元OLの異世界逆ハーライフ

砂城

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第一章 ハイディン編

優勝者がきまったよ

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 さてさて、いきなりですが、もう準決勝です。

 まずはロウとイルークさんの組み合わせ。
 どっちを応援するかなんて決まってるけど、どういう戦いになるのか――これまでのロウの戦いは、比較的時間がかかるものばかりだったんだけど、今度はどうなるんだろう? イルークさんは盾も持ってるから、さっきみたいなダメージを蓄積して倒すのは難しいだろう。

 そう思ってみていたら――『始め!』の合図とともに、いきなりロウが右手の剣をイルークさんの顔面に向けて投げつけた。

 ええええっ?

 びっくりしたのは私だけじゃなかったよ。イルークさんもまさかそんな攻撃が来るとは思わなかったみたいで、ぎょっとして、咄嗟に盾を顔の前にかざす。
 投げつけた剣は盾にぶつかって落ちたんだけど、その短い時間の間に、ロウが距離を詰めていた。
 イルークさんが気が付いた時には、すでにロウはその目の前まで迫っている。流石に騎士団の小隊長さんなだけあって素早く立ち直り、右手の長剣で攻撃をしかけるが、それをロウは左に持っていたほうの剣で受ける。受けただけじゃなくて、相手の力を利用してそれを流し、体勢が崩れたところで、盾の隙間から――おお、見事な右フックが決まったよ!
 間髪を入れず、左手の剣を右に持ち替え、渾身の左アッパー!
 力○徹との最終戦のジ○ーみたいに、イルークさんの体が宙に舞う。

「そこまで!」

 ガルドさんの初戦にも劣らぬ速さで、勝負あり!
 一発KOのイルークさんは、担架に乗せられて、同じ騎士団の人に運ばれて退場していきました。 
 ロウって、こんな戦い方もできたんだね。知らなかったよ。

「『銀狼』も大人げないですなぁ」
「まったくだわ。でも、意外と可愛いところもあるのねぇ」

 は? どういうこと?

「あれを『可愛い』と言えるのは、年長者の余裕ですかな」
「……ギルド長、喧嘩を売ってらっしゃるの? ならば、高く買わせていただきますわよ」
「いやいや、他意はありませんよ。どうぞ聞き流してください」

 てなことを、ギルド長さんとラナさんが、にっこりと笑いつつ話してる。が、その表情とは裏腹に、真夏だと言うのに、その周囲にブリザードが吹き荒れているのが見える気がする。怖い……しかし、さっきの言葉がどういう意味なのかは教えてほしい。

「あ、あの……お話し中にすみませんが、『大人げない』ってどういう事でしょうか?」
「あら、レイちゃんは気が付いてなかったの? 昨日の事よ――ほら、『月姫』が開催される前に、あの騎士に話しかけられていたでしょう」
「ええ、確かにそうでしたけど……」
「あれを『銀狼』もきいていたらしくてね。レイちゃんに悪い虫が付きまとってる、ってかなり怒っていたわ」

 ……ロウったら。全く口にも態度にも出さなかったから、気が付かなかったよ。イルークさん、災難でしたね。しかし、これに懲りて妙なアピールを止めてくれるならそのほうが良い。悪いけど、いくらアプローチされても私が彼になびくなんてありえない――ロウだってそれくらいはわかってくれてるとは思うんだけど、それとこれとは話が別ってことなのかな。

 そして、そんな一幕があったりはしたが、その後のガルドさんも順当に勝ち上がり(すみません、お相手のギルドの方。とてもいい戦いでした)、いよいよ決勝戦だ。

 ロウVSガルドさん。

 予想はしてたけど、実際にこうなると複雑な気分だ。ロウに勝ってほしい気持ちと、ガルドさんに負けてほしくない気持ち、どっちも同じくらいで片方だけを選ぶことなんてできない。
 ギルド長さんは、どっちが勝ってもギルド員が『月王』になるわけだから、ホクホク顔なんだけどね。

「悩ましいところでしょうね、レイちゃん」
「ええ。どっちも勝ってほしいし、どっちも負けてほしくないし、で……」
「でも、私たちがここで何を言っても、結局勝負はつくわけだし。その時は、勝った方をちゃんと祝福しないとダメよ? 下手に負けた方を気遣ったりしたら、それは両方を侮辱することになるわ」
「はい」

 ラナさんの言葉を肝に銘じる。
 ロウとガルドさん。どっちも私の『大切』な人だからこそ、きちんと対応しないといけないんだよね。

「只今より『月王選び』の決勝を行います」

 進行役の声で、二人が決戦の舞台へと進み出る。どちらも、気負った風もなく、自然体だ。

「双方、前へ。用意――始め!」

 これまでの対戦もそうだったように、こちらでは開始前にあれこれ余計なことはしゃべらない。決勝戦もそれにならって、実にあっさりと審判役の合図が下され、最後の試合が始まった。

 自然体で立っていた二人が、開始と同時に武器を構える。
 ロウは軽く腰をかがめ、左手をやや前に、右手は下。というよりも、だらりと下げたような形だ。その手には力が入っていないようにさえ見える。
 ガルドさんの構えは、そのロウよりもさらに低い。右足を引いた状態で、膝が直角になるほど深く曲げ、右手で持った大剣を肩に担ぐような体勢だ。左手は、大剣の柄に触れるか触れないか、微妙な位置に添えられている。
 どちらも初めて見る形だ。

「ほう……これは初めて見る型ですな」

 ギルド長さんさえ見たことがない、ってのは、奥の手という事なんだろうか?
 その姿勢のまま――じっと、相手の出方を待つように睨み合っている。
 睨み合いはしばらく続いたが、流石に決勝戦ということで、ヤジが飛ぶようなこともない。呼吸すら止めたかのように、微動だにしなかった二人だけれど、やがてロウの右手がピクリ、と動いた。

 来る! 

 誰もがそう思っただろう。確かにその通りだったのだけれど、意外にも攻撃を仕掛けたのは左腕の方だった。
 鋭い踏み込みと共に、ガルドさんの顔面に向けて剣が突きだされる。
 ガルドさんはそれを弓ぞりになって躱すが、ロウはさらに踏み込み、右手を下から掬い上げるようにして薙ぐ。狙いは、ガルドさんの左手だ。だが、ガルドさんは低い姿勢を保ったまま、左足を下げてギリギリのところでそれも躱す。
 速攻が通じなかったロウは、それ以上仕掛けることはせず、一旦バックステップで距離をとる――そこへ向けて、ガルドさんが突進した。
 下げていた左足で思い切り地を蹴り、たった二歩でロウの眼前まで肉薄し、右肩に担いでいた剣を振り下ろす。風を切る音すら聞こえるほどの、気合の入った一撃だった。
 まともにくらえば、たとえ刃をつぶしていたとしても、重傷を負うことは間違いない。
 だが、ロウもみすみすその攻撃を食らうような真似はしない。
 頭上から落ちかかる様に振り下ろされる剣の軌跡を正確に見切り、ほとんど地に伏せるほどに姿勢を低くして避けた。更に、その反動を使って、踏み込んできたガルドさんのほぼ真下から右手を突き上げる。
 ガルドさんは後ろに飛んでそれを避けるが――ほんのわずかだが、ロウの剣がガルドさんの顔をかすっていたようだ。
 期せずして、最初の位置に戻ったガルドさんの左の頬に一筋の赤い線が浮き上がり、そこからわずかに血が流れ、顎を伝う。刃をつぶした剣で傷がつくのは、それだけ鋭い攻撃だった、という事だろう。

「やるじゃねぇか」

 ニィ、とガルドさんが笑いながら言うのが聞こえた。対して、ロウは無言のまま、ガルドさんの出方を油断なく窺っている。しかし、その額が――ぱっくりと割れて、そこから血が鼻梁を伝って流れおちている。
 ええ、うそ! さっきの攻撃は避けていたはずでしょ?

「直接攻撃は避けてはいたようですが、剣圧……そちらは避けきれなかったようですな。しかし、位置が悪い」

 ポツリ、と支部長さんが呟く。圧力だけで皮膚が切れた、ってそんなことがあるの?
 いや、それよりも、あの位置では今は大丈夫としても、激しく動けば血が目に入る可能性がある。大した傷ではないが、出血量が多い。視界が妨げられれば、致命的な隙になる。拭えばいいのだろうけれど、それをやっても隙ができる。そこを見逃してくれるほどガルドさんも甘くはないだろう。

「『銀狼』が仕掛けるようですな。『轟雷』も受けて立つようだ」

 長引けば長引くほど、ロウの不利になる。ならば、一気に片をつけるしかない。しかし、ガルドさんを一撃で黙らせるには、並大抵の攻撃ではダメだろう――やはり、急所狙いだろうか?
 お願いだから、あまり無茶なことはしないで。
 先ほどまでの試合は、もっと楽な気持で見ることが出来ていた。それはロウとガルドさんへの信頼があるのもあるが、それ以上にこんな――殺気が迸るようなものじゃなかったからだ。
 なのに、今は、ピリピリとした空気が、舞台上の私にまで伝わって来る。
 止めてよ、二人共――これは『試合』なんでしょ? お祭りの行事なんでしょ?
 だったら、もっと……和気あいあいとやれとは言わないけど、まるで本気で相手を殺そうとでもしているような、そんな目でお互いを見ないでほしい。

「ロウ……ガルドさん……」

 思わず二人の名前が唇からこぼれ落ちる。ぎゅっと手を握りしめ、四角く区切られたスペースの中の二人を見つめる。しかし、そんな私の胸中にはお構いなしに、二人が動いた。

「来いよ、ロウ。受けてやらぁ」

 そう言って、ガルドさんは正面に剣を構える。剣道でいう、正眼の構えってやつだ。対してロウは、左に持った剣を体の前に、右手はそれよりも引いて脇に構えている。
 またも睨み合い、そして――ロウが疾った。

「疾っ!」

 吐息とも、気合ともつかない声が、ロウの口から洩れる。左に持った剣が、まるで吸い込まれるようにしてガルドさんの持つ大剣とぶつかり合う。
 ガキンっ、と大きな音がして、ロウの体がわずかにぐらついた。体格で劣る上に、ガルドさんの武器は両手持ちだ。そこに片手だけで握った剣をぶつければ、そうなってしまうのはロウだってわかっているだろうに、何故――そう思った時、ロウの右手が動いた。

「哈ぁっ!」

 左手の剣でガルドさんの武器を封じ込んだ隙に、もう一方の手で急所を狙う。ガルドさんもそれを警戒していたのだろうが、ロウの動きの方が早い。
 首筋を狙って、右手の剣が真っ直ぐに突き出される。

「甘ぇぜっ!」

 気合のこもった声が上がるのと同時に、二回戦の時と同じように、ロウの持つ剣がポッキリと折れた。そして、そのまま振り降ろす。その先にあるのはロウの顔だ。

「やめてぇっ!」

 ガルドさんの首筋から鮮血が噴き出し、ロウの頭がぱっくりと割れる幻影が見えた気がして、気が付いた時には、私は大きな声で叫んでいた。そして、情けなくも両手で顔を覆い、その場にうずくまってしまう。
 これのどこが試合よっ。二人が、死んじゃう……っ!
 震えながら、二人の悲鳴が聞こえるのを覚悟していたんだけど――しかし、何時まで経っても、それは私の耳には届かなかった。それどころか、会場が異様に静まり返っているのに気が付く。
 そして、審判の戸惑ったような声が聞こえてきた。

「そこまで! これは……相打ち――引き分け、です!」

 ……え?

 思いがけないその内容に、咄嗟に理解が追いつかなかった。

「……あの状態から、寸前で止めるとは。双方、素晴らしい腕ですな」
「レイちゃん、大丈夫よっ。『銀狼』も『轟雷』も怪我なんかしてないわ!」
 
 けど、側に居るギルド長さんとラナさんが、口々に言う言葉により恐る恐る顔を上げる。
 するとそこには、先ほど私が予想したものの一歩手前の光景があった。

 ロウの額に触れる寸前で、ガルドさんの大剣が止まっている。そしてロウの右手の剣が、ガルドさんの喉元にぴたりと突き付けられる形で、その動きを止めていた。

「双方、離れて!」

 そのままの形で固まったように微動だにしなかった二人だが、審判の言葉でようやく動いた。
 大きく息をつきながら、手に持った剣を相手の体から離していく。二人が動いたことにより、会場のざわめきも戻って来たようだ。

「ちっ」
「……手前ぇ、本気で殺る気だったろ。油断も隙もねぇな」

 聞こえるはずがないのだが、不思議とそんなことを言い合っているのが分かる。
 ロウは、未だに流れ続ける額の血を鬱陶し気に左手の甲で拭い、ガルドさんも頬の傷に手をやりつつ、最初に対峙した時と同じ距離を保って向き合った。

「先ほどの結果は相打ち――引き分けです。改めまして、試合を再開します」

 審判が二人にそう告げる。
 その言葉に、私はまたも蒼くなった。
 せっかく二人共、大きな怪我をせずに済んだのに、また……なんてことになったら、今度こそ、どっちかが絶対に重傷を負うだろう。
 とんでもないです、止めてください――必死にそう祈っていたら、それが天に通じたのか、ガルドさんが審判の言葉に異議を唱えた。

「……いや、いい。俺ぁ、ここで降りる」
「は? ……降りる、とは、棄権すると? 負けを認めるということですか?」
「ああ。それで俺の負けになるんなら、そりゃそれでいい」

 その言葉に呆気にとられたのは、審判だけではなかった。

「おい、待て、ガルド。それはどういう意味だ」

 ロウも驚いた様子で、ガルドさんに尋ねている。ざわつきが復活していた会場だが、ガルドさんの言葉を聞き逃すまいとしてか、再び、しん……と静まり返る。おかげで、私にも二人の会話がよく聞こえた。

「どういうもなにもねぇだろ。言ったまんまの意味だぜ」
「ふざけるなっ。この期に及んで、勝負を譲るだとっ?」
「良いじゃねぇか、別に。ここで俺が下りりゃ、お前が優勝――『月王』だ。レイちゃんの口づけはお前のもんになる。てこたぁ、最初の目的はそれで達成できるってこったろ?」

 ガルドさんの言葉で、そう言えばそう言う事で始まったのだった、と思いだす。白熱する試合にすっかり忘れていた。しかし、元々の動機がそれなのだから、確かにこれ以上、二人が危険を押して戦う必要もない。ここでの口づけはロウに――ガルドさんには申し訳ないけど、三人だけになったらこの分のお詫びも込めてすればいいよね?
 私はそう思っていたのだけど。

「おい、審判!」
「は、はい」
「俺も降りる」
「……へ?」
「聞こえなかったのか? 俺も降りる、と言ったんだ」
「で、ですがそれでは……優勝者がいなくなります!」

 ロウまでそんなことをいいだして、審判が大慌てをしている。私も驚いた。しかし、ロウは大真面目な様子だ。

「そんなことは俺の知った事ではない。それよりも、勝ちを譲られての優勝なぞ、俺の狄族としての誇りが許さん」

 うわ、また『狄族の誇り』だ……前に『故郷を出た俺にはもう関係ない』とか言っていた気がするが、復活したのか? ロウ以外の狄族の人を私は知らないんだけど、全部が全部こうなら、さぞや付き合うのが難しい人達な感じがする。いや、ロウを基準に考えちゃいけないんだろうけどね。それと、ロウが付き合いづらいとかも思ってないよ、ほんとだってば。
 ……なんてことを考えている場合じゃない、試合場は大混乱になっている。そりゃそうだろう、この期に及んで決勝戦の出場者が二人共に棄権を言い出しちゃったんだからね。
 審判も困り果てた様子で、その周りを数人の男性が取り囲んでいる。察するところ、彼等も『月王探し』の運営にかかわる人たちなのだろう。額を突き合わせ、真剣な表情で何やら話し込んでいるようだが――おや、動きがある様だ。
 審判が輪を外れて、ロウ達のところへ近づいていく。

「改めて確認させていただきますが、双方とも――再戦の意思はないということでよろしいですか?」
「ああ。これ以上やっちまったら、本気の殺し合いになるだろうからなぁ……それだとシャレにならねぇだろ?」
「ガルドが降りると言うのなら、俺も降りる。譲られての勝利など、承服できん」
「ですよね……はぁ、仕方がありません」

 二人の答えを聞き、審判が諦め顔でつぶやく。そしてくるりと二人に背を向け、一体どういう展開になるのかと、興味津々で見つめていた観客たちに向き直ると、大きく声を張り上げた。

「『月王探し』の決勝は、一旦は引き分けとして、双方を分けました――しかし、その後、どちらにも再戦の意思が無い事が今、確認されました。その為、本年の決勝は勝負付かずで、双方を優勝者として扱いたいと思います」

 その声に、どうっと会場が湧いた。但し、中には異論がある人もいる様で『八百長だ』『冒険者ギルドが仕組んだ出来試合だ』なんて声も、わずかに聞こえてくる。
 どこの誰かは知らないが、あの試合の内容を見てそう思うなんて、目が腐ってるんじゃないの?
 そう思って、声がした方に目をやれば――ローブを深くかぶった男が、周りの人から詰め寄られていた。ちらっと杖を持っているのが見えた気がする。もしかして、あれは魔導ギルドの人だったりする? 昨日、私にしてやられた意趣返しでも目論んだのだろうが、反対にやり込められている様子だ。ざまぁ見ろ。
 そして、審判の言葉はまだ続いていた。

「尚、これは前例の無い事ではありません。過去にも、決勝において双方が重傷を負い、試合続行が不可能になった場合にも、同じ措置が取られました。ですので、本年もそれに習い、『月王』の称号はこの二名共に与えられるものと致します!」

 おおっ! と、もう一度歓声が沸き上がったのは、ギルドの人達が多くいる場所からだった。
 うんうん、嬉しいだろう、そうだろう。
 昨日の私の『月姫』に続いて、今日の『月王』もうちのギルドが独占したんだからね。
 ふと気が付いて、後ろにいるギルド長さんを振り返ると、それはそれは満足げな顔をして笑っていた。

「よかったわね、レイちゃんっ。二人共『月王』なんてすごいわ!」
「はい……ありがとうございます、ラナさん」

 しかし私にとっては、それ以上に嬉しいのは、二人が大きな怪我をしなかったって言う事だ。勝負は時の運とはいえ、どっちかが大怪我なんかしていたら、素直に勝った方を祝福なんてできなかっただろう――まぁ、どんな大怪我だろうと、気合と根性ですぐに治して見せるけど、それでもわだかまりみたいなのが残るのはごめんだよ。

 それからすぐに、舞台へと上がる階段がしつらえられる。
 ロウとガルドさんの元には、白いローブを着た男性が駆け寄っていく。その手が淡く光るのを見て、試合中に受けた傷を癒しているのだと知る。
 私がヒールしてあげたかったのにっ。
 悔しく思うが、まさか血まみれの顔で表彰式という訳にもいかないだろうから、ここは我慢する。濡らした布が渡されて、既に半ば渇きかけていた血を拭っている。
 そんなことをしている間に、舞台のそでから例のヨークレイ伯爵さまが登場したので、私たちは椅子から立ち上がり、脇に控えた。
 さっきまで私が座っていた椅子に伯爵さまが腰を下ろすと、ファンファーレが鳴り響いた。

「たった今、めでたく今年の『月王』が決定した! 勝者は冒険者ギルド所属のガルドゥーク・グリフェン、並びにロウアルトとする。双方、壇上へ! ヨークレイ伯爵閣下より勝利の冠が授けられる」

 さっきの審判さんとは別の人の声がして、ロウとガルドさんがステージへと上がってくる。まずはガルドさんが、流れるような所作で伯爵さまの前に跪くと、それに習うようにしてロウも同じ姿勢を取る。

「見事であった。本年の『月王』に勝者の証を与えよう」
「ありがたき幸せ」
「……ありがとう存じます」

 椅子から立ち上がった伯爵さまに、お付きの人が木の枝で編んだ輪っかを手渡す。オリンピックの月桂樹の冠みたいだな、と思っていたら、使い方もそれと同じようだ。
 ガルドさんの頭にその冠をかぶせると、すかさずもう一つが手品のようにお付きの人の手の中に現れて、伯爵さまの手を経由してロウの頭に収まった。そして、伯爵さまが一歩下がる。

「続いて、月姫より花束と祝福が送られます」

『レイちゃん、ほら、これ持って』と、何時の間に用意されていたのか、ラナさんが私に大きな花束を渡してくれる。生憎とこれは一個しかないようだが……とりあえず、私がここでぐずぐずしていたらせっかくの表彰式が締まらないものになってしまう。
 ええい、ままよ……どうにかなるだろう、と半ばヤケで前に進み出ると、それに合わせてロウとガルドさんも立ち上がった。
 ステージの中央で、二人と見つめ合う。

「ロウ、ガルドさん……優勝おめでとう」
「ああ。ありがとな、レイちゃん――すまねぇな、怖がらせたか?」
「こいつとの勝敗が付いていないのが癪に障るが……まぁ、いい。これで目的は果たせたしな」
「どっちも怪我なんかしてほしくないから、これは最高の結果だと思うよ」

 こうして三人で話していると、さっきまでの事が嘘みたいだ。ロウからもガルドさんからも、先ほどの殺気は微塵も感じられない。
 そのことに改めてほっとして――ああ、いかん。ここに出てきたのは、やることがあったからだ。後ろの方で進行役の人がじりじりしてる。公衆の面前でく、口づけとかむっちゃはずかしいんだけど、流石にこの期に及んで尻込みしてる場合じゃない。

「えと、それじゃ……最初はガルドさんからでいいかな。ちょっと屈んでもらえる?」

 どっちが先でもいいんだけど、先ほどのやり取りからして、何となくガルドさんを優先な感じになった。年功序列ってのもあるし――まぁ、ロウとは二歳しか違わないんだけどね。
「頬でいいぜ、無理すんな」

 私がキスしやすいように屈みこみながら、ガルドさんがやはり小さな声でそんなことを言ってくれるが、こちらも腹をくくってますから。
 そんなことでお茶を濁したりはしません。

「おお、これは――うらやましいですな。できれば代わってもらいたいものです」

 からかうようなギルド長さんの声が混じる大歓声の中、ちょっと――いや、かなり恥ずかしかったけど、やっちゃったよ。ばっちし唇へ。
 そして、続いてはロウにも同じように――って、ちょっと待て! さっきのガルドさんとのは、唇同士がくっつくだけの軽い奴だったというのに、どうして舌を入れてきてるんですかっ。

「んんーっ! ……ちょ、ロウっ!」

 流石に短い時間で切り上げてくれはしたが、なにを考えてるんですかっ。

「ガルドを先にした分の詫びをしてもらっただけだ」

 しれっというロウを、思わず蹴っ飛ばしたくなる。ガルドさんは、といえば、そんな私達を苦笑してみている。うん、やっぱ、ガルドさんの方がいろいろと弁えてるよねぇ……ロウもちょっとは見習ってほしいと、心底思います。
 そして、次は花束贈呈なのだけど、生憎と一つしかない。どうしようかと思っていたら、私の手からひょいっとガルドさんがそれを取り上げた。同時に腰にロウの手が回り、引き寄せられたかと思うと抱き上げられてしまった。
 お姫様抱っこじゃなくて、子供みたいな立抱きだったのだけど、ガルドさんが高々と花束を掲げ、隣にいるロウが私を抱いていることで、まるで私自身がもう一つの花束みたいな感じになっている。
 頭いいね、二人共――けど、恥ずかしいです。

「これにて、本年の『月王探し』は終了とさせていただきます! しかし、まだまだ祭りはたけなわ――どうか、ご来場の皆さま。引き続き『夏至祭』をお楽しみください」

 進行役の人の言葉で、これでやっと、波乱万丈だった『月王探し』も幕となりました。


 
 

           ――――― ***** ―――――


『なろう』版では、『月王』はガルドゥーク一人になっておりましたが、こちらではこの段階で既にレイガの旦那さんになっておりますので、ロウアルトと二人で分け合う形に変更しました。
 実のところ、前もできればこういう形(優勝者二名)にしたかったのですが、ストーリーの関係上ああなっておりました。
 前のバージョンを読んでいて、違和感がある方もいらっしゃるかと思いますが、このような事情ですのでご了承ください。
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