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天災がやってきた その2
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「ド、ドラゴン……?」
私、立ったまま寝ぼけてるのかしら? なんか今、『ドラゴンが出た』とか、聞こえた気がするんですけど?
「シエル……気持ちはわかるけど、俺らにも聞こえたよ」
メレンさんにも、というか皆さんにも聞こえてた? ってことは、私の空耳ってわけじゃないですよね。
「え? で、でも『ドラゴン』って……?」
前にも言ったかもしれないけど、『ドラゴン』なんて御伽噺にしか出てこない存在だ。
『女神の鉄槌』の女将さんの話によれば、東の大陸ではたまに目撃されるという話だけど、少なくともこの国――というか、この大陸ではそういう扱いなのだ。
それが、出た? なんで?
「あっちの事情なんざ俺らが分かるかよ! それより、ぼぅっとしてる場合じゃねぇだろうがっ」
そ、そうだった。
総員ってことは、当然ながら私たちも出撃しないといけない。
しかし、ドラゴン……見たこともないそんなものを相手にするには、一体何が必要なんだろう?
「シエル。救護室に行って、活力ポーション貰ってきてほしいッス。後、できれば魔力ポーションも」
「え? あ……わ、わかりましたっ!」
サーフェスさんがそう言ってくれなかったら、あたふたするだけで全く動けなかっただろう。
だけど、やることができたと思ったとたんに、衝撃でボケてた頭が回転し始める。
ドラゴンを討つ(それが可能なら、の話だが)のにどれだけの戦力が必要なのかもわからない。
討伐騎士団は、各ランクにおよそ百名ずつ。けど、任務中の隊もいるので、全部が一斉に出撃できるわけじゃない。
そもそもが、どこで出た、という情報がまだ来てないので、総勢三百人近い人数が一度に展開できるかどうかも不明だ。
となれば――各種ポーションの他にも、長丁場を予想しての食糧とかも必要になる。
この状況ならそれらは上から補給されるはずなんだけど、『泥かぶり』の分まで用意してくれるかどうかは……新団長になって待遇が改善されたとはいえ、今までの扱いが扱いだからね。独自に確保しておくに越したことはない。
「救護室と、その後で食堂に行ってきます!」
「……ああ、頼む。水はサーフェスに出させるからそっちは気にしなくていい」
魔法で出した水は、味もそっけもない代物なんだけど、それでも『水分補給』というだけなら十分に賄える。
「おい、隊長。それより『ドラゴン』について、知ってること全部吐きやがれ」
「パランさん。隊長はこれから会議っスよ」
「あ、なら、俺が代わりに会議室行ってきます! どうせ発言権とかないんでしょうし、聞くだけならそれでいいっしょ」
「シエル……荷物運ぶの、手伝う」
私が再始動したのと同時に、皆もてきぱきと動き始める。
特にパランさんは、隊長の首根っこを締め上げる勢いで、知る限りの事――その情報のソースはおそらくは女将さんだ――を聞き出し始めてた。
――救護室で活力ポーションと魔力ポーションを(かなり強引に)受け取り、食堂でおばちゃんたちにお願いして二回分ほどの保存食料を分けてもらって戻ってきたころもまだ、パランさんの隊長への質問(尋問?)は続いてた。
「ふん、なるほど……『逆鱗』ってなぁ、そういうもんなのか。初耳ばっかだが、さすがに直にやり合ったやつの話だけはあるな」
「……だが、今回出たやつに、俺の、というか姉御の知識が役に立つかどうかはわからんのだぞ?」
「全く情報が無ぇよりゃマシだ。御伽噺の中から掘り出すよりも、な」
隊長、かなりお疲れのご様子です。これから討伐に行くのに、大丈夫なのかな?
「つーか、なんだよ、その女将ってのは? レア情報の宝庫じゃねぇか」
「……命が惜しけりゃ、店に押しかけるのはやめておいた方がいいぞ」
「はぁ? ここの阿呆ばっかり相手にしてて、とうとう自分も頭が腐ったか、隊長さんよ。行くなら、プライベートの時に決まってんだろ」
プライベート――つまり、あの三度見レベルの紳士モードでお出かけになるわけですね。
女将さんは礼儀正しい人にはきちんと対応してくれるけど、失礼な人には二言目を発する前にお店から蹴りだす人ですから、正しい選択だと思います。でも、そこから親しくなって、ある程度の情報を教えてもえるようになるまでが、また大変なんだけど……健闘を祈る。
そんなことをやってると、今度は隊長の代わりに作戦会議に出ていたメレンさんが戻って来た。
「もどりましたー――いや、隊長が来てないからなんか文句を言われるかな、とかちょっとだけ思ったんですけど、全然平気でした。っていうか、何でいるの? みたいな顔されました」
……発言権どころか、椅子すら用意されてなかったらしい。
仕方なく立って話を聞いていたら、それを団長に見つかって、メレンさんじゃなくて椅子を用意しなかった人が叱られたそうな。
「思ったよりも物事をきちんと判断する人みたいですね、あの団長」
その上から目線の評価はどうよ? とも思うけど、今までが今までだからね。
それはともかく。
「それでですね。俺が聞いてきた話としては、ドラゴンが出たのがウォーバルスの平原地帯だそうです――」
ウォーバルスって、確かえらい辺境だよね。広めの平原はあるんだけど、その周囲をぐるっと山が囲んでる盆地になってて、近隣の都市からはその山を越えないと行くことができない。
将来的には開発する予定もあるにはあるそうなんだけど、今のとこ手つかずって感じだったはず。
「ドラゴンも空気を読んだんスかね?」
サーフェスさんがそういうのは、そこがまだ未開発でほとんど人がいないということを指している。つまり、どれだけ激しい戦闘になろうとも、戦闘員以外の被害がないということだ。
「ドラゴンが、そこまで気を使ってくれたのかどうかはわからないですけど、今、王立魔術団が、ウォーバルスへの直通ゲートを構築中だそうです。それが完成し次第、動員できるすべての隊で出撃予定――陣形ですけど、基本的に中央に金の部隊を配置。その左右に銀、更に外側というか殿に銅って感じです。ドラゴンが出たせいで、周辺の魔物たちがパニックになってるみたいで、銀と銅は金のお歴々がでかいのに集中できるように、そっちを担当させられるみたいです」
まぁ、それが妥当なところだろう――と私的には納得できる配置なんだけど。
「チッ……どうせ、そんなところだろうと思ったぜ」
パランさんは何やら不満げだ。
でも、私としては、ドラゴンなんて倒せるかどうかもわからないものを相手にさせられるより、そっちの方がいいと思うんだけどな?
「ちなみに、これがその配置図です」
そう言って、メレンさんが一枚の紙をテーブルの上に広げる。
そこには各部隊の配置が、ランクとナンバーを添えて書かれている――って、あれ?
「……これ、俺らの隊、ない……?」
「あれ、ホントっスね」
「うん、俺も何度も見たけど載ってないんだよね」
「……椅子が用意されてなかったことを考えれば、こちらに記載のがないのも頷けるな」
おいおい……本気の総動員の時までつまはじきにするわけ? この配置を考えた人、もしかしなくてもアホじゃない?
全員が頭を抱える中――なんでか、パランさんだけが急激に機嫌を直してた。
「くっ……上の阿呆共も、たまにはシャレたことをするじゃねぇか」
「パランさん?」
「どういう意味っスか?」
パランさんの笑顔とか、初めて見た気がするんだけど……なんか不穏というか、不気味?
「ったく! 説明しなきゃわかんねぇのか、この間抜け共が――いいか? 俺らにも出撃命令が下った。なのに配置の指示が無ぇ。ってことは、どこで何をしようが俺らの勝手ってことだ」
ええー? それ、ちょっと強引すぎる解釈じゃないですか?
「文句があるなら、この配置を決めた奴んとこに行きやがれ」
「……それで、お前は何をするつもりなんだ?」
さすがは隊長だ。私たちが混乱してる間に、直ぐにパランさんの意図を察したらしい。
「隊長は、やっぱ話が早ぇな――全員、ちょっいと耳を貸ぜ」
そう言ってパランさんが口にした今回の作戦というのは――
「マジですか……」
「いやー、面白いっスね」
「パランさん……本気?」
「……パラン、お前――失敗したら本気で強制除隊だぞ?」
「てめぇ等がヘマしなきゃいいだけの話だろ――いいか、今回はとにかくタイミングが命だ。戦闘が始まったら、俺の近くにいろ。特に、姉ちゃん。ふらふらすんじゃねぇぞっ」
「え? わ、私ですか?」
いきなり話を振られたらびっくりするでしょ。
「手前ぇのこった。目の前に怪我人がいりゃ、他の隊だろうが何だろうが、駆け寄って治療しかねねぇからな――他の時ならいざ知らず、今回だけは俺らの側から絶対にはなれんじゃねぇぞ」
「……」
確かに、そんな事態になったら、私はそういった行動をとるだろう。
だって、私は治癒師なんだ。
怪我をしてる人を放置なんかできない。
だから、パランさんにそういわれても……実際にそんな事態になったら、約束はできかねる。
「不平そうだな? だが、よく考えろ。そん時に怪我を治してもらったって、結局のところ、デカブツ(ドラゴン)を倒せねぇなら、全員おっ死ぬんだ。だったら、ちっとばかり痛ぇ思いをしたって、この後も命がある方がいいに決まってんだろ」
パランさんの言うことは正論だ。だけど、誰もがその通りに動けるわけじゃない。
特に私の場合は治癒師になった動悸が動機だ。
パランさんは(おそらく)それを知ったうえで、どうしてもといっているんだろう。
けど、でも……。
「ドラゴンを、絶対に倒せる保証――いえ、自信があるんですか?」
「はぁ? ……まだわかってねぇのか? 出来る出来ねぇじゃねぇ。やるしかねぇんだっつーの」
『出来る出来ないじゃない、やるしかない』
ここ(泥かぶり)に来てから、何度となくきいたセリフだ。
けど、今日ほど重く響いたことはない。
「クソ忌々しいが、今回は姉ちゃんの存在がでけぇ。前みてぇに『咆哮』でビビってる暇も、よその連中を気にかけてる余裕もねぇと思え。さもなきゃ俺ら全員、あの世行きだ――言っとくが、討伐騎士団だけの話じゃねぇぞ。下手すりゃ、この国全部――国自体が滅んでもおかしくねぇんだ」
ウォーバルスで仕留められなかった場合、ドラゴンはもっと人の多い地域にも現れるだろう。ウォーバルスで受けた傷とその痛みに、怒り狂った状態で。
その時の人的、物的被害はどれほどのものになるのか……そのことを考えれば、今回の出撃で確実に仕留める必要がある。
そう考えれば――けど……。
「……どうしても、ですか?」
「くどいぞ」
人を救うために治癒師になった私が、一時とはいえその役目を放棄する。
だけど、今回ばかりはどうしてもそれが必要だと、パランさんは言う――その目は、いつもよりもずっと真剣だ。
「どうしても嫌だとかふざけたことをぬかすってんなら、簀巻きにして俺らの側に転がしとくぞ」
……そんな目に合うのは御免こうむる。
日和ったといわれるかもしれないけど、私にしかできない、私でなければいけないといわれるのなら。
今回だけ。この一度限り。
私は、自分の信念を曲げる。
それが本当に正しいのかどうかはわからないけど、でも。今。そう決めた。
「……わかり、ました」
「ふん。いっちょ前に、良い顔するようになりやがったな――さて、ってことで隊長さんよ」
「お、おう……?」
「そろそろ、俺らも出ねぇとマズいんじゃねぇのか?」
隊室というか、倉庫の外ではすでに大勢が動いている気配がする。
「ああ……ゲートが完成したようだな。臨時のゲートだ、いつまで保持できるかもわからんし、急がないとな」
「作戦行動は、さっき説明したとおりだ。最初は銅の連中に紛れ込め。で、俺が合図したら移動だ――いいな?」
『了解 (だ・しました)!』
全員の声が一つになり――そうして、私たちは文字通り命がけの戦場へと赴いた。
私、立ったまま寝ぼけてるのかしら? なんか今、『ドラゴンが出た』とか、聞こえた気がするんですけど?
「シエル……気持ちはわかるけど、俺らにも聞こえたよ」
メレンさんにも、というか皆さんにも聞こえてた? ってことは、私の空耳ってわけじゃないですよね。
「え? で、でも『ドラゴン』って……?」
前にも言ったかもしれないけど、『ドラゴン』なんて御伽噺にしか出てこない存在だ。
『女神の鉄槌』の女将さんの話によれば、東の大陸ではたまに目撃されるという話だけど、少なくともこの国――というか、この大陸ではそういう扱いなのだ。
それが、出た? なんで?
「あっちの事情なんざ俺らが分かるかよ! それより、ぼぅっとしてる場合じゃねぇだろうがっ」
そ、そうだった。
総員ってことは、当然ながら私たちも出撃しないといけない。
しかし、ドラゴン……見たこともないそんなものを相手にするには、一体何が必要なんだろう?
「シエル。救護室に行って、活力ポーション貰ってきてほしいッス。後、できれば魔力ポーションも」
「え? あ……わ、わかりましたっ!」
サーフェスさんがそう言ってくれなかったら、あたふたするだけで全く動けなかっただろう。
だけど、やることができたと思ったとたんに、衝撃でボケてた頭が回転し始める。
ドラゴンを討つ(それが可能なら、の話だが)のにどれだけの戦力が必要なのかもわからない。
討伐騎士団は、各ランクにおよそ百名ずつ。けど、任務中の隊もいるので、全部が一斉に出撃できるわけじゃない。
そもそもが、どこで出た、という情報がまだ来てないので、総勢三百人近い人数が一度に展開できるかどうかも不明だ。
となれば――各種ポーションの他にも、長丁場を予想しての食糧とかも必要になる。
この状況ならそれらは上から補給されるはずなんだけど、『泥かぶり』の分まで用意してくれるかどうかは……新団長になって待遇が改善されたとはいえ、今までの扱いが扱いだからね。独自に確保しておくに越したことはない。
「救護室と、その後で食堂に行ってきます!」
「……ああ、頼む。水はサーフェスに出させるからそっちは気にしなくていい」
魔法で出した水は、味もそっけもない代物なんだけど、それでも『水分補給』というだけなら十分に賄える。
「おい、隊長。それより『ドラゴン』について、知ってること全部吐きやがれ」
「パランさん。隊長はこれから会議っスよ」
「あ、なら、俺が代わりに会議室行ってきます! どうせ発言権とかないんでしょうし、聞くだけならそれでいいっしょ」
「シエル……荷物運ぶの、手伝う」
私が再始動したのと同時に、皆もてきぱきと動き始める。
特にパランさんは、隊長の首根っこを締め上げる勢いで、知る限りの事――その情報のソースはおそらくは女将さんだ――を聞き出し始めてた。
――救護室で活力ポーションと魔力ポーションを(かなり強引に)受け取り、食堂でおばちゃんたちにお願いして二回分ほどの保存食料を分けてもらって戻ってきたころもまだ、パランさんの隊長への質問(尋問?)は続いてた。
「ふん、なるほど……『逆鱗』ってなぁ、そういうもんなのか。初耳ばっかだが、さすがに直にやり合ったやつの話だけはあるな」
「……だが、今回出たやつに、俺の、というか姉御の知識が役に立つかどうかはわからんのだぞ?」
「全く情報が無ぇよりゃマシだ。御伽噺の中から掘り出すよりも、な」
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「つーか、なんだよ、その女将ってのは? レア情報の宝庫じゃねぇか」
「……命が惜しけりゃ、店に押しかけるのはやめておいた方がいいぞ」
「はぁ? ここの阿呆ばっかり相手にしてて、とうとう自分も頭が腐ったか、隊長さんよ。行くなら、プライベートの時に決まってんだろ」
プライベート――つまり、あの三度見レベルの紳士モードでお出かけになるわけですね。
女将さんは礼儀正しい人にはきちんと対応してくれるけど、失礼な人には二言目を発する前にお店から蹴りだす人ですから、正しい選択だと思います。でも、そこから親しくなって、ある程度の情報を教えてもえるようになるまでが、また大変なんだけど……健闘を祈る。
そんなことをやってると、今度は隊長の代わりに作戦会議に出ていたメレンさんが戻って来た。
「もどりましたー――いや、隊長が来てないからなんか文句を言われるかな、とかちょっとだけ思ったんですけど、全然平気でした。っていうか、何でいるの? みたいな顔されました」
……発言権どころか、椅子すら用意されてなかったらしい。
仕方なく立って話を聞いていたら、それを団長に見つかって、メレンさんじゃなくて椅子を用意しなかった人が叱られたそうな。
「思ったよりも物事をきちんと判断する人みたいですね、あの団長」
その上から目線の評価はどうよ? とも思うけど、今までが今までだからね。
それはともかく。
「それでですね。俺が聞いてきた話としては、ドラゴンが出たのがウォーバルスの平原地帯だそうです――」
ウォーバルスって、確かえらい辺境だよね。広めの平原はあるんだけど、その周囲をぐるっと山が囲んでる盆地になってて、近隣の都市からはその山を越えないと行くことができない。
将来的には開発する予定もあるにはあるそうなんだけど、今のとこ手つかずって感じだったはず。
「ドラゴンも空気を読んだんスかね?」
サーフェスさんがそういうのは、そこがまだ未開発でほとんど人がいないということを指している。つまり、どれだけ激しい戦闘になろうとも、戦闘員以外の被害がないということだ。
「ドラゴンが、そこまで気を使ってくれたのかどうかはわからないですけど、今、王立魔術団が、ウォーバルスへの直通ゲートを構築中だそうです。それが完成し次第、動員できるすべての隊で出撃予定――陣形ですけど、基本的に中央に金の部隊を配置。その左右に銀、更に外側というか殿に銅って感じです。ドラゴンが出たせいで、周辺の魔物たちがパニックになってるみたいで、銀と銅は金のお歴々がでかいのに集中できるように、そっちを担当させられるみたいです」
まぁ、それが妥当なところだろう――と私的には納得できる配置なんだけど。
「チッ……どうせ、そんなところだろうと思ったぜ」
パランさんは何やら不満げだ。
でも、私としては、ドラゴンなんて倒せるかどうかもわからないものを相手にさせられるより、そっちの方がいいと思うんだけどな?
「ちなみに、これがその配置図です」
そう言って、メレンさんが一枚の紙をテーブルの上に広げる。
そこには各部隊の配置が、ランクとナンバーを添えて書かれている――って、あれ?
「……これ、俺らの隊、ない……?」
「あれ、ホントっスね」
「うん、俺も何度も見たけど載ってないんだよね」
「……椅子が用意されてなかったことを考えれば、こちらに記載のがないのも頷けるな」
おいおい……本気の総動員の時までつまはじきにするわけ? この配置を考えた人、もしかしなくてもアホじゃない?
全員が頭を抱える中――なんでか、パランさんだけが急激に機嫌を直してた。
「くっ……上の阿呆共も、たまにはシャレたことをするじゃねぇか」
「パランさん?」
「どういう意味っスか?」
パランさんの笑顔とか、初めて見た気がするんだけど……なんか不穏というか、不気味?
「ったく! 説明しなきゃわかんねぇのか、この間抜け共が――いいか? 俺らにも出撃命令が下った。なのに配置の指示が無ぇ。ってことは、どこで何をしようが俺らの勝手ってことだ」
ええー? それ、ちょっと強引すぎる解釈じゃないですか?
「文句があるなら、この配置を決めた奴んとこに行きやがれ」
「……それで、お前は何をするつもりなんだ?」
さすがは隊長だ。私たちが混乱してる間に、直ぐにパランさんの意図を察したらしい。
「隊長は、やっぱ話が早ぇな――全員、ちょっいと耳を貸ぜ」
そう言ってパランさんが口にした今回の作戦というのは――
「マジですか……」
「いやー、面白いっスね」
「パランさん……本気?」
「……パラン、お前――失敗したら本気で強制除隊だぞ?」
「てめぇ等がヘマしなきゃいいだけの話だろ――いいか、今回はとにかくタイミングが命だ。戦闘が始まったら、俺の近くにいろ。特に、姉ちゃん。ふらふらすんじゃねぇぞっ」
「え? わ、私ですか?」
いきなり話を振られたらびっくりするでしょ。
「手前ぇのこった。目の前に怪我人がいりゃ、他の隊だろうが何だろうが、駆け寄って治療しかねねぇからな――他の時ならいざ知らず、今回だけは俺らの側から絶対にはなれんじゃねぇぞ」
「……」
確かに、そんな事態になったら、私はそういった行動をとるだろう。
だって、私は治癒師なんだ。
怪我をしてる人を放置なんかできない。
だから、パランさんにそういわれても……実際にそんな事態になったら、約束はできかねる。
「不平そうだな? だが、よく考えろ。そん時に怪我を治してもらったって、結局のところ、デカブツ(ドラゴン)を倒せねぇなら、全員おっ死ぬんだ。だったら、ちっとばかり痛ぇ思いをしたって、この後も命がある方がいいに決まってんだろ」
パランさんの言うことは正論だ。だけど、誰もがその通りに動けるわけじゃない。
特に私の場合は治癒師になった動悸が動機だ。
パランさんは(おそらく)それを知ったうえで、どうしてもといっているんだろう。
けど、でも……。
「ドラゴンを、絶対に倒せる保証――いえ、自信があるんですか?」
「はぁ? ……まだわかってねぇのか? 出来る出来ねぇじゃねぇ。やるしかねぇんだっつーの」
『出来る出来ないじゃない、やるしかない』
ここ(泥かぶり)に来てから、何度となくきいたセリフだ。
けど、今日ほど重く響いたことはない。
「クソ忌々しいが、今回は姉ちゃんの存在がでけぇ。前みてぇに『咆哮』でビビってる暇も、よその連中を気にかけてる余裕もねぇと思え。さもなきゃ俺ら全員、あの世行きだ――言っとくが、討伐騎士団だけの話じゃねぇぞ。下手すりゃ、この国全部――国自体が滅んでもおかしくねぇんだ」
ウォーバルスで仕留められなかった場合、ドラゴンはもっと人の多い地域にも現れるだろう。ウォーバルスで受けた傷とその痛みに、怒り狂った状態で。
その時の人的、物的被害はどれほどのものになるのか……そのことを考えれば、今回の出撃で確実に仕留める必要がある。
そう考えれば――けど……。
「……どうしても、ですか?」
「くどいぞ」
人を救うために治癒師になった私が、一時とはいえその役目を放棄する。
だけど、今回ばかりはどうしてもそれが必要だと、パランさんは言う――その目は、いつもよりもずっと真剣だ。
「どうしても嫌だとかふざけたことをぬかすってんなら、簀巻きにして俺らの側に転がしとくぞ」
……そんな目に合うのは御免こうむる。
日和ったといわれるかもしれないけど、私にしかできない、私でなければいけないといわれるのなら。
今回だけ。この一度限り。
私は、自分の信念を曲げる。
それが本当に正しいのかどうかはわからないけど、でも。今。そう決めた。
「……わかり、ました」
「ふん。いっちょ前に、良い顔するようになりやがったな――さて、ってことで隊長さんよ」
「お、おう……?」
「そろそろ、俺らも出ねぇとマズいんじゃねぇのか?」
隊室というか、倉庫の外ではすでに大勢が動いている気配がする。
「ああ……ゲートが完成したようだな。臨時のゲートだ、いつまで保持できるかもわからんし、急がないとな」
「作戦行動は、さっき説明したとおりだ。最初は銅の連中に紛れ込め。で、俺が合図したら移動だ――いいな?」
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