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第一章 ハイディン編
男性陣の出番です
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しかーし、である。
ここは荒くれた強者どもが集うギルドだ。実際にはちゃんと常識と良識を兼ね備えた人が多いんだけど、一般的なイメージはそういうもんだし、自分の体一つで荒稼ぎする職業でそうそうお行儀よくもしていられないって事情もある。
そんな人々が、積年の恨み連なるライバル(魔導ギルドの事ね)に、一泡吹かせることが出来たのだから、これで盛り上がらないわけがない。
ほろ酔いで済んでいたのは、ほんの短い時間だったよ……。
ラナさんとエルザさんが頑張ってバリケードの役目を果たしていてくれたんだけど、時間が過ぎるごとにだんだんとそれが難しくなってくる。
さっきのギルド長さんとアルおじ様を皮切りに、次々と人が押し寄せて、そろそろ限界じゃないかな。
腹ペコで喉が渇いていたのは解消されたし、少しゆっくりさせてもらったので、気力も回復してる。
それに、勤めてた頃の忘年会とかも、ここまで凄くはなかったかもしれないが、それなりに盛況(と敢えて言う)なものだった。職種が製造業ってことで男性が圧倒的に多く、職人気質で頑固なおっちゃん達が大盛り上がりするのを何度も経験してるから、多少は耐性があるんだよ。
何より、私の世話で二人とも碌に飲み食いできてないのは申し訳ない。
ギルド長さんは、またどっかに行ってしまったけど、アルおじ様は側に残ってくれてるし、ロウとガルドさんも近くにいてくれるから、危ない事は起きないだろうしね。
「ラナさん、エルザさん。私は大丈夫ですから、お二人共、少し楽しんできてください」
「でも……」
「アルおじ様やロウ達もいてくれてますし」
「……そう? じゃ、ちょっとだけ」
そう言って二人が離れていくと、それと入れ替わりのようにロウ達がこっちに来てくれる。バトンタッチ――というよりも、あの二人が怖くて近づけなかったって感じかな、これは。
「楽しんでっか、レイちゃん」
「うん、やっと人心地着いたよ」
「疲れているだろうから、あまり飲みすぎるなよ、レイ」
「はーい」
そんな会話を交わす間にも、周囲に警戒と威嚇の視線を巡らしてくれている。おかげで、ラナさん達がいなくなっても、どっとこちらに人が押し寄せてくるってことも無い。
ただ、そんな状況の中でも、物好きというか怖いもの知らずな人も多少はいて……。
「レイガ殿、素晴らしかったですっ」
少し遠巻きに、私達を囲んでいた人の間から、一人の男性がこっちに来る。ほんのり顔が赤いのはお酒の所為だろうけど、それも泥酔ってほどじゃない。だからなのか、ロウ達も意外とすんなり通してくれる。
「ありがとうございます。皆さんのおかげです」
しかし、そう答える私の言葉に、食い気味にかぶせてくる。
「あの曲! 初めて聞くものでしたが、レイガ殿はどちらで知ったのですかっ?」
「え? ああ、あれは……私の故郷の歌なんですよ」
素晴らしい、って衣装とかじゃなくて、あの歌のことか。確かに歌に関してもみんなから褒めてもらったが、この人はちょっと違う感じだな。
「故郷のっ? どちらのご出身ですか?」
「どこの……と言われましても。ここからずっと遠いところです」
「私もかなりあちこちを放浪しましたが、あのような曲を聞いたのは初めてです。良ければ、その辺りを詳しく……」
「え……それは、その……」
思いがけないことをきかれ、もごもごと口ごもってしまう。酔っ払ったおっさんに絡まれるのも困るが、こういう質問はもっと困る。
すると、それを見ていたアルおじ様が助け舟を出してくれた。
「……おい、セラ。うちのギルドじゃ、過去の詮索はご法度ってのを忘れたのか?」
「あ、これは……『穴熊』殿」
『穴熊』って、おじ様の二つ名だろうか? そう言えば、前はバリバリの放浪者だったと聞いたことがあるが――いや、今、気にすべきはそこじゃない。
「申し訳ありません、つい……あまりにも素晴らしい曲だったものですから」
「気を付けろよ。しかし、まぁ、お前のその態度も仕方ねぇか……」
アルおじ様に窘められて、その人がしょぼんとした顔になる。その様子に苦笑したアルおじ様は、改めて彼を紹介してくれた。
「嬢ちゃん。こいつはセラムスってんだ。ちょいとばかり変わっちゃいるが、悪い男じゃねぇ」
セラムスさんは、中肉中背よりちょっとだけ余分に体重の多そうな、人のよさそうな丸顔のおじさんだった。髪は茶色で、なんというかその……広い額が知的ですね、っての?
「名乗るのが遅くなりもうしわけない。セラムスです。恥ずかしながら、私は若いころに吟遊詩人を目指していましてね。それで、旅をするには身を守ることも必要だろう、と体を鍛えていたら、いつの間にかこっちの方が本業になってしまいました」
「レイガです、よろしくお願いします」
片手に小型のハープみたいなのを持っている。この宴会の中でも手放さないのは、よほど大切なものなのだろう。言葉遣いも他の人に比べると丁寧で、吟遊詩人を目指していたと聞けば、それも納得できる。
「そんなわけで、知らない曲を聞くと、どうしても興奮してしまうのです。不躾なことを伺ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、いいんです。そんな事情があればしょうがないですよね」
恥ずかしそうに謝罪されれば、こちらも別に怒っていたわけではないから、綺麗に水に流す。
「それにしても、あれは音律も歌詞も独特ですが、耳に残り心に響く、素晴らしい曲でした」
「ありがとうございます」
ん? そう言えば、さっきからセラムスさんは『曲』とばかり表現して、『歌』とは言ってないな。……まぁ、素人が、それも練習もせずに歌ったのなんて、その道のプロを目指していた人からすれば、評価に値しないものなのだろう。
そこら辺に気が付いて、少し凹んだが、同時に少しほほえましい気持にもなる。
きらきらと目を輝かせて――例えて言うなら、マニアの人が自分の収集してる分野でのレアものを見つけた時みたいな感じかな。
「私の下手な歌で良ければ、もう一度歌いましょうか?」
「おお、本当ですかっ?」
下手な歌、って言ったのに否定しないのね。ほんとに正直な人だと、こっそり苦笑する。
「そいつは良いが、さっきの嬢ちゃんのは、今はちいとおとなしすぎじゃねぇか?」
「あ……それは確かに」
ところが、そこで話を聞いていたアルおじ様のツッコミが入る。
ここまでワイワイガヤガヤ、騒然とした宴会の最中に、しっとりとした唱歌は確かに場違いだ。場違いなだけならまだしも、折角盛り上がっているのに水を差すことになるのも嫌だよね。
「そ、そんな……」
おじ様の言葉で、セラムスさんががっくりと肩を落とす。
その様子があんまりにも可哀想だったので、つい仏心が起きてしまった。
「だったら、あの歌は、また別の機会に教えますよ」
「そうしてもらえ、セラ。でもって、嬢ちゃん。あの他に歌はないのか? なんていうかな、こう――賑やかなやつがよ?」
アルおじさまからのリクエストで、頭をひねる。
うーん、ないこともない、かな。会社の飲み会で、盛り上がったときに必ず歌ってたのがある。かなり昔の曲だけど部長のお気に入りだったんで、全員強制的に合唱させられてた『す○い男の唄』。あれなら超盛り上がるだろう。
ただ、こっちにはビールはないから、そこのところはエールにしておく。サメやワニがいるかどうかまでは知らん。いない時は適当にそれっぽい動物に変えてもらえばOKだろう。
「短いですけど、盛り上がりそうなのがありますから、今はそっちにしましょう。いいですよね、セラムスさん」
「ええ、勿論です!」
自分でも、ちょっと浮かれてるって自覚はあったけど、お酒とこの場所のムードに酔ってるってことで大目に見てもらおう。
「じゃぁ、まず、私が歌ってみますね。簡単なやつなので、すぐに覚えられると思いますよ」
この歌、最初にサビが来るし、短いから覚えやすいはず。
唐突に私が歌いだすと、ホールの喧騒がわずかに収まった。近くにいる人が、何事かとこちらを見ているが、気にせず歌う。
短い曲だったのが幸いして、一回目がおわり、二回目に入るとセラムスさんがもっていたハープで伴奏を付けてくれる。
たった一回聞いただけで、ほぼ完ぺきに覚えているのには驚いた。
ただ、この曲にはハープじゃなくて、もっとビートのある楽器のほうが似合うんだけど……と思っていたら、どこの誰かは知らないが、お酒が入っていた樽を拍子をとりつつたたき出した。
そして、三回目に入る頃には、ホールいっぱいに詰め込まれた野郎ども(と少数の女性陣)の大合唱になった。
ううむ、はやりこの曲って、おっさん受けがいいんだなぁ、とつくづく思う。
しかし、シュールな光景だ。
地球で言うならヨーロッパ系の容姿をした人たちが、こぶしを回しながら『はっ、どんどん!』と大声で歌ってるんだからねぇ。
その光景がツボっちゃって、笑いが止まらなくなっちゃった。
これまで遠巻きにしかされてなかった他の放浪者の人たちとも、笑いあって、お話して、乾杯する。
これって、アルおじ様達以外の人達にも、私が仲間として受け入れてもらえたってことだよね。うん、窮屈なドレスを我慢した甲斐があったってもんです。
大笑いして、飲んで、食べて、歌って、乾杯も何回したのか覚えてないけど、とにかく楽しい夜だった。
「レイちゃん、起きて! そろそろ準備しないと間に合わないわよ」
ゆっさゆっさと揺さぶられて目が覚めた。うう、やめて、動かさないで……なんか出ちゃうよ。
「ロ、ロウ、まって……気持ち悪い……」
「残念でした、『銀狼』でも『轟雷』でもないわよ。あの二人なら、とっくに支度して出てったわ。だから、さっさと起きて、着替えなさい」
「う……へ?」
聞こえているのは、確かに女性の声だ。これは、ラナさん? しぶしぶ瞼を開けると、こっちをのぞき込んでいるラナさんと目が合う。
あれ? 何でここにいるの?
「『銀狼』達に頼まれたのよ。きっと、今朝は寝坊するだろうから、たたき起こしてやってくれ、ってね」
なるほど。それにしても頭は痛いし、のどが乾いて吐き気までする。この不調は迷香のせい――ではなくて、紛うことなき二日酔い、だ。
「あら、やっぱり二日酔い? しょうがないわねぇ――レイちゃん、療術つかえるんでしょ? パパッと治しちゃいなさいな」
え? ヒールって二日酔いにも効くの? いいこと聞いた、では早速――おお、確かに気分がしゃっきりして吐き気も収まった。
「おはようございます、ラナさん。昨日といい今朝といい、ありがとうございます」
「どういたしまして。レイちゃんも、昨日はお疲れ様でした――でも、次の日に残るほど飲むなんて、まだまだねぇ」
「はい……すみません」
そんなに大量に飲んだつもりはなかったのだけど、こっちでのお酒を飲んだのって、片手に収まる回数だったのを思い出した。ロウにしっかりと監督されて、少しでも飲みすぎるようならそこで止められてたんだよね。ガルドさんには『過保護過ぎじゃねぇか?』なんて笑われたっけ。
昨夜もロウはいてくれたんだけど、あの場でそこまで目を光らせるのは無理だったんだろう。うっすらと覚えてるのは、一日分の疲れにお酒の酔いが加わって、うとうとし始めたらロウに抱き上げられたこと。その後、どこかに運ばれて寝かされた気がするんだけど――もしかして、ここはまだギルド?
周りを見回すと、昨日の準備の為に使わせてもらった小部屋に、ソファーを持ち込んであって、ここで寝させてもらったらしい。たしかに、あの状況じゃ、宿に戻る暇なんてなかっただろうが……。
「まぁ、まだ若いから仕方ないわね――とりあえず、顔を洗って食事かしらね。昼過ぎたら『月王探し』の本選が始まるから、それまでには広場に行ってないとね」
「はい」
そうだった。今日は夏至祭の当日で、ロウとガルドさんが出場する『月王探し』が開催される日 ……ってこら、待て。そんな大切な日に、私は寝坊したってか?
うわ、嘘でしょっ? 早めに起きて、ロウとガルドさんを見送るつもりだったのに。
しかも、寝坊した上に、ロウ達に頼まれたラナさんにたたきおこされるなんて、情けなさMAXじゃないか。
しょぼんとしながら、起き上がる。うわ、体中が酒臭い。妙齢の乙女としては、この状況はどうよ。慌てて全身にリフレッシュ魔法をかける。
ほーら、すっきり消臭――ほんとに魔法って便利だ
洗顔用の水も用意してくれていたので、ありがたく使わせてもらいながら、今日のスケジュールを聞く。
『月姫選び』と違って『月王探し』は参加者が多いので、決勝トーナメントの前に予選がある。夜が明けるとほぼ同時に始まって、シード枠なんかないから、どんなに強くても一回戦から勝ち上がっていかないといけない。勝てば勝つほど、ものすごい連戦になるんだけど、そこらのペース配分やスタミナも実力のうちってことみたいだ。ロウもそれに合わせてとっくに宿を出ていて、今頃は本選への出場権を得ているはず、との話だった。
大まかなタイムスケジュールとしては、午前中が予選で、午後からが本選のトーナメント。私はそれが始まる前には昨日と同じように、舞台上にスタンバイしていないといけない。
そろそろ昼近いらしいから、あまり時間に余裕はないが、ラナさんの温情でギリギリまで寝かせてもらっていたせいなので、文句は言えません。
「レイちゃんは起きた? 食事持ってきたわよ」
「食べたらすぐに髪をまとめるからね。昨日のティアラはどこ?」
シーラさんとエルザさんもそろって登場だ。シーラさんは、朝食(昼食?)をのっけたお盆を持ってきてくれていた。ギルドに来る途中で、屋台のを買ってきてくれたみたいだ。
ありがとう、シーラさん!
それにしても、早々と帰っていったシーラさんとは違い、ラナさんとエルザさんはあのどんちゃん騒ぎの時もしっかりいたはずなんだけど、この私との差はいったい何なんだ。お酒もかなり飲んでたはずなんだけど――不思議に思って訊いてみたら『ギルドに勤めてたら、あのくらいは普通よ。いちいちつぶれてなんかいられないわ』と、口を揃えて答えてくださった。なるほど、場数が違うんですね。
せかされるままに食事を済ませると、すぐに着替えを開始する。今日は、コルセットは超緩めで――全くなしだと、タイトに作ってるドレスが入らないんだよ――ちゃんと食事もできるくらいにしてもらった。優勝者が決まるまでは、ひたすら観戦するだけなんで、飲み食いすることもできるんだ。お祭り見物できない私の代わりに、おいしそうなのを見つけたら差し入れしてくれる、って約束もとりつけた。
髪も、昨日とは違って赤い布は編み込まない。両耳の前の一房だけを残して、後はきれいなアップにして、そこへ昨日もらったティアラを乗っけてもらう。これについてる石、こっちでは『月輝石(げっきせき)』っていうんだって。ムーンストーンみたいだな、と思ってたらまんまだったよ。ティアラと同じく銀の台に月輝石を連ねた幅広のネックレスと、ティアドロップ型のイヤリングをつける。
今日は月王が主役の日なんで大げさなパレードはないけれど、それでもやはり馬に乗って広場まで行くのだそうだ。ちなみに、あれは支部長さんの愛馬で、名前は『ブラックキング号』。あらら、こっちもまんま黒○だ。
「そろそろ、用意できましたかな? ――おお、月姫のティアラがよく似合って、今日も美しいですな」
馬のご主人様で、超ご機嫌継続中のギルド長さんもやってきた。で、その彼に向かってシーラさん達が言うのが――。
「支部長! 聞きましたよ。朝っぱらから、魔導ギルドにケンカ売りに行ったんですって?」
「えー、ほんと? やだ――とうとうやっちゃったのね」
「気持ちはわかりますけど、ほどほどにしてくださいよ。渉外担当としては、あちらとのこれ以上の関係悪化はありがたくありません」
「喧嘩を売りに、などとは人聞きが悪いですな。今年の月姫選出元として、昨年の選出元に表敬訪問に行っただけです。無論、丁寧にご挨拶してきましたよ。あちらは、三年目の大姫選出に並々ならぬ熱意でしたから、ひどく落胆していましたな。お気の毒に――それに関しても、心よりお慰めしてきました」
支部長さん、答える顔と口調がミスマッチじゃないですか、それ? お気の毒に、と言いながら、むっちゃ黒い微笑が浮かんでるんですけど。ほんとに、どれだけ仲が悪いんだか……身の安全のためにも、魔導ギルドには近寄らないでおこうと決心する。
市庁舎前広場のステージは、昨日あった左右に張り出した部分が撤去されていて、真ん中のメイン部分のみが残されていた。で、広くなった分、代わりにど真ん中にロープで四角く区切られた部分が作られて、足元には大量の土が敷かれている。どうやら、この中で戦うみたいだ。
じりじりしながら待っていたんだろう。到着と同時に進行役の人が飛んできた。
メインステージ上には、天蓋みたいなのがしつらえられてて、立派な椅子が置かれてる。今日の私はそこに座って、戦いの様子を見てろ、ってことだね。付き添いの人の分もある。今日はシーラさんじゃなくてラナさんとギルド長さんが付き添ってくれるらしい。ギルド長さんは選出元代表ってこともあるんだけど、試合の解説もしてくれるんだって。
「四半時もすれば、予選通過者が入場してきます。月姫は立ち上がり、選手を迎えてください。その後は座ってもらって結構ですが、試合中は片方だけを応援するのは控えてください」
「知り合いがいても、応援しちゃダメってことですか?」
「声をかけるくらいはかまいませんが、その場合は両方にお願いします。あくまでも中立の立場を心がけてください」
運営側の人から、注意事項を聞かされる。なるほど、ここにいるのは『ギルドのレイガ』じゃなくて『月姫』なんだから、えこひいきはしちゃダメってことか。
その他、こまごまとした説明を受けたり、ラナさんやギルド長さんと話をしていたら、ファンファーレが鳴り響いた。おお、いよいよ始まるみたいだ。私も立ち上がらないと。
「会場のみなさん、おまたせしました! 予選を通過した月王候補たちの入場です! いずれ劣らぬ猛者揃い。今年、優勝して月姫から祝福を得るのは、誰になるのか――見事な試合の数々にご期待ください!」
進行役の人の声に合わせて、参加者が入場してくる。一、二、三……全部で十六人か。当然、ロウもガルドさんもその中にいる――って、あれ? もう一人、見覚えのある人がいある。あれは、昨日、私を出迎えてくれた騎士団の小隊長さんじゃないか? たしか、イルークさんって言ったっけ。今日は騎士団の鎧を脱いでいるから、パッと見じゃわからなかった。
全員が私の前に一列に並ぶと、私の出番だ。
「月王候補の皆さま、戦いの舞台へようこそお越しくださいました。日頃鍛えられた己が力と技を、この場で心行くまで振るってくださいませ。そして、わたくしの隣に立つ、唯一のお方となるまで勝ち上がってきてくださいませ」
これはテンプレがあったんで、その通りに喋ればいいから楽だった。『わたくし』とか『~ませ』とかちょっと恥ずかしいけど、お芝居だと思ってやっちゃいました。
私の言葉が終わると、『おおー!』という雄叫びが上がる。みんな、やる気満々だな。ロウとガルドさんに声をかけたかったんだけど、贔屓しちゃダメ、って言われてるからアイコンタクトで我慢する。あー、はいはい、イルークさんも居ましたね。私の視線をとらえようと、必死になってる? まぁ、できるだけがんばってください。
広場の隅にでっかい木の板が立てられていて、そこにトーナメント表が書き込まれていた。一回戦の組み合わせは――ロウが第二試合、ガルドさんは第七試合だ。ああ、イルークさんはロウの次みたいだったよ?
ここは荒くれた強者どもが集うギルドだ。実際にはちゃんと常識と良識を兼ね備えた人が多いんだけど、一般的なイメージはそういうもんだし、自分の体一つで荒稼ぎする職業でそうそうお行儀よくもしていられないって事情もある。
そんな人々が、積年の恨み連なるライバル(魔導ギルドの事ね)に、一泡吹かせることが出来たのだから、これで盛り上がらないわけがない。
ほろ酔いで済んでいたのは、ほんの短い時間だったよ……。
ラナさんとエルザさんが頑張ってバリケードの役目を果たしていてくれたんだけど、時間が過ぎるごとにだんだんとそれが難しくなってくる。
さっきのギルド長さんとアルおじ様を皮切りに、次々と人が押し寄せて、そろそろ限界じゃないかな。
腹ペコで喉が渇いていたのは解消されたし、少しゆっくりさせてもらったので、気力も回復してる。
それに、勤めてた頃の忘年会とかも、ここまで凄くはなかったかもしれないが、それなりに盛況(と敢えて言う)なものだった。職種が製造業ってことで男性が圧倒的に多く、職人気質で頑固なおっちゃん達が大盛り上がりするのを何度も経験してるから、多少は耐性があるんだよ。
何より、私の世話で二人とも碌に飲み食いできてないのは申し訳ない。
ギルド長さんは、またどっかに行ってしまったけど、アルおじ様は側に残ってくれてるし、ロウとガルドさんも近くにいてくれるから、危ない事は起きないだろうしね。
「ラナさん、エルザさん。私は大丈夫ですから、お二人共、少し楽しんできてください」
「でも……」
「アルおじ様やロウ達もいてくれてますし」
「……そう? じゃ、ちょっとだけ」
そう言って二人が離れていくと、それと入れ替わりのようにロウ達がこっちに来てくれる。バトンタッチ――というよりも、あの二人が怖くて近づけなかったって感じかな、これは。
「楽しんでっか、レイちゃん」
「うん、やっと人心地着いたよ」
「疲れているだろうから、あまり飲みすぎるなよ、レイ」
「はーい」
そんな会話を交わす間にも、周囲に警戒と威嚇の視線を巡らしてくれている。おかげで、ラナさん達がいなくなっても、どっとこちらに人が押し寄せてくるってことも無い。
ただ、そんな状況の中でも、物好きというか怖いもの知らずな人も多少はいて……。
「レイガ殿、素晴らしかったですっ」
少し遠巻きに、私達を囲んでいた人の間から、一人の男性がこっちに来る。ほんのり顔が赤いのはお酒の所為だろうけど、それも泥酔ってほどじゃない。だからなのか、ロウ達も意外とすんなり通してくれる。
「ありがとうございます。皆さんのおかげです」
しかし、そう答える私の言葉に、食い気味にかぶせてくる。
「あの曲! 初めて聞くものでしたが、レイガ殿はどちらで知ったのですかっ?」
「え? ああ、あれは……私の故郷の歌なんですよ」
素晴らしい、って衣装とかじゃなくて、あの歌のことか。確かに歌に関してもみんなから褒めてもらったが、この人はちょっと違う感じだな。
「故郷のっ? どちらのご出身ですか?」
「どこの……と言われましても。ここからずっと遠いところです」
「私もかなりあちこちを放浪しましたが、あのような曲を聞いたのは初めてです。良ければ、その辺りを詳しく……」
「え……それは、その……」
思いがけないことをきかれ、もごもごと口ごもってしまう。酔っ払ったおっさんに絡まれるのも困るが、こういう質問はもっと困る。
すると、それを見ていたアルおじ様が助け舟を出してくれた。
「……おい、セラ。うちのギルドじゃ、過去の詮索はご法度ってのを忘れたのか?」
「あ、これは……『穴熊』殿」
『穴熊』って、おじ様の二つ名だろうか? そう言えば、前はバリバリの放浪者だったと聞いたことがあるが――いや、今、気にすべきはそこじゃない。
「申し訳ありません、つい……あまりにも素晴らしい曲だったものですから」
「気を付けろよ。しかし、まぁ、お前のその態度も仕方ねぇか……」
アルおじ様に窘められて、その人がしょぼんとした顔になる。その様子に苦笑したアルおじ様は、改めて彼を紹介してくれた。
「嬢ちゃん。こいつはセラムスってんだ。ちょいとばかり変わっちゃいるが、悪い男じゃねぇ」
セラムスさんは、中肉中背よりちょっとだけ余分に体重の多そうな、人のよさそうな丸顔のおじさんだった。髪は茶色で、なんというかその……広い額が知的ですね、っての?
「名乗るのが遅くなりもうしわけない。セラムスです。恥ずかしながら、私は若いころに吟遊詩人を目指していましてね。それで、旅をするには身を守ることも必要だろう、と体を鍛えていたら、いつの間にかこっちの方が本業になってしまいました」
「レイガです、よろしくお願いします」
片手に小型のハープみたいなのを持っている。この宴会の中でも手放さないのは、よほど大切なものなのだろう。言葉遣いも他の人に比べると丁寧で、吟遊詩人を目指していたと聞けば、それも納得できる。
「そんなわけで、知らない曲を聞くと、どうしても興奮してしまうのです。不躾なことを伺ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、いいんです。そんな事情があればしょうがないですよね」
恥ずかしそうに謝罪されれば、こちらも別に怒っていたわけではないから、綺麗に水に流す。
「それにしても、あれは音律も歌詞も独特ですが、耳に残り心に響く、素晴らしい曲でした」
「ありがとうございます」
ん? そう言えば、さっきからセラムスさんは『曲』とばかり表現して、『歌』とは言ってないな。……まぁ、素人が、それも練習もせずに歌ったのなんて、その道のプロを目指していた人からすれば、評価に値しないものなのだろう。
そこら辺に気が付いて、少し凹んだが、同時に少しほほえましい気持にもなる。
きらきらと目を輝かせて――例えて言うなら、マニアの人が自分の収集してる分野でのレアものを見つけた時みたいな感じかな。
「私の下手な歌で良ければ、もう一度歌いましょうか?」
「おお、本当ですかっ?」
下手な歌、って言ったのに否定しないのね。ほんとに正直な人だと、こっそり苦笑する。
「そいつは良いが、さっきの嬢ちゃんのは、今はちいとおとなしすぎじゃねぇか?」
「あ……それは確かに」
ところが、そこで話を聞いていたアルおじ様のツッコミが入る。
ここまでワイワイガヤガヤ、騒然とした宴会の最中に、しっとりとした唱歌は確かに場違いだ。場違いなだけならまだしも、折角盛り上がっているのに水を差すことになるのも嫌だよね。
「そ、そんな……」
おじ様の言葉で、セラムスさんががっくりと肩を落とす。
その様子があんまりにも可哀想だったので、つい仏心が起きてしまった。
「だったら、あの歌は、また別の機会に教えますよ」
「そうしてもらえ、セラ。でもって、嬢ちゃん。あの他に歌はないのか? なんていうかな、こう――賑やかなやつがよ?」
アルおじさまからのリクエストで、頭をひねる。
うーん、ないこともない、かな。会社の飲み会で、盛り上がったときに必ず歌ってたのがある。かなり昔の曲だけど部長のお気に入りだったんで、全員強制的に合唱させられてた『す○い男の唄』。あれなら超盛り上がるだろう。
ただ、こっちにはビールはないから、そこのところはエールにしておく。サメやワニがいるかどうかまでは知らん。いない時は適当にそれっぽい動物に変えてもらえばOKだろう。
「短いですけど、盛り上がりそうなのがありますから、今はそっちにしましょう。いいですよね、セラムスさん」
「ええ、勿論です!」
自分でも、ちょっと浮かれてるって自覚はあったけど、お酒とこの場所のムードに酔ってるってことで大目に見てもらおう。
「じゃぁ、まず、私が歌ってみますね。簡単なやつなので、すぐに覚えられると思いますよ」
この歌、最初にサビが来るし、短いから覚えやすいはず。
唐突に私が歌いだすと、ホールの喧騒がわずかに収まった。近くにいる人が、何事かとこちらを見ているが、気にせず歌う。
短い曲だったのが幸いして、一回目がおわり、二回目に入るとセラムスさんがもっていたハープで伴奏を付けてくれる。
たった一回聞いただけで、ほぼ完ぺきに覚えているのには驚いた。
ただ、この曲にはハープじゃなくて、もっとビートのある楽器のほうが似合うんだけど……と思っていたら、どこの誰かは知らないが、お酒が入っていた樽を拍子をとりつつたたき出した。
そして、三回目に入る頃には、ホールいっぱいに詰め込まれた野郎ども(と少数の女性陣)の大合唱になった。
ううむ、はやりこの曲って、おっさん受けがいいんだなぁ、とつくづく思う。
しかし、シュールな光景だ。
地球で言うならヨーロッパ系の容姿をした人たちが、こぶしを回しながら『はっ、どんどん!』と大声で歌ってるんだからねぇ。
その光景がツボっちゃって、笑いが止まらなくなっちゃった。
これまで遠巻きにしかされてなかった他の放浪者の人たちとも、笑いあって、お話して、乾杯する。
これって、アルおじ様達以外の人達にも、私が仲間として受け入れてもらえたってことだよね。うん、窮屈なドレスを我慢した甲斐があったってもんです。
大笑いして、飲んで、食べて、歌って、乾杯も何回したのか覚えてないけど、とにかく楽しい夜だった。
「レイちゃん、起きて! そろそろ準備しないと間に合わないわよ」
ゆっさゆっさと揺さぶられて目が覚めた。うう、やめて、動かさないで……なんか出ちゃうよ。
「ロ、ロウ、まって……気持ち悪い……」
「残念でした、『銀狼』でも『轟雷』でもないわよ。あの二人なら、とっくに支度して出てったわ。だから、さっさと起きて、着替えなさい」
「う……へ?」
聞こえているのは、確かに女性の声だ。これは、ラナさん? しぶしぶ瞼を開けると、こっちをのぞき込んでいるラナさんと目が合う。
あれ? 何でここにいるの?
「『銀狼』達に頼まれたのよ。きっと、今朝は寝坊するだろうから、たたき起こしてやってくれ、ってね」
なるほど。それにしても頭は痛いし、のどが乾いて吐き気までする。この不調は迷香のせい――ではなくて、紛うことなき二日酔い、だ。
「あら、やっぱり二日酔い? しょうがないわねぇ――レイちゃん、療術つかえるんでしょ? パパッと治しちゃいなさいな」
え? ヒールって二日酔いにも効くの? いいこと聞いた、では早速――おお、確かに気分がしゃっきりして吐き気も収まった。
「おはようございます、ラナさん。昨日といい今朝といい、ありがとうございます」
「どういたしまして。レイちゃんも、昨日はお疲れ様でした――でも、次の日に残るほど飲むなんて、まだまだねぇ」
「はい……すみません」
そんなに大量に飲んだつもりはなかったのだけど、こっちでのお酒を飲んだのって、片手に収まる回数だったのを思い出した。ロウにしっかりと監督されて、少しでも飲みすぎるようならそこで止められてたんだよね。ガルドさんには『過保護過ぎじゃねぇか?』なんて笑われたっけ。
昨夜もロウはいてくれたんだけど、あの場でそこまで目を光らせるのは無理だったんだろう。うっすらと覚えてるのは、一日分の疲れにお酒の酔いが加わって、うとうとし始めたらロウに抱き上げられたこと。その後、どこかに運ばれて寝かされた気がするんだけど――もしかして、ここはまだギルド?
周りを見回すと、昨日の準備の為に使わせてもらった小部屋に、ソファーを持ち込んであって、ここで寝させてもらったらしい。たしかに、あの状況じゃ、宿に戻る暇なんてなかっただろうが……。
「まぁ、まだ若いから仕方ないわね――とりあえず、顔を洗って食事かしらね。昼過ぎたら『月王探し』の本選が始まるから、それまでには広場に行ってないとね」
「はい」
そうだった。今日は夏至祭の当日で、ロウとガルドさんが出場する『月王探し』が開催される日 ……ってこら、待て。そんな大切な日に、私は寝坊したってか?
うわ、嘘でしょっ? 早めに起きて、ロウとガルドさんを見送るつもりだったのに。
しかも、寝坊した上に、ロウ達に頼まれたラナさんにたたきおこされるなんて、情けなさMAXじゃないか。
しょぼんとしながら、起き上がる。うわ、体中が酒臭い。妙齢の乙女としては、この状況はどうよ。慌てて全身にリフレッシュ魔法をかける。
ほーら、すっきり消臭――ほんとに魔法って便利だ
洗顔用の水も用意してくれていたので、ありがたく使わせてもらいながら、今日のスケジュールを聞く。
『月姫選び』と違って『月王探し』は参加者が多いので、決勝トーナメントの前に予選がある。夜が明けるとほぼ同時に始まって、シード枠なんかないから、どんなに強くても一回戦から勝ち上がっていかないといけない。勝てば勝つほど、ものすごい連戦になるんだけど、そこらのペース配分やスタミナも実力のうちってことみたいだ。ロウもそれに合わせてとっくに宿を出ていて、今頃は本選への出場権を得ているはず、との話だった。
大まかなタイムスケジュールとしては、午前中が予選で、午後からが本選のトーナメント。私はそれが始まる前には昨日と同じように、舞台上にスタンバイしていないといけない。
そろそろ昼近いらしいから、あまり時間に余裕はないが、ラナさんの温情でギリギリまで寝かせてもらっていたせいなので、文句は言えません。
「レイちゃんは起きた? 食事持ってきたわよ」
「食べたらすぐに髪をまとめるからね。昨日のティアラはどこ?」
シーラさんとエルザさんもそろって登場だ。シーラさんは、朝食(昼食?)をのっけたお盆を持ってきてくれていた。ギルドに来る途中で、屋台のを買ってきてくれたみたいだ。
ありがとう、シーラさん!
それにしても、早々と帰っていったシーラさんとは違い、ラナさんとエルザさんはあのどんちゃん騒ぎの時もしっかりいたはずなんだけど、この私との差はいったい何なんだ。お酒もかなり飲んでたはずなんだけど――不思議に思って訊いてみたら『ギルドに勤めてたら、あのくらいは普通よ。いちいちつぶれてなんかいられないわ』と、口を揃えて答えてくださった。なるほど、場数が違うんですね。
せかされるままに食事を済ませると、すぐに着替えを開始する。今日は、コルセットは超緩めで――全くなしだと、タイトに作ってるドレスが入らないんだよ――ちゃんと食事もできるくらいにしてもらった。優勝者が決まるまでは、ひたすら観戦するだけなんで、飲み食いすることもできるんだ。お祭り見物できない私の代わりに、おいしそうなのを見つけたら差し入れしてくれる、って約束もとりつけた。
髪も、昨日とは違って赤い布は編み込まない。両耳の前の一房だけを残して、後はきれいなアップにして、そこへ昨日もらったティアラを乗っけてもらう。これについてる石、こっちでは『月輝石(げっきせき)』っていうんだって。ムーンストーンみたいだな、と思ってたらまんまだったよ。ティアラと同じく銀の台に月輝石を連ねた幅広のネックレスと、ティアドロップ型のイヤリングをつける。
今日は月王が主役の日なんで大げさなパレードはないけれど、それでもやはり馬に乗って広場まで行くのだそうだ。ちなみに、あれは支部長さんの愛馬で、名前は『ブラックキング号』。あらら、こっちもまんま黒○だ。
「そろそろ、用意できましたかな? ――おお、月姫のティアラがよく似合って、今日も美しいですな」
馬のご主人様で、超ご機嫌継続中のギルド長さんもやってきた。で、その彼に向かってシーラさん達が言うのが――。
「支部長! 聞きましたよ。朝っぱらから、魔導ギルドにケンカ売りに行ったんですって?」
「えー、ほんと? やだ――とうとうやっちゃったのね」
「気持ちはわかりますけど、ほどほどにしてくださいよ。渉外担当としては、あちらとのこれ以上の関係悪化はありがたくありません」
「喧嘩を売りに、などとは人聞きが悪いですな。今年の月姫選出元として、昨年の選出元に表敬訪問に行っただけです。無論、丁寧にご挨拶してきましたよ。あちらは、三年目の大姫選出に並々ならぬ熱意でしたから、ひどく落胆していましたな。お気の毒に――それに関しても、心よりお慰めしてきました」
支部長さん、答える顔と口調がミスマッチじゃないですか、それ? お気の毒に、と言いながら、むっちゃ黒い微笑が浮かんでるんですけど。ほんとに、どれだけ仲が悪いんだか……身の安全のためにも、魔導ギルドには近寄らないでおこうと決心する。
市庁舎前広場のステージは、昨日あった左右に張り出した部分が撤去されていて、真ん中のメイン部分のみが残されていた。で、広くなった分、代わりにど真ん中にロープで四角く区切られた部分が作られて、足元には大量の土が敷かれている。どうやら、この中で戦うみたいだ。
じりじりしながら待っていたんだろう。到着と同時に進行役の人が飛んできた。
メインステージ上には、天蓋みたいなのがしつらえられてて、立派な椅子が置かれてる。今日の私はそこに座って、戦いの様子を見てろ、ってことだね。付き添いの人の分もある。今日はシーラさんじゃなくてラナさんとギルド長さんが付き添ってくれるらしい。ギルド長さんは選出元代表ってこともあるんだけど、試合の解説もしてくれるんだって。
「四半時もすれば、予選通過者が入場してきます。月姫は立ち上がり、選手を迎えてください。その後は座ってもらって結構ですが、試合中は片方だけを応援するのは控えてください」
「知り合いがいても、応援しちゃダメってことですか?」
「声をかけるくらいはかまいませんが、その場合は両方にお願いします。あくまでも中立の立場を心がけてください」
運営側の人から、注意事項を聞かされる。なるほど、ここにいるのは『ギルドのレイガ』じゃなくて『月姫』なんだから、えこひいきはしちゃダメってことか。
その他、こまごまとした説明を受けたり、ラナさんやギルド長さんと話をしていたら、ファンファーレが鳴り響いた。おお、いよいよ始まるみたいだ。私も立ち上がらないと。
「会場のみなさん、おまたせしました! 予選を通過した月王候補たちの入場です! いずれ劣らぬ猛者揃い。今年、優勝して月姫から祝福を得るのは、誰になるのか――見事な試合の数々にご期待ください!」
進行役の人の声に合わせて、参加者が入場してくる。一、二、三……全部で十六人か。当然、ロウもガルドさんもその中にいる――って、あれ? もう一人、見覚えのある人がいある。あれは、昨日、私を出迎えてくれた騎士団の小隊長さんじゃないか? たしか、イルークさんって言ったっけ。今日は騎士団の鎧を脱いでいるから、パッと見じゃわからなかった。
全員が私の前に一列に並ぶと、私の出番だ。
「月王候補の皆さま、戦いの舞台へようこそお越しくださいました。日頃鍛えられた己が力と技を、この場で心行くまで振るってくださいませ。そして、わたくしの隣に立つ、唯一のお方となるまで勝ち上がってきてくださいませ」
これはテンプレがあったんで、その通りに喋ればいいから楽だった。『わたくし』とか『~ませ』とかちょっと恥ずかしいけど、お芝居だと思ってやっちゃいました。
私の言葉が終わると、『おおー!』という雄叫びが上がる。みんな、やる気満々だな。ロウとガルドさんに声をかけたかったんだけど、贔屓しちゃダメ、って言われてるからアイコンタクトで我慢する。あー、はいはい、イルークさんも居ましたね。私の視線をとらえようと、必死になってる? まぁ、できるだけがんばってください。
広場の隅にでっかい木の板が立てられていて、そこにトーナメント表が書き込まれていた。一回戦の組み合わせは――ロウが第二試合、ガルドさんは第七試合だ。ああ、イルークさんはロウの次みたいだったよ?
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