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第四夜 帰って来た女
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「おーい、誰かいないのか?」
暗闇に男の声が響くが、返事はない。
声の主は辺りを見回した。
真っ暗な空間で何も見えない。
目が慣れるのを待った。
しばらくするとぼんやりとだが様子がわかってきた。
天井から、水が滴り落ちている。
水滴は音もなく床に落ち、乾いたタイルの上に染みを作っていく。
部屋の隅には小さな流し台があり、蛇口から水が流れ出たままだ。
「ここはどこだ? 俺の家じゃないよな」
独り言のように男――リチャードが呟くとその言葉に反応したように明かりがついた。
突然の眩しさにアルバートは思わず、目を細める。
「いつまで、寝ているの?」
聞き覚えのある声だった。
リチャードが光に慣れてきた目で相手を確認すると白いワンピースを着た女が彼を見下ろしていた……。
一瞬にして記憶が蘇ってくる。
「なぜ、君が……」
リチャードはそう言うなり、立ち上がろうとした。
足に激痛が走り、思わず呻き声を上げる。
女は心配そうな顔で男を見る。
「大丈夫?」
彼の目に映るのは紛れもなく、アシュリーだった。
もうこの世にいないリチャードが愛した女だ。
「なんで君がいるんだ……」
アシュリーの顔を見た途端、緊張の糸が切れたらしい。
リチャードは崩れるようにその場にしゃがみ込む。
足の痛みよりも安堵感の方が強かったのだ。
「どうしてって……。あなたが呼んだんじゃないですか」
「俺が? 何を言っているんだ?」
「私に会いたいって、言ったでしょう?」
「あぁ、確かに言った。でも、死んだはずの君がここにいる理由にはならないだろう」
リチャードは不思議そうに首を傾げた。
彼女は死んだのだ。
だとすると自分の前にいるアシュリーと名乗る女は誰なのだろう?
漠然とした不安と恐怖が彼の心を締め付けてくる。
「私が死んでる? 悪い冗談はよしてよ。それより怪我してるなら手当てしないといけないわ。早く、病院へ行かないと大変なことになるんじゃない?」
アシュリーは救急箱を手に取りながら、淡々と言った。
「大変なこと?」
「えぇ、このままだと足を切断することになるかもよ」
「どういうことだ?」
「あなたは死にかけていたのよ。だから、私に会いたかったんでしょう? あなたが私に会いたいと願ったから、私はここへ来られた。そして、今、こうして生きている」
「意味が分からないんだが……」
「じゃあ、説明するね」
アシュリーはそう言うと、リチャードの怪我をしている足に触れた。
消毒液をしみこませたガーゼで傷口を拭う。
「おい!やめろって!」
リチャードは大声で叫び、彼女の手当てを拒否するがアシュリーは全く、動じた様子がない。
「ちょっとだけ我慢してね」
「痛いんだよ」
リチャードはアシュリーの手を払いのけようとするが、思いのほか強い力で掴まれていて振り払うことが出来なかった。
「いい子ですから、じっとしていて」
まるで子供をあやすような口調で言う。
しかし、目は真剣そのものだ。
「分かった。わかったから離してくれないか」
「はい、これでよしっと。しばらくは歩けないと思うけど、安静にしてれば、悪化はしないはずよ」
アシュリーは素直に従い、傷口に当てたガーゼを押さえながら、手際よく包帯を巻き付けた。
「ありがとう」
リチャードは少し照れくさそうに礼を言う。
「ところで、本当は……君は誰なんだ?」
改めて、アシュリーと名乗る女の姿をまじまじと見つめた。
「私のことより、あなたのことを話したらどうです?」
「俺のこと?」
「えぇ。ここはどこなのかとか、なんでこんなところにいるのかとか……」
「そうだな……」
男はそう言うなり考え込む仕草を見せた。だが、すぐに顔を上げ、アシュリーに向かってこう切り出した。
「君が本当にアシュリー本人だという証拠はあるのか?」
「証明しろと言われても難しいですね……。だってあなた、私が本物かどうかなんて確かめようがないでしょう? 幽霊にでも会わない限り」
アシュリーは茶目っ気のある微笑みを浮かべる。
まるで天使のような彼女の笑顔にリチャードは毒気を抜かれたようになっていた。
「そりゃあ、そうだ」
リチャードは苦笑するしかない。
死んだ彼女がこの場にいるという事実をあっさり受け入れてしまったことに、自分自身が驚いていたのだ。
もっと慌てふためき、混乱するものとばかり思っていた。
ところが、今は冷静そのもの。
それどころか妙に落ち着ている。
死人が目の前に現れたというのに……。
それとも、アシュリーと名乗る女があまりにも自然に振る舞っていたせいかもしれない。
彼女の言動には現実味があった。
リチャードにはこれが夢とは思えなかった。
「俺はどうしてここにいるんだろうな……」
リチャードが独り言のように呟き、ふと我に返ったように辺りを見回した。
「ここはどこなんだ?」
「病院ですよ」
「何がどうなってるんだ? 俺は確か……」
リチャードは必死に忘れていたことを思い出そうとまだ、動きの鈍い頭を必死に働かせる。
そして、思い出してしまった……。
「あれ? 思い出しちゃったの?」
「ま、ま、待て! あれは違うんだ。お前を助けようと思ったんだ」
「へぇ。そうなの? 自分だけ、助かろうとしたんだよね? 私を押したよね?」
アシュリーの言う通りだった。
あの時、リチャードは自分が助かろうとして、血に飢えた奴らの中に彼女を置いて、逃げたのだ。
彼女の泣き叫び、自分を呼ぶ声と断末魔の悲鳴に耳をふさいで逃げたのだ。
「それは……」
「あなたも私と同じだと思ってたんだけど……。違ったんだね。あなたにとって、私は違ったんだね……」
アシュリーの声が徐々に冷たくなっていく。
その瞳に宿るのも和かな視線ではなく、氷のように冷たく、リチャードの心臓を刺し貫く物になっていた。
「そんなことは……ない」
「嘘つき」
アシュリーはリチャードを睨みながら、一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。
その手にはまるでミイラに巻かれていたかのように古びた色をした包帯が握られている。
「ま、ま、待ってくれ! お、俺が悪かった! だから、許してくれ」
「無理……」
アシュリーはそう言い放つと、手に持っていた包帯で素早く彼の首を絞め上げる。
息が出来ず、リチャードは足をばたつかせたが、無駄な抵抗に終わる。
そのまま、力なく地面に崩れ落ちた。
アシュリーはそれを冷たい眼差しで見下ろしながら、しばらく動かなかった。
やがて、彼女の姿は煙のように徐々に薄くなっていき、消えた。
翌日の新聞に廃病院の一室で男の変死体が発見されたことが小さく、掲載されていた。
余程、怖い目にあったのか、大きく目を見開き、引き攣った表情で絶命していたらしい。
暗闇に男の声が響くが、返事はない。
声の主は辺りを見回した。
真っ暗な空間で何も見えない。
目が慣れるのを待った。
しばらくするとぼんやりとだが様子がわかってきた。
天井から、水が滴り落ちている。
水滴は音もなく床に落ち、乾いたタイルの上に染みを作っていく。
部屋の隅には小さな流し台があり、蛇口から水が流れ出たままだ。
「ここはどこだ? 俺の家じゃないよな」
独り言のように男――リチャードが呟くとその言葉に反応したように明かりがついた。
突然の眩しさにアルバートは思わず、目を細める。
「いつまで、寝ているの?」
聞き覚えのある声だった。
リチャードが光に慣れてきた目で相手を確認すると白いワンピースを着た女が彼を見下ろしていた……。
一瞬にして記憶が蘇ってくる。
「なぜ、君が……」
リチャードはそう言うなり、立ち上がろうとした。
足に激痛が走り、思わず呻き声を上げる。
女は心配そうな顔で男を見る。
「大丈夫?」
彼の目に映るのは紛れもなく、アシュリーだった。
もうこの世にいないリチャードが愛した女だ。
「なんで君がいるんだ……」
アシュリーの顔を見た途端、緊張の糸が切れたらしい。
リチャードは崩れるようにその場にしゃがみ込む。
足の痛みよりも安堵感の方が強かったのだ。
「どうしてって……。あなたが呼んだんじゃないですか」
「俺が? 何を言っているんだ?」
「私に会いたいって、言ったでしょう?」
「あぁ、確かに言った。でも、死んだはずの君がここにいる理由にはならないだろう」
リチャードは不思議そうに首を傾げた。
彼女は死んだのだ。
だとすると自分の前にいるアシュリーと名乗る女は誰なのだろう?
漠然とした不安と恐怖が彼の心を締め付けてくる。
「私が死んでる? 悪い冗談はよしてよ。それより怪我してるなら手当てしないといけないわ。早く、病院へ行かないと大変なことになるんじゃない?」
アシュリーは救急箱を手に取りながら、淡々と言った。
「大変なこと?」
「えぇ、このままだと足を切断することになるかもよ」
「どういうことだ?」
「あなたは死にかけていたのよ。だから、私に会いたかったんでしょう? あなたが私に会いたいと願ったから、私はここへ来られた。そして、今、こうして生きている」
「意味が分からないんだが……」
「じゃあ、説明するね」
アシュリーはそう言うと、リチャードの怪我をしている足に触れた。
消毒液をしみこませたガーゼで傷口を拭う。
「おい!やめろって!」
リチャードは大声で叫び、彼女の手当てを拒否するがアシュリーは全く、動じた様子がない。
「ちょっとだけ我慢してね」
「痛いんだよ」
リチャードはアシュリーの手を払いのけようとするが、思いのほか強い力で掴まれていて振り払うことが出来なかった。
「いい子ですから、じっとしていて」
まるで子供をあやすような口調で言う。
しかし、目は真剣そのものだ。
「分かった。わかったから離してくれないか」
「はい、これでよしっと。しばらくは歩けないと思うけど、安静にしてれば、悪化はしないはずよ」
アシュリーは素直に従い、傷口に当てたガーゼを押さえながら、手際よく包帯を巻き付けた。
「ありがとう」
リチャードは少し照れくさそうに礼を言う。
「ところで、本当は……君は誰なんだ?」
改めて、アシュリーと名乗る女の姿をまじまじと見つめた。
「私のことより、あなたのことを話したらどうです?」
「俺のこと?」
「えぇ。ここはどこなのかとか、なんでこんなところにいるのかとか……」
「そうだな……」
男はそう言うなり考え込む仕草を見せた。だが、すぐに顔を上げ、アシュリーに向かってこう切り出した。
「君が本当にアシュリー本人だという証拠はあるのか?」
「証明しろと言われても難しいですね……。だってあなた、私が本物かどうかなんて確かめようがないでしょう? 幽霊にでも会わない限り」
アシュリーは茶目っ気のある微笑みを浮かべる。
まるで天使のような彼女の笑顔にリチャードは毒気を抜かれたようになっていた。
「そりゃあ、そうだ」
リチャードは苦笑するしかない。
死んだ彼女がこの場にいるという事実をあっさり受け入れてしまったことに、自分自身が驚いていたのだ。
もっと慌てふためき、混乱するものとばかり思っていた。
ところが、今は冷静そのもの。
それどころか妙に落ち着ている。
死人が目の前に現れたというのに……。
それとも、アシュリーと名乗る女があまりにも自然に振る舞っていたせいかもしれない。
彼女の言動には現実味があった。
リチャードにはこれが夢とは思えなかった。
「俺はどうしてここにいるんだろうな……」
リチャードが独り言のように呟き、ふと我に返ったように辺りを見回した。
「ここはどこなんだ?」
「病院ですよ」
「何がどうなってるんだ? 俺は確か……」
リチャードは必死に忘れていたことを思い出そうとまだ、動きの鈍い頭を必死に働かせる。
そして、思い出してしまった……。
「あれ? 思い出しちゃったの?」
「ま、ま、待て! あれは違うんだ。お前を助けようと思ったんだ」
「へぇ。そうなの? 自分だけ、助かろうとしたんだよね? 私を押したよね?」
アシュリーの言う通りだった。
あの時、リチャードは自分が助かろうとして、血に飢えた奴らの中に彼女を置いて、逃げたのだ。
彼女の泣き叫び、自分を呼ぶ声と断末魔の悲鳴に耳をふさいで逃げたのだ。
「それは……」
「あなたも私と同じだと思ってたんだけど……。違ったんだね。あなたにとって、私は違ったんだね……」
アシュリーの声が徐々に冷たくなっていく。
その瞳に宿るのも和かな視線ではなく、氷のように冷たく、リチャードの心臓を刺し貫く物になっていた。
「そんなことは……ない」
「嘘つき」
アシュリーはリチャードを睨みながら、一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。
その手にはまるでミイラに巻かれていたかのように古びた色をした包帯が握られている。
「ま、ま、待ってくれ! お、俺が悪かった! だから、許してくれ」
「無理……」
アシュリーはそう言い放つと、手に持っていた包帯で素早く彼の首を絞め上げる。
息が出来ず、リチャードは足をばたつかせたが、無駄な抵抗に終わる。
そのまま、力なく地面に崩れ落ちた。
アシュリーはそれを冷たい眼差しで見下ろしながら、しばらく動かなかった。
やがて、彼女の姿は煙のように徐々に薄くなっていき、消えた。
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