元OLの異世界逆ハーライフ

砂城

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第一章 ハイディン編

裏の事情がありました

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 最初の打診の段階で夏至祭まで半月を切っていたため、出来るだけ早めに準備に取り掛かりたいってことで、関係者との顔合わせは二日後の今日という話になっていた。
 ひとりで行ける、と言ったのだけど、前科があるせいかロウとガルドさんもついていくときかなくて、結局、三人してぞろぞろと出かける事になってしまった。


 ギルドに到着すると、すぐにアルおじさまが気が付いてくれて、カウンターの後ろにある扉の奥へと案内される。奥に入るのは初めてだ。事務所みたいなところの横を通り過ぎ、いくつかある小部屋の一つへ通された。そこで、ロウとガルドさんと一緒にちょっとドキドキしながら待っていると、やがて一人の女性が現れた。

「初めまして、シーラよ。前回までの『月姫選び』の出場者。これから前夜祭までよろしくね」
「レイガです、初めまして。よろしくお願いします。こちらの二人は私のパーティの仲間で、今日はなんというか、付き添い的な感じです」

 自己紹介してくれたシーラさんは、明るい栗色の巻き毛とグリーンの目をした、美人というよりはかわいらしい感じの女性だった。年齢は二十五歳前後ってところかな。身長は私よりも高くて――私はこちらではやや小柄な部類に入るらしい――胸も結構あるな、この人。ゆったりとしたワンピース風の服を着ていて、そのことで彼女が妊娠中だということを思い出した。

「赤ちゃんが生まれるそうですね、おめでとうございます」
「うふふ、ありがとう。でも、そのおかげでギルドに迷惑かけることになっちゃって……困っていたところに、貴方が現れてくれて助かったのよ」
「どこまでやれるかわかりませんが、精いっぱい頑張ります」
「あなたなら大丈夫よ――それにしても、噂には聞いていたけど、本当に美人ねぇ」

 しみじみと言われて、思わず赤面する。男性陣から言われるのはそれなりに耐性ができてきたけど、女性からってのは初めてでどう対応していいか困ってしまう。

「あら、赤くなった。ふふ、可愛いじゃない。これは磨き甲斐がありそうね」

 キラン、とシーラさんの目が光った気がする。磨き甲斐、ってなんだ? コンテストの説明を受けるだけじゃなかったの?

「ラナ、エルザ! いいわよ、こっち来て」

 戸惑う私には構わず、シーラさんが誰かの名前を呼ぶ。すると、それに応えてさらに二人の女性が部屋に入ってきた。

「まぁ、この子ね! すごいきれいな子じゃないの」
「スタイルもいいわね、これは本気で『月姫』が狙えるわよ」

 シーラさんとは違って、こっちはいきなりの突撃だ。あっという間に前後をふさがれ、肌のつやがどうとか、髪質がどうとかと批評が始まる。その勢いで、ロウもガルドさんも弾き飛ばされた形になってしまう。この二人を完璧無視とか、この女性達すごい……。

「二人とも少し落ち着きなさいよ。この子がおびえちゃってるじゃない。ほら、まずは自己紹介でしょ」
「あら、そうね――私はラナ。お化粧担当よ、よろしくね」
「エルザよ。当日の髪型は私に任せてね。ばっちりキメてあげるから楽しみにしてて」
「あ、はい。レイガです。そちらにいるのが、仲間のロウアルトとガルドゥークです。私共々、よろしくお願いします」

 ちょっと、ロウ。こういう状況が苦手なのはわかるけど、せめて自己紹介位自分でやろうよ。ガルドさんはそうでもないみたいなんだけど、苦笑しながら軽く目線での挨拶のみに抑えている。
 女性陣の方は、ラナさんは緩やかなウエーブのかかったブラウンの髪と茶色い目の、ちょっとふくよかさん。エルザさんはスレンダーな体つきで、ストレートの淡い金髪に青い目をしていた。どっちもシーラさんと同年配か、少し上くらいに見える。

「レイガさんは『月姫選び』は初めてなんですってね」
「ええ。ハイディンに来てからまだ二月にならない程度なので」
「なるほどね。それなのにうちのギルド長に目をつけられた、ってことか」
「あの狐親父なら多少の無理は通しちゃうでしょうしね……まぁ、天災だと思ってあきらめてね」「私たちも全力で協力するから! 是非とも今年は魔導ギルドに一泡吹かせてやりましょう」

 ラナさんとエルザさんは、前回シーラさんが出場した時もメイクとヘアを担当してて、職場でも仲よしなんだそうだ 最初はちょっと緊張していた私だけど、話をしてみると三人とも気さくで、本来部外者であるはずの私が代表になったことについても、特にわだかまりはないみたい。なので、少し経つとすっかり打ち解けて――うう、久々の女性同士の会話が、嬉しい――私のことも『レイガちゃん』と呼んでくれるようになった。

「――それで、服を持ってきてくれてるのよね、レイガちゃん」
「はい、それと靴も、って言われてたので――」

 最初の話を持ち掛けられたときに、衣装の事もちょっとだけ聞いてたので、いくつか見繕って持ってきてはいたのだ。ただ、手持ちの服はそれほど多くない。元々魔倉に入っていた物に、数枚買い足したくらいだ。それも普段着って感じのものばかりだしね。

「うーん……弱いわねぇ」
「そうねぇ、おとなしすぎるわ。靴も、もっと高さが欲しいわね」
「舞台映えを考えたら、もっとずっと派手なのじゃないと」

 あ、やっぱりですか。まぁ、そりゃそうだろうな。出して見せたのは、ごく普通のシャツというかブラウスに、長い巻きスカートだ。だって、これくらいしかないんだよ。他は放浪者活動に便利なパンツとかばっかりだし。

「色は赤ね」
「靴ももちろん赤でしょ。華奢な感じのサンダルがいいわね」
「えっと……赤いのは持ってないんですけど? サンダルも……」
「あら、そんなの当然、今から作るのよ」
「まだ十日はあるものね。間に合うわ」
「って言うか、無理にでも間に合わさせるわよ。靴は型をとったことは? ……あら、ないの? いいわ、何とかさせるから――あ、支払いはギルド持ちだから心配しないでいいわよ」
「ええ? で、でもそんなことまでしていただいたら……」
「気にしなくていいのよ。ウチの代表としてでるんだから、そのくらいは当たり前よ――ふふふ、ギルド長からも言われてるんで予算は使い放題よ! 口紅もレイガちゃんに合せないといけないわね」
「髪形もね。腕が鳴るわ」
「早速行きましょ。私、荷物とってくるから待っててね」

 怒涛のような会話に、途中、二言三言、口を挟むのでやっとだ。あれよあれよという間に、三人の間で話がまとまり――私の意見をきいてみる、とかはないのでしょうか?
 
「あ、あの……今から、と言われても。この二人もいることですし?」
「……あら、そうだったわね」

 お二人さん、存在自体を忘れられていたようですよ。お三方に押されっぱなしで、いつの間にか隅っこに追いやられてる様子が哀愁を誘う。この上、時間がかかること請け合いの『女性のショッピング』に付き合わせるのは、かわいそうすぎる。

「『銀狼』と『轟雷』もいたんだったわね。どうしようかしら……」
「『月王』に出るんでしょ? だったら、訓練所に行ってもらっとけばいいじゃない」
「ああ、そうね。そうしてもらいましょうか」

 『月王』? なんですか、それ。また知らない単語が出てきたぞ。

「それでいいわよね、二人共?」
「いや、しかし……」
「い・い・わ・よ、ね?」
「……ああ」
「しゃぁねぇ。あきらめろや、ロウ」

 私を一人歩きさせたくないロウが反論を試みるが、口を開いた瞬間にラナさんに瞬殺される。強いよ、ラナさん。ガルドさんは、この状況を予想していたのか、最初から降参モードの様だ。そして気になるのは『月王』って単語なんだけど、今はシーラさん達の勢いがすごすぎて、口を挟めるムードじゃない。
 渋々引き下がったロウと、諦め顔のガルドさんをギルドに残して、女四人で買い物に行くことになってしまった。
 ギルドの建物を出てから連れていかれたのは、私が初めて足を踏み入れたオシャレで高級そうなお店だった。もしかして、貴族の方御用達とかじゃないの? 具体的な金額はわからないけど、その辺のトルソーの着てるドレスや小物類が、むっちゃ高そうなんですけど……。

「ようこそ、いらっしゃいませ。本日は、どのような御用でしょうか?」

 出てきた店員さんは、物腰の柔らかな品の良い女性だった。派手ではないがセンスがいい服装で、やはり高級そうな服を着ている。

「月姫用のドレスが欲しいの」
「色は赤よ」
「小物も一緒に選びたいの――この子に似合うものをね」

 しかし、私以外の三名はこの高級感に怯む様子もない。それどころか、いきなり要求を突き付けたかと思うと、あっという間に店員さんを巻き込んで、本人そっちのけで話し始めてしまった。

「こちらのお嬢様ですか? まぁ、なんてお美しい……」
「でしょう? だから、衣装はあまりけばけばしくないのが欲しいのよ」
「確かに、これほどのお美しさなら、過剰な装飾は邪魔でしかありませんわね」
「露出も少なめが良いわね。その辺の男に見せるのはもったいないわ」
「あら、でも、肩は片方だけなら出していいかもよ?」
「そうねぇ……その代り丈は長めにしておけば、下品にはならないわよね」
「左様でございますね……では、このような物は如何でしょう?」
「あら、素敵!」
「そうね、こういう感じはいいわ」

 店員さんが奥から画帖のようなものを持ち出して来てくれたので、それを見ながらどんどんと話が進んでいく――私以外の面子でだが。
 この辺になって来ると、流石に私も諦めの境地になっていた。元々、あまりファッションには興味がなかったこともあり、半分くらいは何を言ってるのかわからないってのもあるんだけど、このパワーにはとてもついていけません。彼女たちの様子からして、あまりとんでもないものは出来上がらないだろう、と素直にお任せすることにする――丸投げともいうけどね。
 で、そうやってしばらく待っていたら、やっとこアイデアがまとまったらしい。

「ねぇ、レイガちゃん。こんなのはどうかしら?」

 そう言ってシーラさんが見せてくれたのは、ワンショルダーのロングドレスのデザイン画だった。
 先ほどの画帖から基本的なシルエットを選んで、それにいくつかの変更点を付け足したもので、ショルダー部分には布で作った花が付いている。腰まではぴったりとしたシル エットで、そこからフレアのスカートが広がる感じみたいだ。
 それに使う生地もすでに決まっていて――見せてもらったのは光沢のあるサテンで、これがドレス本体の分、それにスカートと肩の花にオーガンザの部分使いになるんだそうな。あ、生地は私にはそう見えたってことで、こっちではなんていうのかは知らないんだけどね。

「凄く素敵ですね。でも、私に似合うかな……?」

 例えていうなら、ハリウッドセレブがパーティで着るような……日本の一般庶民には、まず着る機会はないだろう、結婚式のお色直しくらいならありえるかも、な感じです。ごくごく普通のOLで、お一人様街道を驀進していた私には、ある意味一番縁遠いドレスだったりするから、思わず腰が引けてしまったのだけど――。

「勿論よ! きっと、すごく綺麗よっ」
「でき上るのが今から待ち遠しいわっ」
「小物も、共布で作ってもらうようにお願いしてあるのよ」

 シーラさん達の熱意の前には、そんな躊躇いなんかあっという間に粉砕されてしまいました。

「『月姫』までには、必ず仕上げますのでご安心を」

 私の全身のサイズを細かく測ってメモしながら、店員さんがいう。
 吊るしを直すんじゃなくて一から作るから、本来ならもっと時間が必要なのだが、そこは融通をきかせてくれるらしい。
 一点もののドレスなんて初めてだよ。ていうか、ドレス自体、七五三の時に着たっきりじゃないか? 成人式は振袖だったし、親戚の結婚式にもそれで出てた。友人のもあったけど、ワンピースかスーツで行ってたしね。

「よろしくお願いね。あと、請求はギルドにしてくださいな」
「かしこまりました」

 いくらかかるか、どっちも口にしない辺りが怖い。銀貨数枚(数万円)ってことはないだろうから、ここまでしてもらってあっさり落選しました、なんていえないムードになって来た。
 内心、戦々恐々としながら、次に連れていかれたのはシーラさん達の行きつけの靴屋さんだった。
 先ほどのドレスもそうだが、ある程度のお値段の靴は、足型をとってオーダーメイドで作る物らしい。
 ここでもああでもないこうでもないと熱い論議を交わした後、十センチはありそうな細いヒールのサンダルを注文した。こんなに高いヒールの靴は履いたことがないから、歩く練習しないとコケちゃいそうだ。
 で、さらに小物屋さんで化粧品を選ぶのだけど――ここで妊娠中のシーラさんが疲れを見せたんで、休憩をとることになった。

「ごめんなさいね。どうも最近、疲れやすくって」
「お腹に赤ちゃんがいるから仕方ないですよ。気分が悪くなったりしてません?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、レイガちゃん」

 一休みのために選んだのは、女性に評判のカフェで、三人ともよく来るんだそうだ。おすすめのタルトに似たスイーツに紅茶みたいな飲み物を頼んで、しばしの休息とおしゃべりの時間となっていた。

「シーラのところは、旦那方が心配性だからね。妊娠してるのに無理に連れまわしたら、こっちが怒られちゃうわ」
「いいわねぇ。ウチやラナのとこは、他の奥さん方の手前、なかなか順番が回ってこないのよ。私も早く自分の子供が欲しいんだけどね」

 おや、シーラさんだけじゃなくて、ラナさんとエルザさんも既婚者か。そして、聞き捨てならないのが『旦那方』ってセリフだ。

「あの……シーラさんのところは、旦那さんが複数いらっしゃるパターンですか?」

 もしや、と思いながらも尋ねてみたら、あっさりと肯定された。

「そうよー。最近、三人目が増えたとこよね。お腹の子も、その人の子じゃない?」

 しかも夫が三人――そこに今度、赤ちゃんが生まれるってことは、ミュラちゃんちと同じ家族構成になるのか。ミュラちゃんの家族を見て、複数婚がこっちじゃ普通の事だと分かってはいたけれど、こうやって実際に他のお家のことを聞くと、ここはホントに日本とは全然違うんだなぁってしみじみと思うね。

「どうかしらねぇ。みんなして頑張るから、誰のかはわからないわ。生まれて来たら、特徴で分かるかもしれないけど」
「お熱い事で! それより、ねぇ……これって計画的?」
「……実はそう。ここまでうまい具合に妊娠できるとは思わなかったけどね。頑張ってくれた夫たちに感謝だわ」
「ノロケは良いから。しかし、思い切ったわねぇ」
「だって、考えても見てよ。また今年も私が出て、魔導ギルドに月姫持ってかれたら、ギルド長、どうなると思う?」
「確かに……ああ、これは秘密にしとくから、安心してね。まぁ、気が付いてる人もいるかもしれないけどね」

 そして話題の方は、女性同士だと言う事で、かなりあけすけな内容になってきた気がする。
 っていうか、魔導ギルドがなんだって?

「あら、レイガちゃんは知らないのね。あのね、実は……」

 ラナさんが代表して教えてくれたところによると、前回、前々回と続いて、月姫は魔導ギルドから選ばれていたんだそうだ。
 今のラナさんの台詞や、この前会ったギルド長さんの様子からも察せられるが、うちのギルドと魔導ギルドは仲が悪いんだって。
 ハイディンでは、月に何度かギルドの責任者たちが集まる会合があるそうなんだが、お祭りが近づくにつれて、魔導ギルド長から自慢されるだけじゃなくて、こっちをバカにするような発言が多く見られて、ギルド長さんは腹に据えかねていたらしい。そこへもってきて、予定してたシーラさんがおめでたで、出場不可能になっちゃった。他に候補といっても、シーラさんが手持ちの駒では一番だったから、困り果てていたところに私がのこのこと現れたわけだ。

「……なるほど。いろいろと事情があったんですねぇ……」

 改めて状況が理解できて、そう答える顔が若干引きつっていたかもしれない。どこの誰ともしれない私が、いきなり登場してきて『ギルド代表』なんてのに大抜擢されても、反対意見が出なかったはずだよ。ラナさんもエルザさんも、下手に自分が出場して、魔導ギルドの代表者に負けちゃったら……と思ったら、二の足を踏んで当然だ。その点、私はギルド長さんが直々に見つけてきて代表になったのだから、万が一の事があってもギルド長さんの自業自得ってことになるからね。
 貧乏くじを引かされた感があるんだか、気のせいだろうか? ……うん、私の心の平安の為にも、気のせいってことにしておこう。
 そして、カフェでの話が長引いて夕方近くになっちゃったこともあり、小物屋さんはまた後日、という話になった。妊娠してるシーラさんは勿論、ラナさんもエルザさんも家庭持ちだから、特別な日以外はいつも早めに帰宅しているらしいから仕方がない。
 一緒にギルドまで戻り、私もそこで待っていてくれたロウとガルドさんと合流して、帰宅という流れになった。



「お疲れさん、レイちゃん」
「俺達がいなかった間に、妙なやつに絡まれなかっただろうな?」
「ありがとう、ガルドさん。大丈夫だよ、ロウ」

 宿に戻って来たところで、疲れた顔をしていた私をガルドさんが労わってくれた。ロウの安定の過保護ぶりも――若干、独占欲が混じってる気もしないでもないが――久しぶりの渾身のショッピングに加え、女同士の気の置けない会話ではしゃいでくたびれた後で、ああ、家に戻って来たんだなー、って実感させてくれる。

「二人共、ギルドでお留守番させちゃってごめんね。次からは、私一人で行くよ」

 これから前夜祭までの間は、『依頼なんか受けて怪我でもしたら大変!』ってことで、放浪者活動はお休みすることなった。私は療術師なんだから、怪我してもすぐに治せるんだけど、シーラさん達曰く『それでも日焼けするし、埃だのなんだので髪もお肌も痛む。絶対に、ダメ』と押し切られた。ランクを上げるのが遅くなっちゃうんだけど、引き受けたからには中途半端なことはしたくないから、仕方がない。それに、依頼を受けられたかった期間の休業補償(?)もギルドがしてくれるって言うしね。

「特にロウは、いつも私の事ばかり優先してくれてるから、たまには自由に動きたいでしょ?」
「いや、別にそんなことはない。お前と一緒でかまわん」
「え? でも……」

 今日一日では買い物が終わらなかったのに加えて、『月姫選び』までの間、ギルドでシーラさん達からあれこれとアドヴァイスを受けるという話になっている。主に、美容に関するものなのだけど、髪やお肌のお手入れ方法なんて、男性がきいても分からないだろうし、退屈意外の何物でもないと思うんだけど……。

「お前を一人で出歩かせるより、その方が気が楽だ。それに、俺達の方にも、少しばかり用事が出来た」
「用事って?」
「『月王』に、俺達も出ることになったんだよ、レイちゃん」

『月王』って、昼間の会話でもちょっと出てきたアレだよね? そこのところ、もう少し詳しくプリーズ。

「『月王』ってなぁ、夏至祭の当日の行事だ。正確には『月王探し』だな。腕自慢の男達の祭りだ」

 女性は『月姫』で、男性は『月王』か。『月』というのは、夏至祭では特別な意味を持ってるみたいだな。で、男の祭りというと……?

「簡単に言えば、武術大会だな。それに勝ち抜いた者には、『月姫』からの祝福――口づけが与えられる」

 え、そんなの聞いてませんよ? 

「何それ? 万が一、私が月姫になっちゃったら、どこの誰かも知らない相手にキスしなきゃいけないってことっ?」

 そんなことまで了承した覚えはない。万が一の可能性かもしれないけど、そんなことはやりたくない。ちょっと、今から、ギルドへ行ってお断りしてくる――というよりも早く。

「だから俺達が出るんだよ」
「……はい?」
「お前を人前に晒すだけでも気が進まんのに、それ以上のことまでさせてたまるか」
「えっと……それって、要するに、ロウとガルドさんがそれに出て、どっちかが優勝を掻っ攫ってくれる、と?」
「なんだ? 俺達には無理だとでも?」
「いやいや、そんなことは思ってません!」

 他の人の事はさておき、二人が強いのは知っている。ほぼソロで活動していてギルドのランクがC――ガルドさんはBだが――っていうのは、かなりの実力の持ち主じゃないと無理だと、アルおじ様との世間話のついでに教えてもらっていたしね。

「だけど、いいの? ロウは、私がお祭りに参加するのも乗り気じゃなかった感じだし。ガルドさんだって……?」

 ロウが、本来、あまり人と絡むのは好きじゃない、ってのは私にも分かって来てる。お祭りがあったとしても、一人なら横目でちらりと見るだけで、後は無関心を貫く感じだよね。ガルドさんも、大勢でワイワイガヤガヤやるのは好きそうだけど、だからと言って自分から進んでそういうのに出るタイプとも思えない。
 
「お前と関わったからには、今まで通りという訳にもいかん。だが、そう言って、お前に悪い虫が群がるのを放ってもおけん。『月姫』であるお前の隣に『月王』の俺がいれば、そうそう手出しをしてくる者もいないだろう」
「バカいえ、『月王』になるのは俺だって」
「ギルドのランクが上だからと言って、実力までそう思っているのなら、甘いぞ、ガルド」
「言いやがったな。でけぇ口叩いて、決勝で俺と当たる前に負けでもしたら、恥ずかしいぞ、ロウ」

 なぜかガルドさんとロウの言い合いになってしまって、慌てて止めに入る。
 双方を宥めて、改めて話を聞いて分かったのだけど、『月王』にでるのには推薦とかは必要ないらしい。夏至祭の当日、朝から出場者が集まって、最初は大掛かりなバトルロイヤル方式で実力のある人を篩にかけて、午後からはトーナメント方式に変更して優勝者を決めるようだ。
 参加者は毎回百人前後に及ぶので、そういうシステムなのだが、多少腕が立つ程度ではバトルロイヤルを勝ち抜くのは難しい。まぁ、この二人なら大丈夫――だよね?

「そこらの野郎に負ける気はねぇけどよ。準備はしておいた方がいいだろうってことで、俺とロウはしばらくギルドに籠ろうってことになったんだよ」
「お前は知らんだろうが、あそこの地下には訓練場がある。そこを使わせてもらえるよう、話は通しておいた」
「なるほど」

 だったら、私と一緒にギルドに行く、というのも頷ける。私は『月姫』の準備で、二人は『月王』の為のトレーニングをしていれば一石二鳥ってことだね。
 あれ? でも、私が『月姫』に選ばれなかったらどうするんだろう?
 他の女性が、この二人のどっちかにキスするところなんて見たくないぞ。

「万が一、お前が選ばれなかったら、俺達も出なければいいことだ」
「ま、ほんとに万が一なんだろうけどよ……レイちゃん以外が選ばれるなんざ、想像がつかねぇ」

 そりゃ買いかぶりすぎですよ。そうなったらそうなったで、一緒に気楽にお祭りを楽しみましょうね。
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