オタク教師だったのが原因で学校を追放されましたが異世界ダンジョンで三十六計を使って成り上がります

兵藤晴佳

文字の大きさ
上 下
50 / 60

第三十三計(前) 反間計《はんかんのけい》… スパイに敵内部を混乱させて、思い通りに操ります。

しおりを挟む
 ディリアが下手に出たところで、リカルドはちょっといい気になっていたようだった。
「自ら設けられた公の場に、ご寵愛のお相手を伴ってのお出ましとは、いかがなものですかな?」
 ちょっと聞くと、まるで愛人をこさえたディリアが公私混同の御乱行を働いているかのように聞こえる。
 だが、実際のところは、普段は朝礼に連れてこないフェレットのマイオを胸に抱いていただけのことだった。
 ディリアは素っ気なく釈明する。
「大目に見てはくれませんか? 今朝からすっかり怯えていて、放ってはおけなかったのです」
 そう言いながらリカルドからそらした目で僕を一瞥すると、ぷいとばかりにそっぽを向く。
 それはそれで気になったが、心配なことがひとつあった。
 マイオは、遠くにいるエルフのターニアが目や耳として使っている小動物だ。
 ターニアは邪悪なものを察知できるから、マイオの怯えは、僕たちに何か危険なことが近づいていることを伝えているのだ。
 もっとも、それが何だか分からない限り、わかりきっていることをわざわざまくしたてる、リカルドの演説は遮りようがない。
「ディリア様が未だ、王位を継承される条件を満たしていらっしゃらないことを申し上げておきたい」
 この言い方は、僕が召喚される前にいた世界でもギリギリセーフだ、たぶん。
 リントス王国の王位を継ぐには配偶者が必要なのだ。
 今のうちにディリアには釘を差しておこうというのだろうが、この場で誰もが知っていることをわざわざ口にして事を荒立てることもない。
 僕が元いた世界でもこの辺は重要なポイントで、やらかしてしまったら完全にセクハラだ。
 因みに、ディリアは次の点で結婚相手がいないので、王位に就けないことになっている。
 
  ①東西南北の大貴族…年頃の男子がいない
  ②外国からの養子 …その親となるべき国王が既に個人である
  ③伝説の、救国の士…そんなものはいない
 
 ただし、王権の象徴レガリアさえ発見できれば、ディリアが最高権力者であることは既成事実化できる。
 問題は、それにあたる王笏の真贋を見分けられるのは、リカルドと、その脇に控えている腰巾着のカストだけだということだ。
 仕方がない。
 僕が名乗り出るしかなかった。
 朝礼が開かれている大広間ではその隅っこに、リントス王国の居候として自ら控えることにしている異世界召喚者が。
「では、ダンジョンにて探索してまいります。本物の王笏を」
 第30層で苦労して見つけ出したものは、カストによって偽物と判定されている。
 僕は、そのカストに用があるのだった。
 朝礼が終わって、リカルドが廷臣たちや貴族たちが退出するのに紛れて、僕はカストに囁いた。
「今夜、中庭で」

 夜の中庭に、カストはなかなかやってこなかった。
 東屋の椅子で待ちくたびれて、いつの間にかウトウトやっていると、目の前には新たなステータスがぼんやりと浮かぶ。

 〔カリヤ マコト レベル33 16歳 筋力66 知力96 器用度95 耐久度91 精神力92 魅力75〕

 さすがに知力が100に達することはない。
 筋力と器用度と精神力に11ずつが割り振られていたのは、第32層で吸血鬼から逃げ切ったからだろうか。
 そんなことをぼんやりと考えていたところで、頭を小突かれて目が覚めた。
「こんな夜中に人を呼び出しておいて居眠りとはな」
 月明りの下で、カストの端整な顔が僕を見下ろしている。
 ムッとして言い返した。
「お前が遅いんだよ」
「風邪ひくぞ」
 僕の隣に座って身体を寄せてくるカストは、いい匂いがした。
 妙な緊張感を覚えて思わず立ち上がった僕は、慌てているのを隠そうとして、つい詰問してしまった。
「裏切ったんじゃないのか? リカルドを」
「そこまでは言ってない」
 主とそっくりの図々しさで、平然と答えるのがまた憎たらしい。
  
 ……どういうつもりなんだ? 手の込んだ「空城計くうじょうのけい」まで仕掛けて。

 僕は本気で抗議した。
「ここまですることはないだろ?」
 散々な目に遭わされてはきたが、命に関わるようなことはなかったはずだ。
 カストはというと、真顔で僕を見上げて答えた。
「リカルド様への恩は返しておきたい」
 そこで語られたのは、カストの生い立ちだった。
 
 カストは自分がいつ、どこで生まれたのか知らない。
 気が付いたときには、旅芸人を看板にした、いかがわしい連中と放浪生活を送っていたらしい。
 リントス王国にやってきたとき、これを自ら摘発したのがリカルドだった。
 一座は男女構わず、ことごとく処刑された。
 幼かったカストだけが放免されたが、養う者も身を寄せるところもない。
 そこで拾ってくれたのが、リカルドだったというわけだ。
 もちろん、それはタダでも善意によるものでもない。
 カストはリカルドの配下となるべく、読み書きだけでなく、暗殺や諜報の術までも徹底的に叩きこまれたのだった。
 
 たぶん、こんなことは密偵で暗殺者のアンガでさえも知らない。
「なぜ、それを?」
 僕に打ち明けてどうしようというのだろうか。
 そこで、カストは困ったように小首をかしげて考え込んだ。
 こんな様子を見せるのは、初めてだ。
 やがて、戸惑いながらも、答えが返ってきた。
「好きだからかな……お前も」
 僕も、というのが気にかかる。
 それは、リカルドのことが好きだ、ということを意味する。
 蓼食う虫も好き好きというから、そこのところはどうこう言うつもりはない。
 だが、それはカストの好みにおいて、リカルドと僕が似ているという意味だ?

 ……どこが?

 全く正反対だ、と思いたかった。
 僕はあそこまで傲慢でも傍若無人でも慇懃無礼でもない。
 ましてや狡猾でもなければ厚顔無恥でもないし、冷酷非道でもない。

 ……だが、本当にそうだろうか?

 元の世界で教員をやっていた頃、受験組やスポーツ推薦組の生徒たちを見下してはいなかっただろうか。
 リカルドほどひどいことをやってはいないというのも、それほど僕の頭が働かないことへの言い訳ではないだろうか。

 そんなことを考えているうちに、僕は夜風の冷たさに思わずくしゃみをして、ようやく我に返る。
 
 ……じゃあ、そんな僕の、どこが?

 それを尋ねようにも、いつの間にかカストの姿は消えている。
 僕は城の自室に戻って、暖かいベッドで寝るより他はなかった。
 
 しかし、目を閉じたところで、僕の身体にしがみつく、温かいものがあった。
 どきっとして跳ね起きたけど、カストじゃない。
 淡い光を放ちながら僕の首にしがみついている、いつも裸のフェアリー……ポーシャだった。
「怖い……怖いよ……カリヤ」
 その頭を指先で撫でながら、僕は尋ねた。
「何があった? 大丈夫……大丈夫だから……」
 妄想が膨らむことはない。
 相手の身体が極端に小さいのに加えて、うるさいのが周りを飛び回っているせいだ。
「怖いもんか、こんなの! 何が起こってるのか知らないけどさ……」
 おかげで、ろくに眠ることもできなかったが。

 眼をこすりこすり、大広間の朝礼に出ると、廷臣たちや貴族たちの前にアンガが控えていた。
 ディリアが現れるなり、この暗殺者にしてリントス王国最速の伝令は、未曽有の危機を告げた。
「王国のあちこちに、ダンジョンからのものと思しきモンスターたちが出現しております」
「その割には落ち着いたものですね」
 返答が鷹揚だったのは、アンガの口調によるものだが、それにも理由がある。
「王国の騎士、魔法使いに僧侶、街の悪党ども……その道に通じた者たちが向かっておりますれば」
 オズワル率いる騎士団に、レシアスにロレン、ロズにギルが力を貸してくれているのだ。
 だが、モンスターたちを沈黙させるには、それらをダンジョンの底で操っているエドマの企みを挫くしかない。
 僕が正しい心で臨めば、きっとエルフのターニアはついてきてくれるだろう。
 ディリアはディリアで、別のことを考えていたらしい。
「こんなときにいるべき者が、いませんね」
 リカルドが来ないのは、いつものことだ。
 また、カストを使って、この隙に何かディリアを陥れる策略を巡らしていることだろう。
 もしかすると、昨日の夜も、僕はカストの思う通りに操られていただけだったのかもしれない。
  頭の中に浮かんだ三十六枚のカードのうち、1枚がくるりと回って、その策の名を告げる。

 三十六計、その三十三。
 反間計はんかんのけい… スパイに敵内部を混乱させ、自らの望む行動を取らせる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

異端の紅赤マギ

みどりのたぬき
ファンタジー
【なろう83000PV超え】 --------------------------------------------- その日、瀧田暖はいつもの様にコンビニへ夕食の調達に出掛けた。 いつもの街並みは、何故か真上から視線を感じて見上げた天上で暖を見る巨大な『眼』と視線を交わした瞬間激変した。 それまで見ていたいた街並みは巨大な『眼』を見た瞬間、全くの別物へと変貌を遂げていた。 「ここは異世界だ!!」 退屈な日常から解き放たれ、悠々自適の冒険者生活を期待した暖に襲いかかる絶望。 「冒険者なんて職業は存在しない!?」 「俺には魔力が無い!?」 これは自身の『能力』を使えばイージーモードなのに何故か超絶ヘルモードへと突き進む一人の人ならざる者の物語・・・ --------------------------------------------------------------------------- 「初投稿作品」で色々と至らない点、文章も稚拙だったりするかもしれませんが、一生懸命書いていきます。 また、時間があれば表現等見直しを行っていきたいと思っています。※特に1章辺りは大幅に表現等変更予定です、時間があれば・・・ ★次章執筆大幅に遅れています。 ★なんやかんやありまして...

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...