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天災がやってきた その1
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『女神の鉄槌』でガン泣きを披露して、ついでに二日酔いになったあの日から、かれこれ二か月ほどが経ちました。
え? 早い? なんのことかな~?
それはともかく、心機一転というか、決意も新たに?
私、シエルは、今日も泥かぶりで懸命に頑張っております。
ガキッ、と。
私のはった防御膜にはじかれて、矢が落ちる。
「あ、こら、手前っ!」
「今の当たりそうでしたから! 狙いが甘いんじゃないですか?」
「……良い度胸だな、姉ちゃん」
「ついでに言いますと、足元、後頭部、目の前、そっからつま先って、順番がパターン化してきてますよ」
毎朝の走り込みナウ。周回遅れは変わらなくとも、私の速度も上がってきてて、前は十周は開いてたのが、最近は五周くらいになってます。つまり、その分、パランさんの私をターゲットにしての弓の練習時間も短くなってるってことです。
射撃の回数を上げてカバーしようとしてるようなんだけど、その分、どうしても狙いが雑になってるみたいで、たまに、こうやって自分の身を守る必要があったりする。
――というか、最近、わざと当てにきてないか?
その証拠(?)に、当たりそうになる→私が警戒する→明らかに当てに来るという段階を踏んでる節がある上に、その矢はいつもよりも念入りに先をつぶしてあるみたいなんだよね。
なので、さっきの会話も、実はお互い『わかった上』での物だったりする。
さすがにここ(泥かぶり)にきて三か月近くにもなると、皆とも打ち解けてきて、いろいろ事情を聞かせてもらったりもしてます。
隊長は、どうやらプライベートはとってもモテ男さんで、しょっちゅう付き合う相手が変わってる模様。それって裏を返せば、一人の人と長続きしないってことでもあるんだけど、別に浮気とかそういうった理由ではないらしい。
隊長は『女神の鉄槌』の近くにある花街の生まれで、お母さんはその種の職業をしてらした。父親は当然ながら不明――心当たりはあるらしいんだけど、表立っては言い出しにくい身分の方のようだ。
花街には、そんな感じで生まれた人がたくさんいる為、隊長は特に自分が不幸だと思ったことはなかったそうだが、弊害 (といっていいのかわからないが)も多少はあるらしい。
その一つが、『女心がわかりすぎる』事。
花街というところは、圧倒的に女性の方が多い。用心棒やら何やらで男性もいないこともないが、男女比は偏りまくってる。そんな中で育ったために、非常に女性心理に詳しい男が出来上がり――あまりにも理解があるもんだから、かえって引かれて、フラれちゃうんだそうですよ。
ただ、それでも見た目は結構なイケメンさんでもあるため、後釜に座りたい人は順番待ちの状態なので、本人はあんまり気にしてないみたいだけどね。
メレンさんは、前に話してくれてたけど、追加でちょいと――お店の借金は、そろそろ目途がついてきたらしい。ただ、長男であるメレンさんが騎士になっちゃったんで、跡取りは次男の方になったそうだ。
お店や家族のために身を粉にして働いて、それなのに跡継ぎから外されるってひどくない?
と思ったんだけど、本人は意外とケロリとしてた。なんでも、騎士団に入ったことで、改めて自分は体を動かすが好きなんだ、と気が付いたんだそうです。
『今更、商人になって、ずっと椅子に座って帳簿付けとか無理』
いやいや、お商売してる人が、一日中座ってるわけじゃないでしょう!?
だけど、確かに常日頃、嬉々として体を動かしてるのを見ると、確かに体力を持て余しそうだ。そう考えると、落ち着くべきところに落ち着いた、ってことになるのかな。
お次はザハブさん。
つい最近のことになるんだけど、念願かなって、『キモノ』の詳細を聞き出すことに成功したそうです。
例の三人で二日酔いになった日から、本人の宣言通りに三日と開けずに『女神の鉄槌』に通いつめ(さすがに毎日は無理だったみたい)、ちゃんとお店の売り上げに貢献。しかも、それだけじゃなくて、たまにではあるものの、女将さんとお店のお客さんの要望により似顔絵かきをしていたところ、それがまた評判になって、お店の売り上げが激上がりしたそうな。
その功績でもって、女将さんからのご褒美として、キモノの作り方や着付けの仕方、ついでにキモノに合うような布を扱っている店まで紹介してもらったんだって。
お嫁様(お人形)にそれを着せることができたらしい翌日は、それはそれはいい笑顔でした。
あ、そうそう。私にもその感謝のしるしとして、女将さんと私の二人を描いたスケッチ(しかも色付き)を頂戴いたしました。
で、サーフェスさんはといえば――。
魔法大好き、効率大好きなのは最初からわかってたことなんだけど、実は大変な甘党なことが判明しました。
私はお酒も飲むけど、女子として当然ながら甘いものも大好きで、今じゃ甘味処巡りの相棒となっております。
いやー、いいお店知ってるんですよ、これが。
男一人では入りにくいお店も、私がいれば無問題ってことで――『シエル。やっぱり、俺と結婚しよう!』と、再度のプロポーズまでいただいてしまいました。
支援魔法と甘味処巡りの為のプロポーズだってことが、よっくわかってましたので、全くうれしくありませんでしたけどね!
そして、最後にパランさんなんだけど。
例のあの事件の後、かなり機嫌が悪かったんだよね。でも、原因不明。
自分の立てた作戦で、私が下手打ったのが気に入らなかったのかとも思ったんだけど、それもちょっと違う感じで、ひたすら眉間にしわを寄せまくってた。
不機嫌そうなのが標準装備なパランさんだけど、それでもいつもとは違う様子で、しかも長期間となると、やはり気になる。
なので、意を決して隊長に尋ねてみようとしたんだよ。
『隊長。あの……』
『……パランなら放っておけ。サーフェスが負傷したのが堪えてるだけだ』
皆まで言うな、的にお返事が返ってきました。こういう気のまわりすぎるところが彼女に引かれるとこなんだろうと思うけど、それはともかく。サーフェスさんの怪我が堪えてるって、パランさん、意外と仲間思いのいいひ――
『だからといって、あいつが仲間想いのいいやつ、なんてことはないからな。あれは、”自分の立てた完璧な作戦”が、イレギュラーによって負傷者を出したんで不機嫌になっているだけだ』
……つまりは、だ。
パランさんは、自分の立てた作戦に絶大なる自信を持ってる。けど、どれほど完璧に見えようとも、実戦となればどうしても想定外の事が起きる。
そういう場合には、パランさんは率先して自分でそれに対応する――というか、自分が怪我をしてでも、本来の作戦の続行させるんだって。
『自分の作戦で自分が怪我をする』→『自分』の対応が悪かっただけ、作戦自体のミスではない。
どういう理屈なんだ?? と思うけど、パランさんの中ではそういうことになってるらしい。
でも、あの時はパランさんじゃなくてサーフェスさんが怪我をした。ってことは、これは作戦ミスということになる。
それが許せなくて、不機嫌になってたって……隊長に説明されても私の頭じゃ理解できんわ!
しかし、それで腑に落ちることもある。最初にここに来た時、なんでか遠距離攻撃担当のパランさんだけが大怪我してて、あれ? って思ったんだよね。
なるほど、そういう事だったのか、と。
しかし、それにしてもどうしてそういう理屈になるのか……。
思わず頭を抱えた私に、隊長がいうには、パランさんは『そういう人』だと思うしかないんだ、と。うん、達観してらっしゃる。私も、謹んで隊長に倣わせていただきたいと思います。
ああ、それと――他にも変化したことがあったんだよ。
それは……(ドラムロール)……、ジャジャーンっ!(古いよ、ごめんよ)
なんと、泥かぶりに予算が付いたのです!
っていうか、本来は付いてて当たり前なんだけどね。
そっちはつい先日の事なんだけど、そのおかげで隊長のボッコボコで錆が浮いてたプレートアーマーも、パランさん以下のレザーアーマーの皆さんも、ついでにサーフェスさんのけば立ってきてたローブも、全部新品!
いや、皆さま、男ぶりが上がりましたよ。隊長なんて、つい見ほれそうになったくらいだ(でも、惚れはしません、女扱いのうますぎる男とかパスです)。
パランさんは、眉間の皺がいつもより少ないし、ザハブさんは『使い込まれまくったモップ』から『おろして間もないモップ』くらいになってるし、メレンさんも新しい防具を体になじませるために、いつもより多めにくるくる走り回ってました。
サーフェスさん? 新しいローブに、今までのやつに付いてた各種魔法を掛けなおすのに忙しそうでしたが、その最中、ずっといい笑顔でしたね。
「しかし……何で今頃なんですか?」
予算が付いたのはすごくうれしいことだけど、決算の時期でもないのに、変だよね。
「新団長のおかげ、だな」
「新って……ああ」
そういえば、すっかり忘れてたけど、私がここに飛ばされた日に、団長の首がすげ代わってたんだった。
「……あの人は、前の団長とは違って実力主義だからな」
……なんか、短いお言葉の中に色々と含まれてるものが……。
一介の治癒師でしかない私は、滅多なことでは団長のお顔を拝むことすらない。直に話をしたのは、実は例のあの任務の時が初めてだったりしたしね。
でも、隊長ともなると――特に、アドム隊長は前は銀のトップにいたんだし――それなりに接触することもあったんだろう。
その上での人物評価……なるほど。
「シエルがウチに来たことで、隊の稼働率が格段に上昇した。ついでに言えば、討伐の成果についても、今のところすべて達成できている。無駄だとは思いつつも報告書を上げていた甲斐があって、団長の目に留まった、ということだろう」
隊に負傷者が出た場合(いくら治癒師が居ても、全ての傷を完璧に治せるわけじゃない)、当人が復帰するか、補充の人員が来るまではその隊はお休み扱いになる。
泥かぶりに補充が来るはずもないので、負傷者が戦闘に耐えるくらいに回復するまでは、ずっと待機していたってことだね。でも、私が来たことでそっちは(ほぼ)解決したんで、前に比べるとかなり多くの任務につくことができるようになった、と。
私としては、以前いたところと同じようなペースだったもんで、気が付かなかったよ。
尚、報告書の内容には、その討伐にかかった費用も書かれてる。日帰りでもそれなりにかかるし、数日必要なものとかはもっとだ。
で、ウチ(泥かぶり)には、予算がほぼ無い状態なんで、金額の後に『自費』とか『隊員持ち出し』なんてのがずらりと並んでたらしい。
ほかの隊が嫌う、危険で、過酷な任務を押し付けられてる状態でそれでも、ずっとスルーされてきてた。
だけど、それを新団長が見とがめて、事情を尋ねてきたんだそうだ。
三か月も経って? と思われそうだが、これは憶測だけど、故意に団長の目に留まらないようにされてたのかもしれない。
「……そう言うわけで、俺が呼ばれて隊の状況を説明させてもらった。かなり驚かれたが、今すぐ原隊復帰は無理でも、予算については早急に処理すると約束をいただいた。その結果だ」
おお、それは目出度い――って、ん?
「原隊復帰って……もしかして、ここ(泥かぶり)は解体されるってことですか?」
本来なら、それも喜ばしいことなんだろうが、なんかちょっと……残念ってのともちょっと違うんけど、なんか、こう……。
「……今更、元居たところに戻ってもなじめるとも思えんので、その話については断っておいた」
「まぁ、確かにそうでしょうね……」
私が銀の五に戻ったとしても、いきなり前みたいにふるまえる自信はない。
前にメレンさんから教えてもらった、泥かぶりに飛ばされることになった理由からして、隊長を除いた他の面々もそうだろう。というか、自分を追い出した隊に戻りたくはないよね。
「ついでだが、隊室についても、棟の内部に戻そうかと提案されたが、そっちも断った」
あら、そんな話まで?
ほかにも訓練場の使用権の話も出たらしいけど、やっぱりこっちも今の状態で行くことになったそうだ。
うん、他の隊との合同訓練とか、それとなくハブにされて、何もさせてもらえずに終わるのが目に見えてるからね。
「……俺の独断で、結局は予算が付いただけで終わってしまったんだが……」
「それでいいと思いますよ」
私がそんなことを言うのは生意気かもしれないけど、きっと他の人たちも同じ意見だろうと思う。
「……そう、か」
「ええ」
戦闘力皆無の私にだって、プライドってものがある。今更すり寄ってこられてもねぇ……ってのが、本音のところだ。日々、きつい任務をこなしてる騎士なら、猶更だろう。
ただ、お金についてはありがたく受け取っておきますよ、と。
本来は、有って当たり前の物なんだしね。
「……他の連中にもそう言われた。俺は……良い部下を持っていたようだ」
今更ですか? とは言わない。
私なんかには計り知れないくらいに、隊長には隊長なりの悩みや葛藤があったんだろう。
ただ、それが『報われた』と感じてくれているなら、それはうれしいことだ。
「勿論、お前もだ、シエル――ありがとう」
「っ!」
そこで、私にその笑顔ですかっ!?
だから『タラシ』っていわれるんですよ!
それはともかく、隊長は『予算だけ』と言っていたが、前みたいにどう考えても他の部署が担当すべき案件(下水のラット駆除)とか、あまりにも悪天候が予想される場合(石切り場のアレ)みたいな任務はなくなった。その辺りも、団長が目を光らせてくれているのかもしれない。
それでもきつい任務ばっかりなのには変わりはないんだけど、『きちんと見ててくれる人がいる』ってのがわかっただけでも、精神的にはかなり楽になるよね。
そういうわけで、それなりに落ち着いた(?)日々を送っていたわけですが、とある事件により、それが一変することになったのだ。
それは――
「ドラゴンが出た! 総員、迎撃態勢を整えろ!」
金銀銅、全ての隊に対して発せられた指令に、私たちは一瞬耳を疑ったのだった。
え? 早い? なんのことかな~?
それはともかく、心機一転というか、決意も新たに?
私、シエルは、今日も泥かぶりで懸命に頑張っております。
ガキッ、と。
私のはった防御膜にはじかれて、矢が落ちる。
「あ、こら、手前っ!」
「今の当たりそうでしたから! 狙いが甘いんじゃないですか?」
「……良い度胸だな、姉ちゃん」
「ついでに言いますと、足元、後頭部、目の前、そっからつま先って、順番がパターン化してきてますよ」
毎朝の走り込みナウ。周回遅れは変わらなくとも、私の速度も上がってきてて、前は十周は開いてたのが、最近は五周くらいになってます。つまり、その分、パランさんの私をターゲットにしての弓の練習時間も短くなってるってことです。
射撃の回数を上げてカバーしようとしてるようなんだけど、その分、どうしても狙いが雑になってるみたいで、たまに、こうやって自分の身を守る必要があったりする。
――というか、最近、わざと当てにきてないか?
その証拠(?)に、当たりそうになる→私が警戒する→明らかに当てに来るという段階を踏んでる節がある上に、その矢はいつもよりも念入りに先をつぶしてあるみたいなんだよね。
なので、さっきの会話も、実はお互い『わかった上』での物だったりする。
さすがにここ(泥かぶり)にきて三か月近くにもなると、皆とも打ち解けてきて、いろいろ事情を聞かせてもらったりもしてます。
隊長は、どうやらプライベートはとってもモテ男さんで、しょっちゅう付き合う相手が変わってる模様。それって裏を返せば、一人の人と長続きしないってことでもあるんだけど、別に浮気とかそういうった理由ではないらしい。
隊長は『女神の鉄槌』の近くにある花街の生まれで、お母さんはその種の職業をしてらした。父親は当然ながら不明――心当たりはあるらしいんだけど、表立っては言い出しにくい身分の方のようだ。
花街には、そんな感じで生まれた人がたくさんいる為、隊長は特に自分が不幸だと思ったことはなかったそうだが、弊害 (といっていいのかわからないが)も多少はあるらしい。
その一つが、『女心がわかりすぎる』事。
花街というところは、圧倒的に女性の方が多い。用心棒やら何やらで男性もいないこともないが、男女比は偏りまくってる。そんな中で育ったために、非常に女性心理に詳しい男が出来上がり――あまりにも理解があるもんだから、かえって引かれて、フラれちゃうんだそうですよ。
ただ、それでも見た目は結構なイケメンさんでもあるため、後釜に座りたい人は順番待ちの状態なので、本人はあんまり気にしてないみたいだけどね。
メレンさんは、前に話してくれてたけど、追加でちょいと――お店の借金は、そろそろ目途がついてきたらしい。ただ、長男であるメレンさんが騎士になっちゃったんで、跡取りは次男の方になったそうだ。
お店や家族のために身を粉にして働いて、それなのに跡継ぎから外されるってひどくない?
と思ったんだけど、本人は意外とケロリとしてた。なんでも、騎士団に入ったことで、改めて自分は体を動かすが好きなんだ、と気が付いたんだそうです。
『今更、商人になって、ずっと椅子に座って帳簿付けとか無理』
いやいや、お商売してる人が、一日中座ってるわけじゃないでしょう!?
だけど、確かに常日頃、嬉々として体を動かしてるのを見ると、確かに体力を持て余しそうだ。そう考えると、落ち着くべきところに落ち着いた、ってことになるのかな。
お次はザハブさん。
つい最近のことになるんだけど、念願かなって、『キモノ』の詳細を聞き出すことに成功したそうです。
例の三人で二日酔いになった日から、本人の宣言通りに三日と開けずに『女神の鉄槌』に通いつめ(さすがに毎日は無理だったみたい)、ちゃんとお店の売り上げに貢献。しかも、それだけじゃなくて、たまにではあるものの、女将さんとお店のお客さんの要望により似顔絵かきをしていたところ、それがまた評判になって、お店の売り上げが激上がりしたそうな。
その功績でもって、女将さんからのご褒美として、キモノの作り方や着付けの仕方、ついでにキモノに合うような布を扱っている店まで紹介してもらったんだって。
お嫁様(お人形)にそれを着せることができたらしい翌日は、それはそれはいい笑顔でした。
あ、そうそう。私にもその感謝のしるしとして、女将さんと私の二人を描いたスケッチ(しかも色付き)を頂戴いたしました。
で、サーフェスさんはといえば――。
魔法大好き、効率大好きなのは最初からわかってたことなんだけど、実は大変な甘党なことが判明しました。
私はお酒も飲むけど、女子として当然ながら甘いものも大好きで、今じゃ甘味処巡りの相棒となっております。
いやー、いいお店知ってるんですよ、これが。
男一人では入りにくいお店も、私がいれば無問題ってことで――『シエル。やっぱり、俺と結婚しよう!』と、再度のプロポーズまでいただいてしまいました。
支援魔法と甘味処巡りの為のプロポーズだってことが、よっくわかってましたので、全くうれしくありませんでしたけどね!
そして、最後にパランさんなんだけど。
例のあの事件の後、かなり機嫌が悪かったんだよね。でも、原因不明。
自分の立てた作戦で、私が下手打ったのが気に入らなかったのかとも思ったんだけど、それもちょっと違う感じで、ひたすら眉間にしわを寄せまくってた。
不機嫌そうなのが標準装備なパランさんだけど、それでもいつもとは違う様子で、しかも長期間となると、やはり気になる。
なので、意を決して隊長に尋ねてみようとしたんだよ。
『隊長。あの……』
『……パランなら放っておけ。サーフェスが負傷したのが堪えてるだけだ』
皆まで言うな、的にお返事が返ってきました。こういう気のまわりすぎるところが彼女に引かれるとこなんだろうと思うけど、それはともかく。サーフェスさんの怪我が堪えてるって、パランさん、意外と仲間思いのいいひ――
『だからといって、あいつが仲間想いのいいやつ、なんてことはないからな。あれは、”自分の立てた完璧な作戦”が、イレギュラーによって負傷者を出したんで不機嫌になっているだけだ』
……つまりは、だ。
パランさんは、自分の立てた作戦に絶大なる自信を持ってる。けど、どれほど完璧に見えようとも、実戦となればどうしても想定外の事が起きる。
そういう場合には、パランさんは率先して自分でそれに対応する――というか、自分が怪我をしてでも、本来の作戦の続行させるんだって。
『自分の作戦で自分が怪我をする』→『自分』の対応が悪かっただけ、作戦自体のミスではない。
どういう理屈なんだ?? と思うけど、パランさんの中ではそういうことになってるらしい。
でも、あの時はパランさんじゃなくてサーフェスさんが怪我をした。ってことは、これは作戦ミスということになる。
それが許せなくて、不機嫌になってたって……隊長に説明されても私の頭じゃ理解できんわ!
しかし、それで腑に落ちることもある。最初にここに来た時、なんでか遠距離攻撃担当のパランさんだけが大怪我してて、あれ? って思ったんだよね。
なるほど、そういう事だったのか、と。
しかし、それにしてもどうしてそういう理屈になるのか……。
思わず頭を抱えた私に、隊長がいうには、パランさんは『そういう人』だと思うしかないんだ、と。うん、達観してらっしゃる。私も、謹んで隊長に倣わせていただきたいと思います。
ああ、それと――他にも変化したことがあったんだよ。
それは……(ドラムロール)……、ジャジャーンっ!(古いよ、ごめんよ)
なんと、泥かぶりに予算が付いたのです!
っていうか、本来は付いてて当たり前なんだけどね。
そっちはつい先日の事なんだけど、そのおかげで隊長のボッコボコで錆が浮いてたプレートアーマーも、パランさん以下のレザーアーマーの皆さんも、ついでにサーフェスさんのけば立ってきてたローブも、全部新品!
いや、皆さま、男ぶりが上がりましたよ。隊長なんて、つい見ほれそうになったくらいだ(でも、惚れはしません、女扱いのうますぎる男とかパスです)。
パランさんは、眉間の皺がいつもより少ないし、ザハブさんは『使い込まれまくったモップ』から『おろして間もないモップ』くらいになってるし、メレンさんも新しい防具を体になじませるために、いつもより多めにくるくる走り回ってました。
サーフェスさん? 新しいローブに、今までのやつに付いてた各種魔法を掛けなおすのに忙しそうでしたが、その最中、ずっといい笑顔でしたね。
「しかし……何で今頃なんですか?」
予算が付いたのはすごくうれしいことだけど、決算の時期でもないのに、変だよね。
「新団長のおかげ、だな」
「新って……ああ」
そういえば、すっかり忘れてたけど、私がここに飛ばされた日に、団長の首がすげ代わってたんだった。
「……あの人は、前の団長とは違って実力主義だからな」
……なんか、短いお言葉の中に色々と含まれてるものが……。
一介の治癒師でしかない私は、滅多なことでは団長のお顔を拝むことすらない。直に話をしたのは、実は例のあの任務の時が初めてだったりしたしね。
でも、隊長ともなると――特に、アドム隊長は前は銀のトップにいたんだし――それなりに接触することもあったんだろう。
その上での人物評価……なるほど。
「シエルがウチに来たことで、隊の稼働率が格段に上昇した。ついでに言えば、討伐の成果についても、今のところすべて達成できている。無駄だとは思いつつも報告書を上げていた甲斐があって、団長の目に留まった、ということだろう」
隊に負傷者が出た場合(いくら治癒師が居ても、全ての傷を完璧に治せるわけじゃない)、当人が復帰するか、補充の人員が来るまではその隊はお休み扱いになる。
泥かぶりに補充が来るはずもないので、負傷者が戦闘に耐えるくらいに回復するまでは、ずっと待機していたってことだね。でも、私が来たことでそっちは(ほぼ)解決したんで、前に比べるとかなり多くの任務につくことができるようになった、と。
私としては、以前いたところと同じようなペースだったもんで、気が付かなかったよ。
尚、報告書の内容には、その討伐にかかった費用も書かれてる。日帰りでもそれなりにかかるし、数日必要なものとかはもっとだ。
で、ウチ(泥かぶり)には、予算がほぼ無い状態なんで、金額の後に『自費』とか『隊員持ち出し』なんてのがずらりと並んでたらしい。
ほかの隊が嫌う、危険で、過酷な任務を押し付けられてる状態でそれでも、ずっとスルーされてきてた。
だけど、それを新団長が見とがめて、事情を尋ねてきたんだそうだ。
三か月も経って? と思われそうだが、これは憶測だけど、故意に団長の目に留まらないようにされてたのかもしれない。
「……そう言うわけで、俺が呼ばれて隊の状況を説明させてもらった。かなり驚かれたが、今すぐ原隊復帰は無理でも、予算については早急に処理すると約束をいただいた。その結果だ」
おお、それは目出度い――って、ん?
「原隊復帰って……もしかして、ここ(泥かぶり)は解体されるってことですか?」
本来なら、それも喜ばしいことなんだろうが、なんかちょっと……残念ってのともちょっと違うんけど、なんか、こう……。
「……今更、元居たところに戻ってもなじめるとも思えんので、その話については断っておいた」
「まぁ、確かにそうでしょうね……」
私が銀の五に戻ったとしても、いきなり前みたいにふるまえる自信はない。
前にメレンさんから教えてもらった、泥かぶりに飛ばされることになった理由からして、隊長を除いた他の面々もそうだろう。というか、自分を追い出した隊に戻りたくはないよね。
「ついでだが、隊室についても、棟の内部に戻そうかと提案されたが、そっちも断った」
あら、そんな話まで?
ほかにも訓練場の使用権の話も出たらしいけど、やっぱりこっちも今の状態で行くことになったそうだ。
うん、他の隊との合同訓練とか、それとなくハブにされて、何もさせてもらえずに終わるのが目に見えてるからね。
「……俺の独断で、結局は予算が付いただけで終わってしまったんだが……」
「それでいいと思いますよ」
私がそんなことを言うのは生意気かもしれないけど、きっと他の人たちも同じ意見だろうと思う。
「……そう、か」
「ええ」
戦闘力皆無の私にだって、プライドってものがある。今更すり寄ってこられてもねぇ……ってのが、本音のところだ。日々、きつい任務をこなしてる騎士なら、猶更だろう。
ただ、お金についてはありがたく受け取っておきますよ、と。
本来は、有って当たり前の物なんだしね。
「……他の連中にもそう言われた。俺は……良い部下を持っていたようだ」
今更ですか? とは言わない。
私なんかには計り知れないくらいに、隊長には隊長なりの悩みや葛藤があったんだろう。
ただ、それが『報われた』と感じてくれているなら、それはうれしいことだ。
「勿論、お前もだ、シエル――ありがとう」
「っ!」
そこで、私にその笑顔ですかっ!?
だから『タラシ』っていわれるんですよ!
それはともかく、隊長は『予算だけ』と言っていたが、前みたいにどう考えても他の部署が担当すべき案件(下水のラット駆除)とか、あまりにも悪天候が予想される場合(石切り場のアレ)みたいな任務はなくなった。その辺りも、団長が目を光らせてくれているのかもしれない。
それでもきつい任務ばっかりなのには変わりはないんだけど、『きちんと見ててくれる人がいる』ってのがわかっただけでも、精神的にはかなり楽になるよね。
そういうわけで、それなりに落ち着いた(?)日々を送っていたわけですが、とある事件により、それが一変することになったのだ。
それは――
「ドラゴンが出た! 総員、迎撃態勢を整えろ!」
金銀銅、全ての隊に対して発せられた指令に、私たちは一瞬耳を疑ったのだった。
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