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天災がやってきた その6
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――Guuu……
ドラゴンの様子に変化が訪れる。
ちまちまと削りにかかってくる団員たちを持て余し始めたのか、煩わしそうに身震いをした後。
いきなり四肢を大地に踏ん張ったかと思うと、濃密な魔力が一点に集中し始めたのがわかった。
「やばいな……ブレスを吐く気だ」
「ブレスっ!?」
それは、御伽噺に出てくるドラゴンの必殺技だ。炎属性の超高温の吐息は、それに触れたものすべてを焼き尽くす。
噺の中では、ドラゴン退治に向かった勇者は、神から授かった無敵の盾を以てその攻撃を無効とした――が、そんなものを私たちが持っているわけがない。
『全員、一旦退却っ! 全ての魔術師、治癒師に告ぐ! 全力で対魔法防御を展開しろっ! 密集体型を作り、可能な限り防御しろ!』
そんな状況下で、魔力で強化された団長の命令が辺りに響き渡った。
「阿呆どもも、ブレスの事は知ってたらしいな」
言わずと知れたパランさんの台詞です。
いつも通りの不敵な表情だけど、そこに緊張が見え隠れしてる。
そりゃそうだよね。銅ランクの配置は金や銀とははなれているが、だからと言ってここまでブレスが来ないとは言い切れない。
周囲にいる銅クラスの人々も、数隊であつまり密集態勢を作っている。盾持ちさんたちがドラゴンの方に向かってそれを並べ、そこに魔術師さんたちが、全力で防御魔法をかけて全員が隠れてる状態だ。
気が付けば、他にもそんなお団子がいくつもできていた。
「……聞いた話によれば、長生きしたドラゴンほど魔力が多く、ブレスも強力になるらしい」
「長生きって、どれくらいなんスかね?」
「さてな? 数百年は優に生きるとか、年経たドラゴンは背中に苔や木が生えて、森のようになっていたりするという話だが……その話からすれば、あいつはそこまで年を取ってないようだな」
「うろこ、つやっつやに光ってるっスもんね」
え? 私達ですか?
私たちも当然、あつまってお団子に――はならず、集団から離れて森の方へと全力疾走しております。
さすがに目立つだろう? 敵前逃亡と思われるんじゃないか?
いえいえ、そこは抜かりなくサーフェスさんが『隠ぺい(ハイド)』の呪文をかけてくれてます。
本来は注視すれば見破られちゃうんだけど、今は皆さん、それどころじゃない状況。あっさりと危険地帯から離れることができました。
……うん、忸怩たる思いがないわけじゃないよ。あそこにはデルタさんもいるんだから。
けど、この後のことを考えれば、私たちはなるべく無傷でいなきゃいけない。それにぶっちゃけ、私たちがあそこにとどまってブレスに晒されたからといって、それでデルタさんの生存率が上がるわけじゃない。
私達――私にできることは、デルタさんが生き残ってくれるよう信じることと、この後、『出番』が来た時に、そこに全力を注ぐこと。それだけだ。
「……くるぞ」
隊長の言葉に我に返った。みれば、魔力を溜めおわったのか、ドラゴンが直立し、大きく口を開く。
隠れた木々の間からドラゴンと騎士団の様子を、気配を殺しながら固唾を飲んで見つめていると――『それ』が来た。
――Guu……Goaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!
ドラゴンブレス――竜の炎の吐息。
御伽噺じゃなく、今、それが実際に目の前で展開する。
赤を通り越して青くすら見える炎が、高い位置から、ドラゴンが首を振るのに合わせ、右から左へと動いていく。
「……赤みがかった青か。白じゃない分、生き残れる可能性は上がったな」
「なんスか、それ?」
かなり距離があるはずなのに、ここまで熱気が押し寄せてくる。その中で息をすることすら忘れそうな私とは違い、隊長がぼそりと呟いた言葉に、サーフェスさんがすぐに食いついた。
「魔力の量で炎の色――つまり、温度がかわるんだそうだ。赤、青、白の順で温度が上がり、目が眩むほどの白のブレスは、岩まで溶かすという話だが……」
なんて怖い話だ。そんなもの食らったら全滅間違いなしじゃないか。
青(赤寄り)でよかった。
それでも普通の人間には十分すぎる威力だろうが、腐ってもこっちは魔物専門の討伐騎士団だ。きっと耐えてくれる……そう信じて、見つめていると、ようやくその炎の洗礼が終わったようだ。
「……六割強……」
「チッ、だらしのねぇこった」
ドラゴンの炎が消えた後、ざっと戦場を見回して隊長が呟く。それに応じたのはパランさんだ。
私はといえば、覚悟はしていたとはいえ、その様子に声も出ない。
通常の火事とはちがい、魔力で作られた炎が消えた後は、周囲の温度は通常に戻っていた。けど、燃えた下草が広範囲でプスプスと燻っていて、そこかしこにさっきまで無傷でいたはずの銅の人たちが、体から煙を上げて倒れ伏している。
金や銀も、程度の差はあれ、似たようなものだ。
六割強――それは生き残った人数なのか、それとも即時戦線に復帰できる人数なのか……お願いだから後者であってほしい。
胃がきゅっと縮むような感覚がして、息が詰まる。心臓がうるさいほど鼓動を刻み、吐き気がこみあげ、今すぐわめきだしたいような、泣き出したいようなそんな感覚が全身を支配する。
お願い、生きてて!
瀕死でもいいから、私が全力で癒すから……お願い……っ!
「馬鹿たれが! 息をしやがれっ!」
「……カハっ!」
どんっ! という強い衝撃をいきなり背中に感じ、危うく前のめりに倒れ込みそうになり、慌ててたたらを踏む。肺に残っていたわずかな空気がそれで押し出され、反射的に大きく息を吸い、その後で突然の暴挙に出た人へと抗議する。
「い、いきなり何するんですか、パランさんっ!?」
「うるせぇ。酸欠でぶっ倒れそうになってたくせに、何言ってやがる」
「……え?」
「お気楽に気絶なんぞできる状況じゃねぇのはわかってんな? それに、討伐騎士団ってもんは、いつ死んでもおかしくねぇもんだってことすら、忘れてやがったな?」
「あ……」
確かにその通りだ。私だって、その覚悟があったからこそ、討伐騎士団付きの治癒師になったはずだ。
ただ、単に運がよかっただけなのだが、私がこれまで所属した隊では、後遺症で引退した人は居ても、死者が出たことはなかった。それもあり、いつの間にか、最初の頃の覚悟が薄れかけていたのかもしれない。
勿論、このドラゴン討伐の任務に際して、その覚悟も新たにしていたはずだけど、それでもどこかまだ甘い考えが残っていたということだろう。
「そのガラス玉もどきの目ぇ、ひん剥いてきっちり見やがれ! 正確な確認もしねぇで、お涙頂戴に浸ってる暇があるとでもおもってやがんのかっ!?」
言葉遣いは非常にアレだが、確かにパランさんの言うとおりだ。
隊長達が止めに入らないのが、その証拠だろう。
……うう、恥ずかしい。
私だって討伐騎士団の一因だというのに、こんな修羅場を体験するのは初めてだとは言え、まるで一般人みたいなうろたえ方をしてしまった。
「すみませんでした」
パランさんに、というか、隊のみんなに向かって謝り、改めて戦場に目をやる。
……残念なことにピクリとも動かない人が何人もいる。けど、わずかでも動ける人にはすぐに無事だった治癒師が駆け寄り、癒しをかけていた。残酷なようだが、今は戦力の確保が最大の優先事項だ。復帰可能そうな人を優先するのは、この際、当然だと言える。
そして、その中央付近では、流石というか、無傷とは言えないまでも、まだ十分に戦闘が可能そうな金、それに銀の人たちが――って、ええっ!?
『皆、安心なさいっ! 私が癒しますっ――世界にあまねくマナよっ。この身に集い宿り、かの者達を癒す光となれっ。エクストラワイドエリアヒールっ!!』
「ちょっ! それ、だめぇぇぇぇっ!」
届かないのはわかっていても、思わず叫んでしまう。
一番守りが厚かったところにいた姫様ご一行は、勿論無傷だった。けど、その周りには焼け焦げを作った人たちが何人もいた。だから、それを癒そうとするのはわかる。
けど!
いきなり最上位の範囲ヒールとかぶっ放すかっ!?
それが可能な姫様の魔力の多さは尊敬するが、せめて中位のにしてほしかった。
なぜなら……。
「え? わっ……ぐぅぅっ!」
「うわっ……くっ……がぁっ」
「ど、どうしたのですっ? ……え? きゃぁぁっ!!」
……ああ、言わんこっちゃない。
とうとう来たらしい――『治癒過多症』が。
これは『治癒不全症』よりもっと怖い。
滅多にないのだが、短時間で強力な治癒を何度も受け続けることにより、体が『常に回復を続けねばならない』と錯覚を起こしてしまうのだ。外部から治癒術をかけられた場合、それはかけたものの魔力を使うが、こちらの方は自前の魔力を使い回復する。そして、この場合、その人が治癒術を使えるかどうかは関係ない。
そこだけ聞くといいことに聞こえるかもしれないが、それは大きな間違いだ。
だって、この場合『回復する』のは怪我をした部分だけじゃなくて、無事な部分というかとにかく全身、ひたすら治癒をかけ続けられているのと同じ状態になってしまうのだ。
私の位置からだと視力を強化しても詳細はわからないが、姫様はじめ白金の面々がのたうち回っているのは見えた。
おそらくは、回復力がオーバーフローすることにより、全身がパンパンに膨れ上がっているのだろう。そして限界を超えて増殖した筋肉や内臓が皮膚を突き破るというか、爆ぜる……ただ、その傷口も直ぐに回復し、同じことが繰り返される。
魔力が尽きるまで。
幸いなのは『治癒過多症』になったのが白金のメンバーだけらしい、ということだ。
エクストラヒールを受けた人の中には、『治癒不全症』を発症した人もいるかもしれないけど、こちらは今すぐに何らかの症状が出るわけではない。この討伐が終わった後に――この後も生き残れれば、の話だが――長期の療養に入ればいい。
ちなみにだが、『治癒過多症』は保有する魔力が尽きれば、一旦はその症状が治まる。が、魔力が回復すればまた同じことが始まるので、魔力封じの魔道具をつけなければ日常生活も危うくなる。
そして、何時、その症状が治まるのかは不明であるので、もしかすると一生そのまま、という可能性すらある。
「……何やらえらいことになっているが……とりあえず、今はドラゴンだな」
「ケッ。馬鹿どもが自滅するのは勝手だが、余計な手間かけさせんじゃねぇよ」
討伐の中枢部分で、そんなことが起きているのだから団長の苦労は一入だろう……他所事ながら同情を禁じえない。けど、隊長の言う通り、今はドラゴンの方に集中すべきだ。
「ってところで。なんとなくっスけど、アイツの動き、鈍くなってないっスか?」
サーフェスさんの言うように、ドラゴンの様子が先程迄とは少し違う。精彩を欠くというか、なんとなく動作が鈍くなってきているように思えたのは私だけではないらしい。
「ドラゴン……もしかして、魔力不足?」
「やった! チャンスですよね、これ」
姫様の犠牲(?)により、こちらはほぼ全数が完全回復してる――ほぼ、というのは、残念ながら姫様のヒールが届く前に死亡してしまった人も何人かいるからだ。そして、ここに至り、団長も腹をくくったらしい。
『金・銀・銅、すべての者に告ぐ! 総員、全力を以てドラゴンへ攻撃せよっ!』
「うは、やっとかぁ……よっしゃ!」
メレンさんが、手にした大槌を握り直して気合を入れる。
『総員』ってことは、私たちも当然その中に含まれるんだからね。
「よし……いくぞ!」
隊長の号令で、私たちも一丸となってドラゴンへと向かっていった。
ドラゴンの様子に変化が訪れる。
ちまちまと削りにかかってくる団員たちを持て余し始めたのか、煩わしそうに身震いをした後。
いきなり四肢を大地に踏ん張ったかと思うと、濃密な魔力が一点に集中し始めたのがわかった。
「やばいな……ブレスを吐く気だ」
「ブレスっ!?」
それは、御伽噺に出てくるドラゴンの必殺技だ。炎属性の超高温の吐息は、それに触れたものすべてを焼き尽くす。
噺の中では、ドラゴン退治に向かった勇者は、神から授かった無敵の盾を以てその攻撃を無効とした――が、そんなものを私たちが持っているわけがない。
『全員、一旦退却っ! 全ての魔術師、治癒師に告ぐ! 全力で対魔法防御を展開しろっ! 密集体型を作り、可能な限り防御しろ!』
そんな状況下で、魔力で強化された団長の命令が辺りに響き渡った。
「阿呆どもも、ブレスの事は知ってたらしいな」
言わずと知れたパランさんの台詞です。
いつも通りの不敵な表情だけど、そこに緊張が見え隠れしてる。
そりゃそうだよね。銅ランクの配置は金や銀とははなれているが、だからと言ってここまでブレスが来ないとは言い切れない。
周囲にいる銅クラスの人々も、数隊であつまり密集態勢を作っている。盾持ちさんたちがドラゴンの方に向かってそれを並べ、そこに魔術師さんたちが、全力で防御魔法をかけて全員が隠れてる状態だ。
気が付けば、他にもそんなお団子がいくつもできていた。
「……聞いた話によれば、長生きしたドラゴンほど魔力が多く、ブレスも強力になるらしい」
「長生きって、どれくらいなんスかね?」
「さてな? 数百年は優に生きるとか、年経たドラゴンは背中に苔や木が生えて、森のようになっていたりするという話だが……その話からすれば、あいつはそこまで年を取ってないようだな」
「うろこ、つやっつやに光ってるっスもんね」
え? 私達ですか?
私たちも当然、あつまってお団子に――はならず、集団から離れて森の方へと全力疾走しております。
さすがに目立つだろう? 敵前逃亡と思われるんじゃないか?
いえいえ、そこは抜かりなくサーフェスさんが『隠ぺい(ハイド)』の呪文をかけてくれてます。
本来は注視すれば見破られちゃうんだけど、今は皆さん、それどころじゃない状況。あっさりと危険地帯から離れることができました。
……うん、忸怩たる思いがないわけじゃないよ。あそこにはデルタさんもいるんだから。
けど、この後のことを考えれば、私たちはなるべく無傷でいなきゃいけない。それにぶっちゃけ、私たちがあそこにとどまってブレスに晒されたからといって、それでデルタさんの生存率が上がるわけじゃない。
私達――私にできることは、デルタさんが生き残ってくれるよう信じることと、この後、『出番』が来た時に、そこに全力を注ぐこと。それだけだ。
「……くるぞ」
隊長の言葉に我に返った。みれば、魔力を溜めおわったのか、ドラゴンが直立し、大きく口を開く。
隠れた木々の間からドラゴンと騎士団の様子を、気配を殺しながら固唾を飲んで見つめていると――『それ』が来た。
――Guu……Goaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!
ドラゴンブレス――竜の炎の吐息。
御伽噺じゃなく、今、それが実際に目の前で展開する。
赤を通り越して青くすら見える炎が、高い位置から、ドラゴンが首を振るのに合わせ、右から左へと動いていく。
「……赤みがかった青か。白じゃない分、生き残れる可能性は上がったな」
「なんスか、それ?」
かなり距離があるはずなのに、ここまで熱気が押し寄せてくる。その中で息をすることすら忘れそうな私とは違い、隊長がぼそりと呟いた言葉に、サーフェスさんがすぐに食いついた。
「魔力の量で炎の色――つまり、温度がかわるんだそうだ。赤、青、白の順で温度が上がり、目が眩むほどの白のブレスは、岩まで溶かすという話だが……」
なんて怖い話だ。そんなもの食らったら全滅間違いなしじゃないか。
青(赤寄り)でよかった。
それでも普通の人間には十分すぎる威力だろうが、腐ってもこっちは魔物専門の討伐騎士団だ。きっと耐えてくれる……そう信じて、見つめていると、ようやくその炎の洗礼が終わったようだ。
「……六割強……」
「チッ、だらしのねぇこった」
ドラゴンの炎が消えた後、ざっと戦場を見回して隊長が呟く。それに応じたのはパランさんだ。
私はといえば、覚悟はしていたとはいえ、その様子に声も出ない。
通常の火事とはちがい、魔力で作られた炎が消えた後は、周囲の温度は通常に戻っていた。けど、燃えた下草が広範囲でプスプスと燻っていて、そこかしこにさっきまで無傷でいたはずの銅の人たちが、体から煙を上げて倒れ伏している。
金や銀も、程度の差はあれ、似たようなものだ。
六割強――それは生き残った人数なのか、それとも即時戦線に復帰できる人数なのか……お願いだから後者であってほしい。
胃がきゅっと縮むような感覚がして、息が詰まる。心臓がうるさいほど鼓動を刻み、吐き気がこみあげ、今すぐわめきだしたいような、泣き出したいようなそんな感覚が全身を支配する。
お願い、生きてて!
瀕死でもいいから、私が全力で癒すから……お願い……っ!
「馬鹿たれが! 息をしやがれっ!」
「……カハっ!」
どんっ! という強い衝撃をいきなり背中に感じ、危うく前のめりに倒れ込みそうになり、慌ててたたらを踏む。肺に残っていたわずかな空気がそれで押し出され、反射的に大きく息を吸い、その後で突然の暴挙に出た人へと抗議する。
「い、いきなり何するんですか、パランさんっ!?」
「うるせぇ。酸欠でぶっ倒れそうになってたくせに、何言ってやがる」
「……え?」
「お気楽に気絶なんぞできる状況じゃねぇのはわかってんな? それに、討伐騎士団ってもんは、いつ死んでもおかしくねぇもんだってことすら、忘れてやがったな?」
「あ……」
確かにその通りだ。私だって、その覚悟があったからこそ、討伐騎士団付きの治癒師になったはずだ。
ただ、単に運がよかっただけなのだが、私がこれまで所属した隊では、後遺症で引退した人は居ても、死者が出たことはなかった。それもあり、いつの間にか、最初の頃の覚悟が薄れかけていたのかもしれない。
勿論、このドラゴン討伐の任務に際して、その覚悟も新たにしていたはずだけど、それでもどこかまだ甘い考えが残っていたということだろう。
「そのガラス玉もどきの目ぇ、ひん剥いてきっちり見やがれ! 正確な確認もしねぇで、お涙頂戴に浸ってる暇があるとでもおもってやがんのかっ!?」
言葉遣いは非常にアレだが、確かにパランさんの言うとおりだ。
隊長達が止めに入らないのが、その証拠だろう。
……うう、恥ずかしい。
私だって討伐騎士団の一因だというのに、こんな修羅場を体験するのは初めてだとは言え、まるで一般人みたいなうろたえ方をしてしまった。
「すみませんでした」
パランさんに、というか、隊のみんなに向かって謝り、改めて戦場に目をやる。
……残念なことにピクリとも動かない人が何人もいる。けど、わずかでも動ける人にはすぐに無事だった治癒師が駆け寄り、癒しをかけていた。残酷なようだが、今は戦力の確保が最大の優先事項だ。復帰可能そうな人を優先するのは、この際、当然だと言える。
そして、その中央付近では、流石というか、無傷とは言えないまでも、まだ十分に戦闘が可能そうな金、それに銀の人たちが――って、ええっ!?
『皆、安心なさいっ! 私が癒しますっ――世界にあまねくマナよっ。この身に集い宿り、かの者達を癒す光となれっ。エクストラワイドエリアヒールっ!!』
「ちょっ! それ、だめぇぇぇぇっ!」
届かないのはわかっていても、思わず叫んでしまう。
一番守りが厚かったところにいた姫様ご一行は、勿論無傷だった。けど、その周りには焼け焦げを作った人たちが何人もいた。だから、それを癒そうとするのはわかる。
けど!
いきなり最上位の範囲ヒールとかぶっ放すかっ!?
それが可能な姫様の魔力の多さは尊敬するが、せめて中位のにしてほしかった。
なぜなら……。
「え? わっ……ぐぅぅっ!」
「うわっ……くっ……がぁっ」
「ど、どうしたのですっ? ……え? きゃぁぁっ!!」
……ああ、言わんこっちゃない。
とうとう来たらしい――『治癒過多症』が。
これは『治癒不全症』よりもっと怖い。
滅多にないのだが、短時間で強力な治癒を何度も受け続けることにより、体が『常に回復を続けねばならない』と錯覚を起こしてしまうのだ。外部から治癒術をかけられた場合、それはかけたものの魔力を使うが、こちらの方は自前の魔力を使い回復する。そして、この場合、その人が治癒術を使えるかどうかは関係ない。
そこだけ聞くといいことに聞こえるかもしれないが、それは大きな間違いだ。
だって、この場合『回復する』のは怪我をした部分だけじゃなくて、無事な部分というかとにかく全身、ひたすら治癒をかけ続けられているのと同じ状態になってしまうのだ。
私の位置からだと視力を強化しても詳細はわからないが、姫様はじめ白金の面々がのたうち回っているのは見えた。
おそらくは、回復力がオーバーフローすることにより、全身がパンパンに膨れ上がっているのだろう。そして限界を超えて増殖した筋肉や内臓が皮膚を突き破るというか、爆ぜる……ただ、その傷口も直ぐに回復し、同じことが繰り返される。
魔力が尽きるまで。
幸いなのは『治癒過多症』になったのが白金のメンバーだけらしい、ということだ。
エクストラヒールを受けた人の中には、『治癒不全症』を発症した人もいるかもしれないけど、こちらは今すぐに何らかの症状が出るわけではない。この討伐が終わった後に――この後も生き残れれば、の話だが――長期の療養に入ればいい。
ちなみにだが、『治癒過多症』は保有する魔力が尽きれば、一旦はその症状が治まる。が、魔力が回復すればまた同じことが始まるので、魔力封じの魔道具をつけなければ日常生活も危うくなる。
そして、何時、その症状が治まるのかは不明であるので、もしかすると一生そのまま、という可能性すらある。
「……何やらえらいことになっているが……とりあえず、今はドラゴンだな」
「ケッ。馬鹿どもが自滅するのは勝手だが、余計な手間かけさせんじゃねぇよ」
討伐の中枢部分で、そんなことが起きているのだから団長の苦労は一入だろう……他所事ながら同情を禁じえない。けど、隊長の言う通り、今はドラゴンの方に集中すべきだ。
「ってところで。なんとなくっスけど、アイツの動き、鈍くなってないっスか?」
サーフェスさんの言うように、ドラゴンの様子が先程迄とは少し違う。精彩を欠くというか、なんとなく動作が鈍くなってきているように思えたのは私だけではないらしい。
「ドラゴン……もしかして、魔力不足?」
「やった! チャンスですよね、これ」
姫様の犠牲(?)により、こちらはほぼ全数が完全回復してる――ほぼ、というのは、残念ながら姫様のヒールが届く前に死亡してしまった人も何人かいるからだ。そして、ここに至り、団長も腹をくくったらしい。
『金・銀・銅、すべての者に告ぐ! 総員、全力を以てドラゴンへ攻撃せよっ!』
「うは、やっとかぁ……よっしゃ!」
メレンさんが、手にした大槌を握り直して気合を入れる。
『総員』ってことは、私たちも当然その中に含まれるんだからね。
「よし……いくぞ!」
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