アルメ嬢が夫を喪って自由に……ごめんなさいね、ジェローン様。……自由になっても再婚出来ないのは、結婚していて離縁出来ない……婿養子の殿方ではないかしら? ほら、私の夫の第二王子殿下のように」
親に決められて家のために夫婦になった。
賢くて伯爵家の運営にも多大な貢献をしてくれているリアは、ハイスの両親のお気に入りだった。
だったけれど、ハイスはリアを地味で面白みのない女性だと感じていた。
妻として最低限の扱いはしていたが……まだ引退していない両親が同居しているのだから粗末に出来るはずもない……アルメへの恋文でのように美辞麗句で褒め称えたことはないし、守るべき姫だと思ったこともなかった。
そのリアが自分の倍くらい横幅のありそうな男に、ハイスを庇って挑んでいた。
「地味でつまらなそうな女だな。亭主に裏切られていたことを認めたくねぇからって、しゃしゃり出てくるんじゃねぇよ」
事情を説明しているうちに最初より興奮して口調が荒くなったジェローンに見下ろされても、リアは怯まない。
「叙爵も間近の大商会の会頭様ともあろう方が、無実の人間を罪に落としたのでは商会自体の信用も失ってしまいますわよ。……夫は罠にかけられたのです」
「へえ……あんた綺麗な瞳してるな」
真っ直ぐに自分を見つめるリアに、ジェローンが苦み走った笑みを浮かべる。
眼光が鋭く迫力があり過ぎるものの、ジェローンは野趣に溢れた良い顔をしている。
ジェローンがハイス達の手首を握る力が弱まる。安堵しても良いはずなのに、ハイスは酷く不安な気持になった。
リアはちらりと親友の女侯爵ニナに視線を送り、互いに頷き合う。
「夫を罠にかけたのはあの方、スコルテン子爵令息です!」
リアが手を向けて示した男をハイスは知っている。
学生時代からの親友だ。
ハイスと同じアルメの取り巻きでもある。
しかしハイスがアルメの騎士ならば、子爵令息はアルメの小間使いだと密かに考えていた。
そういえば、とハイスは思う。
学園時代からの親友なのに、彼と夜会で会うのは久しぶりだ。
「ジェローン様、先日夫が出席出来なかった夜会で、私とニナ様は人混みに疲れて会場を離れました。その際に奥方様と睦み合うスコルテン子爵令息様の姿を目撃したのです。すぐにでも貴方にご報告すれば良かったのかもしれませんが、慌てて立ち去ったものの私はご令息と目が合ったような気がしていまして……迂闊に密告したら逆恨みされるのではないかと思って言えなかったのです。ニナ様にも口止めをしてしまいました」
「くだらない。リア殿はハイス愛しさに他人に罪を着せようとしている」
スコルテン子爵令息の発言に、ジェローンが首肯する。
「そうだな。スコルテン子爵令息殿は独身だ。俺を殺した後はアルメと再婚すれば良い。……まあ、それはそれとして、スコルテン子爵令息殿がアルメの相手のひとりだったという可能性もあるがな」
「そのことなのだけど……よろしくて?」
「ニナ様?」
「女侯爵閣下のご発言を留めるものなどいませんよ」
妻に殺人計画を立てられていたことで怒りに燃えていたジェローンも、さすがに女侯爵に対しては丁寧な言葉遣いになった。
ニナの家は王国一の権勢を誇っている。
王家が縁を繋ぐために第二王子を婿入りさせるほどだ。
「それでは……ごめんなさいね、リア。ハイス様は伯爵家の跡取りで次期当主だわ。アルメ嬢の実家の借金があまりにも莫大だったから結婚を反対されたけれど、借金さえなくなればリアと離縁してアルメ嬢と再婚するのも不可能ではない。そうでしょう?」
「……ええ、そうですね。同じ伯爵家ですが、私の実家と婚家は対等ではありませんし」
ハイスは学園時代に一度、両親にアルメとの結婚を申し出たことがある。
もちろん断られた。
男爵家の借金のこともあるし、複数の男を侍らせているような女性を伯爵夫人には迎えられないと言われたのだ。
リアも、学園時代に一度ハイスとの婚約解消を申し出たことがあった。
ハイスの両親は息子とリアの婚約解消を拒み、リアの実家はそれを受け入れた。
爵位は同じ伯爵家でもハイスの家のほうが歴史が古く財と権威があるのだ。
女侯爵ニナが言葉を続ける。
「アルメ嬢が夫を喪って自由に……ごめんなさいね、ジェローン様。……自由になっても再婚出来ないのは、結婚していて離縁出来ない……婿養子の殿方ではないかしら? ほら、私の夫の第二王子殿下のように」
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