元OLの異世界逆ハーライフ

砂城

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第一章 ハイディン編

一難去ってまた一難?

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 ガルドさんの参入により『銀月』のメンバーは三名となった。
 筆頭は私でランクはE。その他のメンバーはロウ(ランクC)とガルドさん(ランクB)。リーダーが一番ランクが低いと言う、ちょっとありえない状態だ。

「ランクなんざ、ほっときゃそのうちに上がるもんだぜ」
「ガルドの言うとおりだ。別に焦る必要はない」

 二人はそう言ってくれるのだが、やはりそれでは私の気が済まない。ガルドさんのBは無理でも、せめてロウのCランクには並びたい――私がCになる頃には、ロウのランクも上がっているかもしれないってことには、この際目を瞑る――ので、こつこつとギルドへ通っては依頼を受けている。
 そんなある日の事だった。

「おう、嬢ちゃん。すまねぇが、少し顔を貸してもらえるか?」

 いつものようにギルドへ顔を出したところ、いきなりそんな言葉に出迎えられて面食らう。 これが街のチンピラの発言だったら、丁寧にお断りして、それでも聞き分けていただけなかった場合は麻痺か電撃の魔法をお見舞いしてるところだ。顔を出して歩き始めてから、すっかりその手の対応にも慣れてきた私だけど、今いるのはギルドのカウンター前で、相手はアルおじさまなんだよね。

「いきなりどうしたんですか?」
「いや、ちょいと頼みごとがあってな……」

 勿論、魔法なんか使わずに問い返すと、珍しくオジサマの歯切れが悪い。

「頼み事? 依頼ですか?」
「そうじゃなくてだな……」

 重ねて問うと、オジサマはさらに口ごもり、左右に恨みがましい視線を向ける。不思議に思って私も周囲を見回すと、他のカウンターのオジサマ達が、いまばかりは睨みつけずに妙にいい笑顔でこっちを見てた。 なんだ? 何が起きてるんだ、これ?

「どうしたんです? ……ここで話しづらいなら場所を変えます?」
「ああ。悪いが、そうしてもらえるか?」

 困っている様子に見かねて助け舟を出すと、オジサマはほっとした顔になり、ホールに隣接する小部屋――私が最初にギルドに来た時に使ったところだ――で待っていてほしい、って言われた。
 ロウとガルドさんにも了承してもらい、三名でそこへと移動する。ここに通うようになってから初めての事だから、ちょっと不安になって、二人にも心当たりを聞いたんだけど、思い当たることはないって言われてしまった。
 部屋で待機していると、やがてドアが開いてオジサマとあと一人。見たことのない男性が入ってくる。
「お待たせして申し訳ない」

 にっこり笑ってそういう男性は、綺麗な銀髪をオールバック風にした、見た目六十才くらいのなかなかイケてるおじさんだった。

「初めてお目にかかりる。私は、ギルドのハイディン支部を任されている、エルロンドと申します」

 ……は? 今、なんてった? ここの支部をどうとか……ってことは、つまりここのギルド長さん?

「うわ……あの、はじめまして! レイガといいます。こちらの支部で放浪者としての登録をさせていただきました。先日は、そちらのアルザークさんをはじめ、ギルドの皆様には大変お世話になりました」

 茫然とした後、慌てて挨拶する。
 偉そうな肩書を聞くと、反射的にお辞儀したくなるのは元日本人の性ですね。加えて、ちょっと前に私は、とある事件が発端で誘拐されてしまったのだ。
 ハイディンの裏に根を張る大がかりな闇組織の仕業で、『新月市』という裏のオークションの商品としてだったのだが、ロウとガルドさんのコンビが私を助けにきてくれたら、何故かその組織そのものを壊滅状態にしてしまった。勿論、それは私達だけの力じゃなくて、元々地道に捜査をしていたハイディンの騎士団の功績が大きいし、陰ながらギルドも動いてくれていたのだそうだ。

「きちんとご挨拶するのが遅くなり、申し訳ありません。改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました」

 ちなみに、発端が私を助けに殴りこんだ二人の行動だった所為で、闇組織をつぶしたのが私達のお手柄みたいな扱いになっちゃっている。おかげで最近、妙に注目を集めてしまっているのだが――まぁ、これは今は関係ないので省く。
 頭を下げて、上げて――ちらりとアルおじさまをみると、ギルド長さんの後ろで私に向かってすまなそうな顔をしていた。こんなことになるなら、最初に言ってください。びっくりするじゃない。しかし、またなんでギルド長さんが出てくるんだろう?

「これはこれは、ご丁寧に。ですが、ギルドがその構成員を助けるのは当たり前のことです、お気になさらず。しかし、噂以上に美しい――とりあえず、すわりませんかな?」

 ちょっと待った、その『噂』ってなに? 何となく、闇組織壊滅云々とは違う気がする。
 しかし、確かに立ったままでもアレなんで、ギルド長さんに言われたとおりに席に着く。
 ギルド長さんが腰を下ろすのを待ってから、私たちも着席。 アルおじさまも、居心地悪そうな顔をしつつもギルド長さんの隣の席に着いた。

「さて、レイガ殿と、団員の方――『銀狼』と『轟雷』でしたな。ご足労願って申し訳ない」

 まず口を開いたのはギルド長さんだ。
 私は名前で呼ばれたけど、ロウとガルドさんが二つ名なのは、どうやらギルドの流儀らしい。
 ところで、このギルド長さんって、にこにこしてて、パッと見は優し気なおじさんなんだけど……何となく、その笑顔が曲者っぽい気がするのは私だけだろうか?

「レイガ殿は先日、ランクEに昇級されたそうですな。おめでとう」
「ありがとうございます」

 お尻に殻の付いたヒヨコが、殻を脱いだだけですけどね。しかし、私みたいな底辺の放浪者のランクまで、よく把握してるものだ。と、そう思ったら、どうも私の表情を読まれたらしい。

「ハイディンでは女性の放浪者は珍しいのですよ。おかげで、私のところにもいろいろと噂が流れてきましてな」
「えと……ちなみに、どんな噂かうかがっても……?」

 また『噂」かい……ここまでくると、最初は何かの間違いじゃないかと思っていたのだけど、本当にギルド長さんは私に用があるのだと言うのが、流石にわかって来る。そのせいか、ロウとガルドさんは沈黙を保ったままだ。
 訳が分からないままで矢面に立たされる私の身にもなってほしいところだ――この状況って昔、勤め先に取引先の社長がやって来たのに担当社員が手が離せなくて、『時間を稼げ!』って言われた時のこと思い出すなぁ。

「若くて、稀に見る美しさ。療術師でありながら、攻撃魔法も使える。孤高を保っていた『銀狼』と『轟雷』を手なずけ、しかも、それでいて態度は控えめで、礼儀正しい――表の職員たちは、こぞってべた褒めしてましたな」

 面と向かって容姿を褒められるのは相変わらず慣れないが、それよりも、手なずけた、ってなんですか、それは。職員さん達も、何をギルド長さんに吹き込んでるのよ。

「実のところ、私も半信半疑でしたが、本人と会って、本当のことだと納得しました――たしかに、これならイケる」

 待て、今、最後にぼそっとなんか言わなかった? イケるって、なに。

「すみません、まったく状況が分からないんですが――私たちに、何か依頼でもあるのでしょうか?」
「ああ、これは失礼。依頼でなくて、貴方自身に対するお願い、なのですが――」

 にっこり笑顔でも誤魔化されんぞ。警戒心をみなぎらせて、ギルド長さんの次の言葉を待つ。

「今度の夏至祭の『月姫選び』に、ギルド代表として出場していただけませんかな?」

 ……はい?

「おい、それは……」

 言われたことが理解できない私に代わって、ロウが声を上げる。しかし、その反応は何? もっとも、すぐにギルド長さんに一睨みされてまた黙っちゃったけど。目だけでロウを御するだなんて、ギルド長さんってすごい人みたいだ。おかげで、さらに緊張してしまうじゃないか。

「あの……申し訳ありませんが、『月姫選び』って何なのか伺えますか? それに、夏至祭と言われても、私、ここの風習には疎くてわからないんです」
「おや、ご存じないのですな。では、簡単に説明を――」

 私が頷いたのを見てギルド長さんが説明してくれたのは、七月の朔日(ついたち)に行われる――今が六月の真ん中だから、後半月足らずだ――『夏至祭』と呼ばれる行事について、だった。

 簡単に言ってしまえば、それは真夏に行われる大きなお祭りだ。こちらの一年については、前にロウから教えてもらってて、七月一日っていうはここでの夏至に当たる。一年で、最も夜の短い日ってことだ。一月一日が冬至だから、ちょうど一年の折り返し地点であり、その日に行われるのが『夏至祭』ってことらしい。

「なるほど。それで、その『月姫なんとか』っていうのは?」
「夏至祭の前日に行われる行事の一つですな。ハイディンの街のあちこちから妙齢の女性たちが集まり、中央広場の舞台でその美しさを競うのですよ」

 ミスコンみたいなものってこと? そして、なんで『月姫選び』っていうのかについては、新月の夜にやるお祭りだから、当然、空には月がない。その代りに地上で一番綺麗な人を選んで、その人を月に見立てるっていう趣旨なんだと。

「なるほど……行事の意味と、趣旨はわかりました。けど、それがどうして私がそれに出る必要があるんですか?」
「それなのですがね――当ギルドからも毎回、そこへの出場者を出しているのですよ。女性職員の中から一人を選んで出場させていたのですが、今年はその予定だった者が妊娠してしまいましてな」

 見たことがなかったんだけど、ギルドって女性の職員さんもいたのか。そして、そのミスコンは、既婚者OKのようだ。でも、お腹が大きいなら流石に出場は無理だろう。

「ですので、代わりを立てる必要がでてきたのですが、ギルド内で意見が分かれまして――出場予定だったのはここ数年ずっと選ばれていた者で、すぐに代わりをとなると、なかなか難しいものがあるのですよ。ですが、誰も出なければギルドの沽券にかかわる。そこでレイガ殿の名前がでてきたのです」
「で、でも、私はここに住んでるわけじゃないですよ?」

 ハイディンのミスコンなんだから、当然、出るのもそこに住んでいる人でしょ? だけど、私はここの市民になった覚えはない。

「レイガ殿の登録地はハイディンですからな。放浪者としての本籍もここ、ということで、形式としては住民と同じ扱いになりますな――ああ、納税の義務などはないので安心なさい。更に、ギルドからの推薦としての出場になるので、どこからも文句は出ません」

 いや、出させません。と、きっぱり言い切られちゃった。なるほど、そんな抜け道があったのか――って、感心してる場合じゃない。 このままだと、なし崩し的に私が出場することになっちゃいそうな勢いだ。

「ですが、その……もし、その月姫に選ばれたら、何か義務とかあるんじゃないですか? たとえば、町の行事には必ず出席して花を添えないといけない、とか?」

 市や町で、ミス○○とかに選ばれると、その年はずっとあれやこれやに引っ張り出されるもんだよね。私は放浪者なんで、この先一年この街にいるとは限らないし、いたとしても長期にわたる依頼を受けたりしたらそういうのへ出るのは無理だ。そう考えて、やんわりと断ったつもりだったんだけど.……。

「そんなことはないですな。前夜祭で選ばれたら、後は祭の当日、舞台の上に座って、武術大会での優勝者に花束を渡して祝福するくらいですか」

 ありゃ、当てが外れた。いや、まだ問題は残っているぞ。

「ってことは、お祭りには参加できないってことですか?」

 さっき聞いたばかりの話だが、お祭りがあるんだ、楽しみだなーって思ったのに。屋台とかもでるだろうし、ロウとガルドさんと三人でまわろうって考えてたのに、諦めなきゃいけないってこと?

「あくまで、『月姫』に選ばれれば、ですな。選ばれなければ、翌日は自由にしていただいていいのですよ」

 あ、そうか。コンテストに出たからと言って、別に私が選ばれると決まったわけじゃない。だったら、二日あるうちの一日くらいは諦めても――って、ちょっと待ちなさい。なんだか、すっかりその気になってない?
 いつの間にか出る前提で話をしていたことに気が付いて、内心、大いに慌てる。
 駆け出しのひよっこ放浪者である私は、そんな寄り道をしている余裕はない。ここはきっちり、お断りせねば、と。思った時に、ギルド長さんの後ろにいたアルおじ様と、またも視線が合った。
 ……なんですか、そのすがるような目は。もしかして、上から圧力かかってたりします?

「アルザーク。君からも、説得してくれたまえ――レイガさんを、是非にと言い出したのは君だろうに」

 ギルド長さんの言葉をきいて咎めるような視線になる私に、ぶんぶんと首を横に降ろうとして、ギルド長さんの視線に気が付いて固まる。あれだ、上司の我儘に困り果ててる中間管理職みたいな感じだ。
 他でもないアルおじ様のそんな様子に、つい同情心を覚えてしまう。
 その上、私は現在、ギルドに対して借りがある。ギルド長さんは『当たり前の事』だと言ってくれはしたが、そのすぐ後にこの話を持ち出してきた事から考えると、その言葉を額面通りに受け取るわけにはいかないようだ。
 どうしたもんか……と、ちらりと隣に座ったロウとガルドさんに目をやると――。

「……お前の好きにしろ」
「ロウ?」
「筆頭はレイちゃんだ。レイちゃんが決めりゃいい」

 ロウに続いてガルドさんまでもが、そんなことを言う。

「え? でも……二人は構わないと思うの?」
「別に出たからと言って、命を取られるわけでもねぇしなぁ……」
「お前が出たいというのなら、しかたがない」

 あれ? 反対しないの? 意外な反応にびっくりして、それから恐る恐るギルド長さんに視線を戻すと――にんまり、と満足げに笑っているのを見てしまった。
 その笑顔、なんか怖いですよ?
 しかし、反対意見も出ないし、ここまでお膳立てされてしまえば、自ずと答えは一つしかないよねぇ……。

「……わかりました。優勝できるとは思えませんが、それでいいのなら出場させていただきます」
「有り難い、感謝しますぞ! これで今年の優勝はうちがもらったも同然ですな」

 いやいや、感謝するって言われても、半分、脅迫されてたみたいなもんじゃないですか。それに、あまり買いかぶらないでください。きれいな人、他にもいっぱい出るんでしょ? 出るだけでいい、って言われたんだから、私は気楽に出場させてもらいます。 そして、前夜祭は仕方ないから諦めるけど、お祭り当日はロウとガルドさんと一緒に屋台を回らせてもらいます。

「詳しいことは、うちの出場経験のある職員に説明させましょう。衣装などの打ち合わせも、そちらでやってもらいます」
「はい、お願いします」

 ん? 衣装って、やっぱり特別な感じのを着るのかな? ミスコンに出られるようなのが手持ちにあっただろうか?
 そんなことを考えていたら、ギルド長さんが低く呟くのが聞こえてきた。

「これなら……これでようやく、魔導ギルドに一矢報いることができるっ」

 ククク、ってな感じの物騒な笑い付きですが、ギルド長さん、もしかして腹黒陰険派だったりします?
 その様子に不安を抱きつつも、面と向かって確かめられる類の疑惑でもなかったために、その場はそれで終わりになった。
 去っていくギルド長さんとアルおじ様(なんとなく背中が煤けていた)を見送れば、今日はもう依頼を受ける感じじゃなくなっちゃったんで、このまま宿に戻って、二人と今の出来事について話しをしようってことになった。



 ハイディンに来てからずっと、私達は『暁の女神亭』っていう宿屋に宿泊している。宿の格付けで言えば中の上か、上の下くらいで、料金もかなりお高めに設定されており、この辺りのランクをつかう放浪者はほとんどいない。なのに何でここか、と問われれば、最初に宿を決める時に、唯一、私が出した希望に寄る。

 お風呂のついてるところがいい。

 風呂好きが遺伝子レベルまで浸透している元日本人としては、どうしても譲れない条件だったんです。ところが、こっちの世界の普通ランクの宿だと、大きめの盥とお湯を有料で提供してくれる程度。それ以下では精々、濡らした布で体を拭くくらいしかできない。私の求める『湯船』付きとなると、どうしても高級な所になってしまう。
 通常の放浪者が――というか、元々、ロウが定宿にしていたところは、ここの三分の一位の宿泊料で済んだらしいから、えらい贅沢をさせてもらっていることになる。申し訳ないとは思うのだけど、風呂なしはともかく、うすーい壁とドアで隔てられた狭い個室で、しかも周りはむくつけき野郎ばかりのところで安眠できたとも思えないんで、甘えさせてもらっちゃってます。
 んで、今はガルドさんも合流してきたものだから、部屋も前にいた所からもっと広いのに変わってるし――依頼を頑張るのは、宿賃を稼ぐという意味でもとっても重要なのですよ。
 ――まぁ、そんな事情は兎も角、すっかりおなじみとなった宿の人に挨拶をしつつ、へやに戻って、まずは確認しないといけない事がある。
 
「……で、結局、そのミスコン――じゃなくて、『月姫選び』だっけ? 出ることになっちゃったんだけど、ほんとにいいの?」

 しつこいようだけど、やはりここはきちんとしておかないと後が怖い。誰とは言わないけど、私の向かいに座っている銀髪で水色の瞳のイケメンさん――ええ、貴方ですよ。

「良いも悪いもない。お前が出ると決めたんだろう?」
「それはそうなんだけど……」

 てっきり反対されるものとばかり思ってたのに、あっさりと賛成――とまではいかないものの、私に任せると言ってくれたのは、ものすごく意外だった。あまりにも意外過ぎて、何か罠があるんじゃないかと思ってしまって、こうやって再確認してるんです。

「レイちゃんにこんだけ疑われるたぁ――ロウ、お前ぇ、どんだけ信用がねぇんだ?」
「ガルドさん。その言い方はちょっと……」

 信用がないとかじゃないんですよ、ほんとですって。ただ、いつものロウなら『お前を他の連中の目に晒すなんて、とんでもない』くらいは言うと思ったのに、それがなかったのが不思議なだけなんです。

「レイを見世物にするなぞ、とんでもない話だ」

 あ、やっぱり言うのね? けど、その続きがあった。

「とんでもない話だが……今回は、少々、相手が悪い」
「まさか『黒狐』が、直々に出てくるたぁ思わなかったよなぁ」
「黒狐?」
「あのギルド長の二つ名だ」

 ほー? 二つ名があるってことは、あの人もアルおじ様みたいに、前は凄腕の放浪者だったりしたのかな?

「当たりだ。腕も立つらしいが、それ以上に有名だったのは、頭の回転の速さだな」
「回転が速ぇってより、悪知恵が回んだよ、ありゃぁ……あのおっさんのおかげで、自滅した連中は、ほんとかウソかは知らねぇが、両手に余る数だって言うぜ。で、付いた二つ名が『黒狐』――面と向かって言う奴ぁいねぇけど、腹黒狐つった方が通りがいいって話だ」
「……なんかすごい人みたいね……」
「ああ。ここで断って、また別の妙な頼みを持ち出されても面倒だ。これが他の奴なら、さっさとハイディンを出て行けば済むことだが……」
「相手がギルド長となると、そうもいかねぇからな。他の町のギルドに手を回すくれぇ、あのおっさんならやりそうだしよ……下手に借りを作ったまんまってのも、後々怖ぇし、さっさと返せるなら返しちまった方があとくされがねぇ」
「ついでに言えば、あの件で思いがけなく目立ってしまった――今更、それを無かったことにも出来ん。ならば、毒を食らわば皿までだ、な」

 なるほど、それで出場を反対されなかったのか。
 聞けば聞く程凄いお人の様だけど、別に無理難題を吹っかけられたわけでもない。ギルドに便宜を図ってもらったんだから、今度はこっちがその分のお返しをすると考えれば、ミスコンに出るくらいなら、十分、許容範囲だと思う。何度も言うけど、別に優勝を請け負ったわけじゃない。出るだけで義理は果たせるんだって、ちゃんと言質は取ってあるし。

「まぁ、そう言う理由でロウもガルドさんも止めなかったんなら、私も安心して出場できるよ」
「……ほぅ? そんな言い方をするところを見ると、なにか不安があった、と?」
「あ、いや、そう言う訳じゃ……」

 げ……どうも、一言多かった気がする。
 キラン、とロウの目が光り、口元に物騒な笑みが浮かんだ。
 本能的にヤバいと悟り、救いを求めるようにガルドさんに目をやるが――少し呆れたような顔をしつつも、私を助けてくれる様子は見られない。

「お前を不安にさせたのなら、その償いをしなければならんな」
「い、いや、いいですっ、大丈夫!」

 肉食獣の気配を漂わせ始めたロウに、気圧されるようにして立ち上がり、後ろに下がれば……うわ、なんでここにベッドがありますかっ?

「幸い、今日はもう他の用事もない。ゆっくり時間をかけて詫びてやろう」
「俺も一応、その対象みてぇだしな。俺からもきちんと詫びさせてもらうぜ?」

 ガルドさんもガルドさんで、助けてくれるどころじゃなかったっ! ちゃっかりロウの尻馬に乗って……あー、これダメなパターンですね。
 はい、覚悟を決めさせていただきます……。
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