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第一章 ハイディン編
仕掛けられました
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今日は、六月の晦日。つまり、前夜祭の当日だ。
物凄くいい天気で、まだ午前中だと言うのにかなり暑い。
私の出番である『月姫選び』は午後も遅くなってから開催されるのだけど、その前の準備があるということで、お昼の少し前からギルドへと出向く。当然、ロウとガルドさんも一緒だ。
「おはよう、レイちゃん」
「おはようございます、シーラさん」
到着した途端、シーラさんが駆けつけてくれる。その後から、ラナさんとエルザさんもすぐに姿を現した。
「おはよう、レイちゃん。夕べはしっかり寝た?」
「おはようございます。はい、ちゃんと早寝しました」
「おはよう。髪も洗って来てくれたかしら?」
「おはようございます、エルザさん。はい、そっちも大丈夫です」
私は毎晩お風呂に入るから、髪はその度に洗っている。シャンプー的なのがないから、まずリフレッシュ魔法で地肌共々綺麗にした後、お湯をかぶるだけだけどね。髪にはよくない方法なのかもしれないけど、そうしないと『綺麗になった』って実感がわかないのだ。リンスを付ければいいんだろうが、まだそちらも発見できてない。手作りしないといけないのかなー、でも作り方ってどんなだっけ? と頭を悩ませてる最中だ。
早寝に関しては――ええ、頑張りましたよ。今日が出番なのは私だというのに、ロウもガルドさんも妙に興奮しちゃって、宥めるのが大変だったのは秘密です。
「それじゃ、早速だけど、こっちに来てちょうだい――そっちの二人は、少し待っててね」
そう言って、連れていかれたのは最初に顔合わせをした小部屋で、すでにドレスやサンダルは準備済みだった。
トルソーに着せられていたドレスを脱がせて、寄ってたかって着付けをしてくれる。
初めてコルセットってのも使ったよ。胸の膨らみの下から腰に掛けてを覆う感じで、背中側にクロスして通されてる紐を引っ張って締め上げる。『月姫選び』のクライマックスは日が落ちる頃だからと、緩めにはしてくれたらしいけど――マジで、きつい。緩めでこれくらいなら、本気になって締めあげられたら、なんか出てきちゃうかもしれない。
「綺麗になるには、努力は勿論だけど、我慢と根性も必要なのよ」
「はい……」
お化粧してくれているラナさんに愚痴ったら、お叱りをいただいてしまった。ラナさんがハケみたいなのでファンデーションを塗り、その上からお白粉とチークをはたいてくれる。目はぱっちりとなる様にアイシャドウは少し濃いめで、口紅もドレスの色に合わせて真紅をチョイスしてくれていた。 髪型はエルザさんが腕を振るってくれて、後ろはドレスと同じ布を髪と一緒に複雑な形に編み込んで、後頭部でお団子にしてくれた。一部は下ろしたままで、余った布と一緒に胸元へと落ちている。前髪は軽くカールさせて、自然な形で横に流す。十センチヒールのサンダルを履くと、とりあえずの準備は終了だ。
「綺麗よ、レイちゃん!」
「これなら月姫間違いなしね」
「これでやっと、魔導ギルドの鼻をあかせるわ」
ありがとうございます。シーラさん達のおかげです。
誰かが持ち込んでくれたのか、今日は大きな姿見もあって、改めて全身を写してみると――うわ、凄い。ナイスバディの目を見張るような美人がこっちを見てた。コルセットで締めているので、いつもよりウエストは細いし、胸も強調されている。
こっちの私は凄い美人なんだ、って自覚は少しずつついてきてはいたが、ドレスやメイク、髪型をきちんとしたのは初めてだったんで、うっかり見惚れてしまった。
つくづくこれが自分だってのが信じられないレベルです。
こっちに来てから肌身離さず持っている全財産の入っている魔倉は、流石にこのドレスには合わない。なので、ギルドで責任をもって保管してくれるとのことで、預かってもらうことになった。
『月姫選び』が行われる祭の舞台は、ここからしばらく行った市庁舎前の広場にあって、ギルドから馬に乗って移動する手はずになっている。月姫候補のお披露目も兼ねていて、各地区やギルドからの出場者もそうやって集まってくるらしい。中にはわざわざ遠回りしてからくる人もいるそうだ。 一人では馬に乗れないんですけど……と打ち合わせの時に白状したら、手綱はギルドの人が持ってくれるから、私は乗っかってるだけでいいと言われて安心した。
外へ出るために、まずはホールへと続くドアを開けた途端、ものすごい拍手と歓声が沸き上がった。
おいおい、一体、何人いるんだ? 広いはずのギルドのホールがぎゅうぎゅう詰めで、二階へと続くらせん階段やその上の手摺の所にも鈴なりになっている。
「おお、なんと素晴らしい! 予想以上の美しさですな」
一番前にいたのは、今回の黒幕のギルド長さんだ。その隣にはロウとガルドさんがいて、アルおじさまの顔もある。皆、口々に褒めてくれるんだけど、あまりちやほやされても、中身が小市民なんでいたたまれません。
「ありがとうございます。これもシーラさんをはじめ、ギルドの皆さんのおかげです――ギルドの代表として、精いっぱい頑張らせていただきます」
シーラさんに教わったお辞儀――上半身はそのままで、ドレスの裾をつまんで軽く腰をかがめる――をすると、歓声がひときわ大きくなった。
ロウとガルドさんも、メイクとヘアもばっちり決めた私を初めて見せるから、物凄くびっくりした顔になってる。
「お前……本当にレイか?」
「すげぇ綺麗だぜ、レイちゃん! 二度惚れどころか、十回は惚れなおしたぜ」
「ありがとう。二人にそう言ってもらえると、心強いよ」
誰かが気をきかせてくれたのか、軽い食事が出て――生憎と、コルセットのおかげでほとんど食べられなかったけど――そろそろ出発の時間だ、ということになり、ギルド長さんを先頭にしてホールから出る。
正面玄関前には大きな黒い馬が一頭、スタンバっていた。これに乗って、会場に向かうのだろう。しかし、これだけ大きいのにどうやって上まで登ろうか……と、困っていたら、一同の中からガルドさんが進み出てきた。
「レイちゃん、ちょいと失礼するぜ」
そういうと、私の腰に手を回し、ひょいって感じで鞍の上まで押し上げてくれた。うわっ、いっきに視線が高くなる。
「あ、ありがとう、ガルドさん」
馬の轡はロウが獲ってくれるようだ。ガルドさんも馬に乗った私の側にぴったりと衝いてくれて、不測の事態に備えてくれる。
「さあ、我らの姫の出発だ! 周りを囲め――妙な連中を近づけるなよ」
ギルド長さんの合図で広場までのパレードが始まった。過去には、ライバルの出場者を応援する人が候補を襲ったこともあるとかで、護衛の意味も兼ねているんだそうだ。ごつい男の人達に囲まれての行進だけど、私は馬にのってるんで周囲の様子がよく見える。ものすごく注目を集めてるよ。
「レイガちゃん、笑顔よ、笑顔! 手を振ってアピールするのよ!」
一緒についてきてくれてるシーラさんからの指示に従って、にっこり笑って手を振ると、周囲の人たちからも歓声が上がった。
歌舞伎のお練りか、アイドルのプロモーションでもやってる気分だ。恥ずかしいけど、ちょっと気持ちいいかもしれない。
非常にゆっくりとした速度で進んだのだけど、心配していた襲撃もなく――まぁ、この面子に囲まれてる私を襲うような、度胸のある人はいないわな――無事に舞台のある広場へと到着する。
今度はロウの手を借りて馬から降りると、騎士団の鎧を着た人が走り寄ってきた。
「ようこそ。冒険者ギルドの月姫候補ですね。我々が会場の警備を担当させていただいております。控室にご案内しますので、候補と付き添いの方はこちらへどうぞ」
ここで、一旦、ロウ達とはお別れらしい。私とシーラさんだけが案内されて、他の人は観客席に回る様だ。
ところで、騎士と呼ばれる人を初めて近くで見たけど、びしっと姿勢を正して告げる姿は、流石にかっこいい。丁重な態度で促されて――月姫候補にはみんなこうするんであって、私一人にじゃないだろうが――軽く会釈を返すと、急にじろじろ顔を見つめられる。
「貴方は……もしや、あの時の?」
「は?」
「あら? レイちゃん、騎士に知り合いがいたの?」
シーラさんにきかれるが、記憶にありません。
「先日、ウールバー男爵とブライト商会の頭が起こした事件がありましたでしょう? あの時に、私もそこにいたのです。そして、貴方をお見かけした――貴方は気を失っておられたから、覚えてはいらっしゃらないでしょうが」
ああ、あの時の、と改めて騎士さんの顔を見るが――うん、見覚えはない。というか、あの夜の記憶はロウを助けたところでぷっつりと切れてるんだよ。次に気が付いたのは、宿のベッドの上だったしね。
そして、目が覚めてから、顛末を聞かされて、『ギルドと騎士団にお礼に行ったほうが良いんじゃないか』とロウとガルドさんにも相談したんだ。でも、ギルドは兎も角、騎士団については『あいつらはそれが仕事だ』とあっさりと却下されてたんだよね。
そうは言われても、私としては気にはなっていたから、これはいい機会だ。この人を代表と考えて、ここでお礼を済ませちゃおう。
「その節は、大変お世話になりました。私の他にも攫われていた人たちが、無事に戻れたのは騎士団のおかげだと聞いています。ありがとうございました」
「いえ、我々は職務を果たしただけですので――しかし、貴方が冒険者ギルドの候補だったとは……あの時もそう思ったが、お美しい。特に今日の装いは、目を見張るほどだ」
最初は騎士らしくきっぱりと答えてくれたが……後半、それでいいんですか? 褒めてくれるのは嬉しいんだけど、私だけ贔屓してるみたいな言動はマズイんじゃないの? 他にもいる騎士さんたちや、他の月姫候補の目ってものがあるんだし――ほらほら、あっちにいる騎士さんが睨んでますよ。
「……小隊長」
「こ、これは失礼。すぐにご案内しますので、開始までそこで待機していただきます――それと、私の名前はイルークと申します。お見知りおきを」
隊員の一人に小突かれて、騎士さん――小隊長さんのイルークさん――は、やっとこ正気に戻ったみたい。それでも最後に、私に名前を告げてアピールするのは忘れなかった。
騎士って言うと、ストイックなイメージがあったんだが、この人はちょっと違うみたいだ。いや、この人――イルークさんだけを見て、他の騎士さん達を判断しちゃいけないのはわかってるけどさ。
改めてイルークさんの案内で、私とシーラさんは舞台裏のテントへとたどりつけた。テントと言っても、屋根だけじゃなくて壁もちゃんとあるやつで、天幕、と言った方がいいのかもしれない。
結構大きな天幕で、入り口の布を開けると中にはすでに十数人の月姫候補と、その付き添いの人が待っていた。皆、色とりどりのドレスに身を包み、メイクも髪もばっちり決めてる。元々が綺麗な人たちの集まりだから、その様子は壮観の一言に尽きる。
天幕の中にはいくつも椅子が置かれていて、候補者たちは思い思いの場所に座っている。付き添いの人と話していたり、炎天下をパレードしたことで崩れてしまったお化粧や髪型を直している人もいるし、水分補給してる人もいる。
私たちも空いてる椅子をさがして、腰を下ろしたんだけど、その途端――来ましたよ、敵情視察、っての?
「あら、シーラ。今回は、貴方が候補じゃないのね」
赤、というか朱色に近い色合いで、ホルターネック。後ろに長くトレーンを引いた形のドレスを着た女性――うわあ、お蝶○人かマリーアントワネットか、ってくらいの縦ロールだ――が、そんなことを言いながら近づいてきた。
「ごきげんよう、ナーサリア。魔導ギルドは今年も貴方? 余程、人がいないのねぇ」
椅子から立ち上がろうとする私を、シーラさんが身振りで止める。私の前に立ち、バリケードになるような形で、ナーサリアさんへと言葉を返す。気さくで優しいシーラさんにしては、言葉にとげがあるんだけど、どうやらこれが往年のライバル、魔導ギルドの候補者らしい。
「実績と、それに基づく信頼でしょうね。三年連続で月姫になれば、伝説の大姫、として名が残るもの。ウチのギルドでは、とっくに祝いの準備も済ませているのよ」
ほほう、三年連続優勝だと特別称号がもらえるのか。ベストジーニストみたいなもんなのかな。
しかし、このナーサリアさん、二年連続で優勝しただけのことはある。まつ毛はばっさばさで、目は大きなアーモンド形。鼻筋はすっきりと通っていて、唇の形も綺麗だ。スタイルも良いし、それに金髪縦ロールとくれば、どこから見ても文句のつけようもないド迫力美人です。
「あら、今年も勝てる気でいるの? それはまた、ずいぶんと自信があるのねぇ」
対するシーラさんは、確かにナーサリアさんと比べるとインパクトが弱い。美人というよりも可愛い系で、『恋人にしたい』『お嫁さんになってほしい』 という男性は多いだろうけど(だから旦那さんが三人もいるのかな)、ナーサリアさんみたいな『観賞用の美人』じゃないんだよね。
あ、今、上手い事言ったかも。
ナーサリアさんって、今の短い会話とそれに伴う表情で、私にも超気の強いタイプってのが分かっちゃったし。きれいな分、プライドも高そうだし、遠くで見るにはいいけど、お近づきになるといろいろと苦労の多そうな女性だと思う。
「当然でしょう。そちらは……見たことのない人だけど、どこから探してきたのかしら? 冒険者ギルドも苦労しているようね。あれこれと手を尽くして飾り立ているけど、無駄な努力だわ。それに、今年は……」
「今年は? なんなのよ?」
「それは、後のお楽しみよ。とにかく、私に勝とうなんて十年早いってことを、しっかりと思い知るといいわ」
つん、と顎をそらしてそう言った後、「をーほほほほっ」と高笑いする。おお、ちゃんと手の甲を口元にもってってる。素晴らしい! 完璧ですよ、ナーサリアさん。 わけのわからない感動を私にを与えてナーサリアさんはさっさと戻って行ってしまった。『文句があるならベルサイユにいらっしゃい』って、ふわふわの羽の付いた扇を持ちながら言ってもらえないかなぁ。
「――レイガちゃん、大丈夫? あの人のことは気にしないでいいからね」
「大丈夫です。って言うか、楽しませてもらいまいした」
「え?」
「いえ、こっちのことです」
まぁ、とにかく面白い人だった。何処からがネタですか、と危うく尋ねそうになったくらいだ。
それは兎も角、あっちから来たってことは、あちらもこっちを警戒してるんだろう。でもって、威嚇してきたのは、私を難敵だと認めたってことだよね。行動がわかり易い上に、私は外側は十七でも中身は三十オーバーだから、あの程度の威嚇でビビるかわいらしさは持ち合わせていない。あ、なんか……自分で言って、ちょっと悲しくなったかも。
私の後にも数人の候補が入って来て、そこからまたしばらく待ったところで、天幕の外でファンファーレみたいなのが鳴った。
『お待たせいたしました。これより本年の月姫選びを始めます!』
アナウンスの声が聞こえると、天幕の入り口の布があげられる。外には、騎士団の人が何人も待機していた。
「名前を呼ばれた候補から、順番にこちらへ――まずは西三区のエリシア嬢」
フワッフワの髪に、オレンジ色のドレスを着た可愛らしい女性が立ち上がる。騎士団の人が手を取って、エスコートしてくれるらしい。付き添いの人もその後に続いて舞台へと向っていく。
「続いて、東二区、フィレイア嬢――西商店連合推薦、シャーリン嬢――東五区、リリナ嬢」
次々に名前が呼ばれ、候補たちが天幕を出ていく。それにつれて、舞台の方向から聞こえる拍手と歓声が次第に大きく膨れ上がっていく。
「冒険者ギルド推薦、レイガ嬢」
私も、半分くらいが出て行ったところで名前を呼ばれた。ナーサリアさんはまだか。椅子から立ち上がり、シーラさんと一緒に入口へと向かう。 出たところで、騎士団の人が待っていた――今度はイルークさんじゃないんだな。
「どうぞ、お手を――」
そう言われたので、差し出された手に自分のを重ねる。少し汗ばんでいて、騎士さん達も、この暑い中で鎧を着こんで大変なんだろうと、同情しちゃった。熱中症とかならないといいんだけどな。
「この先に段差があります、足元に注意を」
「はい、ありがとうございます」
そこを上ればもう舞台の上だ。背筋を伸ばして、深呼吸を一つ。
「レイちゃん、笑顔よ、笑顔!」
後ろからシーラさんが小さい声で注意してくれる。多少ひきつってたかもしれないけど微笑を浮かべて、いざ出陣、だ。
「十三番目の登場は、冒険者ギルドよりレイガ嬢です!」
進行役の声を合図に、ステップを上がり、舞台に立つ。ものすごく近くから大きな歓声が上がり、驚いてそっちを見たら、ギルド御一行様が舞台かぶりつきの位置に大量に陣取っていた。おいおい、そこの場所、ちゃんと平和的に取得したんでしょうね? ロウとガルドさんももちろん、そこにいてくれる。
この舞台なのだが、メインになるところから八の字を描くように、左右に大きく張り出した形で設置されている。私が立つのは右側の頂点に近いところだ。椅子も置かれているけど、これにはまだ座っちゃダメ。候補者全員が舞台上に揃い、開始の挨拶があるまでは立っているのだ、とシーラさんから教わっている。 エスコート役の騎士さんと付き添いのシーラさんは、私の後ろでスタンバイ。騎士さんは護衛も兼ねているようだ。以前、対立候補を応援する人が(以下略)。そんなことしたら、応援してる候補の印象も悪くなるのにねぇ。祭りの熱気で、頭に血が上りすぎる人がいるってことだろう。
私の後からも続々と、月姫候補たちが舞台上に姿を現す。私の次の人からは舞台左側へと誘導されて、最後は二十人目。前回優勝者のナーサリアさんが位置に着くと、これで全員がそろったことになる。
「ご来場の皆さん、お待たせいたしました! 今宵の月は、天ではなくこの地上へと舞い降り、美女となって皆さんの前に並んでおります。いずれ劣らぬ美しき月の精ですが、しかし、真の姫はただ一人。その姫となるべき女性をこの中より選び出したいとおもいます。皆さんもどうか、この『月姫選び』にご協力ください!」
進行役の人の口上に、会場全体がうぉんと揺れるほどの歓声と拍手が巻き起こる。
この暑いのに、みんな元気だなぁ。私ももちろん暑いけど、こっちは日本とは違い湿度がそれほど高くない、からっとした暑さだからまだ耐えられてる感じだ。
「それでは、改めまして、月姫候補たちをご紹介いたしましょう! 最初は西三区よりおいでのエリシア嬢です」
『がんばれよーっ』『エリー、応援してるぞぉ』てな応援団からの声援が飛ぶ中、エリシア嬢が舞台の中央へと進み出る。
一礼して、くるりとターン。ファッションショーみたいだ。『あちら』でのミスコンや、芸能プロのオーディションだと、得意の歌や踊りを披露するものだが、そういうのはこちらにはないらしい。何かをするでもなく、にこにこと笑って手を振っていれば良いから楽でいい――と、この時はまだ暢気にそう思っていた。
「――次は冒険者ギルドよりの推薦! レイガ嬢です!」
そんな出てる方にすれば楽で、見てる方にしたらちょっと退屈な出番が次々と進んでいき、私の順番もまわってくる。椅子から立ち上がり、会場に向かって腰をかがめるお辞儀をして、中央部分へと向かう。
「レイちゃん、がんばってーっ」
「嬢ちゃんが一番きれいだぜっ」
盛り上がるギルドの面々が口々に応援してくれる。ラナさんとアルおじ様の声もちゃんと聞こえた。会場全体を見回すように視線を巡らせ、一礼して、くるりとターン。たっぷりと襞を取ってある衣装は、立っているだけだと分からないんだけど、こうやって動くと裾が大輪の花が咲いたみたいに綺麗に広がるのだ。そこでまた、会場からの歓声がひときわ大きくなり――ちょっと引くくらいだ。
いい加減、これくらいでいいだろうと判断して、もう一度、腰をかがめるお辞儀をしてから定位置に戻る。
「レイガちゃん、素敵だったわ! 堂々として、凛としてて、とっても綺麗だったわよ」
戻って椅子に座ると、シーラさんも褒めてくれて、どこからか水の入ったコップを出して渡してくれる。
私の後も次々に名前が呼ばれ、ラストはナーサリアさんだ。
流石に、過去二回の優勝経験を持つナーサリアさんは、堂々たる態度だった。長いドレスの裾を綺麗に捌き、お辞儀をする様子も凄くきれいだ。さっきは見かけなかった大きな扇を手に、華麗にターンして、妖艶な流し目を会場へと送る。私の時に勝るとも劣らない歓声と拍手が沸き上がり、ちらっとこっちを振り返って『ふふん』な感じで笑いやがりましたよ。シーラさんも気が付いて腹を立ててたけど、あまり怒っておなかの赤ちゃんに障ると大変だ。懸命に宥めていたら、そのうち、ちょっとおかしなことに気が付いた。
「……ナーサリアさん、もどっていきませんね」
「あら、本当……どうしちゃったのかしら?」
優勝経験者に対する優遇措置なのか、ナーサリアさんの席は、中央に一番近いところに用意されていた。だから、戻るにしてもすぐ……のはずなのに、何故かわずかに後ろに下がったものの、ステージ中央に立ったままなのである。
「何か問題でも起きたのかな?」
「いえ、そう言う感じじゃないわ」
候補達は勿論、会場からもざわめきが起こりはじめる。次第に大きくなっていくそれに、不安が頭をよぎり始めたその時。タイミングを計ったように、進行役が口を開いた。
「さて、例年の『月姫選び』では、この後、投票に移るのですが、前回・前々回の優勝者をだした魔導ギルドより、申し入れがありました。本年は、長らく不在であった『大姫』が選ばれる可能性がある大事な大会でございます。しかし、前年、前々年と、あまりにも簡単に『月姫』が決定してしまっており、記念すべき『大姫』誕生の年にそれではあまりにも盛り上がりに欠ける。その為、例年通りの進行ではなく、特別なことをすべきではないか……とのことでございます。大会運営本部は、この提案に一理あると考え、それを受け入れました。ですので、急きょではありますがコンテストの内容を一部変更し、この後は月姫候補たちに、自分の特技を披露していただきたいと思います」
……え? なに、それ。きいてませんよ?
「シーラさんっ?」
またも後だし情報かいっとシーラさんを振り返るが、真っ青な顔で首をぶんぶんと横に振っている。
「聞いてないわ! わ、私も初耳よっ」
他の候補たちも、青い顔をして付き添いの人や護衛の騎士さん達に何やら訪ねているようだ。その様子を見れば、隠し事をされていた、という可能性はないだろう。
となると……、と気が付いて、まだ舞台の中央にいるナーサリアさんを見ると、ドヤ顔でこっちを見ている。そう言えば、さっきの会話の中で、妙に思わせぶりなことを言っていた。あんまりにもキャラが強烈すぎたのでうっかりスルーしてしまっていたが、それがこの事をにおわせていたんだとしたら……やってくれるじゃないの。
物凄くいい天気で、まだ午前中だと言うのにかなり暑い。
私の出番である『月姫選び』は午後も遅くなってから開催されるのだけど、その前の準備があるということで、お昼の少し前からギルドへと出向く。当然、ロウとガルドさんも一緒だ。
「おはよう、レイちゃん」
「おはようございます、シーラさん」
到着した途端、シーラさんが駆けつけてくれる。その後から、ラナさんとエルザさんもすぐに姿を現した。
「おはよう、レイちゃん。夕べはしっかり寝た?」
「おはようございます。はい、ちゃんと早寝しました」
「おはよう。髪も洗って来てくれたかしら?」
「おはようございます、エルザさん。はい、そっちも大丈夫です」
私は毎晩お風呂に入るから、髪はその度に洗っている。シャンプー的なのがないから、まずリフレッシュ魔法で地肌共々綺麗にした後、お湯をかぶるだけだけどね。髪にはよくない方法なのかもしれないけど、そうしないと『綺麗になった』って実感がわかないのだ。リンスを付ければいいんだろうが、まだそちらも発見できてない。手作りしないといけないのかなー、でも作り方ってどんなだっけ? と頭を悩ませてる最中だ。
早寝に関しては――ええ、頑張りましたよ。今日が出番なのは私だというのに、ロウもガルドさんも妙に興奮しちゃって、宥めるのが大変だったのは秘密です。
「それじゃ、早速だけど、こっちに来てちょうだい――そっちの二人は、少し待っててね」
そう言って、連れていかれたのは最初に顔合わせをした小部屋で、すでにドレスやサンダルは準備済みだった。
トルソーに着せられていたドレスを脱がせて、寄ってたかって着付けをしてくれる。
初めてコルセットってのも使ったよ。胸の膨らみの下から腰に掛けてを覆う感じで、背中側にクロスして通されてる紐を引っ張って締め上げる。『月姫選び』のクライマックスは日が落ちる頃だからと、緩めにはしてくれたらしいけど――マジで、きつい。緩めでこれくらいなら、本気になって締めあげられたら、なんか出てきちゃうかもしれない。
「綺麗になるには、努力は勿論だけど、我慢と根性も必要なのよ」
「はい……」
お化粧してくれているラナさんに愚痴ったら、お叱りをいただいてしまった。ラナさんがハケみたいなのでファンデーションを塗り、その上からお白粉とチークをはたいてくれる。目はぱっちりとなる様にアイシャドウは少し濃いめで、口紅もドレスの色に合わせて真紅をチョイスしてくれていた。 髪型はエルザさんが腕を振るってくれて、後ろはドレスと同じ布を髪と一緒に複雑な形に編み込んで、後頭部でお団子にしてくれた。一部は下ろしたままで、余った布と一緒に胸元へと落ちている。前髪は軽くカールさせて、自然な形で横に流す。十センチヒールのサンダルを履くと、とりあえずの準備は終了だ。
「綺麗よ、レイちゃん!」
「これなら月姫間違いなしね」
「これでやっと、魔導ギルドの鼻をあかせるわ」
ありがとうございます。シーラさん達のおかげです。
誰かが持ち込んでくれたのか、今日は大きな姿見もあって、改めて全身を写してみると――うわ、凄い。ナイスバディの目を見張るような美人がこっちを見てた。コルセットで締めているので、いつもよりウエストは細いし、胸も強調されている。
こっちの私は凄い美人なんだ、って自覚は少しずつついてきてはいたが、ドレスやメイク、髪型をきちんとしたのは初めてだったんで、うっかり見惚れてしまった。
つくづくこれが自分だってのが信じられないレベルです。
こっちに来てから肌身離さず持っている全財産の入っている魔倉は、流石にこのドレスには合わない。なので、ギルドで責任をもって保管してくれるとのことで、預かってもらうことになった。
『月姫選び』が行われる祭の舞台は、ここからしばらく行った市庁舎前の広場にあって、ギルドから馬に乗って移動する手はずになっている。月姫候補のお披露目も兼ねていて、各地区やギルドからの出場者もそうやって集まってくるらしい。中にはわざわざ遠回りしてからくる人もいるそうだ。 一人では馬に乗れないんですけど……と打ち合わせの時に白状したら、手綱はギルドの人が持ってくれるから、私は乗っかってるだけでいいと言われて安心した。
外へ出るために、まずはホールへと続くドアを開けた途端、ものすごい拍手と歓声が沸き上がった。
おいおい、一体、何人いるんだ? 広いはずのギルドのホールがぎゅうぎゅう詰めで、二階へと続くらせん階段やその上の手摺の所にも鈴なりになっている。
「おお、なんと素晴らしい! 予想以上の美しさですな」
一番前にいたのは、今回の黒幕のギルド長さんだ。その隣にはロウとガルドさんがいて、アルおじさまの顔もある。皆、口々に褒めてくれるんだけど、あまりちやほやされても、中身が小市民なんでいたたまれません。
「ありがとうございます。これもシーラさんをはじめ、ギルドの皆さんのおかげです――ギルドの代表として、精いっぱい頑張らせていただきます」
シーラさんに教わったお辞儀――上半身はそのままで、ドレスの裾をつまんで軽く腰をかがめる――をすると、歓声がひときわ大きくなった。
ロウとガルドさんも、メイクとヘアもばっちり決めた私を初めて見せるから、物凄くびっくりした顔になってる。
「お前……本当にレイか?」
「すげぇ綺麗だぜ、レイちゃん! 二度惚れどころか、十回は惚れなおしたぜ」
「ありがとう。二人にそう言ってもらえると、心強いよ」
誰かが気をきかせてくれたのか、軽い食事が出て――生憎と、コルセットのおかげでほとんど食べられなかったけど――そろそろ出発の時間だ、ということになり、ギルド長さんを先頭にしてホールから出る。
正面玄関前には大きな黒い馬が一頭、スタンバっていた。これに乗って、会場に向かうのだろう。しかし、これだけ大きいのにどうやって上まで登ろうか……と、困っていたら、一同の中からガルドさんが進み出てきた。
「レイちゃん、ちょいと失礼するぜ」
そういうと、私の腰に手を回し、ひょいって感じで鞍の上まで押し上げてくれた。うわっ、いっきに視線が高くなる。
「あ、ありがとう、ガルドさん」
馬の轡はロウが獲ってくれるようだ。ガルドさんも馬に乗った私の側にぴったりと衝いてくれて、不測の事態に備えてくれる。
「さあ、我らの姫の出発だ! 周りを囲め――妙な連中を近づけるなよ」
ギルド長さんの合図で広場までのパレードが始まった。過去には、ライバルの出場者を応援する人が候補を襲ったこともあるとかで、護衛の意味も兼ねているんだそうだ。ごつい男の人達に囲まれての行進だけど、私は馬にのってるんで周囲の様子がよく見える。ものすごく注目を集めてるよ。
「レイガちゃん、笑顔よ、笑顔! 手を振ってアピールするのよ!」
一緒についてきてくれてるシーラさんからの指示に従って、にっこり笑って手を振ると、周囲の人たちからも歓声が上がった。
歌舞伎のお練りか、アイドルのプロモーションでもやってる気分だ。恥ずかしいけど、ちょっと気持ちいいかもしれない。
非常にゆっくりとした速度で進んだのだけど、心配していた襲撃もなく――まぁ、この面子に囲まれてる私を襲うような、度胸のある人はいないわな――無事に舞台のある広場へと到着する。
今度はロウの手を借りて馬から降りると、騎士団の鎧を着た人が走り寄ってきた。
「ようこそ。冒険者ギルドの月姫候補ですね。我々が会場の警備を担当させていただいております。控室にご案内しますので、候補と付き添いの方はこちらへどうぞ」
ここで、一旦、ロウ達とはお別れらしい。私とシーラさんだけが案内されて、他の人は観客席に回る様だ。
ところで、騎士と呼ばれる人を初めて近くで見たけど、びしっと姿勢を正して告げる姿は、流石にかっこいい。丁重な態度で促されて――月姫候補にはみんなこうするんであって、私一人にじゃないだろうが――軽く会釈を返すと、急にじろじろ顔を見つめられる。
「貴方は……もしや、あの時の?」
「は?」
「あら? レイちゃん、騎士に知り合いがいたの?」
シーラさんにきかれるが、記憶にありません。
「先日、ウールバー男爵とブライト商会の頭が起こした事件がありましたでしょう? あの時に、私もそこにいたのです。そして、貴方をお見かけした――貴方は気を失っておられたから、覚えてはいらっしゃらないでしょうが」
ああ、あの時の、と改めて騎士さんの顔を見るが――うん、見覚えはない。というか、あの夜の記憶はロウを助けたところでぷっつりと切れてるんだよ。次に気が付いたのは、宿のベッドの上だったしね。
そして、目が覚めてから、顛末を聞かされて、『ギルドと騎士団にお礼に行ったほうが良いんじゃないか』とロウとガルドさんにも相談したんだ。でも、ギルドは兎も角、騎士団については『あいつらはそれが仕事だ』とあっさりと却下されてたんだよね。
そうは言われても、私としては気にはなっていたから、これはいい機会だ。この人を代表と考えて、ここでお礼を済ませちゃおう。
「その節は、大変お世話になりました。私の他にも攫われていた人たちが、無事に戻れたのは騎士団のおかげだと聞いています。ありがとうございました」
「いえ、我々は職務を果たしただけですので――しかし、貴方が冒険者ギルドの候補だったとは……あの時もそう思ったが、お美しい。特に今日の装いは、目を見張るほどだ」
最初は騎士らしくきっぱりと答えてくれたが……後半、それでいいんですか? 褒めてくれるのは嬉しいんだけど、私だけ贔屓してるみたいな言動はマズイんじゃないの? 他にもいる騎士さんたちや、他の月姫候補の目ってものがあるんだし――ほらほら、あっちにいる騎士さんが睨んでますよ。
「……小隊長」
「こ、これは失礼。すぐにご案内しますので、開始までそこで待機していただきます――それと、私の名前はイルークと申します。お見知りおきを」
隊員の一人に小突かれて、騎士さん――小隊長さんのイルークさん――は、やっとこ正気に戻ったみたい。それでも最後に、私に名前を告げてアピールするのは忘れなかった。
騎士って言うと、ストイックなイメージがあったんだが、この人はちょっと違うみたいだ。いや、この人――イルークさんだけを見て、他の騎士さん達を判断しちゃいけないのはわかってるけどさ。
改めてイルークさんの案内で、私とシーラさんは舞台裏のテントへとたどりつけた。テントと言っても、屋根だけじゃなくて壁もちゃんとあるやつで、天幕、と言った方がいいのかもしれない。
結構大きな天幕で、入り口の布を開けると中にはすでに十数人の月姫候補と、その付き添いの人が待っていた。皆、色とりどりのドレスに身を包み、メイクも髪もばっちり決めてる。元々が綺麗な人たちの集まりだから、その様子は壮観の一言に尽きる。
天幕の中にはいくつも椅子が置かれていて、候補者たちは思い思いの場所に座っている。付き添いの人と話していたり、炎天下をパレードしたことで崩れてしまったお化粧や髪型を直している人もいるし、水分補給してる人もいる。
私たちも空いてる椅子をさがして、腰を下ろしたんだけど、その途端――来ましたよ、敵情視察、っての?
「あら、シーラ。今回は、貴方が候補じゃないのね」
赤、というか朱色に近い色合いで、ホルターネック。後ろに長くトレーンを引いた形のドレスを着た女性――うわあ、お蝶○人かマリーアントワネットか、ってくらいの縦ロールだ――が、そんなことを言いながら近づいてきた。
「ごきげんよう、ナーサリア。魔導ギルドは今年も貴方? 余程、人がいないのねぇ」
椅子から立ち上がろうとする私を、シーラさんが身振りで止める。私の前に立ち、バリケードになるような形で、ナーサリアさんへと言葉を返す。気さくで優しいシーラさんにしては、言葉にとげがあるんだけど、どうやらこれが往年のライバル、魔導ギルドの候補者らしい。
「実績と、それに基づく信頼でしょうね。三年連続で月姫になれば、伝説の大姫、として名が残るもの。ウチのギルドでは、とっくに祝いの準備も済ませているのよ」
ほほう、三年連続優勝だと特別称号がもらえるのか。ベストジーニストみたいなもんなのかな。
しかし、このナーサリアさん、二年連続で優勝しただけのことはある。まつ毛はばっさばさで、目は大きなアーモンド形。鼻筋はすっきりと通っていて、唇の形も綺麗だ。スタイルも良いし、それに金髪縦ロールとくれば、どこから見ても文句のつけようもないド迫力美人です。
「あら、今年も勝てる気でいるの? それはまた、ずいぶんと自信があるのねぇ」
対するシーラさんは、確かにナーサリアさんと比べるとインパクトが弱い。美人というよりも可愛い系で、『恋人にしたい』『お嫁さんになってほしい』 という男性は多いだろうけど(だから旦那さんが三人もいるのかな)、ナーサリアさんみたいな『観賞用の美人』じゃないんだよね。
あ、今、上手い事言ったかも。
ナーサリアさんって、今の短い会話とそれに伴う表情で、私にも超気の強いタイプってのが分かっちゃったし。きれいな分、プライドも高そうだし、遠くで見るにはいいけど、お近づきになるといろいろと苦労の多そうな女性だと思う。
「当然でしょう。そちらは……見たことのない人だけど、どこから探してきたのかしら? 冒険者ギルドも苦労しているようね。あれこれと手を尽くして飾り立ているけど、無駄な努力だわ。それに、今年は……」
「今年は? なんなのよ?」
「それは、後のお楽しみよ。とにかく、私に勝とうなんて十年早いってことを、しっかりと思い知るといいわ」
つん、と顎をそらしてそう言った後、「をーほほほほっ」と高笑いする。おお、ちゃんと手の甲を口元にもってってる。素晴らしい! 完璧ですよ、ナーサリアさん。 わけのわからない感動を私にを与えてナーサリアさんはさっさと戻って行ってしまった。『文句があるならベルサイユにいらっしゃい』って、ふわふわの羽の付いた扇を持ちながら言ってもらえないかなぁ。
「――レイガちゃん、大丈夫? あの人のことは気にしないでいいからね」
「大丈夫です。って言うか、楽しませてもらいまいした」
「え?」
「いえ、こっちのことです」
まぁ、とにかく面白い人だった。何処からがネタですか、と危うく尋ねそうになったくらいだ。
それは兎も角、あっちから来たってことは、あちらもこっちを警戒してるんだろう。でもって、威嚇してきたのは、私を難敵だと認めたってことだよね。行動がわかり易い上に、私は外側は十七でも中身は三十オーバーだから、あの程度の威嚇でビビるかわいらしさは持ち合わせていない。あ、なんか……自分で言って、ちょっと悲しくなったかも。
私の後にも数人の候補が入って来て、そこからまたしばらく待ったところで、天幕の外でファンファーレみたいなのが鳴った。
『お待たせいたしました。これより本年の月姫選びを始めます!』
アナウンスの声が聞こえると、天幕の入り口の布があげられる。外には、騎士団の人が何人も待機していた。
「名前を呼ばれた候補から、順番にこちらへ――まずは西三区のエリシア嬢」
フワッフワの髪に、オレンジ色のドレスを着た可愛らしい女性が立ち上がる。騎士団の人が手を取って、エスコートしてくれるらしい。付き添いの人もその後に続いて舞台へと向っていく。
「続いて、東二区、フィレイア嬢――西商店連合推薦、シャーリン嬢――東五区、リリナ嬢」
次々に名前が呼ばれ、候補たちが天幕を出ていく。それにつれて、舞台の方向から聞こえる拍手と歓声が次第に大きく膨れ上がっていく。
「冒険者ギルド推薦、レイガ嬢」
私も、半分くらいが出て行ったところで名前を呼ばれた。ナーサリアさんはまだか。椅子から立ち上がり、シーラさんと一緒に入口へと向かう。 出たところで、騎士団の人が待っていた――今度はイルークさんじゃないんだな。
「どうぞ、お手を――」
そう言われたので、差し出された手に自分のを重ねる。少し汗ばんでいて、騎士さん達も、この暑い中で鎧を着こんで大変なんだろうと、同情しちゃった。熱中症とかならないといいんだけどな。
「この先に段差があります、足元に注意を」
「はい、ありがとうございます」
そこを上ればもう舞台の上だ。背筋を伸ばして、深呼吸を一つ。
「レイちゃん、笑顔よ、笑顔!」
後ろからシーラさんが小さい声で注意してくれる。多少ひきつってたかもしれないけど微笑を浮かべて、いざ出陣、だ。
「十三番目の登場は、冒険者ギルドよりレイガ嬢です!」
進行役の声を合図に、ステップを上がり、舞台に立つ。ものすごく近くから大きな歓声が上がり、驚いてそっちを見たら、ギルド御一行様が舞台かぶりつきの位置に大量に陣取っていた。おいおい、そこの場所、ちゃんと平和的に取得したんでしょうね? ロウとガルドさんももちろん、そこにいてくれる。
この舞台なのだが、メインになるところから八の字を描くように、左右に大きく張り出した形で設置されている。私が立つのは右側の頂点に近いところだ。椅子も置かれているけど、これにはまだ座っちゃダメ。候補者全員が舞台上に揃い、開始の挨拶があるまでは立っているのだ、とシーラさんから教わっている。 エスコート役の騎士さんと付き添いのシーラさんは、私の後ろでスタンバイ。騎士さんは護衛も兼ねているようだ。以前、対立候補を応援する人が(以下略)。そんなことしたら、応援してる候補の印象も悪くなるのにねぇ。祭りの熱気で、頭に血が上りすぎる人がいるってことだろう。
私の後からも続々と、月姫候補たちが舞台上に姿を現す。私の次の人からは舞台左側へと誘導されて、最後は二十人目。前回優勝者のナーサリアさんが位置に着くと、これで全員がそろったことになる。
「ご来場の皆さん、お待たせいたしました! 今宵の月は、天ではなくこの地上へと舞い降り、美女となって皆さんの前に並んでおります。いずれ劣らぬ美しき月の精ですが、しかし、真の姫はただ一人。その姫となるべき女性をこの中より選び出したいとおもいます。皆さんもどうか、この『月姫選び』にご協力ください!」
進行役の人の口上に、会場全体がうぉんと揺れるほどの歓声と拍手が巻き起こる。
この暑いのに、みんな元気だなぁ。私ももちろん暑いけど、こっちは日本とは違い湿度がそれほど高くない、からっとした暑さだからまだ耐えられてる感じだ。
「それでは、改めまして、月姫候補たちをご紹介いたしましょう! 最初は西三区よりおいでのエリシア嬢です」
『がんばれよーっ』『エリー、応援してるぞぉ』てな応援団からの声援が飛ぶ中、エリシア嬢が舞台の中央へと進み出る。
一礼して、くるりとターン。ファッションショーみたいだ。『あちら』でのミスコンや、芸能プロのオーディションだと、得意の歌や踊りを披露するものだが、そういうのはこちらにはないらしい。何かをするでもなく、にこにこと笑って手を振っていれば良いから楽でいい――と、この時はまだ暢気にそう思っていた。
「――次は冒険者ギルドよりの推薦! レイガ嬢です!」
そんな出てる方にすれば楽で、見てる方にしたらちょっと退屈な出番が次々と進んでいき、私の順番もまわってくる。椅子から立ち上がり、会場に向かって腰をかがめるお辞儀をして、中央部分へと向かう。
「レイちゃん、がんばってーっ」
「嬢ちゃんが一番きれいだぜっ」
盛り上がるギルドの面々が口々に応援してくれる。ラナさんとアルおじ様の声もちゃんと聞こえた。会場全体を見回すように視線を巡らせ、一礼して、くるりとターン。たっぷりと襞を取ってある衣装は、立っているだけだと分からないんだけど、こうやって動くと裾が大輪の花が咲いたみたいに綺麗に広がるのだ。そこでまた、会場からの歓声がひときわ大きくなり――ちょっと引くくらいだ。
いい加減、これくらいでいいだろうと判断して、もう一度、腰をかがめるお辞儀をしてから定位置に戻る。
「レイガちゃん、素敵だったわ! 堂々として、凛としてて、とっても綺麗だったわよ」
戻って椅子に座ると、シーラさんも褒めてくれて、どこからか水の入ったコップを出して渡してくれる。
私の後も次々に名前が呼ばれ、ラストはナーサリアさんだ。
流石に、過去二回の優勝経験を持つナーサリアさんは、堂々たる態度だった。長いドレスの裾を綺麗に捌き、お辞儀をする様子も凄くきれいだ。さっきは見かけなかった大きな扇を手に、華麗にターンして、妖艶な流し目を会場へと送る。私の時に勝るとも劣らない歓声と拍手が沸き上がり、ちらっとこっちを振り返って『ふふん』な感じで笑いやがりましたよ。シーラさんも気が付いて腹を立ててたけど、あまり怒っておなかの赤ちゃんに障ると大変だ。懸命に宥めていたら、そのうち、ちょっとおかしなことに気が付いた。
「……ナーサリアさん、もどっていきませんね」
「あら、本当……どうしちゃったのかしら?」
優勝経験者に対する優遇措置なのか、ナーサリアさんの席は、中央に一番近いところに用意されていた。だから、戻るにしてもすぐ……のはずなのに、何故かわずかに後ろに下がったものの、ステージ中央に立ったままなのである。
「何か問題でも起きたのかな?」
「いえ、そう言う感じじゃないわ」
候補達は勿論、会場からもざわめきが起こりはじめる。次第に大きくなっていくそれに、不安が頭をよぎり始めたその時。タイミングを計ったように、進行役が口を開いた。
「さて、例年の『月姫選び』では、この後、投票に移るのですが、前回・前々回の優勝者をだした魔導ギルドより、申し入れがありました。本年は、長らく不在であった『大姫』が選ばれる可能性がある大事な大会でございます。しかし、前年、前々年と、あまりにも簡単に『月姫』が決定してしまっており、記念すべき『大姫』誕生の年にそれではあまりにも盛り上がりに欠ける。その為、例年通りの進行ではなく、特別なことをすべきではないか……とのことでございます。大会運営本部は、この提案に一理あると考え、それを受け入れました。ですので、急きょではありますがコンテストの内容を一部変更し、この後は月姫候補たちに、自分の特技を披露していただきたいと思います」
……え? なに、それ。きいてませんよ?
「シーラさんっ?」
またも後だし情報かいっとシーラさんを振り返るが、真っ青な顔で首をぶんぶんと横に振っている。
「聞いてないわ! わ、私も初耳よっ」
他の候補たちも、青い顔をして付き添いの人や護衛の騎士さん達に何やら訪ねているようだ。その様子を見れば、隠し事をされていた、という可能性はないだろう。
となると……、と気が付いて、まだ舞台の中央にいるナーサリアさんを見ると、ドヤ顔でこっちを見ている。そう言えば、さっきの会話の中で、妙に思わせぶりなことを言っていた。あんまりにもキャラが強烈すぎたのでうっかりスルーしてしまっていたが、それがこの事をにおわせていたんだとしたら……やってくれるじゃないの。
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