元OLの異世界逆ハーライフ

砂城

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第一章 ハイディン編

真夏の夜の夢魔(1)

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 夏至祭が終わると、ここハイディンのある王国東部は、季節を一気に真夏へと加速させる。
 ただ東に大森林を控えているせいか、やや雨の多い傾向にあるが、大砂漠に近い西部ほどにはその暑さは厳しいものではない。日中は強い日差しが降り注いでも、夕暮れともなれば涼風が吹き、夜には気温もだいぶ下がる。王国領土に限って言えばかなり過ごしやすい場所であり、ここから北の北嶺山脈の麓に至る地域には、避暑用の別荘を建てる貴族も多い――以上、ハイディンの気候に関する豆知識です。

 で、そんな夏の昼下がり。ハイディンの街から、少々北に離れた場所――王国を東西に貫く大街道からもわずかにそれた草原の一本の木の下――で、私はロウとガルドさんに覗きこまれるようにして座り込んでいた。

「ごめんね、ロウ、ガルドさん。なんか、頭がくらくらしちゃって……」
「この暑さだし、仕方ねぇよ。無理すんな」
「そうだな。レイ、ほら、水だ」
「ありがとう――迷惑かけちゃってごめんなさい」

 ロウが自分の水筒(みずつつ)を差し出してくれたので、有り難く受け取って、一口飲む。普通ならばその中身は暑さで温まっているはずなのだが、これも歴とした魔道具の一種で、中に収めた液体を入れた状態のままで長く保存する機能が付いてる。冷たい水が喉を通って胃に収まり、ほっと一息つく。暑さには強い質だったはずなんだけど、この体は違うってことなのかな。

「気にすんなって。レイちゃんはその格好だしよ」
「できればローブは脱がせてやりたいが……危険になったときが怖いからな」

 それか二人の言うように、この格好に問題があるのか……何しろ、夏真っ盛りだと言うのに、
長袖シャツの上に羽織っているのは淡い萌黄色のローブで、フード付き、丈も足首近くまである。
 私がこちらの世界に来た時に手に入れた物なのだが、その後で鑑定してもらったところ、魔法防御に物理防御はもちろん、魔力増加までついた良品なのが判明した。放浪者としてやっていくには打ってつけの品なのだけど、難をいえばあまりに生地や作りがしっかりしすぎていてるところだろうか。
 腕に覚えのあるロウやガルドさんは夏向きの装備に変えているが、まだ駆け出しのひよっこな私はそうはいかないので、ずっとこの格好のままだ。他の季節ならまだしも、夏の盛りにこれはかなり辛い。

「まだ顔色が悪いな……今日はもう引き上げよう」
「そんな――大丈夫だよ。もうちょっと休めば元気になるし」
「いや、レイちゃん。ロウの言うとおりだぜ。無理してぶっ倒れたら元も子もねぇだろ? ――しかし、またこっから歩いて帰るってのもなぁ」

 木陰は涼しくとも、一歩そこから足を踏み出せば炎天下だ。依頼された物資を狩り集めるために少々遠くまできたので、街まではかなりの距離がある。

「ちと日が傾くまで、ここで休憩ってことにしようぜ」
「ああ、そうだな」
「うう……ごめんなさい」

 申し訳なさに何度も二人に謝るが、私の体調が悪いのは事実だ。眩暈に加えて、軽い吐き気もしているし、なんだか気持ちの悪い汗が全身から噴き出している。
 もしかして熱中症になっちゃったのかな? 
 あ、だとしたら……。

「ロウ――ガルドさんでもいいんだけど、塩ってもってる?」

 熱中症には水分に加えて、塩分とミネラルを補給するのが鉄則だ。そして、この辺りで流通しているの岩塩が主らしく、海水から作ったものよりもミネラル分は少ないんだけど、無いよりはましだよね。

「おう、あるぜ――これでいいか?」

 先にガルドさんが差し出してくれたので、お礼を言って受け取る。塩位自分の魔倉から出せばいいんだろうけど、色々入っている割には、こういった調味料とか調理道具とかは全くと言っていいほどなかったんだよね。これの元の持ち主ってどんな人だったんだろう、と少々不思議に思いつつも、自分の水筒を取り出し、そこに小さく割った塩を入れて、ごくごくと飲み下す。
 理想はスポーツドリンクなんだけど、ただのしょっぱい塩水でも意外と美味しく感じちゃうのは、それだけ体が欲していたってことなんだろう。

「ローブも脱いでおけ。ここならば危険は無いだろうしな」
「え? ほんと? ――じゃ、ごめん、ちょっと脱ぐね。もう、これ暑くって……」

 ロウから許可が出たので、いそいそとローブを脱ぐ。ついでにシャツの前をくつろげて、腕まくりもすると、全身にかいていたいやな汗がすうっと乾いていく感覚があった。

「ちっとだが、顔色もよくなったな」
「ああ」

 ほっとして、再度、背後の木にもたれかかると、ロウとガルドさんも安堵に胸をなでおろす。
 心配かけちゃって、ほんとにごめんなさい。

「気にするな。以来の品も、ほとんど揃っている。後は、俺とガルドが帰りのついでに狩れば十分間に合う」
「そういうこったから、レイちゃんが心配する必要はねぇ――けどよ」
「はい?」
「レイちゃんの不調ってなぁ。暑さのせいだけじゃねぇんじゃねぇか?」
「え? な、なんで?」

 いきなりそんなことを言われて、驚いた。

「いや、なんつーかよ……レイちゃんは自分の事だからわからねぇだろうけど、休んでてもあんま顔色が戻らねぇんだよ」
「確かにそうだな。何か心当たりがあるか? レイ?」
「え……そう言われても……」

 休んだことで体調は良くなってきたと思うんだけど、二人から見れば違うのだろうか?
 確かに、まだ体がだるい気もするけどさっきよりはかなりマシだ。流石に顔色までは自分じゃわからないが……うーん、心当たりねぇ……?

「……そういえば」
「あんのか? 心当たりってのが?」
「ここのところ……二、三日前あたりからかなぁ。なんか、夜、よく眠れないのよね」

 夜、と言った私の言葉に、二人がお互いの顔を見合わせた。

「ガルド、貴様……」
「いやいや、濡れ衣だ! 俺は何もしてねぇよ――お前ぇこそ、どうなんだよ、ロウ」
「俺は節度はわきまえている」

 あれで? ――と突っ込みたくなるが、そこは堪えて、とりあえず会話に割って入る。

「違うって。そうじゃなくて、夢見が悪いというか……変な夢みてるみたいで……」
「夢?」
「うん、けど中身は覚えてないのよね。夢を見てたら目が覚めて、またすぐ寝ちゃうんだけど、その後もまた見てるみたいでさ」
「そういえば、夜中に何度か目覚めているようだったな」
「なんだよ、気が付いてたんなら教えろや」
「お前が気が付いかないのが迂闊なんだ」

 基本、私は一度寝たら朝まで起きない。起きれない、と言った方がいいかもしれない。ほぼ毎晩のようにこの二人に『可愛がられて』しまって、疲労困憊で寝付くからなのだが、それなのに夜中に目覚めてしまうというのは確かに少しおかしいよね。

「街に戻ったら医療ギルドに行ってみるか?」
「そんな! 大げさだよ。ここんとこ急に暑くなってきて寝苦しいから、そのせいだと思う」
「そう言われりゃそうかもしれねぇけどよ」
「大丈夫だってば。今だって、もうちょっと休んだら元気になるし」

 医療ギルドとは、薬師や治療師を管轄する機関だ。同時に医療機関としても役割も持っており、ハイディンのような大都市には必ず設置されている。あっちの世界の、市民病院みたいなもんだと思えばいいかな。

「変な夢見るて、よく眠れないんです、なんて言われてもあっちも困るでしょ。ほんとに大丈夫だから、二人ともそんなに心配しないでよ」
「……まぁ、お前がそうまで言うのなら……」
「確かに寝足りてないだけなら、大丈夫かもしれねぇが……とりあえず、今、ちょいと寝とくか?」
「ああ、そうだな。どのみち、しばらくは動けん」

 その後、どちらが私に『膝枕』をするかで短いが熾烈な争いがあり――またも『ジャンケン』で決めていた。余程気に入ったんだな、これ。見事に勝利したガルドさんの硬い太ももを枕にして、寝かせてもらう。

「ありがとう、ガルドさん――ロウも、ね。じゃ、ごめんなさい、ちょっと眠らせてもらうね」

 そう言って目を閉じると、あっという間に眠り込んでしまったようだ。
 そして、やがて――日が傾く頃になって、そっと揺り起こされた。

「レイ、起きろ。そろそろ戻るぞ」
「……ん、おはよ……じゃない。もう、そんな時間?」
「よく寝てたな。ちったぁすっきりしたか?」
「うん、ありがとう――あ、鼾とか、かいてなかった?」
「いや、死んだように熟睡していたぞ」

 お昼寝なのにそこまでがっつりと寝ちゃっていたのか。これでまた夜に眠れなくなると本末転倒だな。もしかして、今日はちょっと寝酒でも嗜んだほうが良いのかもしれない。
 そんなことを思いながらも、体を起こす。
 きちんと水分を取って、ゆっくり休んだことで、体調は普段のものに戻ったようだ。頭痛も吐き気も無くなっている。

「んじゃ、戻るとすっか」

 ガルドさんの声で、再度ローブを着こむ。夕方になって気温が下がってきたので、これを着てもそれほど暑さは感じない。眠って体力を回復できたのだろう、眩暈も無くなっていて、連れだってハイディンへの帰途をたどり始めた。

「しかし、こんな風に遠出をするとなると、足が欲しくなるな」
「あー、馬か?」
「そう言えば、ロウに教えてもらう約束していたよね」
「俺だって教えるぜ、レイちゃん。まぁ、まずはどっからか練習用のを調達しねぇと、だが」
「貸馬屋でおとなしいのを借りるか」

 そんな事を話しあいながら、ハイディンの東門へと到着する。
 そのまま大通り、ではなく裏道を通って宿に向かうのが、最近の私達の習慣となっていたのだが、その時、ふと――。

「どうした?」

 急に立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回し始めた私に、二人が不審の声をかけてくる。

「今、誰かに呼ばれたような」
「ああ? 俺には何も聞こえなかったぞ?」
「俺も、だな」
「あれ……気のせい? でも、たしかに……」
「なんと言われたんだ?」
「えと……『レイガさん』って――後、『見つけた』とかなんとか」
「なんだよ、そりゃ……」
「……男か?」

 急に二人の機嫌が悪くなるのには理由がある。
 自分から求めた事ではないのだけど、今や私達は、ハイディンでは結構な有名人になってしまているのだ。
 そもそもは、私がハイディンの裏で行われていた『新月市』――いわゆるブラックマーケットの商品として誘拐されたのに端を発する。
 ロウとガルドさん、それからハイディンの騎士団の活躍により、無事に助け出してもらえたのだけど、その途中にあったあれやこれやと、結果的にその事件によって大がかりな裏の組織を壊滅指せることに成功したことで、何故だかその手柄が私達のものみたいな話になってしまった。
 しかし、まだその程度ならよかったのだが――事が事だけに、それについての情報を得たのはごく一部の人間だけだった――その後で私が『月姫』、ロウとガルドさんが『月王』になったことで、一般の人達にまで顔を名前を知られてしまった。

『新月市』の方は兎も角、『月姫』と『月王』については、やむを得ない事情とそれに付随するこちらの思惑もあったんだけど、なんというか……その効果がちょっと大きすぎたって感じだ。
 ロウとガルドさんには貴族の専属の用心棒だの、騎士団への勧誘だの、『月王』を倒して名を挙げたい連中からの挑戦だのが引きも切らず。私は私で、やはり貴族からの『療術師』として召し抱えたいという申し出や、医療ギルドからの勧誘の他、いきなり道端でプロポーズされたり、宿にどこぞの金持ちの使いが『愛人になりませんか?』とか言って尋ねてくるから、もうカオスである。
 勿論、片っ端から全部断ってはいるんだけど、それでもしつこい人はしつこいんだよね。 
 何度断っても付きまとって、しかもすごく失礼で態度の悪かった挑戦者の一人を、ガルドさんがコテンパンに叩きのめした後、ロウが素っ裸に剥いて縛り上げた後で、広場でさらし者にしたことすらある。
 おかげで、男性二人への被害はやや収まったんだけど……私の方は、まだまだな状態だ。
 『結婚してください』と言われて、相手をフルボッコにしちゃうのはなんか違う気がするし、
愛人のお誘いだって、直接会うのは本人じゃなくてそれに仕える人だから、主人のやらかしたのをその人におっかぶせるのも気の毒だもんねぇ。なので、そう言う相手からは極力距離を置く、と言うか、逃げることを選択してる。
 今日の依頼にしても、この暑い中、わざわざ町から遠い場所まで行くのを選んだのも、少しでもそう言うわずらわしさから逃れたいという理由もあっての事だ。大通りじゃなくて裏道を使うのも、少しでも人の少ない場所を選んだ結果である。
 ま、それでも今みたいに見つかっちゃう可能性はゼロじゃないわけなんだけど――。

「……それらしいのは見当たらねぇな」
「あ、あれ? やっぱ、気のせい?」

 私の視線を追いかけるようにして、ガルドさんも辺りを見回す。ロウはとっくに臨戦態勢で周囲の気配を窺っているが、どちらも目当てのものを見つけることはできなかったようだ。
 それに、考えてみれば私にはあれほどはっきり聞こえたのが、二人には聞こえなかったって言うのも変な話だよね。

「まだ疲れが残ってるんじゃねぇか?」
「うん……そうかも」
「ギルドへの報告は明日にするぞ。今日はさっさと宿に戻って、早めに休んだほうがいい」

 きっと聞き間違いだったんだろう、と結論付けて、ロウの言葉に素直に頷いた。

 もう何度もいったかもしれないけど、私達が泊まっている部屋は、『暁の女神亭』の三階にある。
 宿の人に帰宅(?)を確認してもらい、階段を上がり、部屋に入ってドアを閉ざせば、他人に邪魔される心配はまずない。ここまで押しかけてくる迷惑な連中もいるにはいたが、余程の事がない限りは宿の人が追い返してくれる。
 私たちのために宿に迷惑をかけているのではないか、と心配したんだけど、ロウに言わせるとその辺りの対応も含めての高額料金、とのことだ。もっとも宿にしてみれば、多少余計な仕事が増えたにしても『月姫』『月王』の定宿、との評判が立てば、損得勘定で行けば得になるらしい。
現に宿泊客は目に見えて増えていたし、夜は酒場としても営業している食堂の入りも上々のようだ。おかげでいまだに追い出されずに済んでるんだから、有り難いと思わないといけない。
 そんな訳で、今日も愛想のよい従業員の出迎えを受け、『私の体調が悪い』という理由での部屋までの夕食の出前も二つ返事で引き受けてもらえた。

「食ったら風呂を使って、さっさと寝ろ」
「えー、いくらなんでも早すぎるよぉ」

 私自身が夜更かしを好むのと、他のあれこれの事情もあり、普段の就寝時間はもっと遅い。

「なんなら、俺が寝れるようにしてやってもいいんだぜ?」
「あ、いや……それはいいです。遠慮しておきます」

 どうやって? と尋ねる必要はない。ほぼ毎晩のようにやられていることだもの。
 それでも夕食を詰め込んだ後、ゆっくりと風呂に浸かり、寝つきがよくなるようにと頼んでおいた酒をたしなんだ後は、さすがに瞼も重くなってくる。

「ほら、いい加減、意地を張ってないで横になれ」
「ふぁーい」

 あくびと返事を同時にする、というなかなかに器用な真似をしてから、ベッドへと向かう。

「二人はまだ寝ないの?」
「ああ、もう少し酒が残っているからな」
「レイちゃんは気にせず寝てくれや――それとも、寂しいなら、添い寝――」
「いえ、いいです。そっちも遠慮します」

 ちょっと食い気味にガルドさんへ返事をした後で、素直に横になると――うん、やっぱりまだ本調子じゃなかったんだろう。あっという間に睡魔が押し寄せてきて、そのまま眠ってしまったようだった。


 ところだ、だ。


「おい、レイ! 起きろ、レイっ」
「レイちゃんっ――レイちゃんっ」

 乱暴に体を揺さぶられて、びっくりして目が覚めた。
 まだ夜――だよね? 目を開けて周りを見回せば、部屋の明かりが点いていて、ロウもガルドさんは、先ほど私が寝る前に見たのと同じ格好だ。ってことは、私が眠ってからあまり時間は経ってないってことか?

「……ロウ? ガルドさんも……どうしたの?」
「目が覚めたかっ」
「よかった……レイちゃん、大丈夫か?」

 寝ぼけ眼を擦りながら問いかけると、ものすごく真剣な顔でそんなことをきかれる。

「は? ど、どうしちゃったの、二人とも?」
「どうしたもこうしたもねぇよ……あの『野郎』、嗤いやがった……」
「ああ……俺も見た」

 野郎? 誰のこと? でもって、早く寝ろって言われて寝たはずなのに、なんで起こされちゃったわけ?
 起き抜けで頭が回らないのもあって、何がどうなっているのか全く分からない。
 ぼーっとしたまま、ベッドに起き上る。すると、いきなりロウが私の胸元に手を伸ばして来たかと思うと、がばっという音がしそうな勢いでそこを左右に大きく広げられた。

「きゃっ! ロウっ、いきなり、なにす――っ!」

 突然の狼藉に、悲鳴を上げてロウの手を振り払う。それから、急いで前を掻き合わせたのだけど、その拍子に自分の胸が視界にはいり――そこに見えた物の衝撃で、私の頭も体もそのまま固まってしまった。
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