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天災がやってきた その5
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『咆哮』にやられて散々な銅クラスとは違い、金や銀は(ほとんどの人が)あの雄叫びにも耐え、ドラゴンへの攻撃を続けていた。
こういう時って、残酷なほどに『ランク』の違いが出ちゃうよね。
けど、私としてはそんな金や銀の活躍は、半分くらいは『装備』の違いのせいもあると思ってる。
討伐騎士団というのは、この国では花形だ。魔物が跋扈し、日々、生活や命を脅かされてる人々にとって、そこに颯爽と現れて自分たちを助けてくれる騎士団は、それはそれは人気が高い。王家もそれがわかっているようで、自分たちの権威を高めるために利用してる節もある。
ド田舎の鍛冶屋の娘だった私が、何を偉そうに国政をかたるのか、とかいわれそうだが、いくら平民だろうと何年もその渦中に身を置けば、それなりの知識はついてくるもんなんだよ。
それはともかく、そういった事情のおかげで討伐騎士団は、他の騎士団に比べてもかなり待遇がいい――だからこそ、私もここを選んだわけだが、そんな騎士団の内部にもやはり『格差』というものは存在する。人目について派手な成果をあげられる案件は、金か銀。地味で目立たず、苦労の多い案件は銅――その中でも特にひどいのが私達『泥かぶり』に回されるわけだ――であるからして、騎士団員のお家の方もそれなりに協力というか、支援をする。元々が貴族がおおい上のランクは、家宝として伝わる物を遣わせてもらえたり、平民でも裕福なおうちはそのお金にものを言わせて取り寄せた高性能の武具を惜しげもなく使わせてもらえてる。それに比べて、平民(一般庶民)が圧倒的多数の銅はといえば、他の騎士団と同じ普通に支給される装備だ。高性能の武具というのは、着用するだけで各種の耐性が上がったり、ステータスアップの効果とかもあるので、単に頑丈なのが取り柄の支給品とは雲泥の差があるのは言うまでもない。無論、自分たちなりに創意工夫をしているとはいえ、元々の性能の違いは如何ともしがたい。
つまり『咆哮』にやられるのが普通で、平気な顔をして立ってるうち(泥かぶり)の方がおかしい、ってことだ。
――本来なら、こんなことをのんびりと考えてる暇はない。何しろ我々討伐騎士団は、現在、必死でドラゴンに攻撃をし、またドラゴンからの攻撃をよけている最中だからだ。
ただ、まぁその主体はやっぱり金(と銀)であり、私達『泥かぶり』はその最後尾辺りを怪しまれない程度にうろうろしてる。たまに、蹲(うずくま)って『咆哮にやられた銅レベルの隊員』の振りをしたりと、皆さん、意外と役者です。私も、そんなみんなの様子に合わせて、蹲ってるところに屈みこんで、回復をしてるふりとかもやってみたり……あら、やだ、これちょっと楽しいかも?
「……あんま調子こいてんじゃねぇぞ、シエル」
「わかってますよ、パランさん」
小声でやり取りするまでもなく、私だってちゃんと理解している。
ここは戦場。主戦場とは少し距離があるものの、何かの拍子にここが戦闘の中心になる事だって十分あり得る。
「しかし……最初から銅を戦闘に参加させなかったのは、この状態を見れば正解だったな」
隊長がそういうのもわかる。もし銅レベルの隊も一斉に攻撃に加わっていたら、今の咆哮で戦線が総崩れになる可能性だってあったんだし。
けど――。
「ちっ。バカなことほざくんじゃねぇよ、隊長。あの団長が最初からそれを見越してたってなら、多少は見直してやってもいいが、そうじゃねぇ。単なる結果論だろうが」
「まぁ……元々が文官気質の方だからな。騎士団の管理や、各隊をどこに派遣するかについてはたけていても、実際の戦闘指揮となると、また話は変わってくる……」
「副団長のまま、別のを頭にもってくりゃよかったんだよ。任命した上もアホなら、受けるあいつも結局は阿呆だ」
なんか新団長の人事の話になってきてますが……いくら何でも、今ここで話すことじゃない気がするんですがね? 現に、ほら――。
――Gulugyaaaaaaaaaa!
自分にまとわりついてくる(?)騎士たちを邪魔に思ったのか、叫び声をあげたドラゴンが、その太いしっぽを振り回す。
「ぐあっ!」
「うわっ、よけろっ!!」
そこらの大木よりもはるかに太いしっぽが、ものすごい勢いでぶつかってくれば、いくら鎧を着ていてもそのダメージは計り知れない。
かすっただけでも吹っ飛ばされる。直撃でもうけようものなら、とんでもない高さまで持ち上げられた後、地面に激突だ。そんな中の一人が、私たちの近くに降ってきて、半ば地面に埋もれた状態で低いうめき声をあげている。
あ、即死じゃないんだ。凄いな、やっぱり防具のおかげ?
「エリク殿っ!」
そして、はるか向こうの方から誰かが駆けつけてくる。おそらくは彼の隊付きの治癒師だろう。
落ちてきた人の鎧の刻印と、治癒師のローブに刺繍されている紋章の色で、金レベルの人だとわかる。
「う……ク、ロ……」
「しゃべらないで! ……あばらが折れています、下手に動くと肺に刺さります! 浅く息をして……ゆっくりと」
……さすがは金付きの治癒師だ。軽く探査(スキャン)の魔法をかけただけで、正確に怪我人の状態を把握してる。その後の指示も的確で、騎士さんの方も素直にその指示を聞いている。
しっかりとした信頼関係が築けているんだろう。
「治癒しますので、少しずつ吸う量を増やすようにして呼吸してください――くれぐれも、ゆっくりと、ですよ?」
「……うっ……ゲ、ホッ」
「少し肺が傷ついていたようですね。がまんしなくていいので、咳をしてください」
咳と一緒に騎士さんの口から、真っ赤な鮮血が零れ落ちる。けど、それはほんの少量で、その後はすぐに呼吸が平常に戻る。
「……助かった。すまんな、クロード」
「いえ、それよりもダメージを受けて体力を消耗しているでしょう。これを飲んでください」
そして、クロードと呼ばれた治癒師が腰に下げていたポシェットから出したのは……わー、高級活力ポーションじゃありませんか。私たちが使う奴よりも小ぶりの瓶に入ってるけど、効果は二倍以上と言われてるやつだ。
流石は金は違いますねぇ。ちらりと見えたんだけど、まだポシェットの中には同じような瓶がいくつも入ってる。私なんか、ほとんど脅すようにして手に入れたのは普通の活力ポーションで、それも三本切りだったんですけどね。
……いかん、やさぐれた気持ちになってきた。
おもわずジト目になって彼らを見ていたら――あ、クロードさんと目が合っちゃった。
「……銅の女性治癒師……もしかして、シエル?」
「……へ?」
ええ? 初対面だよね? なんで私の名前を知ってるの?
「デルタ先輩から話を聞いていたんですよ。先輩には、銀にいた頃は大変お世話になりました」
そんな私の疑問が伝わったのか、こちらが何か言うより先にクロードさんが説明してくれる。
なるほど。この人もデルタさんの人脈の一人か。
「色々と大変だったらしいですね……銅にいかれた事情もですが、今回の事も少しだけ聞きました――良かったら、これ、何かの役に立ててください」
そう言って手渡してくれたのは――なんと、高級活力ポーション! それも二本も!?
「こんな状況ですので、長話はできませんが……これが終わったら、是非一度、食事でもしながらゆっくりと話をしたいですね」
えええっ……で、デルタさん、一体どんな風に私の事を話してたのっ?
いきなりのデート(?)のお誘いに、あたふたしているうちに、言うだけ言ったクロードさんは、回復したらしい騎士さん(エリクさん?)と一緒に戦線に復帰していった。
「モテてるじゃねぇか、シエル?」
「デルタさんに何を吹き込まれたのか知らないですけど、初対面ですよ」
間髪を入れずにパランさんがからかってくるが、軽くスルー。あっちも本気じゃないだろうしね。でも、高級ポーションはありがたくいただきます。
そして、そんな一幕があった間も、ドラゴンへの攻撃は続いていた。
「攻撃の手を緩めるな!」
団長の怒号が、遠くから聞こえてくる。
運よくしっぽの攻撃をよけられた人たちや、遠距離勢はその指示に従い、更に各種の攻撃をドラゴンに叩き込んでいた。
そんな中、えらいキラキラした一団がドラゴンの正面に陣取っているのに気が付いた。
「……あれ……姫だ」
ひときわ目立つ白金の装備。治癒師は普通ローブを着用するんだけど、姫様はお伽話にでてくる『戦乙女』みたいなプレートメイルを身につけてる。
私を銅に叩き落した時と同じ装備だな、あれ。確か王家に伝わる秘宝だっけ?
ブルホーンには過剰でも、ドラゴン相手ならうなづける。神々しい輝きを放ち、リューディア姫の『いかにも王家の姫君』的な容姿も相まって、確かにこれは戦意向上には役に立つだろう。
――が。
「……白金って、ああいう闘い方するんスね……」
つい……って感じのサーフェスさんの言葉に、私も生暖かい笑いを浮かべます。
そして――。
「はぁっ!? 生粋の阿呆か、あいつ等は?」
サーフェスさんはぼかした表現を使ったし、私はそれに微笑みはしたけど、否定も肯定もしてない。隊長やザハブさん、メレンさんは沈黙を守ってたわけですが……うん、お仕事(?)モードの時のパランさんに、そういった態度を求めるのは無理だったみたいです。
てか、今まで一応『隠密行動』ってことで、(多少は)声を潜めていたはずなんですが、なんかもう、思いっきり叫んでますね。
まぁ、ぎりぎり『誰が』ってのは言ってないから、万が一聞きとがめられてもいい抜けはできるだろうし、声の届くところにいたのはまだ完全復帰できていない銅レベルの人たちで――流石に声に出して同調はしてないけど、その顔を見たらパランさんと似たような感想を抱いていることがわかる。
というか、やっぱり口には出さないけど、私も全面的に賛成したいです。
仮にも王家の姫君を擁する隊であるから、その構成員も身分能力共に高い人たちばかり――のはずなんだけど、身分はともかく、もしかして『能力』については単にダメージ値が大きいだけで選んだんじゃないかってくらい……あ、念のために言っておくけど、基本的に私は戦闘については素人です。いくら傍で討伐騎士団の戦いを見てきたといっても、本格的な訓練を受けたわけじゃないから、あくまでも『自分が見たことがある範囲内』でしか判断ができない。
だが、そんな私でさえ、『あれはない』と断言できる。できてしまう。それくらい、白金の皆様の戦い方はひどかった。
「うぉぉぉぉっっ!」
物凄い雄叫びと共に、盾を持った重装備の騎士さんがドラゴンへと突進していく。
文字通り、まっすぐに。
おそらくだが、その眼には小山のようにそびえたつドラゴンしか映っていないんだろう。
いや、比喩とかじゃなくてマジでさ。
重騎士さんとドラゴンの間には、他の隊の人もいたりするんだけど、その間をすり抜け――いや、ほとんど蹴散らすようにして進んだのち、ドラゴンのぶっとい前足にメイスの一撃をぶち込んだ。それに続いた近接火力の人三名はといえば、何故か重騎士さんとは別の足に取り付いて、思い切り剣を振るっている。
……盾役の意味、無くない?
「世界にあまねくマナよ、集いてこの杖に宿り、炎の雨となれ! いくぞ、ファイアーレインっ!!」
そして、後方に陣取った魔導師さんはといえば、よく通る声で詠唱した後、杖の先から飛び出した火属性の魔法がドラゴンに向けて降り注がせる。
その周辺にいる人を巻き添えにして……。
「うわっ!?」
「な、なんだっっ?」
周りにいた人は、そりゃ驚くだろう。
前にいるドラゴンに注意を集中させていたところを、後ろから来た味方にどつかれて吹っ飛ばされたんだからね。
そして、ドラゴン周辺で距離をとりつつも隙を見て攻撃をしていた人たちも、まさか自分たちのところにまで魔法が飛んでくるとは想像もしてなかったはず。幸い、直撃を受けた人はいなかったみたいだけど、一つ間違えば大惨事ですよ。
「……訂正する。阿呆じゃなくて、ありゃ、正真正銘のバカだ」
「同意するっス」
「おれも、あそこまでひどいとは知らなかったなぁ……」
パランさんの言葉に、サーフェスさんとメレンさんが同意する。ザハブさんも黙って頷いた。
「お前たち……もう少しでいいから声を抑えろ」
そして隊長は、流石にたしなめはしたものの、その発言の中身ではなく違う方向にでした。
……うん、その気持ち、ものすごくよくわかります。
そもそも、騎士団の各隊は単独行動が多くはあるが、いざとなればちゃんと連携をとれるように訓練してる。現に、姫様たちの隊以外は、他の隊の動きを見て、邪魔をしないように立ち回ったり、時には協力してドラゴンの注意を引き、その他の隊が攻撃しやすいようにしたりしてる。
なのに、そこに白金が入った途端、その連携があっという間に崩れていくのは……ある意味、壮観ともいえた。
しかも、ですよ。
「ぐわぁっ!」
単独で突っ込んでった重騎士さんが、ぺいっ、ってな感じでドラゴンが足を動かした途端に吹っ飛ばされる。少しは耐えたらどうなのかしら……? 他の盾持ちさんは、同じ攻撃を食らって多少は後退をさせられても、ちゃんと踏ん張ってるじゃないか。
もう片方を攻撃している人たちはといえば、自分の隊の盾役がいない。何で盾持ちが必要かといえば、攻撃をしたら当然反撃があるよね。でも、攻撃特化の装備をしている人は、当然ながら防御が弱い。そこを盾を持った重騎士さんが、敵の攻撃を受け止めて、その他の人が攻撃に専念させるのだ。なのに、なんでか知らないけどその人とは別の足に取り付いてしまってる。
まぁ、いくらドラゴンの体が大きいからといって、はるか遠くってわけじゃない――が、咄嗟の時の防御に間に合うかといえば、当然ながら『否』だ。ではどうしたかというと、勝手に他の隊の盾役さんにその攻撃を擦り付けたんだよ、これが。
「おい、お前、どこの隊の……どわっ!?」
いきなり見知らぬ隊員に背後に回られて、その人も驚いただろう。そして、その驚きが冷めやらぬうちに、煩しい攻撃に機嫌を損ねたドラゴンの足の一撃が来る。
「うわあぁぁぁっ!?」
自分の隊の仲間を守る事に専念していたところに、そんな横やりが入ってきたら、そりゃ吹っ飛ばされるよね。
それでも、とっさの判断で自分の隊の人に、その余波が来ないように立ち回ったのは流石だ。どう動いたのかとかは私にはわからないんだけど、インパクトの瞬間に身をよじるかなんかして力の向き具合を調節し、少し斜めの方向へゴロゴロと転がっていった。
そのついで(?)に、自分に攻撃をなすってきた白金の連中も巻き込んだのは、不可抗力だ思う。
「わぁぁっ!」
「うぶっ……っ!」
「ぐげぇ!?」
まとめて三名を……あー、なんか一人とか、とっさに着ている華麗なマントの端を握って、一蓮托生にしてる……訂正します、ありゃわざとだ。
「ルーク殿っ! 世界にあまねくマナよっ、彼の身を癒せっ!」
そして間髪を入れずに、隊付きの治癒師がヒールを飛ばす。
白金の皆様? 無視、というか、自隊の人じゃないから遠慮してますね。うん、命に係わる傷じゃなさそうだし、治癒師として当然の行為です。
「く、くそっ……一旦、退くぞっ」
「「お、おうっ」」
すっ転がったおかげで、美麗な白金の装備がやや薄汚れてる。まだ戦えそうな感じではあるんだけど、なんかあっさりと後ろへと下がっていった。
それと同時に、重騎士さんもペイってな感じでドラゴンに踏まれてて――そりゃ、あの重量だから動きは鈍いわな。ドラゴンの気を逸らせてくれるはずの仲間は別のところにいるから、あっさりと踏まれてる。幸い、地面が柔らかだったのと、装備の防御力のおかげで、こちらも致命傷ではなさそうだ。
「くっ……」
土まみれになりながら、自分の体で作ったくぼみから立ち上がり、こちらもやはり後退していく。
その先にいるのは、勿論、『白金の女神』なリューディア姫のところである。
「みんなっ、大丈夫? 直ぐに癒すから、安心してっ」
近接陣についていくことなく、姫様は後方で待機してた。まぁ、王家の姫君だしね。万が一、本人が付いていくとか言っても、団長が必死で止めただろうから、これは仕方がない。
仕方ないんだけど……その後の展開に、私は自分の目を疑った。
「この世にあまねくマナよ。わが身に宿りて、彼の者たちの身を癒したまえ――エリアハイヒールっ!」
「はぁぁっ!?」
あ、いかん。つい素っ頓狂な声が出てしまった。
遠くにいてよかった……あ、姫様たちの様子や会話は、こっそり自分にも身体強化をかけて視力と聴力を上げて観察してました。
パランさんに叱られるかな? とかも思ったけど、情報収集の為だし、何も言われなかったんでよかったよかった――じゃなくて!
「ただの打ち身でしょっ!? 骨折もしてない感じだし。なのにハイヒール? しかも範囲っ!」
走って戻ってこれるなら、骨折はしてないはずだ。しかも、どこからも流血している様子もない。
うち(泥かぶり)なら、そのまま普通に戦闘を続けているだろう。いや、うちだけじゃなくて、普通の討伐騎士団の人たちなら、絶対にそうしてるはずだ。
百歩譲って、走れるってことは足腰に異常はなくとも、上半身になにか重大なダメージを受けている可能性もある。が、その場合は『探査』をし、その部分だけをピンポイントで癒すのが定石である。
なのに、それ(探査)もせずに、いきなりの上級ヒール。
しかも範囲ってことは、戻ってきた近接さんだけでなく、遠くから魔法を撃ってるだけで全くの無傷の魔導師も、待ってただけの姫様もまとめて、だよ。
……ちゃんとヒール量の管理してるんだよね? わかってかけてるんだよね?
いらぬお節介だが、直接本人に聞きたくなるくらいの豪快なかけ方だ。
ちなみにかけられた方は、まるでそれが当たり前であるかのように――実際、白金ではそれが当たり前なのかもしれないが――再び元気よくドラゴンへと向かっていった。
「……いいのかしら、あれで……?」
「……白金の出番は、普通は二、三か月に一度。多くて、月一位だ。重篤な怪我をしたという話も特に聞かんし、な」
「戦闘中は後ろに下がってて、後から被害を受けた場所の一般人の怪我を、姫様の治癒術で回復させる場面の方が多かったみたいっスよ」
「危ない目に合わず、しかも姫君のおかげで人気が出てるだから、良い御身分だよねぇ」
思わずつぶやいた言葉に、隊長、サーフェスさん、メレンさんが説明をしてくれる。
パランさんは何時も通りに、小さく「けっ」と舌打ちをし、ザハブさんは非常に嫌そうな表情をしつつ、彼ら(姫様)から目をそらした。
成程、そういう事か。多くて月一なら、ハイヒールを受けてもそりゃ特に問題はなかろう。
だが、しかし――。
「どわっ!」
「うわあっ」
「く、う……っ」
「みんな、頑張ってっ! エリアハイヒールっ」
……何回やるの、それ?
あの人たちには、学習能力がないんじゃないだろうか?
そう思えてしまうくらいに、なんとかの一つ覚えじゃないけど、同じ事を何度も繰り返してる。
流石に、同じ隊なのに別の足に取り付くのは止めてはいたけど、今度は自分たちの攻撃に熱中するあまりに他の隊との連携ってやつが全くできていないのが露呈した。
自分たちが最優先されることを疑いもしない傲慢な突撃と、僅かな負傷であっさりと交代する自分勝手さ……。
「……そういえば、白金が参加した全体訓練はなかったな」
特別扱いが、ここにきて仇になったってことですね。
そして、それが数回繰り返されれば、団長の顔がかーなーり険しくなってくるのは当たり前。
あれは、きっと、本心では怒鳴りつけたいんだろうなぁ。
けど、姫様がいるからそんなこともできない……ちょっと気の毒になってきたかも?
そして、そんな一幕が展開してる間にも、団員達(金と銀)の猛攻のおかげで、少しずつドラゴンは弱ってきていた――ように思う。
もしかして、このまま行ける?
そんな希望が、皆の胸に去来した――その時だった。
こういう時って、残酷なほどに『ランク』の違いが出ちゃうよね。
けど、私としてはそんな金や銀の活躍は、半分くらいは『装備』の違いのせいもあると思ってる。
討伐騎士団というのは、この国では花形だ。魔物が跋扈し、日々、生活や命を脅かされてる人々にとって、そこに颯爽と現れて自分たちを助けてくれる騎士団は、それはそれは人気が高い。王家もそれがわかっているようで、自分たちの権威を高めるために利用してる節もある。
ド田舎の鍛冶屋の娘だった私が、何を偉そうに国政をかたるのか、とかいわれそうだが、いくら平民だろうと何年もその渦中に身を置けば、それなりの知識はついてくるもんなんだよ。
それはともかく、そういった事情のおかげで討伐騎士団は、他の騎士団に比べてもかなり待遇がいい――だからこそ、私もここを選んだわけだが、そんな騎士団の内部にもやはり『格差』というものは存在する。人目について派手な成果をあげられる案件は、金か銀。地味で目立たず、苦労の多い案件は銅――その中でも特にひどいのが私達『泥かぶり』に回されるわけだ――であるからして、騎士団員のお家の方もそれなりに協力というか、支援をする。元々が貴族がおおい上のランクは、家宝として伝わる物を遣わせてもらえたり、平民でも裕福なおうちはそのお金にものを言わせて取り寄せた高性能の武具を惜しげもなく使わせてもらえてる。それに比べて、平民(一般庶民)が圧倒的多数の銅はといえば、他の騎士団と同じ普通に支給される装備だ。高性能の武具というのは、着用するだけで各種の耐性が上がったり、ステータスアップの効果とかもあるので、単に頑丈なのが取り柄の支給品とは雲泥の差があるのは言うまでもない。無論、自分たちなりに創意工夫をしているとはいえ、元々の性能の違いは如何ともしがたい。
つまり『咆哮』にやられるのが普通で、平気な顔をして立ってるうち(泥かぶり)の方がおかしい、ってことだ。
――本来なら、こんなことをのんびりと考えてる暇はない。何しろ我々討伐騎士団は、現在、必死でドラゴンに攻撃をし、またドラゴンからの攻撃をよけている最中だからだ。
ただ、まぁその主体はやっぱり金(と銀)であり、私達『泥かぶり』はその最後尾辺りを怪しまれない程度にうろうろしてる。たまに、蹲(うずくま)って『咆哮にやられた銅レベルの隊員』の振りをしたりと、皆さん、意外と役者です。私も、そんなみんなの様子に合わせて、蹲ってるところに屈みこんで、回復をしてるふりとかもやってみたり……あら、やだ、これちょっと楽しいかも?
「……あんま調子こいてんじゃねぇぞ、シエル」
「わかってますよ、パランさん」
小声でやり取りするまでもなく、私だってちゃんと理解している。
ここは戦場。主戦場とは少し距離があるものの、何かの拍子にここが戦闘の中心になる事だって十分あり得る。
「しかし……最初から銅を戦闘に参加させなかったのは、この状態を見れば正解だったな」
隊長がそういうのもわかる。もし銅レベルの隊も一斉に攻撃に加わっていたら、今の咆哮で戦線が総崩れになる可能性だってあったんだし。
けど――。
「ちっ。バカなことほざくんじゃねぇよ、隊長。あの団長が最初からそれを見越してたってなら、多少は見直してやってもいいが、そうじゃねぇ。単なる結果論だろうが」
「まぁ……元々が文官気質の方だからな。騎士団の管理や、各隊をどこに派遣するかについてはたけていても、実際の戦闘指揮となると、また話は変わってくる……」
「副団長のまま、別のを頭にもってくりゃよかったんだよ。任命した上もアホなら、受けるあいつも結局は阿呆だ」
なんか新団長の人事の話になってきてますが……いくら何でも、今ここで話すことじゃない気がするんですがね? 現に、ほら――。
――Gulugyaaaaaaaaaa!
自分にまとわりついてくる(?)騎士たちを邪魔に思ったのか、叫び声をあげたドラゴンが、その太いしっぽを振り回す。
「ぐあっ!」
「うわっ、よけろっ!!」
そこらの大木よりもはるかに太いしっぽが、ものすごい勢いでぶつかってくれば、いくら鎧を着ていてもそのダメージは計り知れない。
かすっただけでも吹っ飛ばされる。直撃でもうけようものなら、とんでもない高さまで持ち上げられた後、地面に激突だ。そんな中の一人が、私たちの近くに降ってきて、半ば地面に埋もれた状態で低いうめき声をあげている。
あ、即死じゃないんだ。凄いな、やっぱり防具のおかげ?
「エリク殿っ!」
そして、はるか向こうの方から誰かが駆けつけてくる。おそらくは彼の隊付きの治癒師だろう。
落ちてきた人の鎧の刻印と、治癒師のローブに刺繍されている紋章の色で、金レベルの人だとわかる。
「う……ク、ロ……」
「しゃべらないで! ……あばらが折れています、下手に動くと肺に刺さります! 浅く息をして……ゆっくりと」
……さすがは金付きの治癒師だ。軽く探査(スキャン)の魔法をかけただけで、正確に怪我人の状態を把握してる。その後の指示も的確で、騎士さんの方も素直にその指示を聞いている。
しっかりとした信頼関係が築けているんだろう。
「治癒しますので、少しずつ吸う量を増やすようにして呼吸してください――くれぐれも、ゆっくりと、ですよ?」
「……うっ……ゲ、ホッ」
「少し肺が傷ついていたようですね。がまんしなくていいので、咳をしてください」
咳と一緒に騎士さんの口から、真っ赤な鮮血が零れ落ちる。けど、それはほんの少量で、その後はすぐに呼吸が平常に戻る。
「……助かった。すまんな、クロード」
「いえ、それよりもダメージを受けて体力を消耗しているでしょう。これを飲んでください」
そして、クロードと呼ばれた治癒師が腰に下げていたポシェットから出したのは……わー、高級活力ポーションじゃありませんか。私たちが使う奴よりも小ぶりの瓶に入ってるけど、効果は二倍以上と言われてるやつだ。
流石は金は違いますねぇ。ちらりと見えたんだけど、まだポシェットの中には同じような瓶がいくつも入ってる。私なんか、ほとんど脅すようにして手に入れたのは普通の活力ポーションで、それも三本切りだったんですけどね。
……いかん、やさぐれた気持ちになってきた。
おもわずジト目になって彼らを見ていたら――あ、クロードさんと目が合っちゃった。
「……銅の女性治癒師……もしかして、シエル?」
「……へ?」
ええ? 初対面だよね? なんで私の名前を知ってるの?
「デルタ先輩から話を聞いていたんですよ。先輩には、銀にいた頃は大変お世話になりました」
そんな私の疑問が伝わったのか、こちらが何か言うより先にクロードさんが説明してくれる。
なるほど。この人もデルタさんの人脈の一人か。
「色々と大変だったらしいですね……銅にいかれた事情もですが、今回の事も少しだけ聞きました――良かったら、これ、何かの役に立ててください」
そう言って手渡してくれたのは――なんと、高級活力ポーション! それも二本も!?
「こんな状況ですので、長話はできませんが……これが終わったら、是非一度、食事でもしながらゆっくりと話をしたいですね」
えええっ……で、デルタさん、一体どんな風に私の事を話してたのっ?
いきなりのデート(?)のお誘いに、あたふたしているうちに、言うだけ言ったクロードさんは、回復したらしい騎士さん(エリクさん?)と一緒に戦線に復帰していった。
「モテてるじゃねぇか、シエル?」
「デルタさんに何を吹き込まれたのか知らないですけど、初対面ですよ」
間髪を入れずにパランさんがからかってくるが、軽くスルー。あっちも本気じゃないだろうしね。でも、高級ポーションはありがたくいただきます。
そして、そんな一幕があった間も、ドラゴンへの攻撃は続いていた。
「攻撃の手を緩めるな!」
団長の怒号が、遠くから聞こえてくる。
運よくしっぽの攻撃をよけられた人たちや、遠距離勢はその指示に従い、更に各種の攻撃をドラゴンに叩き込んでいた。
そんな中、えらいキラキラした一団がドラゴンの正面に陣取っているのに気が付いた。
「……あれ……姫だ」
ひときわ目立つ白金の装備。治癒師は普通ローブを着用するんだけど、姫様はお伽話にでてくる『戦乙女』みたいなプレートメイルを身につけてる。
私を銅に叩き落した時と同じ装備だな、あれ。確か王家に伝わる秘宝だっけ?
ブルホーンには過剰でも、ドラゴン相手ならうなづける。神々しい輝きを放ち、リューディア姫の『いかにも王家の姫君』的な容姿も相まって、確かにこれは戦意向上には役に立つだろう。
――が。
「……白金って、ああいう闘い方するんスね……」
つい……って感じのサーフェスさんの言葉に、私も生暖かい笑いを浮かべます。
そして――。
「はぁっ!? 生粋の阿呆か、あいつ等は?」
サーフェスさんはぼかした表現を使ったし、私はそれに微笑みはしたけど、否定も肯定もしてない。隊長やザハブさん、メレンさんは沈黙を守ってたわけですが……うん、お仕事(?)モードの時のパランさんに、そういった態度を求めるのは無理だったみたいです。
てか、今まで一応『隠密行動』ってことで、(多少は)声を潜めていたはずなんですが、なんかもう、思いっきり叫んでますね。
まぁ、ぎりぎり『誰が』ってのは言ってないから、万が一聞きとがめられてもいい抜けはできるだろうし、声の届くところにいたのはまだ完全復帰できていない銅レベルの人たちで――流石に声に出して同調はしてないけど、その顔を見たらパランさんと似たような感想を抱いていることがわかる。
というか、やっぱり口には出さないけど、私も全面的に賛成したいです。
仮にも王家の姫君を擁する隊であるから、その構成員も身分能力共に高い人たちばかり――のはずなんだけど、身分はともかく、もしかして『能力』については単にダメージ値が大きいだけで選んだんじゃないかってくらい……あ、念のために言っておくけど、基本的に私は戦闘については素人です。いくら傍で討伐騎士団の戦いを見てきたといっても、本格的な訓練を受けたわけじゃないから、あくまでも『自分が見たことがある範囲内』でしか判断ができない。
だが、そんな私でさえ、『あれはない』と断言できる。できてしまう。それくらい、白金の皆様の戦い方はひどかった。
「うぉぉぉぉっっ!」
物凄い雄叫びと共に、盾を持った重装備の騎士さんがドラゴンへと突進していく。
文字通り、まっすぐに。
おそらくだが、その眼には小山のようにそびえたつドラゴンしか映っていないんだろう。
いや、比喩とかじゃなくてマジでさ。
重騎士さんとドラゴンの間には、他の隊の人もいたりするんだけど、その間をすり抜け――いや、ほとんど蹴散らすようにして進んだのち、ドラゴンのぶっとい前足にメイスの一撃をぶち込んだ。それに続いた近接火力の人三名はといえば、何故か重騎士さんとは別の足に取り付いて、思い切り剣を振るっている。
……盾役の意味、無くない?
「世界にあまねくマナよ、集いてこの杖に宿り、炎の雨となれ! いくぞ、ファイアーレインっ!!」
そして、後方に陣取った魔導師さんはといえば、よく通る声で詠唱した後、杖の先から飛び出した火属性の魔法がドラゴンに向けて降り注がせる。
その周辺にいる人を巻き添えにして……。
「うわっ!?」
「な、なんだっっ?」
周りにいた人は、そりゃ驚くだろう。
前にいるドラゴンに注意を集中させていたところを、後ろから来た味方にどつかれて吹っ飛ばされたんだからね。
そして、ドラゴン周辺で距離をとりつつも隙を見て攻撃をしていた人たちも、まさか自分たちのところにまで魔法が飛んでくるとは想像もしてなかったはず。幸い、直撃を受けた人はいなかったみたいだけど、一つ間違えば大惨事ですよ。
「……訂正する。阿呆じゃなくて、ありゃ、正真正銘のバカだ」
「同意するっス」
「おれも、あそこまでひどいとは知らなかったなぁ……」
パランさんの言葉に、サーフェスさんとメレンさんが同意する。ザハブさんも黙って頷いた。
「お前たち……もう少しでいいから声を抑えろ」
そして隊長は、流石にたしなめはしたものの、その発言の中身ではなく違う方向にでした。
……うん、その気持ち、ものすごくよくわかります。
そもそも、騎士団の各隊は単独行動が多くはあるが、いざとなればちゃんと連携をとれるように訓練してる。現に、姫様たちの隊以外は、他の隊の動きを見て、邪魔をしないように立ち回ったり、時には協力してドラゴンの注意を引き、その他の隊が攻撃しやすいようにしたりしてる。
なのに、そこに白金が入った途端、その連携があっという間に崩れていくのは……ある意味、壮観ともいえた。
しかも、ですよ。
「ぐわぁっ!」
単独で突っ込んでった重騎士さんが、ぺいっ、ってな感じでドラゴンが足を動かした途端に吹っ飛ばされる。少しは耐えたらどうなのかしら……? 他の盾持ちさんは、同じ攻撃を食らって多少は後退をさせられても、ちゃんと踏ん張ってるじゃないか。
もう片方を攻撃している人たちはといえば、自分の隊の盾役がいない。何で盾持ちが必要かといえば、攻撃をしたら当然反撃があるよね。でも、攻撃特化の装備をしている人は、当然ながら防御が弱い。そこを盾を持った重騎士さんが、敵の攻撃を受け止めて、その他の人が攻撃に専念させるのだ。なのに、なんでか知らないけどその人とは別の足に取り付いてしまってる。
まぁ、いくらドラゴンの体が大きいからといって、はるか遠くってわけじゃない――が、咄嗟の時の防御に間に合うかといえば、当然ながら『否』だ。ではどうしたかというと、勝手に他の隊の盾役さんにその攻撃を擦り付けたんだよ、これが。
「おい、お前、どこの隊の……どわっ!?」
いきなり見知らぬ隊員に背後に回られて、その人も驚いただろう。そして、その驚きが冷めやらぬうちに、煩しい攻撃に機嫌を損ねたドラゴンの足の一撃が来る。
「うわあぁぁぁっ!?」
自分の隊の仲間を守る事に専念していたところに、そんな横やりが入ってきたら、そりゃ吹っ飛ばされるよね。
それでも、とっさの判断で自分の隊の人に、その余波が来ないように立ち回ったのは流石だ。どう動いたのかとかは私にはわからないんだけど、インパクトの瞬間に身をよじるかなんかして力の向き具合を調節し、少し斜めの方向へゴロゴロと転がっていった。
そのついで(?)に、自分に攻撃をなすってきた白金の連中も巻き込んだのは、不可抗力だ思う。
「わぁぁっ!」
「うぶっ……っ!」
「ぐげぇ!?」
まとめて三名を……あー、なんか一人とか、とっさに着ている華麗なマントの端を握って、一蓮托生にしてる……訂正します、ありゃわざとだ。
「ルーク殿っ! 世界にあまねくマナよっ、彼の身を癒せっ!」
そして間髪を入れずに、隊付きの治癒師がヒールを飛ばす。
白金の皆様? 無視、というか、自隊の人じゃないから遠慮してますね。うん、命に係わる傷じゃなさそうだし、治癒師として当然の行為です。
「く、くそっ……一旦、退くぞっ」
「「お、おうっ」」
すっ転がったおかげで、美麗な白金の装備がやや薄汚れてる。まだ戦えそうな感じではあるんだけど、なんかあっさりと後ろへと下がっていった。
それと同時に、重騎士さんもペイってな感じでドラゴンに踏まれてて――そりゃ、あの重量だから動きは鈍いわな。ドラゴンの気を逸らせてくれるはずの仲間は別のところにいるから、あっさりと踏まれてる。幸い、地面が柔らかだったのと、装備の防御力のおかげで、こちらも致命傷ではなさそうだ。
「くっ……」
土まみれになりながら、自分の体で作ったくぼみから立ち上がり、こちらもやはり後退していく。
その先にいるのは、勿論、『白金の女神』なリューディア姫のところである。
「みんなっ、大丈夫? 直ぐに癒すから、安心してっ」
近接陣についていくことなく、姫様は後方で待機してた。まぁ、王家の姫君だしね。万が一、本人が付いていくとか言っても、団長が必死で止めただろうから、これは仕方がない。
仕方ないんだけど……その後の展開に、私は自分の目を疑った。
「この世にあまねくマナよ。わが身に宿りて、彼の者たちの身を癒したまえ――エリアハイヒールっ!」
「はぁぁっ!?」
あ、いかん。つい素っ頓狂な声が出てしまった。
遠くにいてよかった……あ、姫様たちの様子や会話は、こっそり自分にも身体強化をかけて視力と聴力を上げて観察してました。
パランさんに叱られるかな? とかも思ったけど、情報収集の為だし、何も言われなかったんでよかったよかった――じゃなくて!
「ただの打ち身でしょっ!? 骨折もしてない感じだし。なのにハイヒール? しかも範囲っ!」
走って戻ってこれるなら、骨折はしてないはずだ。しかも、どこからも流血している様子もない。
うち(泥かぶり)なら、そのまま普通に戦闘を続けているだろう。いや、うちだけじゃなくて、普通の討伐騎士団の人たちなら、絶対にそうしてるはずだ。
百歩譲って、走れるってことは足腰に異常はなくとも、上半身になにか重大なダメージを受けている可能性もある。が、その場合は『探査』をし、その部分だけをピンポイントで癒すのが定石である。
なのに、それ(探査)もせずに、いきなりの上級ヒール。
しかも範囲ってことは、戻ってきた近接さんだけでなく、遠くから魔法を撃ってるだけで全くの無傷の魔導師も、待ってただけの姫様もまとめて、だよ。
……ちゃんとヒール量の管理してるんだよね? わかってかけてるんだよね?
いらぬお節介だが、直接本人に聞きたくなるくらいの豪快なかけ方だ。
ちなみにかけられた方は、まるでそれが当たり前であるかのように――実際、白金ではそれが当たり前なのかもしれないが――再び元気よくドラゴンへと向かっていった。
「……いいのかしら、あれで……?」
「……白金の出番は、普通は二、三か月に一度。多くて、月一位だ。重篤な怪我をしたという話も特に聞かんし、な」
「戦闘中は後ろに下がってて、後から被害を受けた場所の一般人の怪我を、姫様の治癒術で回復させる場面の方が多かったみたいっスよ」
「危ない目に合わず、しかも姫君のおかげで人気が出てるだから、良い御身分だよねぇ」
思わずつぶやいた言葉に、隊長、サーフェスさん、メレンさんが説明をしてくれる。
パランさんは何時も通りに、小さく「けっ」と舌打ちをし、ザハブさんは非常に嫌そうな表情をしつつ、彼ら(姫様)から目をそらした。
成程、そういう事か。多くて月一なら、ハイヒールを受けてもそりゃ特に問題はなかろう。
だが、しかし――。
「どわっ!」
「うわあっ」
「く、う……っ」
「みんな、頑張ってっ! エリアハイヒールっ」
……何回やるの、それ?
あの人たちには、学習能力がないんじゃないだろうか?
そう思えてしまうくらいに、なんとかの一つ覚えじゃないけど、同じ事を何度も繰り返してる。
流石に、同じ隊なのに別の足に取り付くのは止めてはいたけど、今度は自分たちの攻撃に熱中するあまりに他の隊との連携ってやつが全くできていないのが露呈した。
自分たちが最優先されることを疑いもしない傲慢な突撃と、僅かな負傷であっさりと交代する自分勝手さ……。
「……そういえば、白金が参加した全体訓練はなかったな」
特別扱いが、ここにきて仇になったってことですね。
そして、それが数回繰り返されれば、団長の顔がかーなーり険しくなってくるのは当たり前。
あれは、きっと、本心では怒鳴りつけたいんだろうなぁ。
けど、姫様がいるからそんなこともできない……ちょっと気の毒になってきたかも?
そして、そんな一幕が展開してる間にも、団員達(金と銀)の猛攻のおかげで、少しずつドラゴンは弱ってきていた――ように思う。
もしかして、このまま行ける?
そんな希望が、皆の胸に去来した――その時だった。
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