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第十九話(後) 釜底抽薪《ふていちゅうしん》 … 戦う方法や理由をなくして、敵のやる気もなくします

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 アンガが動けなければ、走るのは代理の伝令を任されている盗賊のギルだ。
 街へ出た僕は、酒場にいたのを見つけて東の国境への使いを頼んだが、返事は色よいものではなかった。
「そこまでは……走れないな。ひとりでは」
 申し訳なさそうな顔で、肩をすくめる。
 諦めるしかなかった。
「悪かった」
 城に戻ろうとした僕を、ギルは抑えに抑えた笑いと共に引き留めた。
「国の東側にいる悪党たちと伝言の繰り返しになるけど、いいかい?」
 だが、そこで酒場にどっと入ってきた連中がいた。
 見るからに物騒な武器を携えた男たちが、リカルドが私兵として雇った傭兵たちだというのはすぐに見当がついた。
 威勢よく飲み食いを始めた私兵たちの会話が聞こえてくる。
「だいぶ押されてるらしいな」
「助けを求めに来たんだからな」
「こっちの手柄は立て放題、褒美も思いのままだろうよ」 
 東の国境で大貴族の兵が危機に陥っているという知らせを聞いても、ディリアは正規の兵を動かさなかったのだろう。
 僕の目くばせでギルが立ち上がると、私兵のひとりが振り向いた。
「おい、あいつ……」
 人相書きのようなものを取り出す。
 他の私兵たちも、僕とギルを取り囲んだ。
「こういうのがいたら、近くにいるのもまとめて痛めつけとけって話だったよなあ……」
 ギルは懐に手を突っ込んだが、僕は首を横に振った。
 私兵たちに告げる。
「作戦前に、異世界召喚者とやり合う気はあるかい?」
 返事は、ひと言だった。
「……なんだ、そりゃ」
 袋叩きの覚悟を決めたときだった。
 私兵たちが、次々に動きを止めたかと思うと、その場に倒れていく。
 その背後から現れたのは、暗殺者のアンガに魔法使いのレシアス、僧侶のロレンだった。
 倒れていない連中も、ロズを先頭に駆け付けた悪党たちと殴り合いの喧嘩を始めた。
 アンガがギルに告げた。
「代わりは、お前しかいない」

 ロズたち悪党が適当なところで引き下がると、私兵たちは倒れた仲間を連れて酒場を出ていった。
 ギルが酒場から駆け去ると、アンガは事情を語ってくれた。
「お前が何をしようとしているか、リカルドがどう動くか、そんなことは察しがつく」
 そこで、自分も街に出てくるとレシアスやロレンに、ロズに連絡をつけて、共に傭兵たちを尾行したのだ。
 暗殺者の技や「麻痺パラライズ」の呪文、「金縛りホールドパーソン」の祈りで傭兵たちを昏倒させることなどわけもなかった。
 僕は城へ戻ることにした。
「騎士団に、他の私兵を止めてもらいます」
 酒場の外に出ると、ひとりの騎士が馬を飛ばしてくるところだった。
 目の前で馬が止まったところで、アンガたちも店から出てくる。
 騎士は僕を馬上に引っ張り上げながら、事情を語った。
「異世界召喚者殿をお借りいたす! 皆様にもお力添えをお願いしたい! ダンジョンから怪しげな者どもが、大挙して東の国境へ向かいましたゆえ!」
 聞けば、ダンジョン最下層の出口は騎士団とドワーフのドウニが押さえていたのに、強力な武器を持った人型モンスターが次々に地上へと現れたのだという。
 今までに見たこともない、オークやゴブリンやオーガーをひとまとめにしたような姿をしているらしい。
 合成された怪物シンセティックとでも呼ぶべきなのだろうか。
 いずれにせよ。闇エルフのエドマが「闇の通い路」を開いたのは間違いなかった。
 外国軍の干渉だけでもたいへんなのに、このうえダンジョンのモンスターまで絡んできたら、もっとややこしいことになる。
 しかも、最初は暗くならないと活動できなかったのが、あの空飛ぶ虎フライング・タイガーの辺りから、エドマの「闇の通い路」を通って昼間でも出現するようになっていた。
 これが群れを成して戦場へ向かっているとなると……。
 城に着くと、僕はその騎士と共にオズワルに会って告げた。
「このままだと、私兵たちがモンスターと戦うことになります」
「放っておけ」
 騎士団長の言葉とも思えない。
 さすがに、僕は反論した。
「犠牲にしろっていうんですか?」
 面倒臭そうな答えが返ってきた。
「逃げるぞ、奴らは。契約外だ」
 確かに、リカルドはモンスターとの戦闘まで契約してはいないだろう。
 だが、オズワルは忘れている。
 僕はそこを指摘した。
「私兵の中には、ディリア様の民もいます」
 こうしてオズワルは、残りの騎士たちと共に、私兵たちを追って東の国境へと向かうこととなった。
 僕も同行を申し出たが、オズワルに「契約外だ」と断られた。

 だが、次の日の朝礼に合わせるかのように大広間へ報告に来た騎士の前で、ディリアは呻いた。
「挟み撃ちとは……」
 オズワルの予想通り、シンセティックと遭遇した傭兵たちはさっさと逃げ去ってしまった。
 騎士団は残された私兵と共に戦ったが、夜になってから現れた新手のシンセティックに背後を突かれた。
 乱戦の後、騎士団は多くのシンセティックを倒しはしたが包囲され、傷の手当も退却もままならないという。 
 報告を聞くなり、ディリアはリカルドを呼んで命じた。
「近衛兵団を動かしなさい」
 正式に王位を継承していないディリアは、直接に命令を下すことができないのだった。
 案の定、リカルドは拒んだ。
「王家をお守りする兵たちを、モンスター退治に向かわせることはできません」
 ディリアは近衛兵団の団長を呼び出したが、恰幅のいい、物腰の落ち着いたこの男は、慇懃無礼にリカルドと同じ理屈を繰り返した。
 ふたりが去った後のオズワルのいない大広間で、廷臣たちや貴族たちを帰したディリアはすっかり意気消沈していた。
「オズワルを行かせるべきではありませんでした」
 あくまでも自分の責任だという口調は、僕の胸にも痛かった。
「近衛団長に会わせてください」
 騎士団救援の直談判で、何としても首を縦に振らせるつもりだった。

 ディリアの求めに応じた近衛団長は、大広間にひとりでやってきた。
 こそこそ密談するなら応じないというのだ。
 どうせどこかでリカルドの側近、カストが見張っていることだろうが、単刀直入に僕は頼んだ。
「クロスボウと大砲をお借りします」
 
 これも三十六計、「釜底抽薪」だった。
 騎士団を包囲するシンセティックたちを、近衛兵団がクロスボウで攻撃して追い散らす。
 闇エルフのエドマが知らなかったものを、連中が知るはずがない。
 「闇の通い路」で、ダンジョンへの救援を求めることだろう。
 第19層の守りは手薄になるはずだ。
 そこで僕が、レシアスやロレン、ドワーフのドウニやダンジョン警備の騎士たちと共に突入すればいい。
 狙いは的中した。
 シンセティックたちはあらかた出払ってしまっていて、ドウニのハンマーと、数にものを言わせた騎士団の敵ではなかった。
 ダンジョンのあちこちには、見るからにおぞましい形をした食糧の山と、禍々しい武器の山が残されている。
 食糧はレシアスの「魔法石化ペトリフィケーション」で、武器はロレンの祈り「禁忌タブー」で、もう使いものにはならない。
 ダンジョンを騎士団とドウニに任せて城に戻り、東の国境での戦況報告を待つ。
 数日待っていると、オズワル自らが報告に戻ってきた。
「激戦でな。こちらにもけが人は出たが、人の姿をしたあの怪物ども、乱闘でいったん武器をなくしたら、もうひとたまりもなかった」
 そのうえ、食糧を持って戦闘に臨んだわけではない。
 丸腰の空腹でふらふらになったところで、近衛兵団の大砲が火を噴き、ダンジョン第19層のモンスターは一掃された。

 国境の小競り合いはどうなったか。
 西北のダンジョンの危険が去ったのを大貴族の東家に告げたのは、暗殺者のアンガだった。
 傷は癒えたかと皆が心配するのを押し切って東家にたどりついてみれば、門の前には盗賊のギルが飢えと疲れでへたばっていた。
「戦うんならディリア様に喧嘩を売るつもりで殺すがいいや……」
 そう言って開き直るので東家の主も仕方なく、兵を引いたのだという。
 隣国の軍勢にしても、兵団の大砲がモンスターを吹き飛ばす様子は、侵入してきた物見の兵から伝わっていた。
 アンガの知らせが東家を通して伝えられたのをいいことに、さっさと引き上げてしまったのだった。
 他の国の軍勢も、続いて撤退した。
 それを朝礼の大広間でディリアから伝えられたリカルドは、平然とうそぶいたものだ。
「いやはや、散財させてくれたものですな……この戦、それが目的だったのでは?」
 そんなことはない、と思う。
 私兵に雇われた庶民の男も騎士団も、深手を負った者はない。
 そのうえ、周辺の8つの国にはディリアの名前で使者が送られ、このいざこざには収まりがついた。
 曰く。
「リントス王国には、この世のものでは破れぬダンジョンを制する異世界召喚者がついております」
 どの国も、このひと言で相当びびったらしい。
 これほどコストパフォーマンスのいい安全保障はないんじゃないだろうか。
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